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5.二人の花嫁


 途中で何度か宿を取り、そのたびに領主に覚悟を聞かれた。二人とも変わらないと答えた。

 ようやく王都に着いたのは、村を出て半月後の事だった。


「こんなに遠くちゃ、逃げ帰ることもできないわね」


 フェルミナがくすくすと笑う。

 アイリーネも王都のにぎやかさに圧倒されていたが、それでも動じる事はなかった。

 どうせ、この土地を出る事は二度とないのだ。

 だったらどうでもいいし、興味もない。

 それから馬車はしばらく進み、ひときわ大きなお屋敷の前で止まった。


「ここがあの方のお屋敷なのね」


 フェルミナがはしゃいだ声を出す。

 領主は準備があるとかで、途中から別の馬車に乗り換えている。どうぞこちらにと案内された先は、見た事もないほど豪華な部屋だった。

 窓に鉄格子が嵌まり、見える景色は中庭だけだ。少し奇妙な気はしたが、王都の貴族というのはこういうものかもしれない。


 そこでしばらく待っていると、やがて領主が現れた。やはり小男を従えている。

 先に着替えたのか、鮮やかな白の衣装を身にまとっている。フェルミナと並ぶと、まるで花嫁と花婿のようだった。


 フェルミナもうっとりした顔で見惚れている。

 彼は待たせた詫びを告げると、ふたたび二人に選択を迫った。


「さて、これが最後の機会になる。結婚をやめたいならそう言ってくれ。何度も言ったが、今ならまだ引き返せる」

「気持ちは変わりませんわ、絶対に」

「……私も、変わりません」

「本当に? 無理はしなくていいんだよ」

 領主の視線はどこか探るようだった。視線がゆっくりと二人の間を行き来する。


「フェルミナ、君は私がどんな男でもそばにいたいと願ってくれるかい?」

「もちろんですわ、愛しい方」

「たとえば、目をそむけるほど醜い男でも?」

「あたしはあなたの内面に惹かれたのだもの。あなたがどんな見た目だろうと、構いませんわ」

「今のような地位や名声がなかったとしても?」

「ええ、もちろん」

「好きに使えるお金がなくても?」

「当然です。銅貨一枚だっていりませんわ」


 実際はその前に、どれだけ金が使えるか探りを入れている。つまり、贅沢三昧できると踏んだうえでの返答である。だが、そんな事はおくびにも出さない。

 それを聞き、青年は満足そうに頷いた。


「なるほど、君の覚悟は受け取った」

 そして次にアイリーネに目を向ける。


「アイリーネも、それでいいのかい? 君は好きな人がいるんじゃないのか?」

「……いいえ、いいんです」


 ラウルを助けるにはこれしかない。ここで自分が気を変えて、フェルミナに手紙で告げ口されては元も子もない。


「私の気持ちも変わりません。言う通りにいたします」

「二人の覚悟は受け取った。これで確認は終了する」

 青年が厳かに宣言した。


「では、契約の書類を交わしておこう。立会人は私と、……そうだな、彼でいいだろうか?」

「構いませんわ」

「では、先に我々の署名を行おう」


 彼が目くばせすると、すぐに二枚の契約書が運ばれてきた。内容は村から二人の娘を選び、彼女達を花嫁にするというものだった。証人として、フェルミナの父親のサインが入っている。

 青年と小男がサインをし、次にフェルミナにペンが渡された。


「この紙には魔力がこもっている。契約を(たが)えれば皮膚が焼けただれ、舌は裂け、手足の指が残らずもげる。覚悟はいいね?」

「もちろんですわ」


 フェルミナは意気揚々と名前を書いた。

 最後の文字を書き終えた途端、紙が音もなく燃え上がる。それと同時に、フェルミナの体に何かが吸い込まれた。


「アイリーネ、君も署名を」

「……はい」


 続いてもう一枚の紙が渡される。フェルミナがほくそ笑んでそれを見ていた。

 紙はほとんどが白紙に見えた。これも魔法によるものだろうか。横から覗き込んだフェルミナが、アイリーネの耳元でひそりと囁く。


「ああ、可哀想なアイリーネ。好きでもない男の妻になり、一生を食いつぶされるなんて。本当にお気の毒ね。あたしならきっと耐えられないわ」

「あなたがそれを言うのね、フェルミナ」

「あたしはこれから誰よりも幸せになるっていうのに、あなたは誰よりも不幸になるんだもの。そう思ったら、我慢できなくって」


 フェルミナは笑いをこらえ切れない顔をしていた。


「ねえ、想像したことあるかしら? 今後一生、あなたはその男のものなのよ。考えただけで身震いするわ。おぞましくて吐き気がする。あたしじゃなくて良かったと、これほど思ったことはないわ」

