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12 ミシェルは平和主義?



「あなたは僕の生家ライバード公爵家を没落させようとしましたよね?」

「っ、」

「あ、お返事は結構ですよ。これは僕の独り言とでも思っておいてください」


 ミシェルは可愛らしくにこっと笑った。


「我が家が脱税をしていたとはよく考えたものですね。ですが残念。僕の家は代々商人として他国と貿易を行なっている家系ですから、お金の流れには人1倍敏感なのですよ。3日も猶予をくださったら、この通りぜーんぶ調べ終えてしまいます」


 ぱらりとミシェルが揺らした報告書類は、ミシェルの父公爵と兄がたったの3日で炙り出したグランハイム公爵家の介入の痕跡がまとめられたものだ。ちゃんと家の判子も押されている正規の書類だ。


(義父上と義兄上はよくあの短い期間であそこまで調べ上げたものだ)


 セレスティアはこの件に関する調査を頼んだのは、ミシェルとの婚約に関する挨拶にライバード公爵家に向かった時だ。そして、ライバード公爵がセレスティアの義兄にあたるミシェルの兄も手伝うことの許可を求めてきたのはその次の日である。


「商いを誇りに思っている父上は、大層怒っていらっしゃいましたよ?」

「………………」


 逃げ道を探しているグランハイム公爵は、やけに静かだった。


「皇帝陛下、この書類はいかがなさいますか?」


 弱気な心も、内気な心も、怖がりな心も、全てを殴り捨てたミシェルは堂々と皇帝に面と向かって尋ねた。


「うむ、いただくとしよう。読み上げなくても良いのか?」

「僕は大事な婚約者の誕生日パーティーでことを大きくしたいわけではありませんので」


 ミシェルがグランハイム公爵に背を向けて皇帝と話し始めた時、公爵の目に嫌な光が灯ったことにセレスティアだけは気がついた。


「!? ミシェル!!」

「ありがとよ!坊主、逃してくれて!!」


 縄を千切ったグランハイム公爵は、ミシェルに向かって拳を振るった。


「ぐあっ!!」


 が、苦鳴を上げて倒れ込んだのはミシェルではなく、公爵の方だった。

 鼻を押さえて悶絶している。


「はわわ、だ、大丈夫ですか?反射で力加減せず、思いっきり殴ってしまいました」


 公爵に駆け寄って抱き起こしたミシェルに、セレスティアが後ろから公衆の前であるにも関わらず、なんの躊躇もなくミシェルに抱きついた。


「ミシェル!!」

「せ、セレス!? ど、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもない!!君が殴られかけて大丈夫だと分かっていてもびっくりしたんだ!!」


 声を張り上げたセレスティアに、ミシェルは一瞬ポカーンとしたあとセレスティアから回された女性らしい細い腕をよしよしと安心させるように撫でた。


「心配してくれてありがとう。………にしてもコレ、大丈夫かな?」

「大丈夫だ。多分鼻の骨が折れただけだろう。それよりも、ミシェルの手は大丈夫か?」

「あ、うん、大丈夫だよ。この通り」


 心配症で過保護な婚約者に、ミシェルは愛らしい顔の横で手をグー、パー、グーパーとしてみせた。


「次からはちゃんと保護具をつけてから殴るようにしてくれ!」

「いやいや、もう殴らないよ。というか、セレスが守って?」

「………分かった、ミシェル」


 またまた甘い空気を振り撒き出した2人に、周りは揃って困惑した。



「………ーーーそういうのは自室でやれっての!!」


ーーーバコン!!ボコン!!


「イテッ、」「はぶっ、」


 アリスティアの書類で2人の頭を叩くという暴挙のおかげか、セレスティアとミシェルは皇女と公子らしからぬ声を出したあと、ここがどこか思い出して赤面した。


「………セレスのせいだ」

「………これは十中八九危険なことに手を伸ばしたミシェルのせいだ」

「言い訳はよろしい!!さっさとこのクソ野郎ぶちのめして楽しいパーティーにするわよ!!」


 ボソボソと文句を言いながら、正座でアリスティアに向き合ったセレスティアとミシェルは苦笑した。いくら性根の腐り切ったクソ野郎であるとしても、()国の重鎮相手に真っ向からクソ野郎呼ばわりするとは本当にアリスティアは肝が据わっている。


