#30 第29話 嘘も方便
ずっと読んでくださっている方々も初めてお越しの方もありがとうございます。
お盆はいかがお過ごしでしょうか。台風で大変だった方もいらっしゃるかと思います。
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
神戸も警報は出ておりましたが県内では北部が大変なようです。
まだもう少し警戒しなければならないとのことなので、みなさまもお気をつけください。
こんな折になんですが、第29話、はじめたいと思います。
葵大は自身の血で染まった地面で仰向けになっている。
薄れゆく意識の中、葵大の脳裏に、かつての暴走AIとのバトルシーンがぼんやりと浮かんできた。
──ど、どうして……こんなときに……あぁ……走馬灯ってやつか……それにしても……あの人たちは……すごかったよな……。
「最後通牒よぉ~私の下僕になるのか、このまま死ぬのか~どちらにするのぉ~? キキキキキ」
──コイツ本当に……うざいなぁ……暴走AIの方が……かわいげがあったよ……。
葵大の脳裏に今度は鮮明な映像が浮かぶ。全知全能のAIクイーンキングに対して、洸たち五人がAIと連携して勝利を掴んだ最後のバトル──。
──絶対あきらめない純粋無垢な人たち……そして猫……そうだ……ヒトへの憧れだけじゃなかった……僕は猫のタマヨリさんを戦士に選んで……ヒト以上に猫のタマヨリさんに敬愛の念を覚えたんだ……。
転生前の当時、AIタマだった葵大は、彼らとともに闘ったのだ。タマヨリがボロボロになりながら洸たちを守ろうとしたシーンを思い出した葵大はぎゅっと両手の拳を握りしめた。
──タマヨリさんは……僕の誇りだ……いつかもう一度会おうって約束したんだ……ここであきらめたら……もうタマヨリさんに……会わせる顔が……なくなるよな……。
「……僕を……下僕に……してくれ……」
──どうせ死ぬんだとしても……最後まで……絶対あきらめない……あきらめてたまるかっ。
「おぉ~嘘つきねぇ~私は嘘つき悪神ロキの末裔なのよ~ヒトの嘘は簡単に見抜けるの~下僕になるつもりなんてないクセに~キキキキキ」
「……嘘だと思うなら……殺せよ……もう……もたない」
「ふ~ん……どうしようかしらん」
──本心でも嘘でも関係ないんだけどね~ちょっとやりすぎたからこのまま『殻に閉じ込もる』スキルを使うと失血死しちゃうだろうしね~。あぁ、人間ってモロすぎて困るわ~。
「わかったわぁ~『嘘から出た実』ってことで信じてあげるわぁ~ちょっとだけ回復してあげる~どうせ『虚言癖』が効いてるからあなたはスキルが使えないんだからね~」
ロキは葵大に向けて右手をかざし回復スキル『有終の美』を唱えた。
少しばかりではあるが、葵大は自身の回復をはっきりと感じていた。
──アイツ……またくどい説明だ……わざわざ「回復すること」と「スキルが使えないこと」を改めて言ったよな……キキキキキっていう変な笑いもない……何か隠してるのか……?
葵大はあえてそのままの姿勢でいた。そして小声で口元を動かさずに唱えてみる。
「『水を得た魚』」
すると大気中の水蒸気がキラキラと輝く水滴へと変わり、葵大にシャワーのように降り注いだ。
──やっぱり! あいつ、スキルを一時的に解除したな!
