11 皇女は殺る気満々
「そ、そんなものっ!!」
「口を開くなと言ったはずよ。あぁ、汚れすぎてお耳も悪くなったのね。セレス、コイツの耳をその愛剣で切り落としてあげて」
セレスティアは姉の無茶振りに肩をすくめた。
「お断りするよ。わたしの断罪とミシェルの断罪も残っているんだ。痛みで失神されたら迷惑だしね」
「はぁー、面倒臭いわね。この事件の真相だけでも断頭台行き真っ逆さまじゃない」
「こういう時、膿は出し切るに限るからね」
「うわぁー、えげつない」
「アリスには言われたくないよ」
双子の姉妹は紅茶の感想を言い合うかのように、穏やかな口調で言い合った。
「えげつないのは君たち姉妹でしょう?」
「今回はミシェルも共犯だから、同列だ。諦めろ」
「せ、セレス!?」
ミシェルは嘆くように悲鳴を上げた。
「………悲鳴を上げたいのはこっちの方だ」
「あぁん?お前、いい加減に反省という言葉を覚えてくれる?」
「ひぃっ!!」
グランハイム公爵のぼそっとした呟きを持ち前の地獄耳で聞き取ったアリスティアのドスの効いた声に、グランハイム公爵は青かった顔を白くした。
「なぁミシェル、気付け薬は用意していたか?」
(あれは失神するな)
「………僕はしているよ」
ミシェルは疲れ切ったように額に手を持っていった。
「もし失神したら貸してくれ」
「………やる気だね」
「あぁ、殺る気だよ」
「ん?今なんか変な感じしなかった?」
「気のせいだろう」
(妙に勘がいいのも悩みものだな)
セレスティアは曖昧な微笑みを浮かべて、この場をやり過ごすことを選択した。
「それでね、セレスはこの事件で使用された毒についてを不思議に思って調べたのよ。何の種類で、どこで入手したのか、ね」
セレスティアは、耳を切り落とすことを一旦諦めて断罪を続行し始めたアリスティアに感嘆した。
(流石だな。声音の変え方や抑揚の変え方、視線の向け方や身振り手振りが上手すぎる。みんながみんなアリスティアにしか注目していないじゃないか)
だが、その会場中がアリスティアに注目する中でアリスティアに注目せずに明らかに恐怖でなく焦っている人間がいることに、セレスティアは気がついて。
(あれは………、………元グートハイル男爵令嬢のシャトイン子爵夫人か………)
「『黒曜』」
「ここに」
「元グートハイル男爵令嬢のシャトイン子爵夫人を調査しろ。簡潔で構わない。今回の断罪に入るか入らないかだ」
セレスティアは書類で口元を隠して自分直属の暗躍部隊の中でも、スピード調査において群を抜いて優秀な部下のコードネームを呼び、命令を下した。
(この調査が吉と出るか、凶と出るか………。見ものだな)
ミシェルはセレスティアの横で、セレスティアにじとっとした目を向けた。
「………彼女は今回の断罪対象ではなかったはずだよ」
「あれだけ焦ってるんだ。何か他にも男爵家には秘密がありそうじゃないか」
「………あのドス黒い家に余罪がないっていうのなら、僕はそれは逆に凄いと思うよ」
ミシェルの大きな溜め息に、セレスティアはカラカラと笑った。確かに、グランハイム公爵家もグートハイル男爵家も、掘れば掘るほど色々黒いものが出てきそうだった。本家がアレだと、分家筋の家もあぁなるのか、とセレスティアが呆れ返ったほどには、たったの3日で調べた情報にはまともなものがなかった。
