#3 第2話 遭遇と転生
──な、なんにゃ。なんにゃ。
コタマも突然のことに驚き、何が何だか分からぬまま叫ぶ。
──なんにゃーーーーーーーーだれかぁーーーーーーーー。
「あらら、地上の生物が落っこちてきたね」
コタマを吸い込んだ穴の向こうでは、一人の男がコタマを眺めていた。真っ黒のパーカー、ズボンもグローブも真っ黒。セミロングの髪の毛と手袋の手首部分、それとシューズの底だけがシルバー。その男のいる空間は幾何学的なラインが何本も光って近未来的な内装になっていた。
──だ、だれにゃ?
コタマが尋ねると、男は淡々と言葉を口にした。
「あぁ。僕の名はゼロス。今は人間に擬態しているのだけれど、まぁ、そのへんは今、深く考えなくていいよ」
──ゼ、ゼロス? ゼロスたんは、あたしのことばがわかるのにゃ?
「あぁ。人間とは会話ができないのだったね。そうだよ、僕たちは地上の大半の生物と会話できるよ」
──わ、わかったにゃ。今、あたしのママが近くの公園で怪我をしてるから助けてほしいにゃ。
「ん?」
男は右手の人差し指を自身のこめかみに軽くあてる。右目の前に半透明の小さなモニターが出現する。男が目線を移動するだけで精巧なストリートビューが表示された。そこに近所の公園が映し出される。
「あぁ、何かの下敷きになってママが抜け出せないんだね」
──そうにゃ。はやく、はやく助けてにゃ。
「んー。それはできない、というか……」
──おねがいにゃ、はやくしないとダメにゃ、助けてにゃ。
「もう助からないよ」
──え!? うそにゃ。いやにゃ。いやにゃあああ。助かるにゃ。うそにゃあああ。
「ん……うそじゃないよ」
──じゃぁ、ここから出してにゃ。久愛姉にゃのとこに助けを呼びにいくのにゃ。
「んー。今地上に戻っても、君もママと一緒に死んじゃうよ。久愛姉にゃ?とやらもみんな死んでしまうんだ」
──うそにゃ。うそにゃ。うそにゃ。死なないにゃ。いやにゃ。いやにゃ。ここから出してにゃ。
男は泣き叫ぶコタマを眺めながら憐みの表情を浮かべた。
「……」
──おねがいにゃ。ここから出してにゃ。おねがいにゃ。
おもむろにコタマの方へ歩み寄る。そして真剣なまなざしで泣き叫ぶコタマを見つめながら抱き上げた。
──いやにゃ、はなしてにゃ。はやくいかにゃいと、いかにゃいと。
コタマはしゃくりあげるように泣きながらあばれる。
──おねがいにゃ。おねがいにゃ。おねがいにゃ。はなしてにゃ。ここから出してにゃ。ゼロスたん、おねがいにゃ。ママが……。
すると、男の瞳が潤み始めた。
「……これが……悲しいってことか……やっぱり、そうだよね……大事な人を亡くすのはどんな生物でも悲しいことだよね……」
なおも泣き続けるコタマを見つめながら、男は続けた。
「ちょっと躊躇っていたんだけどね。君のおかげで僕の決意は固まったよ」
男が瞳から頬へ滴る涙をぬぐうと、その表情は引き締まった。
「地上の人類一掃計画が決行されたんだ。真の地球人たちによってね」
──ジンルイイッソウケイカク??? シンノチキュウジン?
コタマは聞きなれない男の言葉にけげんな表情をする。それでも男が久愛たちのような優しい人間と同じ感覚をもっていることだけは伝わっていた。
「君はなんていう名前なんだい?」
──コタマにゃ。
「コタマちゃんというんだね。コタマちゃん、僕が時を巻き戻してあげる。そのあと、地上に返してあげる。そこではママも久愛姉にゃ?さんも無事だからね」
──にゃっ!? ほんとにゃ? みんな無事にゃ?
