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17 皇女の怒り


▫︎◇▫︎


「さぁ、皆戻っただろうか!!」


 会場に休憩時間が始まってからちょうど20分経ってから戻ってきたセレスティアは、会場の隅々まで声が届くように大きな声を張り上げた。


「では、断罪を再開する!グートハイル男爵家の人間は前に出てこい!!」


 セレスティアの声に、グートハイル男爵家の人間はイライラしたような表情を浮かべてグランハイム公爵の隣に出てきた。男爵は仕切りに懐中時計をいじっている。


「グートハイル男爵、わたしが何を言いたいか分かるか?」

「ガイセルの件でしたらわし共は無関係ですな。気に入らんのでしたら、コヤツももう成人したいい大人です。コヤツのみに罰をお与えください」


 飄々とした口調で言った男爵に、セレスティアは目に見えて冷たい氷のような表情を向けた。


「成人していようがいまいが関係ない。この帝国では、家族の犯した罪は余程のことがない限り、家族全員で償うものだ」

「ならばここに、ミーファも呼ぶべきでしょう」

「ほう、お前は余程自分の家のことを、いやお前の悪逆非道な悪行を曝け出したいようだな」

「はい?」


 セレスティアは黒曜から受け取った1冊目の書類を叩きながら、妖艶な微笑みを浮かべて言った。


「男爵、お前は実の娘であるシャトイン子爵夫人を酷く虐待していたそうではないか」

「なっ!!」

(グランハイム公爵も結構なことだったが、グートハイル男爵もよっぽどだな。あの書類に書いてあった内容は実の子に、ましてや女子にする行動ではない)


 セレスティアは虫唾の走る内容がびっしりと書いてある1冊目の書類の内容をを思い出し、ぐっと眉を寄せた。悪行や悪逆非道などと言う言葉では生やさしいと感じる書類には、吐き気を覚えるほどの内容が長きにわたって記されていた。そして、それはあくまで他人が見ている前での行動でしかないことを思い出し、他人が見ていない時はどうだったのかという疑問を覚え、そして身体に震えがで始めたところで思考を停止した。


(考えるべきではないな。………わたしには重た過ぎる)


 家族には比較的恵まれていたセレスティアは、戦場での惨い記憶で呼び起こされた血みどろの惨状を顔を小さく左右に振ることで頭の端に追いやった。


(いくらなんでも家庭内であんなことが起こっていたはずはない)

「報告書は上がっているこの状態で彼女を巻き込ませるというのであれば、わたしはそれを許さない。もしそれでも駄々をこねるのであれば、今この場でお前がやっていたことの一端を話して多数決を取っても良かろう」


 それくらいの事をしていたということに気がつき、会場内の貴族はグートハイル男爵を睨みつけた。


「………グートハイル夫人についても同じ処置を取らせてもらう」

「………………」


 1度も社交界に出たことのない病弱だと有名な夫人が、実際には病弱ではなく監禁されているとセレスティアが暗に言えば、会場内から向けられる男爵への視線は尚の事鋭いものとなった。


「では、これを踏まえた上で断罪を始める。衛兵、縛り上げろ」


 セレスティアは冷酷な声音で顎をしゃくった。指示を受けた騎士はなんの躊躇いもなく、侮蔑の籠った視線で男爵家の人間を睨みつけながらわざと強くギチギチに縛り上げた。


「痛いぞ!こらっ!!騎士如きがわしの身体に触るな!!」

「男爵、彼は侯爵家の次男で子爵だぞ」

「ひぃっ!!」


 黒曜からの報告を受けて、グートハイル男爵が階級を第1にする人間だと気がついたセレスティアは平民もしくは男爵位の騎士を全て下げさせ、騎士を子爵以上の位を持つ、もしくは高位貴族の子息で固めた。


「跪かせろ」

「はっ!」


 床に膝をつかされた男6人は憎々しげにセレスティアを睨みつけた。


「グートハイル男爵、嫡男、次男、三男、四男、五男で合っているか?」


 セレスティアは1人ずつ指差しながら、無駄に多いグートハイル男爵家の男達を確認した。


「今回お前たちをここに出したのは五男の起こした不祥事の処分ではない、ということは先に告げておく」

「「「「「え?」」」」」


 無駄に揃った返事に、セレスティアは呆れでいっぱいになり、これ見よがしに大きな溜め息をついた。


「今回お前たちを断罪する理由は単純明快、ずばり“クスリ”だ」

「は?」

「知っているだろう?聡明な男爵様ならば、アレが禁止薬物だっていうことぐらい」

「な、ななな、なーにを言っているんですかぁあ?」

「う、うるさい!馬鹿長男、黙れ!!」


 (ども)りまくった挙句声が裏返った長男に、男爵が厳しい叫び声を被せるように声を上げた。言葉を遮る方が後ろめたいことがあるように聞こえるのは、幼子でも分かることだろうに。


