8 皇女の出陣
▫︎◇▫︎
3日後に控えていたアリスティアとセレスティアの成人を祝う16歳の誕生日パーティーの日は、あっという間に来てしまった。
セレスティアの方の準備は少し心もとないところもあったが、満足できる出来栄えだった。
(それもこれも、ミシェルと義父上、義母上のお陰だな)
セレスティアはやる気満々で聞き込み調査をしてくれたフィオナのことを思い出し、クスリと笑った。
「セレス?」
「ん?あぁ、ちょっと義母上のことを思い出してな」
「うぅ、あの時のことは忘れてくれ~!」
「それは無理な話だ」
セレスティアは意地悪く笑った。
目に見えて緊張していたミシェルがぷくぅーっと頬を膨らませたからだ。
「適度に肩の力も抜けたことだし、そろそろ出陣とするか!」
「………ほんと、セレスには敵わないよ」
「褒め言葉として受け取っておく」
ここ3日アリスティアを倒すための策を完成されるために、ほとんどの時間を共に過ごしたセレスティアとミシェルの間には遠慮というものが薄れていた。特にミシェルの態度は顕著だった。
「セレスティア皇女殿下と婚約者殿のおな~り~!!」
セレスティアの視線を受けた入場係の人間が声を張り上げ、重厚な扉を開いた。
セレスティアの隣から、息を呑んだ気配がした。
「大丈夫だ、ミシェル。なんら問題ない」
「問題しかないよ。なんで僕はこの扉から入場してるんだ?」
「ははは、諦めろ」
2人はお互いの耳元で歩みを進めるギリギリまで軽口を叩き合った。
(さぁ、出陣だ!!)
いつもポニーテールにしかしない髪を複雑なシニヨンにし、水色をメインにして銀色の豪華絢爛な刺繍を施された軍服風の礼服に身を包んだセレスティアが、セレスティアには劣るが似たようなデザインの礼服を身に包んだミシェルにエスコートされているのを見たこのパーティーに参加していたものは、皆息を飲んだ。
所詮は噂だと切り捨てた婚約破棄と、新たな婚約が本当だと言うことをまざまざと突きつけられたからだ。
「皇女殿下にいたしましては、この度の成人を祝福申し上げます。して、今日は何故姉君の婚約者であらせられるライバード公爵子息と共に入場してきたのでしょうか」
「祝いの言葉は受け取った、グランハイム公爵。あと、言っておくがミシェルは今はわたしの婚約者だ。アリスティアの婚約者ではない」
アリスティアを傀儡にしようと画策していたグランハイム公爵に、セレスティアは冷たい妖艶な笑みを浮かべた。ミシェルをアリスティアの婚約者とほざいた彼は、今回のアリスティアが起こした婚約破棄騒動の首謀者と言っても全くもって過言ではないのだ。
「今日の余興、是非楽しんでいかれるとよい。とっておきを用意したのでな」
セレスティアは姉の輝かしい人生をぶち壊した彼を、心の底から憎悪を抱くくらいに怒っていた。いくら仲が悪いと言っても、セレスティアにとってアリスティアは世界でたった1人の大切な姉なのだ。
「まぁ、騒ぎすぎて死人が出なければいいな」
だから、セレスティアは#コイツ__グランハイム公爵__#を懲らしめることにした。母親であるフロンティアを殺した原因でもある死んだ女の実家でもあるグランハイム家の人間を自分が味わった絶望の谷に突き落とすことにした。
(せいぜい苦しめ!この#下種__ゲス__#が!!)
去り際にセレスティアが耳元で呟いた“死人”と言う言葉に、グランハイム公爵は目を見開いて固まった。
「やりすぎじゃないの?」
「これくらいやっていないと怒りが爆発しそうなんだ」
セレスティアは妖艶な笑みを浮かべたまま、長年の相棒であるよく切れる愛剣をするりと撫でた。
「ふふふ、本当に死人が出なければいいな」
「セレス、言っておくけど、僕は流血沙汰には反対だからね?」
「時と場合によるな。逆上されたら牙を剥くしかないではないか」
「………セレス、煽る気満々だね」
笑みを深めたセレスティアに、ミシェルはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
けれど、止めようとは思わなかった。
(大切な母親を奪われて、そして姉も奪われかけてるんだ。怒らない方が異常だ。だから、)
「僕は君が背負っていかなくて済むように、支えるよ」
「………わたしは戦場に立ったことのある人間だぞ。そんなもの、今更どうってことはない」
セレスティアはふんっと鼻を鳴らしたが、その横顔はどこか嬉しそうにも見えた。
「わたしは君のことが好きだよ。ずっとずっと前からね」
「え?」
セレスティアの唐突な言葉に、ミシェルは立ち止まり、顔を真っ赤にした。
(か、揶揄われた!!)
「意地が悪いと思うよ、セレス」
「そうだな。…………これから決戦が始まるから言っておこうと思ってな」
穏やかな表情で言ったセレスティアの顔と声に、ミシェルは本能的な危険を感じた。
淡くて儚くて、危うい、そんな感覚だ。
「セレス、僕は何があっても君と一緒だよ。例えそれが地獄だとしてもね」
セレスティアは目を見開いて固まった。
「………どうして分かったんだ?」
「君お姉ちゃん子だって分かったからだよ」
セレスティアは唇をとがらせて苦笑した。
「本当に、ミシェルには敵わないよよ」
「一緒に戦おう。そして、守り抜こう。僕は無力で足手纏いだけれど、必死についていくから!!」
「君は決して無力でも足手纏いでもない。何度言えば分かるんだ」
セレスティアにデコピンされたミシェルは、額を押さえて涙目でセレスティアを睨んだ。
「セレス、いい加減に手加減というものを覚えてくれないかな?」
「今回はがんんばったと思うぞ?」
仲良さげに軽口を叩き合う2人に、会場内の人々は奇異の視線を向けた。男前で、決して妖艶な仮面の笑み以外を他人に見せなかったセレスティアが穏やかな表情で微笑み、小動物のようにいつもビクビクしていたミシェルがちょっぴり頼りなさげであっても堂々としているのだから当然であろう。
「そろそろ来るぞ」
セレスティアが顎で先程自分達が入場してきた扉を顎でしゃくった瞬間、号令がかかった。
「皇帝陛下の、おな~り~!!」
皆が一様に頭を垂れ、皇帝に敬意を払った。それは皇女であるセレスティアやその婚約者のミシェル、早いうちから会場入りしていたこれまた皇女のアリスティアとそのお連れ様も例外ではなかった。
「面を上げよ!!今日のよき日に、我が娘達、アリスティアとセレスティアの成人を迎える誕生日を迎えられることを、嬉しく思う!!今日はめいいっぱい楽しんで行くがよい!!」
陛下の声は威厳に溢れ、会場内の人間全てを圧倒した。
(さぁ、これで舞台は整った。存分に暴れるとしよう)
セレスティアはいつと変わらぬ妖艶な微笑みの仮面を厳重に被った。