「うん、少なくともしばらくは大丈夫。未来を変える必要はあるけれどね」
──未来を変える?
「そう、未来を変えないと、また今日のようなことが起こるよ。地上の生物はみな死ぬ」
──それはいやにゃ。ダメにゃ。
「だよね。コタマちゃん、時を巻き戻すときにコタマちゃんを人間にしてあげるから、未来を変えられるようにがんばってみない?」
──ゼロスたんが未来を変えてくれたらいいにゃ。
「それができるならしてるよ。そもそも人類一掃計画の阻止は一筋縄ではいかない。僕が時を巻き戻せるのも1度きり」
──ヒトスジナワ!? そもそも時間を戻すなんて聞いたことないにゃ。一度だけにゃらできるにゃ?
自身の語彙力を超えている男の言葉に、コタマは頭をフル回転させる。
「そう、1回だけ時間を過去に戻せる。まぁ、たしかに地上では無理な話だよね。僕たちの文明は君たちの比じゃないほど進んでいるんだよ。でも時を巻き戻すこと自体、大変なんだ。それだけじゃない。ぼくらの世界では御法度。重罪なんだ。僕はこれから指名手配犯として追われる身になる。捕まったら死刑だ」
──ゴハット? ジュウザイ? シメイテハイハン? シケイ?
もはやコタマは男の話の些末な部分の理解をあきらめていた。
「とにかくさ、2年は戻せるから2054年の春に戻ることになるんだけど、僕は命を狙われるから身を隠しながら行動しなくちゃならないんだ」
──どうして、そこまでしてくれるのにゃ?
「僕はもともと地上の人類一掃計画には反対だったしね。コタマちゃんのことを見ていたら、迷いが吹っ切れたというかさ」
──あたしを見てマヨイガフッキレタ?
「あ。ちょっと待って、もうすぐ計画が完了するようだから」
男は再び右目の前に半透明のモニターを出して、右の人差し指と右目の視線で操作し、地上の映像を映し出した。ただ、そこには焦土と化した地表しか映っていない。
──これはコタマちゃんに見せられないな……。
「さぁ、コタマちゃん、一瞬気を失うけど、目覚めたら2054年の春だ。しかも人型にしてあげる。人型の方が行動しやすいだろうし。みんな無事でいるはずだよ」
──人型? 人になれるにゃ? みんなびっくりするにゃ。
「そうだろうね。人としての転生するから名前も決めておいた方が良いのだけど」
──あたしの名前はコタマにゃ。
「人として生活していくなら苗字と名前が必要でしょ」
──あたしの名前はコタマにゃ。
「んー。コタマちゃんは6月6日生まれか……じゃぁ……」
──何にゃ?
「水無月霞凜ね、み・な・づ・き・か・り・ん! 設定しておいたから」
──ミナ…ヅキ……カリン? コタマじゃないにゃ。
「うん。僕たちの世界では生まれたときに自動的に最適な名前に決定されるんだ」
──にゃにゃ。
「僕はこれから身を隠しながら、コタマちゃ……じゃなかった、カリンちゃんを援護射撃することになる。カリンちゃんに協力してくれる仲間にも同じ力を設定しておくからね。一緒に力を合わせて未来を変えるんだ」
──にゃっ!? ミヲカクシナガラ? エンゴシャゲキ? ゼロスたんはどこかに行っちゃうにゃ? もう会えないにゃ? 協力してくれる仲間? いっしょに未来をかえる?
男にまだ聞きたいことが山積みのコタマだったが、徐々に意識が遠のいていった。
ゼロスはコタマにゆかりのある人物に力を与えるべく、再びモニターを操作し始める。
「どのみちONZメンバーだけじゃ厳しいしね。でも、人類がどれほど役に立つのかわからないし、ひとまず何人か選出してみるか。人類には僕たちが失った力も隠されてるのだから──」
ゼロスの呟いた言葉が静寂に包まれた空間に響きわたった。
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