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第七話

 堕天使達は全員が中毒症状を起こして、冗長不安定になったり意識が朦朧としていたので、一人ひとりから正確な情報を引き出すことは不可能だった。

 だが、全員の言葉をつなぎ合わせると、興味深い事実が浮かび上がってきた。

 まず、ここにいる堕天使達はアルデを除き、全員が上層と下層を出入りしていた学者だということだ。

 それも浮遊大陸に限った地質学者や植物学者だ。浮遊大陸の大地と地上の大地。元は同じものだが、魔法によって打ち上げられたため、魔力関係が変わっている。

 この学者達が気付いたことは、浮遊大陸が空に浮かんでいられるための魔力が枯渇する可能性があるということだ。

 地上の大地というのはサイクルがある。土を作るための『岩』というものが、浮遊大陸では圧倒的に少ないのだ。

 浮遊大陸の植物が多肉質なのも、少ない土に適するためで、根ではなく葉に水を貯めようと進化したからだ。雨の降らない浮遊大陸の土は、下を流れる雲から必要なだけの水分を組み上げ、その水分を植物が溜め込む。普通ならば砂漠化してもおかしくない環境で、これだけ緑豊かなのは魔力が影響しているおかげだ。

 その魔力は天使族が浮遊大陸の移動に使っている『光の階段』という魔法で循環している。

 その魔力が枯渇するということは、浮遊大陸が墜落するということだ。

 原因は単一種族による魔力の過供給。様々な種族が暮らす地上とは違い、浮遊大陸は天使族が主だ。人口の八割をカバーしていると言ってもいい。徐々に魔力のバランスが崩れてきてしまっている。

 学者達は新しい魔力を流す必要があると結論付けた。そして、それに最適なのが魔族からの魔力だ。

 それに猛反発したのが上層天使達だった。魔族の魔力が流れると、浮遊大陸が汚れてしまうと。

 現在天使族と魔族の間に争いはない。偏見はある程度残ってしまっているが、お互いに迫害しようという思いはない。

 だが、魔力というのは微妙なバランスを保っているものだ。人間のリットには理解できないが、魔力を使い生きていく種族は、新しい魔力を受け入れるという考えがそもそもないのだ。

 ではなぜ学者達は新しい魔力が必要という答えになったのか。

 それは天使族が使う魔力と魔族が使う魔力は、なんの違いもないことを知っていたからだ。

 魔力というのは性質が繋がり元素となる。それは精霊からの力であり、他の誰も特別ではない。

 この考えは天使族にも魔族にもないもの。この考えは人間。それも一部だ。魔女のみが持つ考えだ。

 そう、この考えの元となったのは『破滅の魔女ディアドレ』の弟子の『聖女ガルベラ』の存在が大きい。

 ガルベラはディアドレの死後、浮遊大陸で『エーテル』の研究を続けていた。後世は錬金術師として名を馳せたが、元は魔女だ。魔女の考え方というのは、極一部の天使族にも伝わっていた。

