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16 皇女は騙す



▫︎◇▫︎


「『○月△日の皇女アリスティアが参加したオテーツダイ侯爵家でのお茶会にて、グランハイム公爵が連れであったガイセル・グートハイルを皇女アリスティアに紹介する』

 『◻︎月●日、お忍びで街に降りた皇女アリスティアを尾行し、喫茶店で合流させる』」


 セレスティアはそんなこんなでフィオナに力によって集まった書類を読み上げ始めた。


「『◻︎月△日、皇女アリスティアのお茶会に忍び込み、ガイセル・グートハイルを迷い込ませる』『○月◻︎日、」

「やめてくれ!もう認める!!だからやめろ!!」


 セレスティアがある日付の出来事を話そうとした瞬間、グランハイム公爵が一気に焦って負けを認めた。


「認めるのか?」

「あぁ、認める!確かに私はアリスティア皇女殿下とガイセルをくっつけようとした!!だが、それはあくまで親切心だった!!これだけは本当だ!信じてくれ!!」

「寝言は寝てから言え」


 頭を床に擦り付けながら言う公爵に、セレスティアは妖艶な笑みを言葉を深めて吐き捨てた。怒り心頭なセレスティアの目には、公爵の行動が1~10まで全て醜いものに写ってしまうのだ。


(『○月⭐︎日、グランハイム公爵の指示を受けたガイセル・グートハイルにより皇女アリスティア及び皇女セレスティアの食事への毒物混入、そして失敗』、1度やったことは躊躇いがなくなると聞いたことがあるが、わたしやアリスまで母上同様に毒殺しようとしていたとはな)

「何卒、何卒ご容赦ください!!」

「………この件について()今この場で()言及しないでおいてやろう」


 明らかにふぅーと安心したように息を吐いた公爵に、セレスティアは意地悪く笑った。セレスティアは『今この場では言及しない』とは言ったが、決して許すとは言っていないのだ。許すの“ゆ”の字すら声に出していないのだ。セレスティアは笑い出したいのを必死に我慢して、次の断罪に進むこととした。


「では、次の断罪に進もうと思うが、1度休憩にしよう。皆疲れただろう?20分後に再開するから、化粧直しや軽い飲食をするといい。ただし、この城から出ることは許さない。以上だ」


 セレスティアのいきなりの言葉に、ミシェルやアリスティアを含む会場内の人々は総じて驚いたが、セレスティアの言葉通りに動き始めた。


「セレス!あなた何を考えているの!?」

「………1つ書類が足りていないんだ。もう少しで黒曜が持ってくるから、受け取りに行く時間がほしくてね。大丈夫、断罪対象にはわたしの『影』が1人につき2人付いている」

「………抜かりなさすぎて怖いわね」

「そりゃどーも」


 最初はむすっとしていたアリスティアは、最終的には苦々しい表情をすることとなった。


「それじゃあ行ってくるよ。ミシェル」

「うん、心配しなくても一緒に行くよ」

「なっ、し、心配なんかしていない」

「………セレスは正直じゃないなー」

「ミーシェールー!!」


 ぺろっと舌を出してセレスティアを上目遣いしたミシェルに、恥ずかしさから怒り心頭だったセレスティアは負けてしまった。あまりの愛らしさに次の言葉が出なくなってしまったのだ。


(か、可愛い!!可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!)


 次の瞬間、すっとセレスティアの手が伸びてミシェルは仔猫のようにセレスティアにふわふわと撫で回された。


「ふひゃっ、くくっ、ふふふ、ははは、くしゅぐったいよ!!」

「!! す、すまない、あまりの愛らしさにやられてしまった………」

「むぅー、僕はカッコいいって言われたいのに!!」


 ミシェルの言葉に、セレスティアは麗しい笑みを浮かべた。


「………ミシェルはいつでも頼り甲斐があってかっこいいよ」

「!?」


 顔を少しだけ赤く染めて横を向きながら言ったセレスティアの言葉に、ミシェルは耳まで赤く染めて口をぱくぱくした。


ーーばこ!!ーーがこ!!


「ふぎゃ!?」「びゃ!?」

「部屋でやれってわたくし何度も言っているわよね?あなた達のその頭の中はお花畑なのかしら、それとも空っぽ?あぁ、お飾りの可能性もあるわよね!」

((お、怒っている!!))


 満面の笑みで辛辣なことを言うアリスティアに、セレスティアとミシェルは本能的に命の危機を覚えた。


「み、ミシェル、時間が厳しくなるからそろそろ行くとしよう」

「そ、そうだね」

「へぇー、逃げるんだー」

「せ、説教の続きは、あ、後で頼む」

「分かったわ。内容をしっかりとまとめておいてあげるから楽しみにしておいて」


 笑みをなおのこと深めたアリスティアに、ミシェルはひゅっと息を呑んだが、セレスティアに腕を引かれて踵を返した。


「お手をどうぞ、我が騎士様」

「あぁ、ありがとう」


▫︎◇▫︎


「『黒曜』」

「ここに」


 セレスティアは人目のない一室にミシェルと一緒に佇んでいた。その仄暗い部屋には、1本の心もとない蝋燭の灯りと、どこかでも朗らかで微笑んでいるかのような月明かりのみが輝いていた。


「書類は?」

「作成いたしました」

「ありがとう、助かった」

「いいえ、全ては我が君のお望みのままに」


 黒い衣に包まれた性別不詳の人間はセレスティアに片膝をつき、深々と頭を垂れた。


「書類はこれで全てか?」


 セレスティアは受け取った書類をパラパラパラとめくって、ざっくりと1周目を通した。


「はい、シャトイン子爵夫人に関する書類はそれで全てにございます」


 黒曜は頭を垂れたまま抑揚のない声で返した。ミシェルは感情を読めないことに恐怖を覚えたのか、セレスティアの軍服の裾をきゅっと握った。


「そう、………他のものに関する情報で使えそうなものは?」

「こちらにございます」

「ありがとう」


 セレスティアは2冊目の書類も1冊目と同じように目を通した。時間がなかったはずなのにも関わらず、いつもながら黒曜の仕事はスピーディーで美しかった。お手本のように流麗な文字に文体、分かりやすい言葉遣い、どこをとっても完璧だ。だが、ここからとっても黒曜の性別は測れなかった。


「相変わらず、君の仕事は美しい。これからもよろしく頼む」

「ありがたきお言葉にございます」


 黒曜は少し感激したような声を上げた後、元からそこにいなかったかのように煙のように消えていった。ミシェルはまた身体をビクッと揺らした。そんなミシェルを見て、セレスティアは今後ミシェルに『影』を関わらせまいと心に決めた。


「戻ろうか、ミシェル。最後の大仕事だ」

「うん、頑張ってね」

「あぁ、当然だ。………帝国に蔓延る膿は出し切る」

「うん、そうだね」


 会場のある方角を睨みつけるように剣呑で鋭い表情を浮かべたセレスティアに、ミシェルは出来るだけ優しく頷いた。セレスティアは心の内で暴れている激情を表すかのように、黒曜が集めた書類をぎゅっと握っていた。





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