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第四話

 エミリアが「は?」と不躾な声を上げたのは、あまりに信じられない言葉を連絡係のヴァルキリーから聞いたからだ。

「なにかの聞き間違いっスよォ……私は信じませんぜェ……」

 ノーラも信じられないと眉間に深い皺を寄せていたが、ヴァルキリーがもう一度はっきりと口にしたので信じるしかなかった。

「三日後は婚約の儀だ。下界代表として参列してもらう」

「もう一度聞いていいっスかァ? 誰と誰が婚約するってんですかい?」

「何度も言わせるな。カペラ様とリット様だ。白い礼服で参列するように、この島にも仕立て屋はある。以上だ。三日後に迎えにくる」

 ヴァルキリーは大きな翼の影を作って空へと消えていった。

「驚きっスねェ……旦那結婚しちゃうんスかァ?」

「どうやらそうらしいな……」

 エミリアは眉間に力を入れて複雑な表情を浮かべた。

「気になります?」

「それはそうだろう。質疑が許される立場ならば、リットのどこに惚れたのか聞いてみたいくらいだ」

「あれで旦那は良いとこありますよ。なにか間違いがあれば、エミリアだって惚れるかも知れませんよ」

 ノーラは言いながら、一体どういう作戦に変えたのだろうと疑問に思っていた。

 当初の予定とは全く違うので、動きようがない。まさか結婚式を開くなど夢にも思っていなかったからだ。

 そして、そのわずかな疑問の表情をエミリアは見逃さなかった。

「今、なにか間違いがあればと言ったな? ……間違いとはなんだ」

 ノーラは「そんなこと言いました?」ととぼけてから、対応を間違えたと後悔した。酔った勢いとでも適当に答えておいた方が誤魔化せたはずだ。

「私が聞き間違いをすると思うか? やはりなにか企んでいたな」

 エミリアの目が鋭く細くなると、ノーラはもうダメだと早々に観念してしまった。

 リットの企てた計画を全て話してしまったのだ。

「まったく……どうしようもない奴だ……酒のために結婚までするとはな」

「そっちはたぶん予想外ですよ。私もなにがなんやら……旦那に話を聞ければいいんスけどねェ」

 ノーラが空を見上げると、エミリアも同じように空に目をやって上層の雲を見上げた。



「はぁ? 今なんつった?」

 リットが魂が抜けたように呆けて言うと、カペラは頬を染めてもじもじし出した。

「だ……だから責任を取ってもらうと言っている」

「責任なんかねぇよ。責任を持つべきはオマエの親父だろうが」

「私の……その……大事なものを見ておいて……とぼけるつもりか!」

「たかが下着だろう!?」

「勝負下着だ! 私の純白は貴様に汚されたのだ! とにかく責任は取ってもらう!」

 カペラは頬を赤くしたまま背を向けて去っていった。

「おい……オマエの暴走娘をどうにかしろよ」

「忠告しておいただろう。娘は思い込みが激しいと。それなのに勝負下着を見る方が悪い。ヴァルキリーは正式の場で、いつでも勝負下着の着用が義務付けられている」

「あのなぁ……忠告が遅えんだよ。だいたいアルデが下着を見せたんだろうが! オマエが責任取れよ」

「娘と結婚しろっていうのか? そんなこと言われてもおじさん困っちゃうよ……」

「パンツを見ただけだぞ」

「無理だ。それにな、結婚は娘の慈悲だぞ。普通は処刑だ。格式高いヴァルキリーの下着を見るというのはそういうことだ」

「娘を説得しろって言ってんだよ……。アンタ父親なんだろう」

「説得出来るなら、脱獄などしていない」

「それだ! 早く脱獄の方法を教えろ! 三日以内に出なくちゃならねぇんだ」

「父親の前で随分な言い草じゃないか、言っておくが娘は美人だぞ」

「知るか。オレの目的は密造酒だ。嫁探しじゃねぇよ」

「まぁ、無理強いはできんな。おっさんが思い出すのが先が、リットが結婚するのが先かだ。まぁ……第三の選択肢として、首が転がるってこともあるが」

「本当に頼むぞ……。正直ここにいるだけで頭が痛えんだ」

 リットはアルデが脱獄の方法を思い出そうとしている間。自分でもどうにか出来ないかと、牢屋のあちこちに手を触れてみたが、鉄のように硬い石レンガに囲まれているせいで、抜け道はなさそうだった。

