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第二話

 翌日。リットは朝からアルデに詰め寄って、今まで覚えてることを聞いていた。

「いいから思い出せよ。オマエはどっからどうやってやってきたんだ」

 リットが詰め寄ると、アルデは顔をしわくちゃに歪ませて首を傾げた。

「うーん……上?」

「なんで疑問形なんだよ」

「酔っ払って全く覚えてないんだ。本当に落ちてきたのか? リットが連れ出したんじゃないのか?」

「うちのチビスケが落ちてくるのを見たんだよ」

 リットの言葉にノーラは首を傾げた。

「私は見てませんぜェ。落ちてきた音を聞いただけっス。もしかしたら木に住むと言われるドリアードかもしれませんぜ」

「こんな奴が住み着いてるなら、今すぐにでも庭の木を燃やしてやるよ」

「そんなに邪魔なら、リゼーネに連れっていって押し付ければいいじゃないっすか。多種族国家なんスから、きっと受け入れてくれるコミニュティーがありますよ」

「そんなもったいないことするかよ」

「もったいない? 旦那が口では嫌いって言ってる面倒ごとっスよ」

 ノーラはまさか自分の家で面倒を見るつもりなのではないかと驚いていた。

「いいかよく聞け。コイツはな、昨日酔っ払って、とんでもねぇことをぬかしやがったんだ。浮遊大陸の牢から逃げ出してきたってな」

「あららァ……本当の面倒ごとじゃないっスか? 匿うんすか? 確か……今はリゼーネが『光の柱』のことで、浮遊大陸の天使と話し合い中じゃありませんでした?」

 光の柱とは地上から発せられる強烈な光のことで、自然物や人工物など様々な種類がある。その中に一つ『東の国の大灯台』というリゼーネが直したものがあり、そのことで色々と話し合っている最中だった。

「そうだ。だから困るんだよ。リゼーネに連れていって、こいつが捕まってみろ。オレは堕天使が作る密造酒を飲めなくなるんだぞ」

「お酒っスね。納得納得。じゃあ、アルデを匿うんスね」

「そうしてぇけど……な?」

 リットは脅すような瞳でアルデを睨むが、アルデはまるで気にした様子はなく酒を飲んでいた。

 それどころか「密造酒……美味いのか?」と他人事だった。

「オレが聞いてんだよ。牢から逃げ出した先に、堕天使の隠れ家あるところまでは聞いたぞ。そこでその酒を飲みまくって、酔っ払って落ちてきたんだろ」

「おじさんのことをよく知ってるな。その調子で、おじさんが次にやることも決めておいてくれ。おしっこをするのかどうか考えるのも面倒くさい……」

 アルデは盛大なゲップをすると、一点を見つめたまま動かなくなった。気絶しているのか寝ているのかもわからないが、本人はただぼーっとしているだけのつもりだ。

「すごいっすねェ……。旦那のお友達の中で、群を抜いてクズっスよ……。軽蔑って感情初めてかもしれないっス」

「なにが堕天使だ。堕ちたら誰でもこうなるってんだ。それにしても浮遊大陸か……」

 リットは腹違いの弟で、隣の国ディアナで王子をしているマックスを頼ろうと考えたのだが、相手が堕天使だ。それに加えて密造酒となると、協力してくれるはずがなかった。

 騙して連れて行くという手もあるが、浮遊大陸にはマックスの祖父母がいる。過去に一度、祖父母と会ったことがないというマックスを無理やり連れて里帰りさせたことで、すっかり仲良くなってしまっているので、騙し続けるというのは難しい。

「そもそも隠れ家っスよね? 簡単には見つからないんじゃないっスかァ? ほら、イサリビィ海賊団の隠れ家だって、同じ人魚やスキュラじゃないと入れないような場所にあるじゃないっスか」

 ノーラは考えるだけ無駄だと、お茶を飲むためのお湯を、ドワーフの女性だけが持つ『ヒノカミゴ』の力を使って一瞬で沸かした。

「情報元がコレだからな……」

 リットは口に酒を含んだまま眠り、よだれのように酒を垂れ流すアルデを見てため息をついた。

「浮遊大陸のお酒を飲みたいなら、マックスのおじいさんに頼めばいいじゃないっスか」

「ありゃグリム水晶を使った、特別な瓶に入れるもんなんだよ。その瓶は闇を晴らすためのランプの火屋に使っちまっただろうが。作ったのはノーラの親父だろう。忘れたのか?」

「覚えてますよ。でも、同じことをすればまた貰えるかもしれませんよ。マックスを連れていって、おじいさんに感謝される。そしたら、一本どうぞってなもんスよ。マックスも最近忙しいみたいですからね。スリー・ピー・アロウとの外交も本格化するらしいっスよ」

 ノーラがあちこちの情報に詳しいのは、リットの代わりに手紙を管理しているからだ。

 リットはあちこち世界を回ったせいで知り合いが増え、たくさん手紙が来るようになっていた。いちいち読んでいられないというリットの代わりに、ノーラが読んで重要なものだけリットに渡すようになっていた。

