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第二十二話

 浮遊大陸の魔力バランスの問題が解決し、堕天使の役割も見つかった。

 ユニコの雨雲が晴れてしまったことにより、雷の力で宝石オイルを作ることは出来なくなってしまったが、ユニコには在庫は十分にある。

 何年保つかはわからないが、少なくともリットが生きている間は困ることはないだけの量はある。

 その後のことは、その時代の者に任せればいい。

 宝石オイルを入れるための特殊なランプ作りも終わり、やることは全て終わらせた。リットはそう思っていたのだが、もう一つ厄介なことが残っていた。

「旦那ァ……。もう観念したらどうっスかァ」

 ノーラが白いシャツを持ったまま突っ立ていると、そのシャツの上にチルカが降り立った。

「腹黒いアンタに似合うとは思わないけど」

「知ってるか? 白ってのは虫が寄ってくる色だって」

「……その白い服を真っ赤な血で汚されたいわけ」

「蚊なら間に合ってる」

「ムカつくわね……とりゃ!」

 リットの鼻先に蹴りを入れようと飛んだチルカだったが、エミリアの手によって止められてしまった。

「リットはこれから婚礼の儀に出るんだ。顔が腫れていたら、皆何事かと思うだろう」

「オレは出るだなんて一言も言ってねぇだろうが……」

「なら、問題ないわね」

 チルカはエミリアの指の隙間を通り抜けると、リットの鼻先を蹴り上げて距離を取った。そしていーっと歯を見せて挑発した。

「まったく……こんな日くらい喧嘩をせずに過ごせないのか……」

 エミリアはリットが鼻血を出していないのを確認すると、ノーラが持っている服を広げてリットの肩幅に合わせてみた。

「無理だな。決着をつけてく」

「そうはいくか」

 エミリアは逃げ出そうとするリットの襟首を掴むと、天使に別の服を持ってくるようにお願いした。

 現在リット達がいるのはユニコではなく、別の浮遊大陸だ。

 そこでなにをしているのかといえば、リットが婚礼の儀に出るための衣装を見繕っているのだった。それも一般参加用ではない。付添人として参加するので、浮遊大陸の正礼装が必要になる。

 なぜそんなことになっているのかというと、新郎のヴィクターは既に亡くなってしまっているので、その代わりが必要になるからだ。

「ややこしいんだよ……。なんで息子のオレが親父の代わりをしなくちゃならねぇんだ」

「そういう決まりなのだから仕方ないだろう。エロス家が上層に戻るための条件みたいなものだ。リットだって、このまま有耶無耶で地上に帰るのは本意ではないだろう?」

 エミリアは口に出さないが、自分で言い出したことには責任を取れと言いたげな瞳だった。

「ここまで面倒見るとは言ってねぇだろ……」

「段階があるということだ。エロス家が再興するためにも、ヴァルキリーの権威を守るためにも、リットが自由になるためにも、全て必要なことだ。なにもリットが結婚するわけではない。架空の結婚ではない証拠のために、リットが隣にいる必要がある。その薄汚れたシャツを着たま式に出て、周囲に信用される人物だと受け止められると思うか?」

