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第八話

「いかにも魔族が住んでますっていった島だな……。それも友好的じゃないタイプのが……」

「おじさん……もっと酒を飲んで、もっと酔っておけばよかった……」

「言ってることが違うじゃねぇか」

「おじさんはあくまで聞いた話をしただけだ。魔族の地に赴いたことはない」

 アルデが言葉を止めた瞬間。ユニコから地上に向かって雷が落ちていった。

「まさかあの雨雲の中に飛び込めってんじゃねぇだろうな」

「おじさんは死にたくなったら、あの中に飛び込むことにするよ」

「今の状況で死にたくなってないってんなら、一生死ぬことはねぇぞ」

 実の娘に堕天使の烙印を押されるのは、キツイはずだとリットは思っていたが、アルデは違った。

「キツイのは娘の方だ。この先も一生浮遊大陸に振り回されるんだぞ」

「なら、親として解決してやれよ」

 リットはアルデの背中を押すが、アルデは落ちてなるものかと踏ん張っていた。

「他の道もあるだろう。時には回り道することも大事だ」

「腹を括れ」

「ならリットから落ちたらどうだ」

「ここは浮遊大陸だぞ。なんかあっても助かるのは天使だ」

「おじさんは堕天使だ」

「よかったな。過去にユニコに行ったのも堕天使だから、確率で言えばそっちのほうが助かる」

 リットとアルデが揉めていると、突如強風が吹き抜けていった。

 砂埃に襲われ目を守ろうと、アルデが手で顔を覆った時だ。背中の翼が風に煽られて体を浮かせた。

 足が大地から離れると同時に、身の危険を感じたアルデはリットの腕を掴んだ。

 しかし、リットの体は木のように大地に根付いているわけではない。掴む場所もなく、足元は多肉性の植物が密集しているせいで簡単に滑ってしまう。

 突っ張ることも踏ん張ることもできず、リットはアルデと共に空へと放り出されてしまったのだ。

 叫ぼうにも、口を開けると風が張り込んでくるせいで、なにも言葉にすることができない。

 手で風を防いだリットは、なんとか目だけは開けていた。

 すると、体は落ちていっているのではない。飛んでいるということに気付いた。だが、アルデが翼を動かして飛んでいるわけではない。ユニコが纏う黒い雨雲に吸い込まれていっているのだ。

 アルデの翼が風を拾ったおかげだった。これで地上に落ちて死ぬということは免れたが、新たな問題が浮かび上がった。雷に打たれて死ぬ可能性がある。

 どうすると相談する間も無く、二人は雨雲に吸い込まれて、空から姿を消してしまった。

 運よく雨雲を抜けても、あるのは大地の側面。このスピードなら間違いなく死んでしまう。結局地上へ落ちるのと変わらないかと思った次の瞬間。リットの目には虹に飛び込む瞬間が見えた。

 もう体は風の流れに乗っていない。坂道をお腹で滑るように、虹の上を勢いよく滑っている。

 だが虹は長くなかった。虹の端まで行くと、リット達は放り出された。落ちていく先は、ガラスのように澄んだ水溜りだ。

 水柱が二つ分高く打ち上がると、何事かと魔族達が駆け寄ってきた。

「死んだかと思った……」

 リットはずぶ濡れで重くなった体をどうにか動かして岸まで這い上がると、仰向けに寝転んだ。

 赤に青にピンクに紫。まるで星々のように天井を照らす灯りは、リットが過去にスリー・ピー・アロウで見た光景と似ていた。

「おい? 大丈夫か?」

 頭にツノを生やした悪魔はリットに肩を貸すと、火を起こしてやると言って地底湖から離れた場所まで連れていった。

 リットはお礼を言うと、焚き火に当たりながら「ここはユニコか?」と聞いた。

「ユニコ? ここは『ワンホン地底湖』だぞ。まぁ、今は空にあるがな。ツノを持った魔族ばかりが住む地だ」

「でも、過去に堕天使が来ただろう?」

「おぉ、来たぞ。あいつらはちゃんと玄関から入ってきたけどな。普通はあんな入り方をしたら死ぬぞ」

 リットは目的地についてホッとしたが、思わず「玄関?」と聞き返してしまった。

「そうだ。雨雲に隠れて見えないが、ちゃんと崖は階段になっている。螺旋状に地下に降りて行き、ツノの模様になっているんだ。ほれ、見ろ。このツノと一緒だ。みんな右回りになっている」