 床でも抜けてくれればとその場で飛び跳ねてみるが、ヴァルキリーが騒音を注意しにくるだけ。

 壁に仕掛けでもないかとしらみつぶしにレンガに触れても、ただ手のひらの体温が奪われていくだけだった。

「そうだ! ハチミツだ!」

 アルデが声を大きくしたので、リットは「それがあれば脱獄出来るのか?」と聞いた。

「密造酒の話だ。違法養蜂していてな。なんたらっていう花の蜜を取るんだ。それで作った蜂蜜酒がたまらなく美味い。天にも昇る味だ」

「天から落ちてきたくせになに言ってんだよ。それにしても……蜂蜜酒か……」

 リットは少し期待はずれだとがっかりしたが、アルデが別の飲み方もあると言うと途端にやる気になった。

「不思議な蜂蜜でな。苦いものもあるんだ。あのほろ苦さは、普通の酒でも割っても美味かったぞ。もう一度飲みたいものだ」

「そのためにも、なんとか思い出せよ」

 リットとアルデが話を続けていると、カツカツという足音が聞こえてきた。担当者が牢のロウソクを代えに来たのだ。

 リットは黙ってヴァルキリーがロウソクに火をつけるのを見ていた。その時。一瞬だが、不自然な反射を見逃さなかった。

 ヴァルキリーが持ち場に戻った瞬間。リットは再びアルデに声をかけた。

「おい、この牢っていつからあるんだ?」

「島が空に打ち上がった時からだ」

「つまり地上のものか?」

「そうだな。上層の浮遊大陸は魔女の中でも、異常な魔力を持った魔女が力を使ったものと、聖霊の力が暴走して打ち上がってきたものの二つがある。違いは簡単だ。資源が豊かな島は精霊に打ち上げられたものだ。同じ資源でも、魔女が打ち上げると構造が変わってしまう。『グリム水晶』というものを聞いたことがあるだろう? あれは全て魔女が打ち上げた島から取れる。それは上層の島も下層の島も同じだ」

「なるほどな」

 リットはニヤッと笑った。石レンガに使われた岩石。その中の成分がグリム水晶に変わった可能性がある。

 そして、あの反射はグリム水晶だと確信していた。なぜならば、リットは何度もグリム水晶の反射を見ているからだ。

「わかったなら、おじさんにも教えてくれ。一人で逃げる気か?」

「わかんねぇよ。だから教えてくれ。アンタが脱獄した時、何か起こっていたか? 例えば壁のあちこちが反射したとか、急に魔力の流れが変わったとか」

「そういえば……夜に何度も壁がチカチカしていたな。ヴァルキリーに苦情を言ったのだが、ヴァルキリーが来ると光が消えてしまうんだ。そしてそれは何度も起こった。ある日、光の反射は牢にまでたどり着いた。やることもないから、その光に指輪を反射させて遊んでいた。その次の日だ。おじさんは脱獄したのだ」

