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第二十四話

 リットは「ノーラ」と名前を連呼しながら二階の寝室から降りてきた。

「はいな、はいな。旦那ってば、何度も呼ばなくても聞こえてますよ」

 ノーラはリビングで焼きたてのパンを頬張りながら、階段を降りてくるリットに手を振った。

「いったいどうなんてんだ?」

「どうなってるもなにも、酔い潰れた旦那をマックスが背負って運んでくれたんスよ。マックスの背中にヨダレを垂らして眠る姿は、ちょーっと情けなかったスよ」

「余計なことは言ってねぇだろうな……」

「余計なことと言うと?」

「儀式をすっぽかしたこととか、ランプのこととかだ」

「私は言ってませんよ」

「チルカか……アイツめ」

 リットはチルカがいるなら庭だろうと、窓越しに庭を睨んだのだが、その目に入ったのはチルカではなくマックスだった。

「もう一回言いますけど、私は言ってませんよ」

 ノーラはパンとスープを盛った器を手に取ると、巻き込まれる前に店へと避難した。

「兄さん……大切な儀をすっぽかしたことを聞いていませんが」

 マックスは相変わらず真面目な表情をしており、更に眉を寄せているものだから、威圧しているように見えた。

「今言っただろ」

「結果的にです。いいですか? 浮遊大陸。強いては天使族というのは、儀式というものを大事にするものなんです。自分が光の階段の為に受けた儀式もですね」

 マックスの話が長くなりそうだと感じたリットは、テーブルに置きっぱなしのパンで後頭部を叩いて無理やり終わらせた。

 そして、そのパンを一口齧ると「なんだってまだここにいんだよ」とマックスが家にいる理由を聞いた。

「兄さん……いくらディアナとリゼーネが良い関係を築いているとはいえ、国境を超えているんですよ。すぐには帰れません」

「そういえばそうだな……。ずっと空にいたせいで、国境のことなんかすっかり忘れてた」

「兄さんを迎えに行くのも大変だったんですからね」

「わかってるわかってる。ありがとよ、頼りにしてる」

「そんな言葉で騙されませんよ」と言うマックスだったが、リットのおざなりな言葉にも嬉しそうにしていた。

「ミニーが帰るのは遅くなると思うぞ。なんならゆっくりしていくか?」

 リットはついでにマックスを働かせれば、自分は楽が出来ると言うのを隠して提案したが、マックスはやることがあると首を横に振った。

「兄さんからの手紙をきっかけに、スリー・ピー・アロウ周辺の白装束が姿を消したんですよ。これから交易も激しくなると思うので、乗り遅れるわけにはいかないんです。白装束の噂はすぐにでも広まりそうですし」

「そりゃまた……忙しいこったな」

「兄さんほどじゃありませんよ。誰が掃除をしたと思っているんですか……」

 マックスは他人事のリットに呆れた。

 何日も家を開けていたので、部屋中埃まみれだったのだ。こんな中で疲れたリットを寝かせるのは、体に良くないと思い、夜通し掃除をしていたのだ。

 リットはその音にも気付くことなく、疲れて爆睡していた。

「埃に塗れるのは勝手だけどよ。自分が王子だってことを忘れるなよ」

「兄さん……王子でもヴィクターの息子ですよ。誇り塗れ泥だらけになれるのが魅力だと思いますよ」

「なるほど……ミニーが寂しがるわけだな」

 リットはすっかり成長して言い返せるようになったマックスを見て、ミニーの心中を理解した。

「兄さんだって、同じ息子なんですよ。兄さんの場合はもう少し、泥遊びを控えて頂けると安心なのですが……」

 マックスは相変わらずのリットを見て、どこかに行ったと聞かされる度に、これからも不安になるのだろうとため息を落とした。

「そう思うならよ。親父の墓に、嫁は連れ去るなって言っておいてくれよ」

「兄さんにも同じことが言えますが」

 チルカから偏った情報の結婚騒動を聞かされていたマックスは、女性にだらしないとリットを睨んだ。

「あのなぁ……連れ去られたのはオレだぞ。捕まろうと思って浮遊大陸に行ったら、パンツを見せられ牢屋行き、今度は結婚を迫られ、堕天使に脱獄を手伝ってもらって、行き着いた先で密造酒を飲んだら中毒を起こし、色々あって浮遊大陸の問題を解決する羽目になって、宝石オイルを使ったランプを作ることになった。オレの苦労がわかるか?」