 エミリアの意見はもっともだった。

 エミリアは他種族国家のリゼーネの兵士であり、文化の違いを理解する立ち場だ。今回のことも天使達を納得させるのに必要なことだとわかっているのだ。

「信用の話をするなら……なんで浮遊大陸の白装束を着てんだよ。隠れて話を進めてたのか?」

 リットは真っ白な礼服を着ているノーラとエミリアを見た。

「これは旦那が結婚するからって、前に用意させられたんですよォ。反論は聞きません」

 ノーラはエミリア側につくのが吉だと、リットと対するようにエミリアに寄り添った。

 今回の騒動の原因は、密造酒を手に入れるために捕まろうと計画したリットにあるので、リットもそれ以上強く言うことは出来なかった。

 渋々衣装に袖を通したリットだったが、そこからが長かった。

 エミリアは正式な場にふさわしい衣装をと妥協しないし、ノーラは面白がって誰も着ないような変な衣装を勧め、チルカは衣装ごとにリットを茶化して遊ぶ。

 リットは着せ替え人形のように、何度も脱がされては着せられを繰り返していた。

 ようやく衣装が決まった頃には「もううんざりだ……」と、リットは店の床に座り込んでしまっていた。

「こら、そんなところにいたら迷惑になるだろう」

 エミリアはリットを無理やり立たせると、他の客の邪魔にならないように店の外へ連れ出し、自身は会計を済ませるために店へと戻っていった。

「旦那ももう少し楽しんだらどうです?」

 リットに付き添っているノーラは、まるで酔い潰れているように座り込むリットに声をかけた。

「何を楽しめってんだよ。ミニーの結婚も、エロス家の復興も、ヴァルキリーのメンツも。オレにはなんの関係もねぇんだぞ」

「それはどうっスかねェ……。旦那は見事にその三つとも関係しちゃってると思うんスけど。本当に関係ないのは私っスよ。旦那が変なことを思い付いたのが原因スよ。これどうすんスかァ?」

 ノーラはポケットに手を入れて、キュモロニンバスの天空城の城壁の一部を握った。

「オレの代わりに捕まってみるか?」

「丁重にお返ししますよォ」

 こんな危ないものをいつまでも持っていたくないと、ノーラはリットに小石を投げ渡した。

 リットはそれを見ることなく、手に取った瞬間にその辺りへ投げ捨てた。

「こんなもんを持ってるから、こんなことになったんだ……。呪いのアイテムだな」

「もったいないっスよォ。売れば高く売れそうっスよ。そしたら美味しいものもたくさん食べられるのに……」

 ノーラは少し離れたところに落ちている小石を見た。

 草の陰に隠れて少し光っているので、どこに落ちているかは一目でわかる。

 だが、それはリットとノーラが落ちた場所を知っているからだ。そのことを知らないものは、光っていても露によるものくらいにしか思わない。

 まるでこれからの堕天使の行く末のようだった。

 今は悪い意味で特別存在になっているが、天使と混ざり普通に生活する日も遠くはないだろう。

「堕天使ってそもそもなんなんスかねェ。翼が黒いのも染めものみたいですし」

「さぁな。だけど、堕天使が浮遊大陸にいない理由はわかる。戻れないんじゃなくて、戻る必要がねぇんだろ」

「なんでですかァ?」

「地上の広さを知ったからだ」

「旦那ァ……知らないんスかァ? 空の方が広いんスよ。だから、みんな自由を求めて翼を欲しがる――って、前にランプを買いにきた冒険者が言ってましたぜェ」

「ここにいて自由を感じるか?」

「それは……全然っスねェ。浮遊大陸同士の移動も面倒ですし。空でしか生きられないのと、空でも生きられるじゃ大違いってやつっスね」

「そんなところだ」

 リットはふとクーを思い出した。クーが冒険者になったのも、森の外に出て世界の広さを知ったからだろうと。そう考えると、堕天使やダークエルフと呼ばれる者は、やはり特別な存在なのだろう。

 クーが無茶を繰り返すのも、どこか別の強さがあるからなのかも知れない。

 リットがそんなことを考えていると、ノーラにシャツの裾を引っ張られた。

「要ははぐれ者ってことすよ。だからみんな旦那の元へ集まって来るんス」

「人を拗らせた思春期みたいに呼ぶなよ。鍵をかけて一生しまっておくような時期だぞ」

「でも、普通の人間は浮遊大陸に何度も来たり、海の底へ行ったりしないと思いますよ。冒険者だって、もう少し説明のしやすい場所を冒険するってなもんです」

「それじゃオマエもはぐれドワーフだな」

「当然。チルカだって、普通の妖精ではしないようなことばかりしてますし、エミリアだって立派にはぐれてますぜ。グリザベルは言わずもがな。お友達のローレンだって、コジュウロウだってそうっスよ。極め付けはパパさんスねェ。みんなはぐれ者っスよォ」

