#1 第0話 カタストロフィ
第1部を読んでいない方でもそのまま楽しんでいただけるようにしております。実質的に初作品となるので温かい目で見守っていただけると幸いです。
──2056年3月。
葉月洸之介、皐月久愛、神無月アヤトの通う中高一貫校にも卒業の春が訪れていた。6年間生徒たちと苦難をともにした紺色の制服たちも、ふだんの草臥れたさまを拭い去り、咲き誇る桜とのコントラストと相俟って、まるで卒業生たちを祝福しているようだ。
校庭が窓から一望できる教室で、洸たち三人は他のクラスメイトとともに卒業式の開始を待っていた。
おかっぱの黒髪でメガネがトレードマークのアヤトが、窓際の壁にもたれながら洸に話しかけた。
「なんで洸が合格してないんだ?」
洸は目から鼻に抜けるような知的な顔立ちの茶髪の少年。学年で指折りの秀才で、日本の最高学府T大R3の合格が確実視されていた。洸は席に浅く腰を掛けたまま苦笑いを浮かべてぼやいた。
「数学でしくじったんだよ。あぁ現役でT大R3合格したかったな」
「R3はやっぱり鬼だな。R1R2なら余裕だっただろうに」
アヤトの言葉に洸が再びぼやく。
「ん……、それはどうだか……」
「K大は蹴って浪人するんだろ? 予備校に通うの?」
アヤトが問いかけた矢先、ひとりの少女が近づいてきた。
「私といっしょの予備校に通うんだもんね!」
話に入ってきたのは久愛だ。茶色の長い髪をした容姿端麗の久愛は、長い間幼馴染の洸に想いを寄せやっと恋を実らせた。今では学校で知らない人のいない美男美女カップルだ。久愛は胸のアクアブルー色のリボンに触れながら、グリーンの瞳を瞬きさせている。
「うん、そうそう。√予備校に通う。K大で仮面浪人はしない。来年は絶対合格したいし」
「来年は余裕だろ。模試の成績ずっとA+判定だったし」
アヤトの言葉に洸が苦笑する。
「模試の成績とか判定とか、あてになんないって」
「わ、私はT大、厳しいかも……」
久愛が不安げに言うとアヤトが答えた。
「十分手の届くところにいるだろ、久愛も」
T大R2に合格したアヤトは来年度から浪人生活になる二人に配慮して話している。そんな中、ふと洸が物憂げに窓の方に目をやった。満開の美しい桜を少し寂しそうに眺めている。
「早いよな、高校生活って」
「だよな」
「うんうん、光陰矢の如しよね」
ふたりも洸と同じ方を見た。アヤトは茶化したように言う。
「ふたりで同じ予備校で浮ついて、来年合格しなかったら、わかってんだろうな」
「大丈夫だもん、行き帰り以外は勉強以外の話はしないもん」
「ははは、そっか。待ってるから来年絶対ふたりでこいよ」
「アヤト君は1年上の先輩になるね!」久愛が言うと、
「来年合格できたら、だけどな」洸は再び苦笑しつつ口にした。
──そのときだ。
窓の方から強烈な閃光が目に入った。刹那、すさまじい爆音とともに窓ガラスにヒビが入る。この時代の窓ガラスの強度は進化していて、割れにくいのは勿論のこと、ヒビが入ることさえ滅多にない。そのため、閃光や爆音以上に、衝撃による窓ガラスのヒビが生徒たちの恐怖心を煽った。学校中で悲鳴が響きわたる。
「やばっ!!!」
「「うわっ!!」」
三人もとっさに身をかがめていた。クラスメイト全員の端末から緊急警報音がけたたましく鳴り響いている。耳慣れない音が恐怖心をさらに煽った。
「地震? 空襲?」
「なに? こわい……」
「なんだ?」
「爆発音、どんどん大きくなってるよな?」
「こっちに近づいてきてない?」
「洸、久愛、やべぇ、なんかすっげぇのが」
アヤトがおそるおそる覗いた窓の向こうでは、人型機械──といっても、瓦礫がただ無造作に無秩序にくっついただけのような歪な外見の巨大な物体──が何かに導かれるように、その巨体を左右に揺らしながら一歩ずつ街を踏みつぶし始めていた。
「うわ。なんだあれ。どこかの国の兵器か?」
「こわい、なにあれ、やだ……」
「あんな兵器、見たことも聞いたこともない」
「やばいよ、逃げろぉおおおおおお」
だれかの叫びを皮切りに、クラスメイト皆が教室の出入り口に殺到する。他のクラスからも悲鳴や罵声、怒号が聞こえてくる。学校中の生徒はもちろん、教師までもが我先にと走り出す。
洸たち三人はかつての死闘の経験のせいか、必死に心を落ち着かせようとしていた。
「どこかに逃げる?」
洸はアヤトと久愛に尋ねるとアヤトは皮肉っぽく答える。
「もともと避難場所がこの学校だもんな」
「ここより安全なところってどこなの?」
久愛も嘆いた。
その時、人型機械の動きが急に止まる。数秒の沈黙の後、ゴゴゴゴゴという地鳴りとともに、胴体中央部が赤黒く光り始めた。徐々にその輝きは増大し、ついには──。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
目を焼くほどの激しい閃光とともに、先刻のものとは比にならぬ爆音が響き、その人型機械を中心に一帯が一瞬にして焦土と化した。地上では観測されたことがない灼熱を伴う爆風によって、人や人型機械自身はもちろん、建物も、橋や道路などのインフラも、何もかもが一瞬で跡形もなく焼失したのだ。
人類には、何が起こったのか議論する余地さえ与えられなかった。人型機械は、これのみならず、世界各地に出現し、見事なまでにすべてを焼失させたのだ。
最後までお読みくださりありがとうございます!
ブクマ、評価等が励みになります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。