「まったく……一つも分かりません。理解不能です。ですが、そんなに大切なランプなら、大事に手元に置いておいて正解でしたね」

「まさかランプを弄ってねぇだろうな」

「怖くて弄れませんよ……。本当は持つのも嫌だったんですから」

「ならいい。世話をかけたな」

 リットは感謝の言葉と同時にマックスの背中を強めに叩いた。

「乱暴なんですから……」と文句を言うマックスだが、その口は笑っていた。

 その瞬間。急に部屋が暗くなった。

 なんだとリットが窓を覗こうとした時だ。耳をつん裂くような落雷の音が響いた。

「旦那ァ……雨っスよ。それも大雨」

 ノーラはこれでは店を開けられないと、リビングに戻ってきた。

「雨? さっきまで晴れてただろう」

「僕もそう認識していましたが」

 マックスが窓を開けて空見上げた瞬間。急に陽が差した。

 そして、子供のような声で「兄さん虹ですよ!」とテンションを上げたのだ。

「虹なんか珍しくねぇだろう」

「でも、あまりに見事な虹だったので……兄さんも絶対に見た方がいいですよ。ほら!」

 マックスに背中を押されて空を見上げたリットは、その見事な虹に思わず笑ってしまった。

「ほら、すごい虹でしょう?」と無邪気に笑うマックス。

「本当だな」

 雲から雲へと架かる虹。五色だが、それは見事に空へ張り付いていた。

「でも、色が足りなくないですか?」

「いいや、あれは足りてるんだ。どうやらミニーは先に帰ったみたいだぞ」

 リットはそれがランプを使って出来た虹だとわかっていた。

 雨雲を引き連れ、光の階段が雲を破ると、虹の橋が架かる。

 地上から見上げると、それはもう見事なものだった。

 マックスはリットが言っている意味がわからないので首を傾げた。

 リットはここで答えを言うことはなく、いつかマックスが浮遊大陸に戻った時に自分で確かめるように黙っていた。

 ただ一言だけ「虹ってのも光の一種だ」と笑ったのだ。

 雨も上がり、空に残った虹は名残惜しくも消えてしまった。

「なにか隠してますよね」

 半目で睨むマックスに、リットは不敵な笑みで返した。

「多すぎて、どのことを言ってるのかわかんねぇな」

「言っておきますけど、もしも兄さんが行方不明になったら国の大事になることを覚えていてくださいね」

「そう言う時はこう言っとけ。世界のどこかにはいるってな」

「そんなまた……父さんみたいなことを言って……。って、どこ行くんですか?」

「飲み直しだ。来るか?」

「行きません……。さっきまで酔い潰れて寝ていたんですよ。自重したらどうですか?」

「そう思うなら、酔い潰れる前に迎えに来てくれ」

「そう思うなら、飲みに行かせない方が話が早いんですが……」

「そうしたいなら、ノーラを止めてみろ。おい、ノーラ」

「やい、なんですか旦那」

「店番をサボりたけりゃ、マックスにやらせろ」

 リットはそう言い残すと、カーターの酒場へと向かった。



「そりゃ、踏んだり蹴ったりだったな」

 リットは愚痴も兼ねて、浮遊大陸であった本当のことを包み隠さずカーターへ話していてた。

「まぁな。もう少し楽に終わる予定だったんだけどよ。次から次へと、愛がなんだと場を荒らされたよ」

「美しいじゃないか。家族愛だろう。愛に飢えてるなら、オレが抱きしめてやろうか?」

 カーターはからかいの笑みを浮かべて両手を広げた。

「抱きついた時に財布を盗るつもりだろ。そうは行くか」

「また照れちまってよ。なぁ、ローレン」

 カーターは一緒に話を聞いていたローレンに話を振るが、すっかり酔い潰れて眠ってしまっていた。

「ローレンなら、リットが結婚の話をした瞬間に、お酒を一気飲みして寝たわよ……」

 そう不機嫌に言ったのは、ローレンの恋人のサンドラだ。

「凝りねぇ奴……」

 リットはローレンが寝たふりしているのをわかっていたが、友情を取って黙っていることにした。

「ねぇねぇ。浮遊大陸の結婚式ってどんな感じだった? やっぱり天使が舞い踊るの? 素敵ぃ……」

 サンドラは胸元で手を握ると、うっとりとした表情で目を細めた。

「さぁな」

 リットはわからないと肩をすくめた。

「さぁなって……結婚式には参列したんでしょ」

「参列っていうか、付き添いだ。親父の代わりにな」

「それで、感想がそれだけなわけ?」

「言っただろう。今回は特殊な例だって。結婚の儀は短く終わったんだよ。印象に残ってるのは花吹雪が舞ってるくらいだ」

「素敵じゃない。そういうのが聞きたかったの。なんの花?」

「浮遊大陸の花だろうよ」

「花嫁衣装は?」

「白装束だ」

「もっと細かい情報はないわけ? そんなんで女の子が満足すると思ってる?」

