15 ミシェルの家族
「あぁー、俺もチェルシーといちゃいちゃしてー!!」
ライバード公爵夫妻、セレスティア&ミシェルのイチャラブを見せつけられた男が絶叫した。
「お黙りなさい、ミカエル。初心なセレスちゃんにはそういう言葉はよろしくないわ!!」
「えぇー!!こんなイチャラブ見せられて嫁と一緒にいられないとか、どんな拷問だよ!!」
くすんだ金髪に空色の瞳を持つフィオナそっくりの青年はフィオナの注意に、不機嫌に返した。
そして、ミカエルはこの行動によってセレスティアの中で敬語を使う必要はないと判断されてしまった。
「………ミカエル殿、此度弟君の婚約者となったセレスティアだ。よろしく頼む」
「よろしくー。って、え?もしかして、セレスティアちゃんって皇女様だったりする?」
どこで引っ掛かりを覚えたのかは分からないが、ミカエルは引き攣った表情でちゃん付けで呼んだ相手に皇女であるか質問した。
「あぁ、第2皇女のセレスティア・ルクセンブルクだが何か問題でもあるのか?」
「お願いだから、うちのチェルシーに近寄らないでくれ!!」
セレスティアは首を傾げた。
(わたしは彼の奥方に何かしてしまっていただろうか?チェルシー、チェルシー、チェルシーチェルシーチェルシー………………、ダメだ。何をしたのか思い出せない)
「エル兄、皇女殿下を困らせたらダメでしょう?兄が申し訳ありません、セレスティア皇女殿下。私は次男のミリウスです」
「ご丁寧にありがとうございます、ミリウス殿、セレスティアです。此度はわたしの姉のせいでライバード家には多大なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ、お気になさらず。うちとしても、その件によって、ちょーっと気になることが発覚してありがたかったりしてるんですよ?」
ゾクリとする優しい朗らかな笑みを浮かべたミリウスに、セレスティアは苦笑した。フィオナが言った通り、確かにミリウスの容姿は父公爵にそっくりで、髪や瞳の色はミルクティー色の髪にエメラルドの瞳とフィオナとお揃いだ。
「そうですか。ならば良かった?のですが」
「セレスティア皇女殿下、できれば敬語は退けて兄と読んでいただきたく存じます。私達の方が身分は圧倒的に下なんですから」
「ですが、………」
「じゃあ次期お兄さん権限です」
にっこりと天使スマイルでとんでもないことを言ってきたミリウスに、セレスティアはミシェルの方を向いた。
「………ミリー兄上に口論で勝つなんて僕には無理です。セレスが頑張ってください」
だが、ミシェルはとんでもないと首をぶんぶん振るだけだった。
「分かった、ミリウス義兄上。コレで構わないか?」
「はい、あ、私は普段から敬語ですのでお気になさらず。ここを実のお家だと思ってごゆるりとお過ごしください。私はこれにて失礼しますね」
「あぁ、」
ミリウスは嵐のようにこの場を荒らして何事もなかったかのように去っていった。
「弟がすまないな、ミリーは自由気ままなんだ。だが、頭が切れるから放っておくしかなくてな」
「そうか………」
「というかさぁー、俺の扱いだけ最初から雑じゃねぇか?」
「丁寧にする必要があるか?」
「んー、ないな!!」
にかっと笑みを浮かべる姿は豪快だった。どちらかというと騎士に見える彼だが、実際のところ文官だ。人の見た目は全く当てにならないとセレスティアはつくづく思い知った。
「ミカエル殿、なぜわたしはミカエル殿の婚約者に近寄ったらいけないのだ?」
「………チェルシーは君のファンクラブの会員なんだよ」
「ファン、クラブ?」
「? もしかしなくとも、知らないのか?」
「知らない」
セレスティアはミカエルの言葉に首を傾げた。何が起こっているのか綺麗さっぱり分からず、ミカエルをじーっと見つめた。
「むぅー、セレス、ファンクラブについては僕が説明してあげるから、僕を見て………!!」
「ん? あぁ、頼む」
セレスティアの男装の袖をくんっと引っ張ったミシェルに、セレスティアは微笑んだ。
(可愛い………)
「セレス、今何か失礼なこと考えてない?」
「いや、そなたはいつでもどこでも可愛いなと」
「………だからそれは男女逆………」
疲れたようなミシェルの言葉に、セレスティアは妖艶に微笑んだ。
「わたしが可愛いと褒められるような人間ではないことなど分かっているだろうに」
「むぅー、セレスは十分可愛いよ!!」
「はえ!?」
「ほら、今とかとっても可愛い!!」
顔を赤く染めてぱくぱくとしたセレスティアを、ミシェルはビシッと指差した。声は弱々しいのだが、仕草がダイナミックなだけありミシェルが少しだけ大きく見えた。
「か、揶揄うのはやめろ!!」
「揶揄ってはいないよ。だってセレスが可愛いのは事実だろう?」
ミシェルはこてんと純粋に首を傾げた。
(か、可愛い………!!)
