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9 開戦の時


「お父様!お話がございますわ!!」


 セレスティアが仮面を被り直してすぐ、案の定アリスティアが予想通りの動きを見せた。ガイセルに腰を抱かれた状態で、皇帝の元に歩みを進めたのだ。


「ミシェル、行くぞ」


 セレスティアも小声でミシェルに声をかけ、皇帝の元に歩みを進めた。ミシェルの手は、小刻みに震えていた。


「話とはなんだ、アリスティア」

「わたくしの婚約者についてですわ!!先日、わたくしミシェル・ライバードと婚約破棄いたしましたの」

「………………」

「ですが、皇太子であるわたくしに婚約者が不在というのもあんまりよろしくないでしょう?ですから、わたくし、自分で新しい婚約者を用意いたしましたの。紹介いたします。彼がわたくしの新しい婚約者、ガイセル・グートハイルですわ」


 アリスティアの高らかな声に、会場内の貴族や皇帝が眉を歪めた。


「皇帝陛下、わたしからもお話がございます」

「お前からはなんだ、セレスティア」

「わたしの婚約者についてです」

「ミシェル・ライバード、か………」


 今知って頭を抱えているかのような皇帝の迫真の演技に、セレスティアは舌を巻いた。


(本当に、父上は知っていてなおこのような反応をするのだから、意地の悪い人だ)


 父親にも引けを取らない演技力を持つセレスティアは、心苦しそうに表向きの皇帝への説得を始めた。


「わたしは、彼と一生を共にしたいと思っています。陛下、次期皇帝を脅かさんとしてしまっているように見えてしまうわたしの行動に、どうかお慈悲をください」

「………よかろう。そなたを次期皇帝とする」

「え………?」


 セレスティアは皇帝の突飛な発言に目を見開いた。そして、意地の悪い笑みを浮かべた皇帝を見て、自分がはめられたことに気がついた。


(父上は元々この茶番に付き合う気はなかった。わたしの皇位継承権をさっさとアリスよりも上にして、それを周知させる気だったんだ)

「せ、セレス」


 セレスティアはミシェルに名前を呼ばれたことにも気が付かずに、ぐるぐると思考を回転させた。


(父上はアリスを悲劇の皇女に仕立てて爵位を与える気だろう。だが、それであの子が満足するはずなんて絶対にない。それどころか、皇帝反逆で断頭台行きが関の山だ。なら、あの子のためにも日の当たる場所に放っておくよりも、日の当たらない場所で監視しておく方が………………)

「なんだ、聞こえなかったのか、セレスティア。今この瞬間から、お前が皇太子だ。しっかりと励め」

「んなっ!?お、お父様!?」

「なんだアリスティア」


 皇帝の言葉に、セレスティアは唇を噛み締めた。自分の嫌な想像が的中する可能性が高まったからだ。このままでは、彼女はガイセルによって滑稽なダンスを掌の上で踊らされ続けてしまう。


(助けなくては、助けなくては助けなくては助けなくては助けなくては助けなくては助けなくては助けなくては………)


 まとめようとすればするほど思考というのもはまとまりがなくなり、霧散してしまうということを、セレスティアは人生で初めて体験した。

 失いたくないと、本人がどんなに絶望する結末となったとしても命だけは助けたいと、そう願った相手の人生がかかっているのが、セレスティアの焦りを加速させる。


「!! セレス、大丈夫。落ち着いて」

「っ、」

「ゆっくり呼吸するんだ。そう、大丈夫だから、落ち着いて」


 焦燥感に駆り立てられてしまったセレスティアは、過呼吸に陥ってしまい、ミシェルに背中を撫でられ、呼吸を促されていた。


(視界がぼやぼやする)

「はい、ハンカチ」


 やっとのことで呼吸が落ち着き、酸欠で涙目になってしまったセレスティアにミシェルは甲斐甲斐しく世話を焼いた。背中を優しく摩り、ハンカチで涙を拭かせた。ミシェルは本当はセレスティアの涙を拭ってあげたかったのが、身長差的に難しかったのだ。ミシェルはこの時ほどに20センチの身長差を恨んだことがこれまでの人生にあっただろうかと場違いにも真面目に考えた。


