1 理不尽な婚約破棄と求婚
「ミシェル・ライバード、あなたとの婚約を破棄いたしますわ!!」
「………………」
「返事くらいしたらどうなの!!」
双子の姉であり、この帝国の次期皇帝たるアリスティア・ルクセンブルクの唐突な発言に、妹であるセレスティア・ルクセンブルクは激しい目眩と激怒と歓喜を覚えた。
「は、はひぃ!!」
「ふふ、わたくし、あなたみたいな自分より身長が低くてヒョロガリな男は好みじゃないの。ガイセルみたいなわたくしよりも身長が高くてがっしりしていて、守ってくれるような男が好みなの。」
溜め息をついたセレスティアは、バッサバッサと派手派手しい羽毛がいっぱいついた真っ赤な扇子を振り回すアリスティアの腰を抱く男に目を向けた。確かに男は、女にしては高身長で170センチはあるアリスティアよりも背が高く、無駄な筋肉がいっぱい付いている。あんな身体では、まともに剣なんて振るえないだろう。
「あ、あのー、こ、皇帝陛下はこのことをご存知で?」
「はぁ!?言ってないに決まっているでしょう!!お父様にはこーんなこじんまりとしたパーティーではなく、それ相応の場面を作ってお話しするわ!!」
セレスティアの目眩はミシェルの質問の返答として返されたこの言葉によって一気に悪化した。
この帝国の後継は余程のことがない限り必ず長子が継ぐことになっている。そして、それが意味することはこんなドアホでバカな女が余程のことがなければ国を継ぐということだ。
(………これは、余程のことに当てはまってくれるのか?)
セレスティアは考えながらも、絶賛婚約破棄が行われているパーティー会場のど真ん中に向けて軍靴の硬質な音を奏でながら歩を進めた。
「アリス、君が要らないというのならば、ライバード公爵子息はわたしがもらっても構わないだろうか」
『え、ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
「あら、セレス、あなたはこんなのがほしいの?」
キラキラと太陽のように輝く鮮やかなコテで綺麗に巻かれた腰まである金髪と、真っ赤なドレスの裾を揺らしたアリスティアが、周りの驚きの声を何事もなかったかのように無視して、アメジストのような皇族の証たる紫の瞳を嘲笑に歪めて聞いた。
「あぁ、そうだが?」
「じゃあ、あげるわ。お姉様のお下がりでよかたらね。おーっほほ、おーほほほほほほ!!」
アリスティアの嘲笑をものともせず、セレスティアはアリスティアとそっくりな顔にゾッとするほどに美しい妖艶な微笑みを浮かべた。青をメインとした軍服を翻し、月の輝きのような神秘的な輝きを持つ真っ直ぐな腰まであるポニーテールにした銀髪を馬の尻尾のように揺らした。
「ミシェル・ライバード公爵子息、どうかわたしと婚約をしてはいただけないだろうか」
「ふ、ふぇ!?」
片膝ついて右手を差し出して婚約を申し込んだセレスティアに、ミシェルは困惑したような表情をした。
セレスティアの紫水晶のような瞳に、希うかのような真摯な色が宿されていたからだろう。
「ライバード公爵子息、」
「ぼ、僕で、僕なんかで、………よろしければ。」
「君がいいのだ。感謝する、、ライバード公爵子息」
ふわりとした男のようなセレスティアの妖艶な笑みに、ミシェルは顔を耳まで赤く染めた。
「ではこれから公爵にミシェル・ライバード公爵子息をわたしにくださいと挨拶しに参るとするか。」
セレスティアは独り言のように言ってミシェルをエスコートするかのように腕を腕をさし出した。
「えっと、皇女殿下?」
「? どうしたのだ?ライバード公爵子息」
「ミシェルで結構ですよ。えっと、僕が男だから、僕がエスコートするのでは?」
セレスティアは首を傾げてきょとんとした表情を作った。
(エスコートは男がする………。わたしはいつもわたしがエスコートしていたからよく分からないな)
「そういうことなら任せよう。わたしはこういうことに疎くてな」
「皇女殿下はいつも女性をエスコートしていらっしゃいましたからね。」
困ったようなセレスティアの微笑みに、ミシェルは優しく返した。いつもビクビクと怯えていたミシェルだが、それはどうやらアリスティアと馬が合わずにずっと虐げられていたかららしい。
セレスティアは申し訳なく思うと同時に、ずっと片思いをしていた彼にエスコートしてもらえること歓喜した。そして、そんな表情は全く出さずに妖艶な微笑みを浮かべたまま彼の腕に女らしい細い手を伸ばした。
「わたしは2番子だからな。アリスの脅威にならないように気を使わなければならなかった」
「そういうことですか。………男装もその一環ですか?」
「いいや、剣を握ったのも、男装をしているのも、わたしの好みだ。わたしにはヒラヒラしたドレスやキラキラした装飾品の良さが分からないんだ」
肩をすくめたセレスティアにミシェルはぱちぱちと瞬きをした。いつも女性に囲まれて『氷の貴公子』や『青薔薇の貴公子』、『月の貴公子』と呼ばれている彼女が女性の好みが分からないというのは意外だったのだろう。
「さぁ、ミシェルの屋敷にお邪魔するとしよう。エスコートを頼めるかな?」
多少弱々しいところは否めないが、ミシェルは深々と頭を下げ、セレスティアを完璧な所作でエスコートした。
パーティー会場は、女性から上がる悲鳴のような哀しみの声と、男性から上がる悔しそうな声と、会場にいたもう1人の皇女たるアリスティアに媚び諂う声で満たされた。