4 皇女は父と対峙する
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ミシェルの家でのゴタゴタを区切って王宮に戻ってきたセレスティアは、真っ先に父親たる皇帝の部屋へと歩みを進めた。
「クロード、今皇帝陛下への謁見は可能か?」
「陛下は皇女殿下のことをお待ちです」
「そうか」
父親の従者から言葉を受けたセレスティアは、大きく深呼吸をした後にはやる気持ちを抑えてゆっくりとした動きでノックをした。
「父上、セレスティアにございます」
「入れ」
「失礼いたします」
できるだけ音を立てないように扉を閉めたセレスティアは、自分と同じ色彩を持つ大柄でありながら無駄な筋肉のない完成された肉体を持つ、この帝国最強の男を見据えた。
「父上、わたしの用件からお話ししてもよろしいでしょうか?」
「構わん、おそらくは同じ用件だろう」
「はい、アリスティアとミシェルの婚約破棄とわたしとミシェルの婚約についてです」
ピリッとした殺気を帯びた父親に、セレスティアの背筋は自然と真っ直ぐになり、話し方も丁寧なものとなった。
「………何故ミシェル・ライバードに求婚した。お前ならばお前のとった行動がアリスティアへの妨げとなると分かっていただろう」
「ーーアリスティアに、皇位を継がせられないと判断したからです」
「何故?」
「公衆の目前で後ろ盾たるライバード公爵家の子息に至極理不尽で自分勝手な理由で婚約破棄を突きつけ、あまつさえ筋肉だけを無駄に鍛えた男爵家の5男坊との婚約をほざいたからです」
セレスティアは自分が蒔いた種によって起こった問題を片付けるため、父親と口論を交わすという賭けに出たのだ。
「父上もお聞きになったはずです。あの子のどうにもならない盛大なやらかしを!!」
「そうだな」
父親の軽い返事に、セレスティアは激しい怒りを覚えた。
(父上は国のことを何も考えていない!!)
皇后たる母親が亡くなってから、皇帝たる父親は酒を飲む回数が増えた。愛が故に、先に逝かれた事が辛かったのだろう。2人は非常に仲睦まじい夫婦だった。互いが互いの事を常に考えて、依存して支え合っていた。
「あの子がこの国の頂に立てば、この帝国は滅びてしまいます!!」
「………お前はどうしても皇位に就くというのか?」
「何がおっしゃりたいのでしょうか」
「私はお前に皇位に就いてほしくない。ミシェルと結婚できれば位などどうでもいいのだろう?結婚させてやる。だから、皇位は諦めろ」
父親はグイッとアルコール濃度の高いウィスキーをなんの躊躇いもなく大量に煽った。
「お辞めください、父上!!」
セレスティアは父親の手を押さえて悲鳴のような声を上げた。
「もうお酒はお辞めください。これ以上はお命に関わります」
「フロンティアがいないこの世界にもう用なんてない」
投げやりに放った言葉に、セレスティアは父親の腕を握ったまま泣いて崩れ落ちた。
「………おとーさま、………お願いだから、セレスを置いて逝かないで………」
「………………………」
「おかーさまみたいにセレスを置いて逝かないで!!」
幼子のような絶叫に、父親は困ったような威厳も何もない表情を浮かべてセレスティアの頭を優しく撫でた。
「セレスは本当にフロンティアにそっくりだな」
「おとーさま?」
いきなりの父親の独白に、セレスティアは床に座り込んだまま首を傾げた。
「フロンティアは私が母上に死なれて投げやりになっていた時に、私に向けてこう言ったんだ。『私を置いて逝かないで!!』って。今のお前みたいに叫んだんだ」
「………わたしはおかーさまみたく、優しくありませんし、弱くもありません」
「………………セレスは優しいよ。それに、フロンティアは決して弱い女性ではなかった」
セレスティアは父親の言葉の真意を探ろうと、お酒に酔ってやや虚ろになっている瞳をじっと見つめた。
「私はお前のことが心配だ。皇位を継いだことによって心が壊れてしまうのではないかと心配なのだ」
「わたしは壊れません」
「………」
無言を貫く父親を説得しようと、セレスティアは涙を拭いて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「お願いです、父上。わたしに皇位を継がせてください。父上や母上が守った皇国を今度はわたしが守りたいのです。お願いします」
「………………本気なのだな」
「はい」
「………分かった。協力しよう」
セレスティアはパッと顔を上げて表情を輝かせた。父親は困ったものを見るような渋い顔をしていた。悪い事をしたなと思いながらも、セレスティアは心から微笑んだ。
「ありがとうございます!!」
「………しばらく私は死ねんな」
「死なれては困ります。ちゃんと孫のお名前もつけて頂かないと」
「それは旦那につけてもらえ」
セレスティアは嬉しそうに無邪気に笑った。
その笑顔は、フロンティアが亡くなって以来、失われていた彼女本来の笑みだった。
「それで?セレスティアはこれからどうするつもりなのだ?」
唐突に皇帝の顔付きになった父親に、セレスティアはすっと背筋を伸ばした。
「正々堂々アリスから皇位継承権を奪います。父上にはその許可をいただきたく参りました」
「自分の手でやるというのか?」
「はい、それがわたしのアリスに対するけじめです」
「そうか………、好きにするがいい」
父親は複雑そうな顔をした後、瞠目した。仮にも昔は仲の良かった双子の姉妹を争わせたくはなかったのだろう。
「それにしても、初恋が実って良かったなぁセレス」
「は、はいぃ!?」
「いやなに、セレスの初恋はミシェル・ライバードであろう?」
「な、ななな、何故それを!?」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら質問したセレスティアに、父親はキョトンとした表情を浮かべた。何故驚いているとでも言いたげな表情だ。
「セレスは分かりやすかったぞ?いつもじぃーっとミシェル・ライバードのことを見つめていたではないか。私はいつもどうにかしてセレスとミシェル・ライバードをくっつけることができないものかと画策していたのだがなぁ」
「そんな分かりやすかったですかあああぁぁぁぁぁ!?」
「声が大きい」
「も、申し訳ございません」
権力者特有の重みのある声に注意され、セレスティアはビクッと肩をすくめた。
(わたしの初恋はどこまでバレているのだ?)
「少なくとも私とライバード公爵夫人は知っていると思うぞ?」
セレスティアは苦々しい表情で、逃げ出したい気持ちでいっぱいになってしまった。