 アルデは自慢げに言うが、肝心の脱獄方法はすっかり忘れてしまっていた。

「おい……肝心なのはそこだろうが。だけど一つわかった。反射はなにかしらの連絡手段ってことか。なにかこっちの様子を確認する手段があるのか……待てよ」

 リットは鉄格子に顔を押し付けて少しでも外の様子を確認しようとした。なにも見えないが、誰からも注意されない。つまり、近くにヴァルキリーはいないということだ。

 先ほどから話をしていても、ヴァルキリーは来ない。来たのはリットが飛び跳ねて騒音を鳴らした時だけ。

 そこで思い浮かんだのはエミリアの姿だった。

 真面目で融通が利かなくて時間に厳しい。それはヴァルキリー達と似ていた。

 つまり予定外のことはあまりしない。毎日決まった動きの中で働いているということだ。

 そして、密造酒を作っているのは堕天使達。ここの事情を知っている者がいてもおかしくない。

 なにか特殊な光を合図に、仲間の脱獄を手助けしようとしているというのがリットの考えだった。

 その光が何かとはわからないが、リットが闇を晴らした手段も、グリム水晶を使ったランプで、魔宝石を使った魔法陣を起動させると言うものだ。

 グリム水晶と光というのは何かしら関係しているはずだった。

「夜は交代で見張りだな。何か反射させるものは持ってるか?」

「指輪くらいだ。これだけは娘も見逃してくれている」

「届くか? 届いたら指を握れ」

 リットが鉄格子から手を伸ばすと、アルデも同じように伸ばした。わずかに指同士が触れ合い、ギリギリ指輪の受け渡しは出来そうだった。

「完璧じゃないか。盗賊でもやってたのか?」

「まぁ、似たようなことはな。片棒を担がされた……」

 リットは昔。ノーラと出会うより昔に、クーの仕事を手伝ったことを思い出していた。

 あの時も城に侵入するためにと、わざと捕まって牢屋に入れられたのだった。

 その時に言われた『状況をよく確認しろ』という言葉は、今役に立っている。結局いつでも、クーの手のひらの上ということだ。

 リットはため息を落とすと、まずは指輪を持ってるほうから見張りだとアルデに言うと、自分は今のうちに寝ておこうと目を閉じた。



 リットが予定通り脱獄計画を実行していた時。

 エミリアはディアナに連絡を取るか迷っていた。

「迷ったって無駄ですって。三日後っスよ。世界最速のハーピィーに頼んだって間に合いませんって」

 ノーラは久々の浮遊大陸だと、不思議な果実を思う存分堪能していた。

「しかしだ……。私一人では対処の出来ない事態に陥ってしまった。まだ話し合いすらしていなんだぞ」

「話し合いって、東の国の大灯台でしょう? こっちが直したんすから、でかい態度でいきましょうよ」

「そうもいかない。自然物なら仕方がないが、人工物だと光害になってしまう。その兼ね合いを話し合うつもりだったのだが……」

 エミリアは肩を落とした。リットが罪人を連れてきてくれたことにより、話し合いはスムーズに行く予定だった。光害にならない程度に強く光を放ち、闇に呑まれた現象を解決したというシンボルにしようと考えていたからだ。

 だが、結局リットがアルデを連れてきたことにより、話はよりややこしくなってしまった。多少の問題は起こすだろうと思っていたが、まさか結婚という話になるとは思いもしなかった。

「だからってどうするんすか? ここでヴァルキリーに逆らう方が無茶っスよ。旦那が上手く脱獄してくるのを願った方が気が楽っスよ」

「今度はリットに捜索願いが出るぞ。そうなればだ。片腕のノーラは真っ先に拘束される。一番居場所を知っていそうだからな。知らないは通用しない相手だぞ」

「なら……いっそ結婚させます? 一緒に過ごせば旦那の嫌なところなんて、その辺の雑草より見つかりますよ。それで、晴れて婚約解消。まぁ、三日も保てば本物の愛っスかねェ」

 エミリアはそれも一つの手かと本気で考えてしまった。それほど、今は手の打ちようがないのだ。

「いっそエミリアの夫ってことにしたらどうっスかァ? 略奪愛ってのは天使も分が悪いんじゃないっスかァ?」

「信じると思うか?」

「難しいところっスねェ……。愛の証拠を見せろと言われて、エミリアがどこまで出来るかじゃないっスか? ただそうなったら、今度はディアナからたくさん人が押し寄せてきますよ。あっちもあっちで暴走しやすい人が多いっスからねェ」

「どちらにせよ国際問題になるではないか……」

「だから、旦那が脱獄するのを信じましょう。そのあと合流して話し合えばいいんスから」

「そうなると……こっちも堕天使探しの隠れ家を探すことになるのか」

 エミリアは気が重いと座り込んでしまった。

「私は旦那よりも、エミリアの方が早く見つけると思うんスけどね。ほら、おサボりさんとか見つけるの得意でしょう? アルデを見てたら、堕天使ってそんな感じっぽいスよ」

「私達は浮遊大陸での移動手段がないんだぞ」

「でも、ここに黙っているわけにもいかないでしょう? とりあえず、三日の間に出来ることはしちゃいましょう。ぶっちゃけ、旦那が結婚した方が話し合いはスムーズにいくと思いますよ」

「私は逆恨みをされて難航すると思うが……」

 エミリアはもうため息も出ないと立ち上がった。

 ここでこうしていても無駄だからだ。少しでも街を歩き、人の話を聞いて、何か突破口を見つけようと動き出した。






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