 それを発見し、理解できる柔軟さを持ち合わせていた学者達だったが、上層天使に誤解されず説明出来る知識はなかった。

 反乱者の烙印を押され堕天使とされた学者達は、二度と浮遊大陸に戻ってこられぬよう翼を黒く染められ、風切羽を切られ追放されてしまったのだ。

 追放方法は島落としの刑だ。堕天使となっても魔力は残っている。たとえ空を飛ぶことが出来なくとも、防衛本能により風の魔法でクッションを作ることが出来るのだ。

 しかし、学者達は地上に堕ちることはなかった。

 大小様々な形の浮遊大陸の中でも一際珍しい、『ユニコ』という島へ落ちたのだ。ユニコーンの角のような形をした円錐状の大きな島で、細い先端は地上に向いている。

 この島は目立った資源もなにもない『ハズレジマ』と呼ばれる島だ。

 生きて行くのも一苦労な島で、学者達が生きていられた理由は、他の種族が住んでいたからだ。

 そして、その種族とは『魔族』だ。

 魔族が住むのは世界中様々だが、『ペングイン大陸』には浮遊大陸が天使族だけで暮らすように、魔族だけで暮らす大穴がある。その中の一つが『スリー・ピー・アロウ』だ。

 そして、その大穴ごと魔女の魔法により、浮遊大陸に打ち上げられた大地がある。それがユニコということだ。

 ミツバチはそこから仕入れたということだった。

「にわかには信じられねぇよ……」

 リットの訝しむ視線は、アルデに向けられていた。

「おじさんが言ったわけじゃないだろう。リットが……勝手に……組み合わせたんだ……」

 アルデは中毒症状がだいぶ抜けたものの、まだ焦点の合わない瞳で、遠くでもなく近くでもなく、その中間を眺めていた。

「旦那が二日酔いになっても、ここまで酷くないんスけどねェ。ここのお酒を数日断てば、元には戻りそうっスけどね。いっそ牢屋に戻したらどうっスかァ?」

 ノーラは目の前で手をひらひらと振ってみるが、アルデは瞬きもせずにぼーっとしていた。

「そうも言ってらんねぇよ。どうにかしねぇとな……」

「どうにかって。まさか……そのユニコってとこに行くつもりですかァ?」

「スリー・ピー・アロウに行くよりはいいだろう。あの炎もどうにかしねぇと……」

 リットは牢の床を積み木のように崩して戻すことの出来る、堕天使が持っているランプの炎が気になっていた。

 文字通り、争いの火種になりそうなものだからだ。

 本気で浮遊大陸を墜落させようと思っているわけではなさそうだが、いつ吹っ切れて実行に移すかはわからない。それが酔いの勢いか、幻覚症状による攻撃的思考に扇動されてか、どちらにせよ良い結果になるとは思えない。

「旦那ァ……。もしかして……また首を突っ込もうとしてます?」

「今のところは様子見だ。まずはアルデをある程度正気に戻させないとな」

「他の堕天使じゃダメなんスかァ?」

「一日中毒性のあるミードを何日も飲んでる奴らをか? 毒が抜けるのにどんだけかかると思ってんだよ。行ったことはなくても、案内くらいは出来るだろう」

 ユニコはハズレジマであり、ハズレジマは浮遊大陸の地図にはない島だ。

 しかし、魔族がいる島を天使族が知らずに過ごしている可能性は低い。知った上で放置しているのか、いっそそこに閉じ込めたままにしているのか。どちらにせよ、抜け道があるのを知らないことだけは確かだ。

 そして、アルデが堕天使となった理由はそこにあると、リットは勝手に思っていた。

 リットの表情の変化に気付いたノーラは、これは止められないとため息をついた。

「好奇心旺盛なのは旦那の良いところですが、くれぐれも気をつけてくださいよォ。相手はヴァルキリーなんスから」

「そっちこそ、ミニーに翻弄されて寄り道なんかしてくんなよ。リゼーネで芋なんか食ってくるな。チルカを連れてさっさと戻ってこい」

 リットに釘を刺されたノーラは、余計な一言を言わなければよかったと方を落とした。



 それから、ノーラはミニーの光の階段で地上へ、リットはアルデを連れてハズレ島を移動していた。

「おい……もう毒は抜けただろう?」

 リットはとろとろ歩くアルデに早く歩けと声をかけるが、歩くスピードが上がることはなかった。

「おじさん……酷い二日酔いで死んじゃいそうだ。二日酔いの日に……こんなに歩かせるなんてどうかしてるぞ」

「理解できるだけに強く言えねぇ……。今から信じられねぇことを言うけどよ……そうまでして飲む必要あるか?」

 リットは自分の口から出た言葉に苦笑いを浮かべた。

 もしエミリアが隣にいたら、突き刺さるような視線を浴びせられていただろう。

「飲まなければやってられないだろう。浮遊大陸の歴史が終わるんだぞ。学者達は百年は先の話だと言うが、明日かも知れないんだぞ」

「そりゃアイツらはやってられねぇだろうな。案じての進言が、裏切り者扱いで堕天使の烙印を押されたんだ。現実から逃げたくなる。けどよ、アルデ。アンタはなにから逃げてんだ?」

 アルデは一瞬、体の動きがすべて止まったが、すぐにまただらだらと歩き出した。

「逃げてるわけではない……考えないようにしているだけだ」

「それを逃げてるって言うんじゃねぇのか? やけ酒ってのはあるけどよ。あれは吹っ切るために飲むもんだ。有耶無耶にするためじゃねぇよ。……おい、どうした?」なにも反応がないので、リットは振り返ってみた。すると、アルデは膝を地面につけて、肩を震わせて嗚咽していた。「泣くようなことを聞いたか?」

