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第二十一話

 木漏れび。そよ風。うららかな午後。

 リットはため息をついていた。

「どうしたの? リットの為に甘くないお茶を淹れたのよ」

 ミニーはまだ湯気が立つカップに口をつけると、存分に心地良い陽気を楽しんでいた。

「どうしたもあるか……。すぐ帰るんじゃねぇのかよ」

「家族の再会に水を差すものじゃないぞ」

 メディウムはお茶を一気に飲み干すと、ミニーにおかわりを頼んだ。

 メディウムの屋敷の庭。一つのテーブルを囲み、リット、ミニー、メディウム、ラージャの四人はお茶会を開いていた。

「全部終わってからにしてくれよ。こっちは死神の鎌が首にかかってるところなんだ」

 首を傾げるメディウムとラージャの二人に、ミニーがなぜリットが浮遊大陸に来ているのかを説明した

「なによ……発情期なのはリットじゃない」

 ラージャが不満を口にすると、メディウムはそう言う言葉を使うなと叱った。

「だが、上層天使だぞ。一筋縄ではいかんはずだ。それも式典をすっぽかしているのならばな。よしみだ……逃げるなら手伝うぞ。魔族の地ならば、天使も追ってこないだろう」

「その時はアンタの孫も巻き添えだぞ……」

 リットはどうしたものかと考えていた。言い訳を考えるように頼んだものの。ノーラとチルカとエミリアの三人では、うまく機能するとは思えなかった。

 エミリアがなんとかカペラの怒りを抑えていたとしても限界は近い。

 いっそ本当に地の底へ逃げてしまおうかと考えている時だった。

 ラージャがお茶をこぼしてしまったのだ。

 テーブルを拭き、服が汚れたので着替えてくるとラージャが言うと、リットはあることを閃いたのだった。

「そういえば着替えを買ってたよな」

「そうだった。お父様に会う時に着ようと思ってたの。結婚式で着られるような白装束よ」

「それは楽しみだ! 是非とも見せてくれ」

 娘の晴れ姿が見られると喜んだメディウムだったが、リットはちょっと待ってくれと着替えるのをやめさせた。

「楽しみはもっと後だ。帰るぞ」

 リットはミニーに立ち上がるように言った。

「もうちょっといいじゃない。まだまだ話し足りないわ」

 ミニーの言葉にメディウムも頷いた。

 それを見てリットは、訝しげに両眉を寄せた。

「他人事だと思ってるけどよ。メディウム――アンタも一緒に来るんだぞ。ついでだ……アレも連れてく」

 リットはラージャが歩いて行った方角を指差した。

「何を言っているんだ……。私はもう上層天使ではない。なんの発言力もないぞ」

「それはどうかな」とリットは笑った。



 ユニコへと戻ったリットだったが、カペラの怒号は飛んでこなかった。

 代わりに、これでもかと言うほど冷え切った空気が流れていた。

「覚悟は出来ているんだろうな」

 ヴァルキリー達に囲まれたリットは肩をすくめた。

「ああ、出来た。――結婚するぞ」

「な!? なななななななな! なんだと!?」

 予想もしない言葉に、カペラは驚いて声が裏返ってしまった。

「おっ、良いもん持ってんじゃねぇか」

 リットはノーラが花束を持っているのを見つけると、それを貰うために歩いて行った。

「これ、旦那への手向けの花っスよ。旦那の首と体が一緒になっているのを見るのは、これが最後でしょうし」

「ブーケにちょうど良いだろう」

 リットが花束を肩に担いで戻ってくるので、カペラはドギマギしていた。

 まさか本当にプロポーズをされるのかもしれないと思ったからだ

 しかし、リットが向かったのはミニーの元だ。

 花束を押しつけるように渡すと「まだ、してねぇだろう? 浮遊大陸で結婚式を」と笑った。「式場は用意してくれてるみたいだぞ」

「そんな話が!? いや……そうだな……」

 カペラもこれは好機だと判断した。よくわからないまま延期されていた結婚式。このまま中止しても角が立つ。それが天使族の為にした延期ということなら、他のヴァルキリー達も納得するはずだ。

 カペラは取り繕って真面目な表情を見せると、ミニーとメディウムの前に立った

「メディウム・エロス。上層に戻ることを許可する。その条件は娘が婚儀を上げることだ」カペラの粋な計らいに側近のヴァルキリー達からも歓声が上がったが「――だが、リット次第だ」と睨みを利かせた。