「思ってねぇよ。細かく説明したら、余計興味を持つだろうが。だから適当に濁してんだよ」

 リットがおかわりと、空のコップをつまむようにして振っていると、サンドラが大きなため息を落とした。

「ローレンがなかなか結婚に踏み込まないのって……あなた達のせいじゃないかしら」

「おいおい、こんだけ面倒を見てやってるのに言うことはそれか?」

 カーターはリットにお酒を注ぎながら、心外だと唇を尖らせた。

「だって、二人とも結婚してないじゃない。いい年なのに」

「ほっとけ」

 リットはコップに口をつけた。

「リットなんてもったいないわよ。周りにあれだけ女の子がいるのに、浮いた話は今回の騒動だけでしょう? いっそヴァルキリーと結婚しておけば良かったのに」

「してどうすんだよ。浮遊大陸で売れねぇランプでも作れってか?」

「私達が結婚式を挙げる時に、素敵な結婚式が出来るじゃない。浮遊大陸の上に更に大陸があるなんて知らなかったわぁ」

 サンドラはおとぎ話を信じる少女なような瞳で言うと、ローレンの背中にそっと手を置いた。

「安心しろ。そいつが身を固める決心をしたなら、結婚祝いで口を聞いてやるよ。キューピッドの祝福付きだ」

 リットがからかうように言うと、ローレンの背中が余計なことを言うなとでも言うようにピクっと動いた。

「それって素敵! 聞いた? ローレン」

 ローレンはぐうぐうと寝息を立てる。

「寝かしといてやれよ。酔い潰れるってことは、それだけ疲れてるってことなんだからよ」

 リットが庇うと、ローレンは心の中でもっと押せ。えいえいおーと繰り返していた。

「天使といえばリットの弟が来てたわよ。イミルお婆さんのとこにパンを買いに来てた」

「知ってる。今家にいるからな」

 マックスが家にいると聞いて、ローレンの背中がピクリと動いた。

 前にマックスがリットのランプ屋を手伝った時には、町のめぼしい女性が全員マックスに好意を持っていたからだ。

 今では町の全員。リットがディアナと関わりあることを知っているし、マックスが王子だということも知っている。

 もし気に入られれば玉の輿だと、色めき立つのはわかっていた。

 狙っている巨乳の女性まで、マックスになびいては一大事だと、早くこの場から去ってマックスを問い詰めに行きたかったローレンだが、隣にサンドラがいてはそれも無理だと、寝言のように呟いて、サンドラを帰らせるようにリットへサインを送った。

「マックスはすぐに帰るぞ。オレらと違って暇じゃねえんだ。前途ある有望な若者ってわけだ」

「それを私に言ってどうするのよ」

 サンドラは意味がわからないと眉間に皺を寄せたが、ローレンはそれなら安心だと穏やかな寝息を立てた。

 その変化に、ようやくサンドラはローレンが寝ていないことを知った。

「なるほど……起きてるのね」

 サンドラの視線を感じたローレンの息が一瞬止まった。

 そのせいで呼吸が不自然なものになり、狸寝入りだと確信されてしまった。

「信じらんない……普通寝たふりする?」

 誤魔化しきれないと思ったローレンだが、悪あがきにあくびを混じりに上体を起こした。

「もう朝かい? ……どうやら飲みすぎたみたいだ」

「ローレン!」と語気を強めるサンドラだが、リットが急に帰ると言い出すと、一旦ローレンを問い詰めるのやめた。

「ちょっと、もう少し浮遊大陸の話を聞かせてよ。ローレンをしめるのは後にするから」

「弟に飲み過ぎんなって言われてんだ。今日はもう帰る。ローレンをしめる姿は是非とも見たいから、今度にしてくれ」

 リットはほろ酔いのまま酒場を後にした。

「ねぇ、弟って隠語? 本当は恋人が来てるの?」

 リットが素直に帰るはずがないと、サンドラは訝しんだ。

「リットは感化されやす奴だって知ってんだろう」とカーターが笑みを浮かべながら答えた。

「あぁ……家族愛に触れたから、弟に気を遣ってるわけね。本当捻くれ者なんだから……」

「本当だよ。男は素直なのが一番だ」

 話題がリットへと変わったので、ローレンはここぞとばかりに乗っかった。

「本当そうね」

「だろう」

「素直な男に聞きたいんだけど、私達の仲を一歩先へ進める気はあるの?」

「わかったよ……君に嘘はつけない」

 ローレンは観念のため息をつくと、お金を支払い黙って店を出ていった。

「ちょっとどういうこと?」

 サンドラはいなくなったローレンの代わりに、カーターを睨んだ。

「嘘はついてない。だろう?」カーターはサンドラに絡まれる前に、わざと大きな声で「今行く」と客の注文を取りに行った。

 サンドラは「本当……捻くれ者ばかり」と、ため息をつくしかなかった。






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