 リットは「そりゃまた迷惑な話だ」と真面目に受け取らなかった。

「旦那ってば……聞いてないでしょう。真面目な話っスよ。はぐれ者っていうのは、誰にも出来ないことをやるってことスよ」

「結局なにを言いてぇんだよ」

「堕天使っていうのは昔から存在してたわけっスよね? ヴァルキリーがそのことに気付いてないわけがないと思うスけど」

 堕天使というのは翼を黒く染められ、風切羽を切られた天使のことだ。そうして地上に落とされ、二度と浮遊大陸に戻って来られないようにされる。

 ノーラはそれは別の意味があるのではないかと考えていた。

 遥か昔の天使は浮遊大陸の墜落を察知していたのかもしれない。

 地上へ調査する存在を堕天使として派遣していた。羽根の黒さは名誉の証。飛ぶことが出来ないのではなく、飛ぶ必要のない偉さの象徴だと。

 地上へ落ちた天使は、地上の魔力に染まる。再び浮遊大陸に歩いて戻ってくることにより、地上の魔力が浮遊大陸へと循環する。そう考えていたのかもしれない。

 ノーラが考えた堕天使という存在は、その頃の名残だという。

「だとしたら、地上にいる堕天使が全員戻ってきたら、今度は魔力の供給過多で別の問題が起こるだろうよ。堕天使は堕天使だ。今のままでいい」

「まぁ、アルデも幸せそうですしねェ。他の堕天使も研究者に戻れるみたいですし、しばらくは安泰ってなもんですね」

「じゃねぇと困る。問題が起こるたびに浮遊大陸に呼ばれたんじゃ、たまったもんじゃねェ……」

「でも、今回のことを知ってる人じゃないと解決出来ない問題って出てくるんじゃないっスかァ? ほら、旦那がエミリアに特製のランプオイルを作るみたいに、誰かがそのことを知っていないと」

「ちょうど良い人物がいるだろう。天使にもなれるし、悪魔にもなれる奴が」

「そんな人います?」

「いるぞ。今頃驚愕してんだろうな」

 リットは楽しくてたまらないと、歯を見せて笑った。



 リットが言っている人物というのは、弟のマックスのことだ。ミニーの息子であるということは、エロス家の一員としてこれから上層天使と関わりが深くなっていく。

 そして、ディアナの王子として魔族の地スリー・ピー・アロウとの交易も続けている。

 正しく地上と浮遊大陸を繋ぐ架け橋的存在なのだ。

 マックスはそのことを手紙で知らされていた。

「兄さん……」と絶句するマックスに、手紙を届けたハーピィは料金を早くしろと窓を蹴って催促した。

 料金を払ったマックスは、空に戻っていくハーピィを見送りながら、急に押し付けられた厄介ごとに頭を抱えていた。

「うわぁ……ずっる」と手紙を盗み見したチリチーが唇を尖らせた。「またマックスばっかりじゃん……」

「姉さん……勝手に見ないでください」

「いいじゃん。恋人からの手紙じゃないんだから。それより、私に今すぐ浮遊大陸に来いって書かれたりしてない?」

「ないです。いいですか? 今回は天使族の問題なのです。母さんがいれば問題はないはずです」

「うわ……そのセリフちょっとマザコンっぽーい」

「どうしても浮遊大陸に行くなら止めませんけど……。母さんの了承は自分で取ってくださいよ」

「ミニーお母さんかぁ……。どう都合の良い妄想をしても、丸め込まれる未来しか見えないね……」

「我慢してください。落ち着いたら、エロス家として浮遊大陸に姉さんを招待しますから」

 チリチーは人差し指の炎を強くすると、それをゆっくり横に振った。

「私が見たいのは浮遊大陸の白装束に身を包んだリットだよ。あの不作法男がちゃんとしてる姿って興味ない?」

「言われてみれば……。リゼーネの式典には正装で参加したと聞いていますが……見たことはないですからね……。ディアナの式典には参加はしませんでしたから」

 闇に呑まれるという事件の解決後。リットは協力国のリゼーネとディアナと東の国の式典にそれぞれ出席していた。

 リゼーネと東の国は立場上参加するしかなかったが、融通が利くディアナでは城にいるだけで参加はしなかったのだ。

 なので、兄弟の誰もがリットが正装でいる姿を見ていなかったのだ。

「ねね? こっそり見に行っちゃわない? だってリットだよ? 絶対面白いことになるって」

 チリチーはもうひと押しだと誘惑するが、手紙を最後まで読んだマックスはきっぱり断っていた。

 なぜなら最後の一文に『オマエになら任せられる』と書かれていたからだ。

 あのリットが自分を信じて、重要なことを任せられたのが、マックスにはなによりの信頼の証だった。

 窓を大きく開けて空を一度見たマックスは、自分も頑張るぞと気合を入れると、机に向かった。

 すっかり静かに集中するマックスを見たチリチーは、マックスがリットのようにならないかと少し心配しながらも、目に見える弟の成長に心が温かくなっていた。






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