「違う……言っただろう。二日酔いの中歩かせるからだ……」

 アルデは胃の中のものを全て吐き終えると、嘔吐物のすぐ横に転がって空を見上げた。

「自分を客観的に見たのがこの姿だと思うと……情けなくなってくるな」

「急いだって、次の島がすぐに近付いてくるとは限らない。少し休もうじゃないか」

 吐き終えてすっきりしたのか、アルデの表情は実に清々しいものだった。

「シラフでゲロの隣に腰を下ろすほど、人生捨てちゃいねぇよ……」

 リットは臭いが届かないところまでアルデを歩かせると、自分も地面に座って一息ついた。

「リットは前にも浮遊大陸に来たことがあるんだろう?」

 アルデはふいに聞いた。

「まぁな。ずいぶん昔のような……最近のような……なんとも不思議な気分だ」

「浮遊大陸は良い場所だと思うか?」

「そう思ったならここに住んでる」

「もっと叙情的な話だ。思うことが色々あるだろう?」

「そうだな……思ったより自由はなかったな。空にあるものってはもっと自由だと思ってた」

 リットは上層のことだけを言っているのではない。過去に弟の祖父に会った時も感じたことだ。若い天使は昔ほど規律を重んじなくなっているが、それでも天使という枠組みにハマったままだ。

 自由に生きるダークエルフのクーや、好き勝手にお洒落をする妹のケンタウロスのシルヴァを見てきているので、浮遊大陸に生きる天使達はどこか窮屈なような気がしていた。

「いいとこをついてるじゃないか」

「そりゃどうも」

「浮遊大陸に住む者は変化に弱いんだ。浮遊大陸に上ってくる商人や冒険者はいるが、地上に降り立つ天使というのは殆どいない。いても、交流のある教会くらいのもの。今までおじさんはそれでいいと思っていた」

「ってことは、今は違うってことか?」

「『闇の柱』が消えた時に思ったんだ。あれは地上で起きたことだが、もし浮遊大陸で起きていたら? 天使族は浮遊大陸を捨てられるのかとな」

「おいおい……」

「これも言っただろう。おじさんは上層のお偉いさんだったんだぞ。今のカペラと同じ地位だ。その――もしを考えると不安になった。言うまでもない。大事なのは命だ。だが、今のままでは皆、浮遊大陸と運命を共にするだろうと」

「そんな……大げさだろうよ。ミニーを見ただろう? 男に惚れて、地上に降りた天使もいる。子供も作って幸せに過ごしてるぞ」

「それならおじさんの翼も見てくれ」アルデは影のように黒い翼を広げて見せた。「アーテルカラスの羽で染められて、白を失い真っ黒になった翼だ。つまり人為的なものだ。堕天使は天使が作り出す。ダークエルフとは違うんだ」

 エルフが森を捨てるとダークエルフと呼ばれるようになる。それは太陽神の加護を失い、金色の髪の毛と白い肌が太陽に焦がされるからだ。

 堕天使はそういうことが起きない。翼を黒く染めるのも天使。飛べなくなるのも天使が風切羽を切るからだ。

「待てよ……堕天使になったら光の階段は使えないんだろう?」

「なかなか敏い男だな。実はな……この黒い羽に秘密が隠されている」

 アルデが太陽がよく当たる場所で翼を広げ直しすと、わずかに輝いているのがわかった。

 その光は、堕天使が持っていたランプの光によく似ていたので、リットにはピンときた。

「おいおい……まさか魔族と関わりを持ってるのか?」

「そうだ。浮遊大陸では『浮石』と呼ばれる魔力がこもった石がある。あの牢の床が良い例だ。自由に動かせるということは、自由に動かなくすることも出来る。つまり、光の階段との接続を遮断することも出来るんだ。染剤にはそういうものが混ぜられている。だが、これは他の天使族は知らないことだ。おじさんの娘も、その取り巻きもだ。どこかで、交流の歴史が途切れて消えてしまった。再び繋ぎ合わせられれば、浮遊大陸の未来は安寧ということだ。わかるか?」

「なんとなくはな……。でもよ、あの娘を説得するのは難しいだろう」

「娘がダメなら孫に託す。リットの責任でもあるんだぞ。しっかり子供には真実を伝えるんだ。わかったか?」

「おい……だからよ……結婚は――」リットはふと懐かしいニオイを感じて言葉を止めた。「これは雨のニオイか?」

「浮遊大陸に雨など降るか」

 そんなはずはないとアルデは立ち上がった。

「いや……確かに雨のニオイだ」

 リットはニオイのする方へ歩いていくと、島のハズレに着いてしまった。

 そして、そこから見えたのは、龍のような雷を引き連れた重く暗い雨雲の塊だった。

 その形が話に聞いていた『ユニコ』という目的の島とそっくりだったので、リットとアルデは思わず息を呑み、しばらく眺めていた。






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