3 砂糖な2人
▫︎◇▫︎
「ということがあり、わたしが挨拶に伺った次第だ」
「そ、そうですか。それは、なんともまぁ、………い、勇ましいことで」
応接室で今日のパーティーで起こったことを説明したセレスティアに、ミシェルの父親たるくすんだ金髪に空色の瞳を持った小さな公爵が苦笑した。
セレスティアは他所行きの妖艶な微笑みを深め、公爵を懇願するようにじっと見つめた。
「あの皇女の双子の妹たるわたしと、ご子息との婚約を許していただけるだろうか?」
「ミシェルはどうなんだい?」
「僕は、………セレスの隣を歩きたい」
弱々しさが鳴りを潜めたはっきりとした声で答えたミシェルに、公爵は目を見開いた。
「もう皇女殿下のことを愛称で呼ばせていただいているのですね」
「あぁ、あまりにも彼が可愛らしくて無理を言ってしまった」
「そうですか。………皇女殿下は可愛い男性が好みなのですね」
「賢くて、愛らしいのが好みだ」
セレスティアはにやりと笑って隣に座るミシェルの腰を抱いた。
「だから男女逆だって」
「良いではないか」
「むぅー、良くないよ。それは僕からしたい!!」
「………ベタ惚れだな」
公爵の溜め息のような呟きは、恋に不慣れでありながらとても大胆な2人には全くもって届かなかったが、気がついて顔を真っ赤にして慌てるよりはマシだろう。
「皇女殿下、婚約を認めます。どうか愚息のことをお願いいたします」
「あぁ、任されたぞ。この命に掛けて、彼を守ると約束しよう」
深々と頭を下げた公爵に、セレスティアは凛々しい微笑みを浮かべて腰にある剣の柄をするりと撫でた。
「公爵、少し話がある」
「………承知いたしました」
セレスティアは顔を上げた公爵に対して、至って真面目な表情で誘い、窓際に共に歩みを進めさせた。
2人が始めた話し合いには、何故かミシェルは参加させてもらえなかった。
「ーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーーーー」
(むぅー、セレスは僕のことをまた除け者にする。………セレスの分もおやつを食べきってやるんだからね!!)
ミシェルは紅茶にミルクと砂糖をたっぷりと入れてスプーンでくるくると回した後一口飲んみ、タワーに積まれた一口大のおやつを次々と口の中に入れた。本人が思っていたよりも疲れが溜まっていた身体に、甘くて美味しいお菓子は彼の心を落ち着けた。
「ぷっ、ふふふ、ははっはははは!!」
(?)
夢中でお菓子を貪っていたミシェルは、唐突に自分の方を向いてお腹を抱えた状態で肩を震わせながら爆笑し始めたセレスティアに首を傾げた。
「いや、必死に食事をするリスのようで大層愛らしかったのでな。………今度菓子を食べている最中の君の絵を、皇城の画家に描かせても良いだろうか」
「? いいよ」
(? なんでおやつを食べている最中なんだろう?)
ミシェルは内心未だに首を傾げながらも、次の焼き菓子に手を伸ばした。
こんがりと飴色の焼き目が付いている焼き菓子はなんともいえぬ食欲をそそる。パーティーでまともに食事を取れなかったお腹を満たすのにはピッタリだ。次々と手を出してしまう。
(う~ん、美味しい。セレスも食べたらいいのに)
話を終えたセレスティアと公爵は、再び先ほど座っていた席に腰を下ろした。
「………」
「セレス? ………!………ほら、美味しいよ、あーん」
「!?」
お菓子をリスのようにほっぺたいっぱいに詰め込んでもぐもぐするミシェルをじっと見つめているセレスティアの口元に、何を考えたのかミシェルは焼き菓子を差し出した。
「セレス、あーん」
「うぅー、あ、あーん」
羞恥に顔を真っ赤にしたセレスティアは、焼き菓子をゆっくりした仕草でもぐもぐと咀嚼した。
「美味しい?」
「わ、分からない」
「えぇー、」
真っ赤な顔でぷくぅーっと頬を膨らませたセレスティアは、抗議の声を上げているミシェルの口に一口大の生クリームたっぷりな生菓子を突っ込んだ。
「!?」
「どう?美味しい?」
乙女な表情でセレスティアは、ちょっとだけ拗ねたような表情で真っ赤な顔をしているミシェルの顔を、下から覗き込んだ。
「わ、分かんない」
「でしょ?」
「………青春だな………」
公爵の声は、またもやイチャイチャな2人に無視されてしまった。
「あ、クリームついてる。」
「え?」
セレスティアはそう言って、ミシェルの口の端についていた生クリームをひょいと掬ってペロリと舐めた。
「ふ、ふ、」
「ふ?」
「ふぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
びっくりし過ぎたミシェルは、首まで顔を真っ赤にしてセレスティアと共にかけているソファーの上で、悶え始めた。
「ミシェル?」
「っっっっっっっっっっっっ!!」
セレスティアが声と共に伸ばした手から、ズジャー!!という音が聞こえそうなほどに思いっきり良くミシェルが逃げた。
「ミシェル、どうしたんだ?」
「せせ、せせせせ、セレス、さ、さささ、さっきの、かかかかかかかか、間接キス!!」
「!?!?!??!?!?」
ボフン!!とミシェル同様首まで顔を赤くしたセレスティアに、公爵はほとほと呆れた。
(若いっていうのはいいなー、私もフィオナと……………)
「み、みみみ、ミシェルの馬鹿!!」
「せ、せせせ、セレスがやったんでしょう!?」
「わたしは、かかか、間接キスだなんて、考えもしなかったぞ!?」
「ふぇ!!」
あたふたと悲鳴のような声を上げ始めた恋に不慣れな若い2人を置いて、公爵は応接室を退出した。
(あんな砂糖を浴び続けたら糖尿病になってしまう)
「旦那様、ミシェルはどうしたの?」
「あぁ、フィオナ、何も心配しなくて大丈夫だよ。最強の騎士様が守ってくれることになったからね」
「答えになっていないわ」
わざとはぐらかした公爵に、公爵夫人たるミルクティー色の髪にエメラルドのような瞳を持つフィオナは不機嫌そうな表情で抗議した。
「そのままの意味だよ。ミシェルはアリスティア皇女殿下ではなく、とある騎士様に婿入りすることになったんだ」
「………もしかしなくてもセレスティア皇女殿下?」
首を傾げながらも、断定した妻の姿に公爵は苦笑した。
「流石だね、フィオナ。そうだよ」
「うふふふふ!!ミシェルは絶対に報われないと諦めようとしたことによって、拗れに拗れまくった淡い初恋が叶ったのね!!」
「………。ミシェルの初恋はセレスティア皇女殿下なのか?」
「えぇ!!頬を赤くして、いっつもアリスティア皇女殿下の隣に立っている男装姿のセレスティア皇女殿下を見ていたのよ!!」
こうしておしゃべりな母親によって、ミシェルの初恋はなんの躊躇いもなく暴露されてしまったとさ。