「………愚か者」


 セレスティアの怒りから漏れた侮蔑の声は、セレスティアの口元をずっと見ていたミシェルを除く誰にも届くことはなかった。だが、周りの者は気づかなかなくて幸せだっただろう。この時のセレスティアは末恐ろしいほどにゾッとする笑みを浮かべていたのだから。


「近年、麻薬の中毒者が多発するという案件があったのを皆はご存知か?」


 セレスティアが表情を取り繕って聞いた質問に、貴族諸侯は揃って頷いた。


「ヴォランティアン伯爵、そなたの領はクスリの影響を大きく受けていたな」

「はい。近年の被害は類い稀なるもので、これ以上の被害者は出すまいと尽力していましたが、トカゲの尻尾切りでして捕まえても捕まえてもクスリにやられてまともな精神状態じゃないか、末端すぎて上が誰なのか全く知らなかったか、自害してしまってなかなか主犯に辿り着けないのが悩みだったのですが………、まさかその者が主犯だというのですか?」

「あぁ、」

「ち、違う!!」


 怒りの形相でヴォランティアン伯爵はグートハイル男爵を睨みつけた。グートハイル男爵はいい意味でも悪い意味でも正直なようだ。嘘をつく時に必ず目が泳ぎ、冷や汗を流し、言葉が少し裏返る。街中のガキ共の方がまだ上手に嘘をつくことができるだろう。


「諦めろ、男爵。麻薬の原材料を育てる畑も、加工する工場ももう差し押さえてある。これがその証だ」


 セレスティアはピラリと皇帝の判子が大きく押された許可に関する書類2枚を前に突き出した。


「そして、男爵夫人に関しても先程保護するように命令を落とした」

「くそっ!!クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

「………僕たちも連座なのですよね」


 叫び声を上げる男爵の横から、弱々しそうな次男が聞いた。書類にも記載があったがこの男も虐待を受けていたらしい。顔に化粧で上手に隠してあったが痛々しいあざがあるし、腕にも手首には掴まれた跡が見える。


「文句でもあるのか?」

「いいえ、父を止めることができなかった僕にも責任はあります。ですが、母だけでなく、母と共にいる妹にも御慈悲をいただきたく存じます」


 深々と頭を下げたこの次男はずっと母親と生まれたばかりの妹を庇っていたと調査が上がっている。セレスティアは少し不憫に思った。長男は麻薬の畑の見回りをしていて三男は麻薬の金銭的な計算、四男は麻薬を加工する工場の見回りをしていたらしいが、次男は何もしていなかったどころかこちらが証拠を見つけやすいように手助けし、あまつさえ母親とミーファとまだ生まれれ間もない妹を庇っていたらしい。


「今この場で男爵家次男の減刑に関する、多数決を取ろうと思う!サイバーン侯爵、前へ!!」

「はっ!」


 セレスティアの声に、1人の年寄りの男が前に出てきた。彼こそこの帝国の最高裁判官たる、司法に関する最も高い権利を持った男なのだ。


「任せても構わないか?わたしがするよりも、そなたがした方が公平性が取れると思うのだが」

「承知いたしました。この老人、僭越ながら皇女殿下のお手伝いをさせていただきます」


 頭を軽く下げてサイバーン侯爵はセレスティアから書類を受け取った。そして、セレスティア同様にパラパラパラパラとページをめくってどんどん険しくなっていく視線で書類に目を通していった。


 この時、会場にいる皆がセレスティアに対して不信感を抱いていた。だがそれは、長年帝国を苦しめていたクスリの売買の主犯が捕まったのにも関わらず、その家の次男に対してその場で減刑すると言い出したのだから、当然のことだろう。


「では、グートハイル男爵家次男への減刑に関する多数決を取らせていただきます。多数決を取る前に、彼の現状について説明させていただきます。彼は今回の麻薬騒動に元グートハイル男爵令嬢であるシャトイン子爵夫人、現在保護されているグートハイル男爵夫人とそのご息女と同様に関わっておりません」