「感謝する」

「うん、大丈夫だよ。………これには僕に策があるから任せてくれるかな?」

「承知した」


 セレスティアとミシェルは2人だけの世界から脱出して皇帝とアリスティアの会話に耳を向けた。


「納得できません!!何故長子ではないセレスが次期皇帝なのですか!?」

「ミシェル・ライバードと婚約したからだ。それ以外になんの理由がある」

「なっ!!何故皇帝になるのに未来の旦那が左右されるのです!!」

「愚者が」


 アリスティアの叫びに、皇帝は蔑みの視線を向けた。これまでに1度も皇帝にそんな視線を向けられたことのなかったアリスティアは、ひどく狼狽した。


(………どうしてそんな簡単なことすら分からないんだ)

「セレス………」


 ぐっと唇を結んだセレスティアに、ミシェルは不安げな声をかけた。手酷い婚約破棄のされ方をしたとしても、10年来連れ添った元婚約者が酷い目に遭っているのには同情を誘うものなのだろう。

 分からないことを正直に質問して冷たい目を向けられたアリスティアは、この上ないほどに焦りを覚えていた。


「おとう、さま………?」

「何故ミシェル・ライバードとの婚約を破棄したのだ」

「え?わ、わたくしのお眼鏡に敵わなかったからですわ………」


 アリスティアは自分が返答をすればするほどに、父と呼べば呼ぶほどに父親の表情が歪んでいっていることに今更ながらに気がつき、同時に、大嫌いな羨ましくて仕方がない自分以上に出来がいい双子の妹が大いに焦っていることに驚いた。


(どうして?あなたはわたくしが失脚したら嬉しいはずでしょう?何故そんなにも焦っているの?)

「わたくしはあの子と違って皇帝になるべく、ずっと教育を受けて参りましたわ!!」

「それがなんだというのだ。そんなもの、セレスティアにこれから詰め込ませればよい」

「お父様!!」


 アリスティアはもう何を言っても無駄であることを悟った。どこで何を間違えたのかが分からないアリスティアはただ、父親の真意を探るために表情から事態を察することしかできなかった。


「………お前がいるのだから、セレスティアが公務に困ることはあるまい。教育を受けたお前が全部サポートすれば良いのだからな」

「!! わたくしに影になれと!そうおっしゃりたのですか!?」

(何故?どうして?なんでみんなこんなに冷たい目をわたくしに向けるの?)


 アリスティアは助けを求めるようにガイセルへと視線を向けたが、彼もまた汚物を見るような視線を自分に向けていることに気がついた。


(誰も、もう誰も助けてなんてくれない。自分で、自分でどうにかしなくちゃ、わたくしの力でどうにかしなくちゃ)


 セレスティアはアリスティアの焦燥を感じ取っていた。この場にいる誰よりも、感情を共有していた。


「皇太子の任、謹んでお受けいたします」

「セレスティア」

「………アリス、わたしはその男を選んだあなたの気が知れないよ」

「………そうね。こいつとは別れるわ。そして、ミシェル・ライバードと婚約するわ」


 あぁやっぱり、とセレスティアは嘆息した。ガイセルをこいつ呼ばわりしたアリスティアは、アリスティアが皇帝にならないと知った途端に、汚物を見るかのような視線をアリスティアに寄越していたガイセルの腕から逃れた。


「ミシェル・ライバード、再度わたくしの婚約者にしてあげるわ。セレスティアよりもずっといい処遇を約束してあげるからこっちに来なさい」

「………お断りします」

「なっ!?小動物の分際で断るというの!?」


 しっかりと自分の意見を述べたミシェルに、アリスティアは目を見開いて驚いていた。


(次は、『わたくしが拾ってやるのよ!!感謝してしかりでしょう!?』と言ったところかな)


「はい、お断りします」

「わたくしが拾ってやるのよ!!感謝してしかりでしょう!?」

(そら、予想どおりだ)