確信した葵大は即座に立ち上がった。
「あなた、今スキルを使ったわねぇ~でも手遅れよ~」
──ちっ。まずいわねぇ~。もうすぐ二度目の『虚言癖』スキルが完成するのに……。
「『焼け石に水』!」
葵大が唱えると、全身を青白い光の膜が覆った。
──これで『虚言癖』スキルを防げるはず。
「あら~綺麗な光だわねぇ~でも無駄よム~ダ!」
──おかしい……。そろそろ『虚言癖』が完成してもいい頃なのに……。まさか……。
「誰が下僕になんかなるもんか。嘘も方便だ!お前を騙すことに何の罪悪感もない!」
葵大は右手を銃のような形にし左手を添え、ロキに照準を合わせ構える。
「『鉄砲水』!」
葵大の指先が青白く光る。そして再び大気中の水蒸気が先ほどとは比にならない範囲で水滴へと変わっていく。葵大の頭上に集まる水は鉄砲水のごとくみるみるうちにかさを増していく。
「まずいっ」
「くらええええええええええっ!!!」
葵大の叫びに呼応するかのように、瞬く間に激流がロキに襲い掛かる。
ズバンッ──。
「ん? え!?」
ロキの胴体に猛スピードでぶち当たった激流はロキの体を上下に二分していた。下ろしていた左腕のみ失った胸から上の部分と、膝から下の両足だけが無造作に転がっている。他の箇所は激流にのまれ、ともに消失していた。
「ふぅ……。実戦では初めてだったけど。強力だな」
「ぎゃああああああああああ」
遅れてやってきた痛みに声を上げるロキ。
「君の敗因は、僕を格下だと見下したことだよ。手の内を明かしすぎだ。油断したね」
──まぁ、僕もはじめ油断しちゃったから人のこと言えないけど。
葵大はロキの方へ歩み寄る。
「フ──フ──」
瀕死のロキはもう声が出せない。
──私、ここで死ぬの? ヤダわ。絶対イヤ。ヤダヤダヤダヤダ。
葵大はロキの頭部の傍らでしゃがんだ。
「きっと君は人類の敵だろうからとどめを刺すよ。『アオナニシオ』」
恐怖で引きつった表情のロキの顔に、指で塩を振りかけるような所作をすると、青白い光が親指と人差し指に灯り、その間から光る粉が降りかけられた。
「ウ──ウ─────」
──熱い。何よ。これ。ヤメて──。
塩をかけられた菜っ葉が萎れるようにロキは頭部から干からびていく。
葵大はロキを見下ろしながら、油断なく周辺にも気を配る。 増援の気配がないことに安堵した葵大は大きく息を吐いた。
ドゴンッ──。
突然の衝撃とともに葵大は数メートル吹っ飛ばされる。
「な、なんだ!?」
何が起こったか分からない葵大がロキの方へ目をやると、ロキの体が跡形もなく消えていた。
「な、何が起こったんだ!? アイツ、どこ行った?」
葵大はおそるおそる周囲を探索したが何者の気配も感じ取れない。大したダメージはないものの、この場に留まり続けて再度攻撃を受けることを避けようと急いでボードに飛び乗った。
猛スピードで戦闘地点を離れながら、葵大はロキや謎の襲撃者について思案した。
──逃げられた? まだ他にも敵がいるってことだよな……。
地底神殿、ロキの部屋──。
「ロキ、これであなたに貸しがひとつできたわね」
ヘスティアがロキの胸から上の体を地面にそっと置いてスキルを唱えると、ロキの体が徐々に元通りになっていく。
ロキは立ち上がりながらヘスティアに述べた。
「ふぅ……命拾いしたわ……ヘスティア、礼をいうわ……」
「さすがにしおらしいわね。あなたに似合わず。フフフ」
「この借りは必ず返すわ……にしても、私としたことが……油断しすぎたわね~」
「油断? 私からすれば不可解極まりないわ。あのまま殺せていたのに……どうして?」
「…………」
「わざわざ『嘘から出た実』スキルで『虚言癖』を解除してまたかけ直したでしょ? そこまでした目的は何なの?」
「……彼も人質にしようと思って死ぬ前に回復させようとしただけよ……」
「私が調べたかぎり、彼って誰も助けに来ないはずよ。人質にする価値はないと思うけど?」
「……」
「まぁ、いいわ。話す気になったらで。私はもう行くわ」
ヘスティアが姿を消すと、ロキは椅子に腰を掛けた。
──あぁ……急がないとねぇ……。
最後までお読みくださりありがとうございます。
第5章(ロキの章前編)は今回で最終話ですので、次話から新章突入となります。
ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております。
かなり励みになっています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
□語句・スキル解説
走馬灯
本来、回り灯篭と呼ばれる、回転する絵のオブジェのこと。
そこから死ぬ間際に次々に浮かぶ過去の映像のことのたとえに使われる。
最後通牒
交渉等の相手に対する最後の提案や要求のことを意味し、これに応じなければ交渉を打ち切る意味をもつもの。
◇水を得た魚
自分の得意分野を得て、いきいきとするもののたとえ。
ここでは水にまつわる特性のある者を回復させるスキル。
◇焼け石に水
焼けた石に水をかけてもすぐに蒸発することから、何の役にも立たない、効果がないことのたとえ。
ここでは敵のスキルの効果を受け付けない防御系スキルのこと。
◇鉄砲水
本来は災害の一種で、豪雨によって堰を切って激しく流れる水のこと。洪水や土石流とは異なり、一気にかさを増していく。
ここでは大気中の水蒸気を集めて、激流を作り出し攻撃するスキルのこと。
◇青菜に塩
菜っ葉に塩をふりかけると萎れることから、すっかり元気をなくすようす。萎れる原因は水分を塩が奪うことにある。
ここでは光の粉を振りかけて水分を失わせるスキル。
敵を倒すのに使うだけでなく、大気中の水蒸気が足りない(湿度が低い)ときにも役に立つスキル。