 悪魔はお辞儀をするようにかがむと、自分のツノの螺旋模様を見せた。

「なんでもいい。オレが来た目的は一つ。ハチミツの無毒化の方法を教えてくれ」

「ハチミツ? なんのことだ?」

「堕天使に売ったんだろう? ハチを違法輸入したせいで、色々困ってんだよ」

「はぁ? あのハチはキラービーだぞ!? んなのも魔族以外が飲んだら、毒に決まってるだろう。そもそもキラービーは、ビーと名前がついているがミツバチじゃないぞ」

「んなわけねぇだろう。他に浮遊大陸でどうやってハチが手に入れられるんだよ」

「本当だ。来いよ、見せてやる」悪魔は手招きをした。

 リットは一度地底湖に向かって振り返り、アルデが引き上げられているのを確認すると、悪魔の跡を続いた。

 ユニコ改めワンホン地底城の中はすり鉢上になっており、魔族達は飛んで移動していた。

 リットが悪魔に担がれて向かったのは、一番上の部屋だった。

 壁沿いに部屋があり、入り口は複数あるが中は全て繋がっている。つまり、フロアに分かれていて、全てのフロアがドーナツ上の部屋になっている。すり鉢上と言うこともあり、上のフロアほど広くなっている作りだ。

「ほら、ここだ。入れよ」

 悪魔は通路を指差した。

「あのなぁ……キラービーって言っただろう。入った瞬間殺されたらどうすんだよ」

「安心しろ。とっくの昔に飼い慣らしたんだぞ。そうでなければ、堕天使に売らないだろう……。それが元でケガでもされてみろ。申し訳が立たない」

 リットにはわかっていたことだが、魔族と言うのは基本的に気が良いものばかりだ。その分風変わりの者が多いので困り物なのだが、幸いなことにリットを案内した魔族の男は、話のわかる普通の性格をしていた。

「安心しろたって……オレは人間だぞ」

「こっちももう何年も放置してる。危険度で言えば同じくらいだ」

 リットは踏み込みかけていた足を止めた。

「待った……飼い慣らしたって言わなかったか?」

「そうだぞ。昔にな」

「世代交代してると思わねぇのか? 中のハチが」

「考えてもみなかった」悪魔は感心したように口を窄めた。「まぁ、堕天使にやったのは確かだ。あの時は下層フロアまで降りて来ていたのを、捕まえてやったんだがな。上層フロアは風の音がうるさくて、誰も何十年も行ってない」

「嫌な予感しかしねぇよ」

 リットは自前のランプを灯した。

「おっ? 良い光だな。シンプルだが力強い光だ」

「よく言われる。欲しけりゃ、地上まで買いに来てくれ」

 リットは足元だけではなく、周囲を照らす『妖精の白ユリのオイル』が入ったランプを胸元に掲げて通路へと入っていた。

 悪魔は「驚いた……」と思わず声を漏らした、

 ここは土だけのフロアだったはずだが、知らない間に一面花に囲まれていたのだ。

「こりゃ……寄生植物だな」

 リットは土の壁に這う根を見て言った。この根は地上の木から伸びているもので、その根に寄生して花を咲かせる植物が寄生植物だ。

「いったいどこから入り込んだんだ? もう、ここは地上の歴史より、空の歴史の方が長くなったくらいだぞ」

「オレも植物学者じゃねぇからわかんねぇけどよ。浮遊大陸の植物が突然変異でも起こしたんじゃねぇのか? ……キラービーと同様によ」

 リットは拳サイズのハチが、花の中に顔を突っ込んでいるのを見た。

「キラービーは虫を食べてたんだぞ」

「それっていつの記憶だ?」

「オレも産まれてない昔……地上の頃の話だ。幼虫がしょっちゅう落ちてきてたんだ。掃除も一苦労。それで、キラービーを手懐けて、掃除させてたってわけだ」

「知ってるか? 浮遊大陸ってのは高度が高すぎて虫は存在しねぇんだ。飛んで来れねぇからな。とっくの間に幼虫なんていなくなってんだよ」

「天使でもないのに詳しいな。それが本当だとしたら一大事だぞ……。オレも変異して天使になってるかもしれん……どうだ大丈夫か?」

 悪魔は背中を向けて、自分の翼が白くなっていないかと聞いた。

「変異ってそういうこっちゃねぇだろうよ。あいつらは食うものがなくなって、生き延びる為に進化したってことだ」

「魔女が好きな合成魔法生物のことか?」

「違えよ……。待った……なんで知ってんだよ。魔法生物のこと」

「なんでって、魔女から教えて貰ったからに決まってるだろう。他にも色々なことを教えて貰ったぞ。浮遊大陸が魔法陣のようになっていることとかな。だから、その魔法陣を書き換えてやれば、ある程度自由に動かせることもな」