「あなたはそうかもしれないわね」

「醜い男に組み敷かれるのがどんな気持ちか、あとで是非教えてちょうだい。不幸な人の話って、あたし、とっても興味があるの」


 ふふっと笑い、フェルミナが軽く顎をしゃくる。さっさと書けという意味だ。

 書かれている文字が分からないのは不安だが、今さら逃げられる話ではない。覚悟を決めて、自分の名前を書き記す。書き終えると紙が燃え、やはり何かが吸い込まれた。


「さて、これで契約は成された」

 領主が高々と宣言する。


「ひとりは領主の花嫁に、もうひとりは大商人の花嫁に。決定が覆ることはない。二人とも、それでいいね?」

「ええ、もちろんだわ!」

「……はい」


 答えると、心臓がぎゅっとつかまれるような感覚があった。

 大商人と言っても、五番目の妻なのだ。ここに来る道中、話は少しだけ聞いていた。

 妻となった女に自由を与えず、金に細かい横暴な男。好色で、気に入った女を次々に侍らせるという。妻というのも形だけで、実際は愛人のような立場なのだろう。

 でも、選んだのは自分だ。それなら覚悟を決めなければ。


「これで、あたしはあなたの妻なのね」

 フェルミナがうっとりしたように言い放つ。


「ああ、そうだよ。フェルミナ」

「嬉しいわ。夢みたい!」

「私もだ。美しい花嫁よ」


 青年がそう言った時だった。


 彼の姿がぐにゃりと崩れ、大きくゆがんだのは。


「!?」


 フェルミナが息を呑む。アイリーネも驚いていたが、叫ぶ声はかろうじて抑え込んだ。


 すぐに変化は訪れた。


 高かった背は縮み、艶やかな髪は抜け落ちて、皮膚がぶよぶよとたるんでいく。涼やかな目はどんよりと濁り、鼻は潰れたように平べったく、黄ばんだ歯がめくれ上がった唇からのぞいている。

 一目見ただけで顔を背けるような醜い姿。だが、その顔には二人とも見覚えがあった。


 ずっと青年についていた、あの小男。

 紛れもなく彼の姿だった。


「なに……何? どういうことよっ」

 フェルミナが混乱したように叫ぶ。


「君は言っただろう。私がどんな姿でも構わないと。私の本当の姿はこれだ。ようやく本来の姿で話せるよ」


 その話し方は確かに青年のものだったが、喉の形が変わったせいか、潰れたヒキガエルのように聞こえた。


「新しい妻を迎えるために、国のあちこちを旅していた。だが、元の姿ではどうもうまくいかなくてね。私の容姿を気にしない娘を選んで花嫁にしようと思ったんだ。君は理想的だよ、私のフェルミナ」

「ふっ……ふざけないで! こんなのなしよ、冗談じゃないわ! いくら領主だって、あんまりよ!」

「領主? 何を言っているんだい?」


 そこで彼はちょっと笑った。喉が詰まったのか、ぐふんという音がする。


「私は商人だよ。五番目の妻を探していると言ったじゃないか」

「なっ……!?」

「領主どころか、貴族でもない。まあ、多少使える金は多いがね。妻に管理を任せるつもりはない」


 べろりと舌なめずりする顔は、本当にカエルのようだった。てらてらと濡れた唇の上に、大きなイボがひとつある。その肌はでこぼこの吹き出物で覆われており、ぞっとするほど醜かった。


「この世には姿を変える秘薬がある。もっとも、一時的なものだがね。それを飲んで旅をしようと思ったんだ。制約は多いし、約束を破ればすぐに魔法が解ける上、お世辞にもいい味とは言えなかったがね」


「制約……?」

 アイリーネが呟くと、彼は「その通り」と頷いた。


「姿を変える相手がすぐそばにいないといけないんだ。少しでも離れれば効果は切れ、元の姿に戻ってしまう。おまけに、彼は私の姿をしているからね。正体がばれるわけにはいかない以上、あまりまずいこともできなかった」


 とはいえ、見た目が変われば十分だ。


 この姿のままでは花嫁を探す事さえできない。怖がって逃げるか、嫌悪感いっぱいの目で見つめられるだけだ。金の力で無理やりものにする方法もあったが、魔法の契約には相手の同意が必要だった。