「ま~た、考えてるだろう」
「君はエスパーか?」
セレスティアはこてんと首を傾げた。
「君たちは似たもの同士か?」
ミカエルの言葉に、セレスティアとミシェルは左右反対に首を傾げた。
「わたしはミシェルほど可愛くないぞ?」「僕はセレスみたいに強くないよ?」
「ほら、似た者同士だ」
「「?」」
しばらく首を傾げて見つめあっていたが、お互いに諦めたのか唐突に視線を外した。
「ミシェル、今は時間が惜しい。ファンクラブについて簡潔に教えてくれ」
「あ、うん。ファンクラブっていうのはそのまんまの意味だよ。セレスのことが好きな人や憧れてる人のクラブだよ」
「あぁ、分かった。ありがとう、ミシェル」
セレスティアはふむふむと思考の渦にダイブしようとしたが、今ここがライバード公爵邸であることを思い出し、皇城に帰ってから考えることにすることとした。
「ミカエル殿、チェルシー嬢のことに関しては了承した。だが、必要な時には関わらせてもらう。それで構わないか?」
「あぁー、うん」
「………なぜそんな苦虫を噛み潰したような表情をしている?」
「いや、そんな真面目に返されるとは思っても見なかったから」
頭をポリポリと掻きながらミカエルが申し訳なさそうに言った。
「エル兄上、セレスはとっても真っ直ぐで良い子なんだから、そういうことはあんまり言わないほうがいいよ」
「ミシェル、セレスティアちゃんと婚約者になってからまだ2日目じゃなかったか?」
「………………」
ミシェルは当然ながら、セレスティアにアリスティアの婚約者であった頃から片思いをしていてずっと観察していただなんてことを、ミカエルに言えなかった。
「さぁ、セレス父上に用があるんでしょう?時間がないんだったら急がないと」
「? そうだな。公爵、よろしいか?」
「あ、あぁ、………フィオナのことを義母上と呼ぶのなら、私のことも義父上と読んではくれませんか?」
セレスティアは一瞬キョトンとした表情をしたが、やがて分かりやすく動揺した。
「ダメでしょうか」
「ダメ、ではない。………義父上」
「ありがとうございます」
何が嬉しかったのか深々と頭を下げた公爵に、セレスティアは居心地悪く横を向いた。
「………敬語は要らない」
「……分かった」
「ねぇセレスちゃん、私にも敬語なしで話してね!」
「分かった、義母上」
公爵に枝垂れかかりながら言ったフィオナに、セレスティアは妖艶な微笑みを浮かべた。セレスティアは義理の両親に大層恵まれたことに感謝した、
「して、義父上、今日は何用だ?」
「昨日頼まれた資料の調査にミリウスが乗り気なのだ。だから、手伝わせても構わないか?」
「あぁ、構わない。義父上や義母上が協力しても問題ないと判断した人材については、どんどん活用してくれ。今回は時間との勝負だ。資金が必要ならわたしの私財から出す、出し惜しみはなしでお願いする」
「あぁ、承知した」
「任せて!じゃんじゃんゴシップを集めてくるわぁ!!」
公爵の真面目な反応に対し、フィオナなやる気満々楽しげな声で返した。ミシェルはそんな頭の上がらない母親の様子に頭を抱えた。
「よろしく頼む」
セレスティアの声は、普段に比べるとものすごく柔らかいものだった。