 まだユニコは黒い雨雲に包まれたままだったからだ。

 全員の視線がリットを突き刺した。結局まだ何も解決していなかったからだ。

 しかし、リットにはある考えがあった。

「もう少し時間がかかる。だから手伝え。全員でな」

「何を言っている。私達の仕事ではない」

「浮遊大陸の問題だぞ。地上の人間一人が解決したって語り継ぐつもりか?」

 リットは全員が手伝えばすぐに終わると、ヴァルキリー達に材料の調達を頼んだ。

 材料と言っても特殊なものはない。すぐに集め終わった。

 リットが作ったものは油壺が四つあるかなり大きめのランプだ。

 それぞれには四大元素に適した四つの宝石オイルが入っている。

「旦那ァ……単純過ぎません?」

 ノーラはいつものリットなら、もっとランプにこだわって解決したはずだと訝しんでいた。

「良いんだよ。ほらよ」

 リットは解決してこいと、寝転がっているアルデにランプを渡した。

「肩身狭いんだから……おじさんを注目させないでくれ。片や家族の絆が修復。もう片や修復不可能だ」

「だから、修復してこいって言ってんだよ」

 リットはアルデを連れ出すと、前回やった時と同じでランプを持って往復しろと言った。

 しかし、飛んでではなく歩いてだ。

「おじさんはもう光の階段は使えないって知ってるか」

「知ってる。光の階段は必要ねぇよ。後悔したくねぇなら、死ぬ気でやれ」

「死ぬ気ね……」アルデはため息をつくと、娘のカペラを一目見てから空中に足を放り出した

 カペラは思わずアルデを引き留めようとしたが、その心配はなかった。

 カペラの足元には光の階段の代わりに雨雲が出来ていたからだ。

 その雨雲はユニコの雨雲と混じり合うと色を濃くした。

 慎重に歩くアルデの足元には、どんどん雨雲が出来ていく。線ではない。本物の雨雲のように広がっているのだ。

 そして、別の浮遊大陸に足を下ろした瞬間――雨雲が割れた。

 その光景は地上から見上げると、雲から地上に光の階段が下ろされてるように見えた。

 それで終わりではない。雲は雷を纏い光を放った。とても目を開けていられないような強烈な光。それは雷轟だった。

 残響が消え、目を開けると、世界は変わっていた。

 ユニコは黒ではなく雲という白装束に身を包み、浮遊大陸に虹の橋を作っていたのだ。

 全員がその光景に目を奪われる中。

 ノーラだけはこれで問題が解決したと、手を高く上げていた。

 リットは手を下ろすと、音を立ててタッチした。

 そんな音に気付く者はいない。なぜなら、アルデはその虹の橋を歩いて戻ってきたからだ。

「いったい……どう言うことだ」

 当の本人でさえ驚きを隠せなかった。

「アンタが堕天使だからだ。一度地に堕ちた天使だからこそ。浮遊大陸に足りない魔力を補うことが出来る」

 リットがその結論に辿り着いたのは、このランプの灯りを堕天使達が使いこなしていたからだ。

 脱獄した時。床を動かせた時と逆だ。あの時は、魔力を不安定にさせて、支えをなくして床を崩した。そして再び魔力を安定させて、床を元に戻したのだ。

 アルデが地上に落ちて怪我一つしなかったのも関係している。

 何かしら、空と地上のつながりに関係していると思ったのだ。

 そして結果は成功だ。

 つまり堕天使達が浮遊大陸を虹の橋で繋げることにより、浮遊大陸は足りない魔力が循環するのだ。

 そして、雨雲が消えたことにより、何事かと悪魔達が地中から出てきた。

「おい……何があったんだ。まさか地面に落ちたのか?」

 悪魔は見上げて、空が近いのを確認すると、隣の悪魔と目を合わせた。

 悪魔が地上と勘違いすると言うことは、リットの思惑通りになったということだ。

 だが、これで完全に魔力が安定したわけではない。

 浮遊大陸が何百年も浮かんでいるように、何百年もかけて修復する必要がある。

 浮遊大陸に堕天使が必要不可欠になったのだ。

「堕天使ってのは、壊れて落ち崩れさせないために存在するのかもな」

 リットはこれまでの恨みも込めて、攻撃するような力でアルデの背中を叩いた。