「とんでもなく高価な薬だったが、本当に役に立ってくれた。まったく、いい買い物をしたよ」


 美しい青年の姿なら、娘達が面白いように寄ってきた。その中でひとりを選ぶのは難しかったが、彼の好みは一貫していた。


「私は性悪な女が好きなんだ。その鼻っ柱をへし折って、従順にさせるのがたまらなく楽しいんだよ」

「な……っ」

「その点、君は実に理想的だ。ここまで性根の曲がった女は初めてだよ。躾けるのが今から楽しみだ」

 では行こうと、彼はフェルミナの腕を取った。


「結婚式は挙げてもいいが、あまり贅沢なものは駄目だ。ああ、言っておくが、逃げようとしない方がいい。この魔法は本物だ。契約を違えれば、本当に皮膚が焼けただれる」

「ひっ……」


「他の妻を紹介しよう。何しろ女というのは厄介だからね。彼女たちとうまくやらないと、ここでの生活が辛いものになる」

「い……いや……」

「心配しなくても、ひどいことはしないさ。私は妻には寛大だからね」


 にたりと笑った顔は、この上なく醜悪だった。


「あっ……あたしには婚約者がいるわ!」

 苦し紛れにフェルミナが叫んだ。


「婚約者?」

「ほんとよ、忘れてたの! 婚約者がいる女と無理やり結婚はできないわ。そうでしょう?」


 フェルミナは必死な顔をしていた。それも当然だろう。こんな事実を受け入れられるはずがない。


「相手はラウルよ。疑うなら本人に聞いてちょうだい! 彼はあたしの婚約者なのよ!」

「おやおや、それはおかしいな。以前に私が聞いた時、君は『同じ村の男だ』と言ったはずだ」

「それは、だからっ……」


「自分から馬車に乗り込んで、自分の意志で私を選び、自分の手で名前を書いた。契約は有効だ。たとえ婚約が本当だったとしても、それはすでに破棄された」

「アイリーネ、アイリーネ助けて! あんたが代わって!」

 フェルミナがアイリーネに詰め寄った。


「あんたの方がお似合いよ。あんたがこっちになるべきだわ。ラウルを助けたいでしょう? もしあたしに逆らえば――」

「残念だが、それは無理だ」

 男が非情に宣告する。


「もう契約は成されてしまった。今さら反故にはできないよ」

「冗談じゃないわ、絶対イヤよ!」

 アイリーネ、と彼女は叫んだ。


「あたしに逆らったら許さないわ。この男と結婚して、あんたが妻になりなさい。『はい』と言うのよ、今すぐに!」

「痛っ……」

 髪をつかまれ、アイリーネが顔をしかめる。


「言いなさいよ、言いなさい! さっさと言うのよ、言えったら!!」

「痛い、やめてっ……」


「言うことを聞かないなら、ラウルがどうなるか分からないわよ。家族も全員不幸にしてやる。それが嫌なら、さっさと契約を――」

 言い終える間もなく、フェルミナの肌が燃え上がった。


「きゃああああっ!?」


 炎が舐めたのは一瞬だったが、衝撃は相当なものだったらしい。フェルミナが半狂乱になる。痛い、熱いと叫びながら、炎が消えた肌を撫でさする。


「言っただろう。契約に違反すれば肌が焼けただれると。今はこの程度で済んだが、次は本当に燃えてしまうよ」

「い……いや……」

「君は私の花嫁だ。これからずっと、たっぷりと可愛がってあげよう」

「そんなのイヤよ、絶対嫌っ!」

「手紙はその都度確認する。余計なことを書かれては面倒だからね。父親に助けを求められても厄介だ」

「イヤよ、イヤ、絶対嫌ぁっ!」

「屋敷の外に出る必要もない。籠の鳥のように、大事に可愛がってあげよう。何、三年もすればここの生活に慣れるはずだ」

「いやよ、いや、いや、いやああぁっ!!」


 泣き叫ぶフェルミナを抱え上げると、小男は軽々と歩き出した。悲鳴のような声が遠ざかっていく。一度高く叫ぶ声が尾を引いて、そして消えた。

 呆然と成り行きを見ていたアイリーネだが、何かに気づいて振り向いた。

 小男の姿はかき消えて、背の高い人影が立っていた。


「……やあ、こんにちは」

 そこにいたのは、黄金色の髪に翠の瞳の青年だった。


「あなたは……領主さま?」

「そうだよ」

「あの人がさっきの彼なら、後ろにいた従者はあなた?」

「その通り」

 領主はおかしげな顔で頷いた。


「君の契約は、彼女とちょっと違うんだ。私の妻になるのは本当だけど、違反した場合の条件が違う」

「それは何?」

「簡単なことだよ、アイリーネ」


 彼はやさしい目でアイリーネを見た。


「君は幸せな結婚をするだろう。若く有能な領主に愛されて、高価なものに囲まれて、宝石もドレスも惜しげもなく与えられる。豪華な屋敷に住み、贅沢なものを食べ、何不自由のない生活を送る。これが君に用意された結婚だ」