「ミシェルは犬猫ではない。小動物扱いも拾うという表現もやめてもらおうか」

「………1番僕のことを小動物扱いしているのは他の誰でもないセレスだし、人を拾うっていう表現をよく使っているのもセレスの方だと思うけど………」


 セレスティアの妖艶な微笑みと共に発せられた言葉に、ミシェルはぼそっと呟いた。当然ながら、この後ミシェルはセレスティアに足を小さく蹴られた。


「婚約者の脛を蹴る乙女ってどうかと思うよ?」

「乙女と表現されたのは初めてだな」


 セレスティアは愛しの婚約者に乙女と表現されて嬉しそうに微笑んだ。


「………そうだったね、君は貴公子様だもんね。………? 貴公子様も婚約者の脛は蹴らないんじゃね!?」

「ははは、口が悪いぞ。ミシェル」

「誰のせいだと?」


 ミシェルはぎろりとセレスティアのことを睨んだが、セレスティアは飄々と微笑むだけだった。


(やっぱりミシェルは小動物のようだな。大型犬相手に仔猫が必死になって『怒ってるんだぞぉー!!』と言っているようだ)

「………今、なんか失礼なこと考えてない?」

「ん?そんなことはないと思うぞ?」

「そこは断定してほしいところだよ………」


 ミシェルはガックリと項垂れた。どんなに必死になっても一生敵いっこない婚約者にこれ以上突っかかっても無駄だと諦めたようにも見えた。


(本当に、わたしの婚約者は愛らしいな)


 セレスティアはミシェルのあまりの愛らしさに、場違いにも和んでしまった。


「………お熱いのは結構だけれど、そういうのは部屋でしてくれる!?」

「あ、もう諦めたんだな」

「そりゃあここまで見せつけられたら嫌でも諦めるわよ!!初恋が叶ってよかったわね!!お2人さん!!」

「「!!」」


 セレスティアとミシェルは、アリスティアのまさかの暴露に赤面した。というか、セレスティアは蹲ってイヤイヤと幼子のように首を振っていた。


(アリスティアああああぁぁぁぁぁ!!なんてことをおおおおぉぉぉぉぉぉ!!ミシェルの顔が見られなくなったじゃないか!!)

(え!?アリスティア皇女殿下僕の初恋に気づいてたの!?というか、セレスの初恋が僕!?まじ!?嬉しいんだけど!!え、間違いじゃないよね!?セレスは顔を赤くして蹲っているわけだし、これって本当なのかな!?)


 アリスティアはそんな2人を見て、お互いが初恋同士であったことに気がついていなかったことに初めて気がついた。


「うわぁー、こいつらマジ(うぶ)すぎない?というか、16と17の成人になってまで初恋拗らせてたとかどうなのよ………」

「今日初めてまともなことを言ったな、アリスティア」

「………お父様、わたくしもう皇位は諦めますわ。宰相として初恋フィーバーなこいつらを鞭片手に楽しく締めることにします」

「ふんっ、決めるのはセレスティアだ」


 付きものが取れたようにスッキリした表情をしたアリスティアと娘が正気付いたこと気がついた皇帝は、今日初めて意気投合した。


「セレス!顔をあげなさい!!」

「誰のせいだと思ってるんだ!?」

「はあ!?何言ってんの!?100%初恋を拗らせたあんたのせいでしょう!!」

「うぅー、」


 セレスティアはいまだに立ち直れないのか、蹲ったまま涙目で恨めしそうにアリスティアのことを睨んだ。


「さっきも言ったけど、わたくし、皇位は諦めるわ!そのかわり、あなたはわたくしを宰相にしなさい!!」

「はあ!?お前それ何言ってるか分かってるか!?」

「分かってるわよ!!でも、これから帝王学を始めるにしても付け焼き刃じゃ無茶があるでしょう?それはわたくしが支えてあげるわ!!というか、わたくしに挽回のチャンスを寄越しなさい!!」


 セレスティアはいつまで経っても素直じゃないアリスティアに苦笑した。


「なぁアリス、わたし、今日はとっておきの余興を用意したんだ。ミシェルと共に補佐に回ってくれるか?」

「ふ~ん、面白そうね。お姉様に任せなさい!!」


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