 その衝撃は痛さとなってアルデを襲うが、背中を叩かれて一歩踏み出した前には娘の姿があったので、痛みなどどうでも良くなってしまった。

 カペラと目があったアルデは、照れ臭そうに頬の無精髭を手でなぞると「ただいま」と言った。

 手を広げ開けられた胸に、カペラは「お帰りなさい……お父様」と抱きついた。

 雨が上りの虹の橋は、生命の始まりのような力強い輝きを放っていた。

 そんな虹は五色。だが、色が欠けているようには見えない。

 足りない魔力が合わさり、虹の光を作っているのだ。

 これから、堕天使達は様々な色の虹を世界にかけていくこととなる。

 リットは「どうだ」とエミリアに言った。

「なにがどうだだ……」

「この状況がだよ。丸く収まっただろう」

「リゼーネになんて報告すればいい……」

 浮遊大陸墜落の真相を報告するべきではない。それは融通の利かないエミリアでもわかることだ。

 だが、無断で何日も浮遊大陸に滞在していた理由を説明するには、あまりに材料がなさ過ぎた。先に返した部下達はリットがヴァルキリーに捕らえられたと報告してるはずだ。

 下手したら軍隊を編制しているかもしれない。

 そんなエミリアの不安を見透かしたのはミニーだった。

「大丈夫よ。私がリットと一緒に浮遊大陸にいることは、ディアナが知っているから。リゼーネにも連絡が言っているはずよ」

 それでホッと胸を撫で下ろしたエミリアだが、リットは違った。

「オレの行動が筒抜けってことか?」

「それが嫌なら、たまには墓参りに来なさい。ヴィクターが怒ってるわよ」

「あぁ……そうする。アンタのケツを拭いてきたってな」リットはこれでようやく休めると、ユニコの中で休もうと思ったが、不意に足を止めた。「待てよ……他の奴も家出同然で嫁に来たってことはねぇよな?」

 ヴィクターの尻拭いはまだ終わってないんじゃんと思うリットに、ミニーはからかいの笑みを浮かべた。

「どうかしらね。行ってみるのはどう? キャラセット沼とか、コボル大地とか。きっと歓迎されるわよ」

「浮遊大陸には随分歓迎されたからな」

 リットは抱き合う天使の親子を見てため息をついた。

 白と黒の翼は対照的であり、まるで生まれたからずっとそうだったかのように青い空に良く映えていた。

「納得いかない……」

 そう呟いたのはチルカだ。目を三角にして、リットに怒っていた。

「私は捕まりにきたってわけ? 鳥籠に入れられたのよ。アンタにこの気持ちがわかる?」

「わかるぞ。虫籠じゃなくてよかった――だろ?」

「そんなわけないでしょう! このバーカ!」

「あれ? チルカは随分良い思いをしてませんでしたか? 上層のフルーツ最高って叫んでましたよね」

「私の話はいいのよ」

「じゃあ誰の話っスかァ?」

 チルカが「それは……」と口籠ると、ノーラは今のうちだと手を払ってリットにサインを出した。

「それじゃあ、オレは一休みしてくる」

 そう言うとリットは一人ではなく、アルデの首根っこを掴んで引き摺っていった。

「おじさん……今人生のハイライトなんだけど……」

「娘は今やることがあんだよ。エロス家の挙式のために、理由説明と招待状が必要なんだからな」

 リットがそうだろうと言うと、カペラは頷いた。

「お父様。もう少しの辛抱です。迎えにきます」

 カペラは部下を引き連れて、今度こそ問題が解決だと勇んで飛んでいた。

「今度は娘の思い込みじゃないようだな……」

 アルデは地下の通路で引き摺られながら言った。

「アンタはまだ思い込みをしてる。これで解決だと思ってるだろ」

「違うのか? まさか!? 娘を騙したのか?」

「ちげえよ。オレがなんのためにここに来たかだ」

「浮遊大陸の問題を解決しに来たんだろう?」

「……そうだな。その通りだ。ランプは一つじゃ足りねぇだろう? ランプを作るぞ。手伝え」

 リットが悪どい笑みを浮かべているのに、娘との関係を修復して有頂天のアルデが気付くことはなかった。






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