「……ディアドレか?」

「違う。もっと柔らかい名前だった」

 浮遊大陸には他の魔女も来ている。ディアドレだけではない。

 リットにはもうひとり名前が浮かんだ人物がいた。

「ガルベラ?」

「そうだ、よく知ってるな。知り合いかなんかか? 墓参りでもするか?」

「……する」

 リットはキラービーのことはとりあえず後回しだと、ガルベラの墓へと向かった。

 そこで言ったのは、文句だった。アンタとその師匠に散々振り回されたぞと恨みを述べると、問題は解決したからゆっくり眠ってくれと付け足した。

 自分達のせいではあるが、地上からこんなとこまで来て人生を捧げたのだ。それなりの弔いはあってもいいだろうと思っていた。自分の過去を知るものは誰もここには来ないからだ。

 それに、錬金術師としてのガルベラの墓はディアナにある。ここで自分が見つけたのも何か運命を感じていた。

 生きていてくれれば、毒についてアドバイスを聞けたが、それも叶わぬ夢だ。ガルベラやディアドレの物語は、数百年も昔のことだからだ。ここはツノがある魔族の地。ゾンビやゴーストとなって生まれ変わっていてもここにはいないし、生まれ変わっていても記憶を無くしてしまっている。

 リットは「さて――」と立ち上がると、アルデの元へと向かった。

「おう! リット! おじさんはここだ!」

 アルデは半裸で焚き火に当たっていた。片手にはコップが握られており、どう見ても酒が注がれているのに間違いなかった。

「まったく……自分が置かれた状況がわかってんのか? オマエが堕天使だとしても、上層天使の娘を持つことには変わりねぇんだぞ」

 リットの言葉に周囲の魔族がざわついた。

 ずっとリットと一緒にいた悪魔は「頼む……天使には言わないでくれ」と懇願してきた。

「そういうつもりで言ったんじゃねぇよ。おっさんに噴気を促すための言葉だ」

「よかった……こっそり隠れて生きるって言うのがカッコいいんだ」

「んなことより、滅ぼされる心配をしろよ……。魔族が天使の土地に入り込んでるんだぞ」

 悪魔は「それはない」ときっぱり断言した。「オレ達があちこにいるから、浮遊大陸は浮かんでいられるんだぞ」

「今あちこちって言ったか?」

「そうだ。少なくとも三か所だ。地上にいたんだろう? 見たことないか不思議な雲を。例えば……青空の中に一つだけ雨雲が浮かんでいたり、ありえないほど鮮やかな彩雲が浮かんでいたり。あれは全部魔族がいる大陸だぞ。オレも場所は知らんがな」

「そりゃ知らなかった」と、リットは素直に感心した。

「そうだろうな。普通は知らん。交流なんてしないからな。天使の力とは留める力。魔族の力とは動く力だ。わかりやすいだろう? ガルベラの言葉だそうだ。浮遊大陸には両方が必要だ。だから浮遊大陸は地上から伸びる天望の木を経由するんだ。詳しいことは知らないがな」

 悪魔は昔の話を、さらに又聞きして伝わったものだと肩をすくめた。

 理にかなっているようなかなっていないような。魔女と関わりのあるリットにもいまいちわからなかった。

 だが、一つ思いついたことがあった。

「それってよ、酒の中に留められた毒を、自由に外へ動かすことって出来ねぇか?」

「どうしてそう思うんだ?」

「ここで貰ったのはミツバチだけじゃねぇ。ランプかなんかも堕天使にやっただろう。床が動くのを見たぞ」

「宝石を溶かしたオイルを渡した覚えがあるな」

「それってよ、見せてもらえるか?」

「まぁ、いいぞ。普通の鉱石と違って、地上じゃ絶対に見られないようなものだぞ。わかるか?」

「わかんねぇから見せろって言ってんだよ……」

 どこかズレた回答ばかりしてくる悪魔に、やっぱり癖のある魔族であることに変わりないと、リットは小さくため息を落とした。






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