 だが、その一方で。


「もしも契約を破るなら、君は無一文になり、着るものも食事も最低限、住む場所さえろくにない、とんでもなく苦しい生活を強いられる」

「私……」

「答えは決まっているだろうけど、一応聞くよ。――君の、返事は?」


 彼が差し出した手を、アイリーネはじっと見ていた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ごめんなさい」


 アイリーネは深々と頭を下げた。


「結婚はできません。契約違反で構いません」

「……だろうね」

 そう言うと領主はひっそりと笑った。


「好きな人がいます。今でも気持ちは変わりません」

「後悔しない?」

「ええ、もちろん」

「その人は君を待っていてくれる?」

「分かりません。それでも」

 答えは変わりませんときっぱり告げる。それを見て、領主はまぶしそうな顔をした。


「そう言うと思ったよ、アイリーネ」

「え……?」


「君が笑うのは、彼の話をしている時だけだった。花を贈られて喜んだのも、彼のことを思い出したからだろう。この顔とどれだけ一緒にいても、君の目は熱を宿さない。横で見ていてよく分かった」

「あの、私――」

「だから、賭けは君の勝ちだな」


 彼がそう言った時だった。

 領主の姿が二重にぶれて、新たな人影が現れた。

 黄金色の髪と翠の瞳の青年の横に立つ人物。それは。


「ラウル……!」

 アイリーネがラウルに駆け寄った。


「どうしてここへ?」

「君たちが馬車に乗る直前、この方に声をかけていただいたんだ。賭けに乗る気はあるかい、と」

「賭け?」

「君が領主の妻を選ぶか、それとも以前の生活を選ぶか。もし賭けに勝ったら、君が当面暮らしていけるだけの金をやると言われた」


 アイリーネが提案を蹴った場合、彼女は困窮した生活を送る。そうなった時のため、最低限の生活の保障を頼んだのだとラウルは言った。


「君が領主の妻の座を選んだら僕の負け。悪くない条件だった」

「……もし負けたらどうなっていたの?」

 ラウルは苦笑して答えなかったが、領主が「一生奴隷」と口にした。


「ラウル、あなたなんて無茶な真似を……」

「それはこっちのセリフだよ。僕や家族を助けるために、好きでもない男の妻になるなんて」

「好きでもない女の人と結婚しようとしたのはあなたでしょう?」

「それは……まあ、そうだけど」


 脅されてフェルミナの婚約者になったのは彼も同じだ。きまり悪げな顔のラウルを、アイリーネは抱きしめた。


「私のためにごめんなさい。それから……守ってくれてありがとう」

「それは僕のセリフだよ。僕と家族を守ってくれてありがとう」

 もう二度と離さない。ラウルの囁きに、アイリーネは頷いた。


「貧乏でもいいの。あなたとずっと一緒にいたい」

「僕も同じだよ、アイリーネ」

「今だって何もなかったもの。ラウルのご家族にもらった腕輪も、フェルミナにあげてしまったの。ドレスも靴も、髪飾りもない。本当になんにも持っていないの」

「髪に飾る花を贈るよ。きっとよく似合う」

「ええ、嬉しいわ!」


 一度顔を見合わせた後、二人で笑う。

 ふたたび抱きしめ合った時、ごほん、と咳払いの音がした。


「まだ話は終わってない。約束が守られなかったとは言え、契約は有効だ。君たちがこのまま村に戻るのは難しいだろう」

「ええ……」

 それがどうしたのかと、アイリーネが目を瞬く。


「これは公にはなっていないが、今年、小麦の収穫は激減する。理由は森の管理を怠ったからだ。君がこちらに来るまで半月、戻ってもひと月はかかるだろう。それでは到底間に合わない」