「ミシェル、気付け薬」

「え、ねぇセレス、もうよくない?」

「アリスの名誉挽回とグートハイル男爵家のお取り潰しがおわっていないよ」


 セレスティアは至極真面目にそう言ったが、ミシェルは何が面白かったのかクツクツと笑い始めた。アリスティアも苦笑している。


「分かったよ。我が姫………、………なんかこの呼び方はしっくりこないなぁ」

「我が騎士様の方がしっくりくるんじゃないかしら?」

「あぁ、成る程。ありがとうございます。アリスティア皇女殿下」


 律儀に深々と頭を下げたミシェルに、アリスティアは肩をすくめた。


「アリスでいいわよ。わたくし、思っていたよりもあなたのことが気に入ったから」


 アリスティアの言葉に、セレスティアが余裕なくアリスティアのことを睨んだ。


「お許しいただき至極光栄にございます。アリス義姉上」

「………実の妹にも姉と呼ばれていないのに婿に姉と呼ばれるのは不思議な気分ね」


 セレスティアの険しかった表情は、アリスティアのことをミシェルが『義姉上』という敬称をつけたことによって柔らかいものとなった。


「敬語ももう面倒だからいいわ。なんか仲間外れみたいで嫌だから」


 アリスティアの拗ねたように唇を尖らせながら言った言葉に、セレスティアは少し申し訳なく思った。


「分かった、アリス義姉上。セレスもいい?」

「………面白くはないがアリスを仲間外れにはしたくない」

「………うん」


 顔を少しだけ赤く染めて横を向いて言ったセレスティアに反応して、ミシェルも頬を赤く染めた。


「あなたたち殴られるのがよっぽどお好きなようね?」

「ひぃっ!!」

「アリス、勘弁してくれ。君の叩きは何故か効く」


 ぴゃっという勢いで正座のまま背筋を伸ばした2人に、アリスティアは満足そうに頷いた。


「じゃあ、第2ラウンドに行くわよ」

「あぁ」「うん」


 アリスティアの言葉に返事をしながら立ち上がった2人は、そそくさと床でピクリともしなくなっているグランハイム公爵の元に歩み寄り、気付け薬を容量を無視して飲ませた。


「セレス、」

「ちょっとした嫌がらせだ。これで死んでも知らん」


 投げやりな言葉から、セレスティアが何かに対して怒っていることは伝わったが、何に対して怒っているのかはミシェルには皆目見当もつかなかった。


「ぐはっ、ごほっ、ごほっ、」

「うわ!汚い!!」


 物凄い勢いで咳をしながら目覚めたグランハイム公爵に、ミシェルは眉を顰めた。それもこれも、クソ不味い気付け薬を用意したミシェルのせいなのだが、本人は全く気が付かなかった。


「咳を止めろ。ミシェルが汚れる」

「うぇー、」


 そしてセレスティアの一喝に、グランハイム公爵は吐いた。食べたものを全部吐き出した。ツーンとした特有の香りに、セレスティアもミシェルもアリスティアも、この会場の皆が分かりやすく眉を顰めた。


「メイド!!わたくしのドレスに匂い移りする前に片付けなさい!!」

『は、はい!!』


 行動に移すのが最も早く的確だったのは、戦場でこういう場面に何度も出くわしているセレスティアではなく、この城で女王然と過ごしていたアリスティアだった。

 一喝する声も、人が動きたくなるような服従させられるよく通る声だった。


「なぁミシェル、わたしは今更ながらアリスが皇位に就くべきだったのではないかと思っているのだが………」

「………悪いけど同感。女王様が似合いすぎてる」


 2人のこしょこしょ話しは、幸いメイドに命令を下しているアリスティアの耳に届くことはなかった。


「ほら、そこも汚れているわ。仕事くらいちゃんとなさい!!」

「ひぃっ!!ご、ごめんなさい!!」

「謝罪ではなく、行動で示しなさい!!」

「は、はい!!」


 指示は的確で、間違いもしっかりと指摘する。


「なぁ、やっぱりアリスが皇帝になるべきじゃないか?」

「………そうだね………」


 2人は大きな溜め息をこれみよがしに吐き出した。


「セレス!あんたもぼさっとしてないで、さっさと指示を出しなさい!!」

「はいはい。

 ーー衛兵!!次は切られぬように厳重に縛り上げろ!!2度目の失敗は許さん!武器もしっかり確認しろ!!最後はわたしも確認する!!」

「はっ!!」


 セレスティアは未だに床に這いつくばっているグランハイム公爵に関する命令を、衛兵に下した。


「………こっちもこっちで女王様、というよりも皇帝様?」

(というか、もう、2人とも皇帝でいいんじゃね?)


 幸いにも、命令を下して衛兵と一緒に行動し始めたセレスティアにはミシェルのげんなりとした呟きは届かなかったが、セレスティアが警備のためにミシェルに配置した衛兵は深く同情した。


「公爵令息、大丈夫ですよ。先程の令息はご立派でしたよ」

「先程ってどれですかね?公爵を言葉で丸めこめていたのですか?それとも、公爵を殴り飛ばしたのですか?」

「………どちらもです」

「妙に間があったような………?」


 ミシェルはこてんと首を傾げて質問し、苦笑した。衛兵からしたら、言葉での戦いよりも、グーパンで思いっきり公爵の顔面を殴りつけた時の方が強烈かつ、憧れるだろう。

 現に、この衛兵はちょっとだけ目をキラキラさせてミシェルの事を見ている。


「今度機会があれば、何か体術を教えましょうか?」

「マジっすか!?」

「ふふ、はい。機会があれば」


 案の定な返事に、ミシェルは微笑んだ。そして、武術の腕前を初めから見せていたら皇帝の婿として教育を受けている際、騎士達に見下されていた視線がほんの少しだけでも弱まっていたのではないかと、今更ながらに考えるのだった。


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