14 皇女と公爵夫人
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2日前の昼頃、セレスティアは義父たるライバード公爵に呼ばれ、公爵邸を訪れていた。
「お久しぶりですね!セレスティア皇女殿下!!」
そして、セレスティアは公爵邸の応接室という意図せぬところで、自分の初恋を知っている可能性のある女性と対峙することとなった。
「!! お久しぶりです、ライバード公爵夫人。何年経っても変わらない相変わらずのお麗しいお姿ですね。エメラルドを連想させる美しい瞳も、引き込まれるような蠱惑的な輝きを放っています」
「あら、本当にお上手ですわね。皇女殿下も月夜の精霊の如くお美しいですわ。一瞬、絵本の世界に迷い込んでしまったと思いましたもの」
フィオナの美辞麗句に苦笑したセレスティアは、ソファーからふわりと腰を浮かしてフィオナの元へと歩みを進めた。
「お手をどうぞ」
「あらま、本当に貴公子様のお名前は伊達ではありませんのね」
そのままソファーまでフィオナをエスコートしたセレスティアは、騎士の礼をとった。
「この度は双子の姉たるアリスティアがご子息に大変失礼なことをいたしました。誠に申し訳ありません」
「いえいえ、頭をお上げください。そのかわりミシェルはセレスティア皇女殿下が引き取ってくださるのでしょう?」
「そのつもりです。ライバード公爵夫人、ご子息をわたしが娶っても構いませんか?」
「えぇえぇ!不足でよろしければ、もらってやってちょうだい!!」
「ありがとうございます」
ご機嫌そうに身体を揺らしながら言う夫人は、セレスティアが褒め言葉に使ったように、本当に年齢不詳だった。妖艶にも見えるし、年端のいかぬ幼子のようにも見えた。
だが、唐突にフィオナはキャキャッという雰囲気を引締め真面目な顔になった。それを受け、セレスティアの表情も引き締まった。長年公爵夫人としてセレスティアの母親たるフロンティアが亡くなって以来、社交界を率いていただけのことはあった。
「セレスティア皇女殿下、私お話しがあってきましたの」
「セレスティア、もしくはセレスと読んでいただいて構いません。敬語も話しにくければ結構です」
「そう?じゃあ遠慮なく。セレスちゃん、私あなたのお手伝いがしたいの」
「手伝い、ですか?」
「えぇ、お手伝い」
鸚鵡返しにそのままの言葉返したフィオナはにこっと笑って1枚の紙を差し出した。
(こ、これは!!)
「セレスちゃん、私はあなたのやろうとしていることをお手伝いするのにとっても最適な人間だと思うの」
「そうですね、コレは、願ったり叶ったりの品ですね………」
「でしょう?お手伝い、させてくださる?」
「もちろんです」
セレスティアは妖艶な微笑みを浮かべて、書類と睨めっこをした。その書類は、普通の貴族から言ったら阿鼻叫喚のゴシップ祭りの品物の1部だった。
「では、グランハイム公爵並びにその派閥の人間と、グートハイル男爵家の者の書類を集めていただいてもよろしいでしょうか?」
「任せてちょうだい。あなたのお誕生日プレゼントの1つとして朝1番に送らせてもらうわ」
にんまりとした笑みを浮かべたフィオナに、セレスティアは背中に冷や汗が流した。
(夫人は絶対に怒らせてはいけないな。ゴシップの海に沈めて下さりそうだ)
ちょっと失礼なことを考えていたからか、夫人がご機嫌に身体を揺らしていることに、セレスティアは全くもって気が付かなかった。
「そうだ、セレスちゃん、ミシェルのお嫁さんになるってことは私たち、義理の親子になるのよね?」
「そうなりますね」
「じゃあ、ちょっと早いけれど、私のこと母と呼んでくださる?」
「え、………」
母親を亡くなってから10年、久しく母親という生き物に触れていなかったセレスティアは一瞬困惑した。だが、甘えてみたいとも思った。優しいフィオナを母と呼び慕いたいとも思った。
セレスティアが頬を僅かに赤く染めて下から覗き込むようにフィオナを見て呼べば、フィオナは『ぱあぁっ!』と嬉しそうな顔をした。
「えぇ!えぇ!やっぱり娘って良いわね!!うちはむさ苦しい男ばっかりですもの。まぁ、旦那様とミシェルは小動物みたいでとっても愛らしいのですけれど!!」
「………そ、そういえば、長男と次男の方はは、義母上に似て高身長でしたね」
「そうなのよー、女の子受けはまぁ良いみたいなんだけど、私は可愛い系の方が好みなのよねー。まぁ、ミカエルは旦那様とおんなじ色彩だしー、ミリウスは旦那様そっくりな顔立ちだし、とっても愛らしいことには変わりないのだけれどねー」
フィオナはキャキャッと言いながらも、優しい顔付きで言った。
(あぁ、コレが母親というものなのか)
セレスティアは夜会で遠目に見たことしかないライバード兄弟が羨ましくなった。彼らは仲が良く、気さくな天使のようなイケメン兄弟という呼び名で有名だったはずだ
「ちなみに、セレスちゃんはミシェルのどこが気に入ったの?」
「えっと、……か、菓子を一生懸命頬張るところ、です」
「あぁ!可愛いわよね!!甘い物に目がなくて必死になってもぐもぐするところとか、もう最強よねー!!」
セレスティアは顔を赤く染めてこくんと頷いた。
「しかも、無自覚なのよー!あれ以上に尊い生き物なんて、この世にいるのかしら!!」
「い、いないと思います。というか、いたら抹消したら良いのです。ミシェルが1番です」
「あらあら、抹消されたら困るわね。だって私の1番は旦那様だもの」
セレスティアはクスッと笑みを浮かべた。
「やっぱり自分の夫が最強なのですね」
「当たり前よ。あなたがミシェルが1番なように、私は旦那様が1番なのよ」
乙女のような表情で、夫のカッコいいというか可愛いところを述べ始めたところで、セレスティアは隣の部屋の気配に気がついた。
「義母上、旦那様に聞かれてしまっていますよ」
「えっ!!」
セレスティアは真っ赤な顔で僅かに開かれたフィオナの背後にある繋ぎ扉の方を顎でしゃくった。
「す、すまない。フィオナ」
「だ、だだだ、旦那様、い、いつから………」
「セレス、ごめんね?」
「…………………」
居心地悪そうに、けれども心底嬉しそうな顔でやってきた公爵はフィオナに後ろから抱きつき、真っ赤な顔で扉から恐る恐る出てきたミシェルは、セレスティアの座るソファーの前に跪いた。
「い、いつから聞いていたんだ?」
「母上の『そうだ、セレスちゃん、ミシェルのお嫁さんになるってことは私たち、義理の親子になるのよね?』のところから………。ぼ、僕はちゃんと父上に盗み聞きは止めようってちゃんと言ったんだよ!!」
弱々しい口調で言ったミシェルに、セレスティアはなおのこと顔を赤く染めた。
「じゃ、じゃあ、わたしの告白も全て聞いていたと」
「………うん。ごめんね?」
「うっ、」
セレスティアは頭から湯気を上げてガックリと項垂れた。恋愛経験は当然0の、ドレスよりも剣、宝石よりも剣、社交よりも剣、ゴシップよりも剣というセレスティアにはハードルが高すぎたのだ。