「え……?」

「あの森は、ただの森ではなかったんだ」


 ――つい最近、分かった事がある。


 その季節に卵を産む虫がいる。森を踏みしだく事により、その卵を死滅させる成分が生まれる。一日二日しなくても、どうという事はない。けれど、五日を過ぎれば効果が薄れ、十日過ぎれば死ななくなる。ちょうど雨や風の季節だ。地形から、森の土は畑へと流れ込む。水や空気に混じった成分は、天然の駆除剤となっただろう。

 

 小さな村ならそれで十分だった。当たり前すぎて、いつの間にか忘れてしまうほど。


「あの森は小麦につく害虫を防ぐ、特別な成分を含んでいた。それだけでなく、豊かな栄養分もだ。それが雨や川を通して村の畑に行き渡り、見事な小麦を実らせていた」


 だから森の管理者は重宝されていた。理由は分からなくとも、持ちつ持たれつ暮らしていたのだ。

 だが、今は。


「多くの人員を割くならともかく、君ひとりで管理するには手余りだった。その結果、たった半月で取り返しのつかないことになってしまった」


 森の管理は手がかかる。良い状態を維持するには、日々の手入れが必要だ。

 それを怠ればしっぺ返しがやって来る。

 すべてをアイリーネひとりに背負わせ、知らん顔をしていたフェルミナの父親は青ざめる事になるだろう。


「村人が飢えるほどではないが、蓄えはほとんどなくなるはずだ。彼の家には昔の文献が残されていた。少し調べれば、森の重要さはすぐに分かっただろうに」


 特にこの半月が何よりも重要だった。そこを失敗すれば、いくら世話をしようと意味はない。


「私は領主として、彼の責任を追及する。無罪放免にはしないつもりだ」


 滞在した期間で、彼らの横暴ぶりはよく分かった。村人への態度のひどさも露呈した。

 金の力で権力を握ったけちな男だ。娘が玉の輿に乗ったと思って喜んでいるだろうが、彼女から望む返事が来る事はない。


「私は領主としては若すぎる。だからこうやって、できる限り自分の目で見極めて、領地をより良くしていくつもりだ」


 そしてそのためには手段を選ばない。


「領主の妻でなければ、君は今後一生、困窮した生活を送るだろう。暮らしが落ち着くまで、最低限の援助を。それが私からの(はなむけ)だ」



    ***

    ***



 それからしばらくして、フェルミナの父親は破産した。

 小麦の収穫量が激減したのも理由のひとつだが、それによって賄賂を用意できなくなったのが大きな原因だ。


 自らの利益だけは確保しようと、村人に渡す小麦や金を取り上げた。その日の食糧さえ取り上げた事で、村人の怒りに火をつけた。結果、今までの悪事が明るみになり、彼はあえなく失脚した。

 責任者が不在になった事により、さらなる混乱が懸念されたが、その心配はいらなかった。王都から新たな領主がやって来る事になったのだ。


 小さな村に領主とは大げさだが、村人は押しなべて歓迎した。広大な土地を治める領主と違い、彼は村長のようなものらしい。なぜそんなご大層な名前なのかと聞けば、新しい領主はひたすら苦笑していた。


 新たな領主は思慮深く、謙虚で温厚、何よりも善良な人物だった。

 そして、彼はこの村の事情にも精通していた。

 何しろすぐそばで見ていたのだ。仕事が滞るはずもない。


 彼は次々に手腕を発揮し、あっという間に村の暮らしを立て直した。それだけでなく、森の管理の重要性を説き、改めて人を派遣した。若く有能な領主は村人から大人気で、いつも人々に囲まれていた。


 そして半年後、領主とこの村の娘との結婚式が執り行われた。

 幸せそうに微笑み合う二人の姿に、村人達は祝福と歓声を贈った。


 美しいドレスに身を包み、青い花を抱いて立つ花嫁。

 その髪には、腕に抱かれた花束と同じ花が飾られていた。



 領主の名前はラウル。

 その妻の名は、アイリーネといった。


お読みいただきありがとうございました。


フェルミナの契約は十五年から二十年くらいで徐々に緩んでくるのですが、反省していれば一日ずつ短く、反省のかけらもなければ一日長くなる、みたいな感じなので、いつ終わるかは分かりません。彼女の今までの言動の数々は、そのまま己の身に返る事となるでしょう。


いいね・ブクマ・評価など、どうもありがとうございます。

またどこかでお会いできたら幸いです!


*******

≪追記≫

タイトル『二人の花嫁と領主の結婚』の「二人」は、「花嫁」と「領主」の両方にかかっております。ラストに出てくる領主はアイリーネの恋人だったラウルです。分かりにくくてすみません。アイリーネは幸せになります(※領主=村長)。

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