「ねぇセレス、あなたならこの状況からどうやって毒を手に入れる?」
セレスティアが他のことをしている間に、少し断罪が進んでいるようだった。
「………わたしなら、薬草園から毒草を入手して煎じるな」
「お母様は毒草についてご存知なかったわよね」
「………純粋無垢な母上はぽややんとしていたからな」
アリスティアに同意を求められたセレスティアは、ちょっと愚痴るような口調で話した。実の娘の言葉に、会場内の貴族は総じて首を傾げた。
《あの、フロンティア皇后陛下が純粋無垢でぽややん!?あり得んわ!!》
「公の席では凛となさっていたが、母上はわたしやアリスが気を遣う必要がある時もあるほどに、基本穏やかすぎるくらいに穏やかで抜けていたからな」
《はあ!?………そ、想像もつかん!!》
セレスティアは驚き表情をしている貴族諸侯に苦笑した。フロンティアの仮面は皆を騙し切っていたようだと。
(というか、母上のアレは凛としていたのではなく、緊張のしすぎで表情筋が死んでしまった挙句、動きが固くなって大きくなっていただけなのだがな)
「セレス、いくら事実であったとしても、それ以上お母様の威厳をぶち壊すのはやめなさい」
アリスティアの固い声での注意に、セレスティアは肩をすくめるだけで応じた。フロンティアは自分の過剰評価に喜んでいたどころか、苦しんでいた。だからセレスティアは、ちょっとくらい明かした方が母親の本望だろうと考えたのだ。新たにあの世に逝った貴族諸侯にあの世であった時、母親が苦労しないようにというちょっとした配慮でもある。
「話しを戻すけれど、お母様はそんなぽややんな感じだから、毒薬を自分で作るのは不可能。そして、お母様の服毒事件の起こる前の2年の間にお母様が毒になり得る商品の購入はなかった。あぁ、それはお母様の付近に控える侍女にもね。ねぇ、ここまで言えば、お母様が自ら望んで服毒が不可能までとはいかないけれどとても難しいことは明白よね?」
会場内の人間は、再びアリスティアの断罪という名の名演説に夢中になった。引き込まれる声、仕草、間の開け方、全てにおいて彼女は1度霧散した注意を引き戻すことにおいて完璧だった。
「そこまで行ったところで、セレスは違うところに目を向けたの。そう、それはお母様が飲んだ毒について」
「母上の亡くなり方は不思議だった。何故ならお母様が煽ったとされている毒がボツリヌストキシンだったからだ。ボツリヌストキシンは最低でも服毒から亡くなるまでに8時間かかるんだ」
セレスティアとアリスティアの言葉に、グランハイム公爵の顔色はどんどん悪くなっていく。
「確かに亡くなったお母様のお身体から検出された毒はボツリヌストキシンだったわ。これは色々な国に検体を回して調べてもらっているから間違いない。でも、さっきも言った通りこの毒は服毒してから亡くなるまでに時間がかかるはずなのよ」
アリスティアはにっこりと笑って首をこてんと傾げた。
「でもあなたはその矛盾に気が付かなかった。だって、元々あなたが用意していた毒はトリカブトだったもの」
「っ!?お、2人は先程から、な、何をおっしゃられているのですか!!」
この期に及んで未だに言い逃れようとするグランハイム公爵に、アリスティアとセレスティアは殆呆れた。
((バッカじゃない!!このクソ野郎が!!))