 唐突に話し始たサイバーン侯爵の言葉に、大きな波が広がり、ありえないだろうという声が口々に上がった。でまかせだと、そう言いたいことはセレスティアにも簡単に伝わってきた。だが、残念ながら事実なのだ。この次男は全くもって関わっていない。


「それどころか、皇家に麻薬に関する情報をこっそりと男爵や他の兄弟にバレないように送っていたようです。そして、男爵家で唯一夫人と妹のことも庇っていたらしいようですね。シャトイン子爵夫人、いかがなのですか?」

「は、はい。えっと、(にー)さま、兄はミーファのことをいっつも庇ってくれました。自分が殴られたり蹴られたりすることになっても、前に出てきてくれたり、(とー)さまから庇ってくれたり、ご飯をくれたりしました。ミーファも(かー)さまも、レーファ、えっと、(いもーと)(にー)さまのお陰でいまこーして生きていることができています」


 舌ったらずな年齢よりも圧倒的に幼く見えるミーファは、サイバーン侯爵の言葉に辿々しく答えた。ミーファの身体は圧倒的に小さくて成長ができていないことを物語っていたし、全体的に細かった。ミーファが言っていたようにミーファや夫人はご飯もまともに貰えていなかったのだろう。


 それでも尚不信感を抱いている貴族の面々に気がついているミーファは兄を助けるために声を上げた。


「に、(にー)さまは、いつも(とー)さまや他の(にー)さま方の事業(じぎょー)猛反対(もーはんたい)していました!!いくら蹴られても、殴られても、刃物で刺されても、鞭で打たれても、反対し続けました。ずっとお部屋に閉じ込められている(かー)さまはそんな(にー)さまを心の支えにしていました。お願いします、そんな(かー)さまから(にー)さまを奪わないで上げてください。まともに生活することすら難しい(かー)さまから、(にー)さまをっ………!!」


 ミーファは泣きながら訴え、最後の最後にむせて酷く咳き込んでしまった。


「………ここまでで多数決を取ろうと思います。彼に減刑を課すべきだと思う者は拍手をお願いします」


 会場内には小さな拍手が起こったが、それは半数にも見たなかった。そして手を叩いた貴族は、今回の麻薬騒動の被害をあまり被っていない貴族だけだった。それくらいに、皆がグートハイル男爵家に対して大きな恨みを持っていたのだ。


「わたしに縁談を用意(よーい)してくれたのも(にー)さまなのです!暗くて冷たくて痛くて辛くて仕方がないお部屋から出るために、決して(とー)さまの魔の手が届かないお貴族さまのところに嫁がせるために、何ヶ月も睡眠時間を削って探し出してくださったのです!どうか、どうかお慈悲をください………!自らの命ではなく、妹の、レーファの命を懇願した兄に、お慈悲を………!!」


「………やめなさい。ミーファ、僕は大丈夫。ミーファやお母様やレーファが笑顔で暮らせるのならば、何もいらない。だから、笑顔で暮らしておくれ。きっちりと守ってやれなくてすまなかったね。お母様にもそう伝えておいておくれ」


 多数決の最中に尚訴えるように叫び声を上げる妹に、次男は静止の声を上げた。


「サイバーン侯爵、そして皇族の皆皆様、勝手ながら1つお願いがあります!此度の1件全ては父である男爵と我ら男兄弟の仕業です!!父男爵によって地下室に監禁されていた妹たちや母には、何の関係もございません!げほっ、げほっ、声を上げたミーファを含めて男爵家の女子供には御慈悲をいただきたく存じますっ。そして、屋敷の使用人たちも男爵に命令されていただけです。彼らの罪も我ら男爵家の男が背負って行きます!ですので、どうか、どうか御慈悲を!!はぁー、はぁー、」


 他の兄弟に比べて細く弱々しい身体を床に叩きつけて、次男は咳き込みながら叫び声を上げた。今は息を切らして肩で必死に酸素を欲している。ぐちゃぐちゃに結ってある長い髪の首筋の隙間から、刃物で傷つけられた痛々しい生傷と首が絞められた手形の痣が見えた。夥しい傷跡に、会場内の人間は皆息を飲んだ。


「お願い、します!どうかミーファ、お母様、レーファの罪は僕が全て背負います。鉱山でも、地獄でも、断頭台でも、どこへでも行きます!ですから、ミーファに、お母様に、レーファに御慈悲を!!」


 泣きながら床に頭を擦り付け、他の男爵家の人間に罵詈雑言を浴びせられ、体当たりされながらも『お願いします、お願いします』と譫言のように懇願する次男はいっそのこと哀れだった。


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