見事に心の中での叫びが一致していたことには誰も気が付かなかったが、それほどまでに双子の姉妹は怒っていた。声や表情にこそ出てはいなかったが、尋常ではない憎悪を抱いていた。
「あなたの最初の計画は、それこそ元宰相閣下の名に相応しく完璧だったはずよ。でも、焦りからか恐怖からかは知らないけれど、あなたは毒を間違ってしまった。そこで計画に矛盾が生じた。違うかしら?」
「………何を証拠に言っているんだ。いくら皇族だからと言っても、何の証拠もなしに表立っては私を消せないはずだ」
「証拠はある。お前は、わたしがそんなものも用意せずにことに臨んだとでも思っているのか?」
「っ、証拠はないはずだ!!だってアレは私が私の手でこの目の前で燃やした、あ、………………」
にこっとセレスティアは笑った。
「かかったな」
焦れば焦るほど、人はボロを出しやすくなる。矛盾をちょこちょこと突いていき、相手が冷や汗を流して声を上げ始めたタイミングで証拠のことを出すように持っていく。厳重で慎重な公爵のことだ、証拠などとっくの昔に燃やしてしまっているだろう。だが、証拠がないならば証拠を作ればいい。
本人の口からの自供という名の証拠を。
「セレス、あなたってやっぱりいい性格しているわ」
「お褒めに預かり光栄だね」
アリスティアの呆れたような声に、セレスティアは深い妖艶な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。
「あーあ、残念。これでわたくしが担当する1つ目の罪は完成しちゃったわ」
「なっ!!」
「こーんな大勢の前で、あーんな大変なことを口走ったのよ?ただで済むわけないじゃない。まぁでも、まだ牢屋に行かなくてもいいのよ?あなたには余罪があるんだから」
アリスティアは書類を口元に持っていき、セレスティアそっくりのゾクリとする笑みを浮かべた。
(わたしの真似とは、アリスも性格が悪い)
「わたくしの役目はこれにて終了ね。ミシェル・ライバード、次はあなたの番でしょう。ちゃっちゃと終わらせなさい!!」
「ミシェル、伸び伸びとやっておいで」
「………ライバード家とセレスとアリスティア皇女殿下を陥れようとしていた件、片付けて来るよ!!」
(強くなったな………)
アリスティアが帰っていくのと同時に出発した、少しだけ逞しくなったように感じるミシェルの後ろ姿に、セレスティアは目を細めた。
「ミシェル・ライバード、なんか変わったわね」
「あぁ、精神的にちょっとだけ強くなった気がする」
「ちょっとなのね」
「あぁ、皇帝の夫ならばもっと堂々としてもらわないとな」
セレスティアの厳しい評価に、アリスティアは苦笑した。
「あなたは昔から自分にも他人にも厳しいわね」
「期待しているからこそだ。ミシェルはもっとできる男だ」
「でも、小動物のままでいてほしいのでしょう?」
「あくまでもわたしの前でだけだ」
ころころと笑いながら言ったアリスティアに、セレスティアはむすっと返した。セレスティアはミシェルの可愛いところを独り占めしていたいようだ。
「それではグランハイム公爵、次は僕から罪を明らかにさせてもらいますね」
ミシェルは持ち前の穏やかで朗らかなところを全面に出し、のんびりと声を上げた。だが、その話し方は小さい頃から皇帝の夫となるべく教育を受けていることだけはある計算され尽くされたものだった。
「あぁ、僕は大きな音とかいきなりの叫び声が苦手なので、アリスティア皇女殿下の時と同様に発言を控えてくださいね?」
「有無も言わせない声音とはやるわね」
「………わたしはミシェルこそ最も怒らせてはいけない人種の人間だと思っている」
「あぁー、そうね」
セレスティアの真面目な言葉に、アリスティアも頷いた。
「普段からビクビクしていて穏やかな人ほど、怒らせると怖いものね」
「あぁ、わたしはミシェルが暴走しないかヒヤヒヤしている」
「………そういえば、ミシェル・ライバードって武術の達人だっけ?」
「あぁ、わたしでも勝てる確率は20%あったらいいところだ」
「………嘘でしょう?」
「嘘を言って何になる」
絶対に手を出さないような小動物のような顔をして、実は最強で最恐であることに、アリスティアは寒気を覚えた。
「ガイセルとミシェル・ライバード、どっちが強いの?」
「ミシェルが真面目にするとしたら勝負にすらならない」
何があっても絶対に手を出さないぽややんとしたミシェルを眺めながら、セレスティアは言った。自分でも勝てるかどうか危うい相手に、無駄な筋肉いっぱいのゴリゴリマッチョが彼に勝てるわけがない。
「………1度は手合わせ願いたいものだ」
セレスティアの独り言のような呟きは、先程より緩んだとはいえ緊張の糸が張り続けている会場に、静かに溶け込んでいった。