「……オマエは成長したな」

「今更っスよ。誰もやらないと、誰かがやらないといけないんスから」

「そうじゃねぇよ。いい考えだ。同じことをやりゃいい」

「なら、マックスに手紙でも書きます?」

「何言ってんだ。書くのはエミリアにだ」

 リットは床で眠るアルデを、悪い思いつき顔で見たのだった。



「助かったぞ。浮遊大陸から捜索の協力が出ていたんだ。罪人が一人逃げ出したとな。おかげで交渉もスムーズにいきそうだ」

 エミリアはありがとうとリットの手を握った。

「そうだろう。感謝しろ」

 リットは現在リゼーネ王国にあるエミリアの屋敷に来ていた。理由はアルデを城に突き出して浮遊大陸に送り返すためだ。

「ああ、何度だって感謝する。手続きが終わるまで、屋敷でゆっくりしてくれ」

「そうもいかねぇだろう」

「そうもいかないとは?」

「手伝うってことだ。ここまで罪人を届けたんだ。最後まで見守るのが、良識ある者の責務だろう?」

「……なにを企んでいる?」

 エミリアはリットではなく、その隣にいるノーラを見て言った。

「旦那は最後まで責任持ちたいんスよ。あの闇に呑まれる以降。責任感というものが芽生えたらしいっスよ」

「それが本当なら素晴らしい話なのだがな」エミリアがため息をつくと、細く美しい金色の髪が波打って揺れた。「どちらにせよ、浮遊大陸との交渉はナイーブな問題だ」

「ナイーブってか? オレが知ってる天使族は図々しい奴ばっかりだぞ。あと、偏屈」

「リゼーネの立場がだ。東の国の大灯台を正式に光の柱にしたいらしい。リゼーネは浮遊大陸と東の国の間に入っている。難しい立場なのはわかるだろう」

「まぁな。男と女の仲を取り持つようなもんだ。めんどくせえのはわかる。わかった。ここで大人しく待ってる。それでいいだろう」

「すまないが、そうしてくれ。結果は戻ったらすぐに知らせる」

 エミリアはメイドにリットを部屋まで案内するように言うと、屋敷から出ていった。

 部屋に案内されたリットとノーラは同時にため息をついた。

「旦那ァ……本気っスかァ?」

「本気だから、店を閉めてオマエを連れてきたんだよ」

「私にエミリアの手綱を握れるとは思えないんすけど……」

「おいおい……しっかりしろよ。今からそんなんだと、オレが牢に入れられた時どうすんだよ」

「牢に入れられなければいいと思うんスけど……。旦那こそしっかりしてくださいよ」

 リットが考えて行動に移したものは、アルデと一緒に浮遊大陸で捕まることだ。一度牢に入り、脱獄して堕天使の隠れ家へ、そこで密造酒を手に入れて、誤解を解き解放してもらうという。要は思いつきだ。

「旦那はパパさんじゃないんスよ。そう上手く物事は転がりませんて。それより、久々のリゼーネっスよ。特産イモでも食べて、食べて、食べて、食べまくりましょうよ」

「ノーラ……特産って言ってもたかがイモだぞ。それが浮遊大陸じゃどうだ?」

「……続けてくださいな」

「今ので全部だ。詳しく言わなくてもわかるだろう」

「でも、浮遊大陸の牢に入るってことは、ヴァルキリーが出てくるってことっスよ。下手したら殺されますよ。だいたい何で捕まるつもりっスかァ?」

「簡単だ、ノーラ。オマエがタイミングを見てオレを突き出せばいい。重要文化財の窃盗とでも言ってな」

 そう言ってリットは小石をノーラに投げ渡した。

 それは昔浮遊大陸に行った時に、リットが勝手に持って帰ったものだ。かつてフェニックスがいたという『キュモロニンバスの天空城』その城壁の一部だ。

 フェニックスの転生の炎に焦がされた城壁は、光を閉じ込めて発光する。

 闇に呑まれる事件を解決するのに模索していたときに、何か使えるかもしれないと思って手に入れたものだった。

「旦那ァ……クーに毒され過ぎじゃないっスか?」

「んなことねぇよ」

「だって、冒険者より盗賊に傾いてますぜぇ?」

「オレは冒険者じゃなくてランプ屋だ。何回も言わせんなよ」

「だって、目的はお酒でしょう? ランプ屋はお酒を探しに世界を回りませんよ」

「仕方ねぇな…‥。ほらよ」

 リットはポケットから鍵を取り出すとノーラに渡した。

「なんすかこれ? こんなんで心の鍵でも開けろって言うんスか?」

「うちにある下の工房の鍵だ。オレになんかあったらオマエが好きに使え。ランプ屋を開くでも、パン屋を開くでもな」

「わかりましたよ……旦那がそこまでの覚悟あるなら協力しましょう。でも、この鍵は預かるだけっスよ」

「当然だろう。オマエの下で働くなんてごめんだ」

「それでこそ旦那っス」

 ノーラは満面の笑みを浮かべると、右手をそっとリットに差し出した。

「なんのつもりだ? その手は」

「なにって、鍵は旦那の安否を祈るためのものでしょう? まだ口止め料はもらってませんよ。これでこそ私でしょう?」

「オマエに頼るとはな……」

「勝手に頼っておいて、そりゃ随分なもの言いですよ。そんなに心配ならクーでも探したらどうです? 旦那が本気で困ってたら、ひょっこりやってくるかもしれませんよ」

「あの自由人が来るかよ。来たら来たで、酒を持ってトンズラするに決まってる。いいか? とにかくエミリアに何か聞かれたら、知らぬ存ぜぬで通せよ」

「それはどうでしょうね。口にものが入ってれば、余計なことも口走らないで済むと思いますけど」

「わーったよ……酒を飲むついでだ。なんか食いに行くぞ」

「食べさせてもらってあれですけど、お酒を手に入れに行くのに、お酒を飲むんスかァ?」

「エミリアに見つかったら自由に飲めねぇだろう。今は確実に城に行ってる。チャンスはここだ」



「旦那も思い切りましたねェ」

 ノーラはテーブルに並べられた料理に短く驚くと、すぐに手を伸ばして食べ始めた。

「飲み食いできるうちに、やっておこうってことだ。牢の中じゃ飲めねぇしな」

「私も同じ気持ちっスよ」

「オマエは捕まらねぇだろう」

「でも、旦那が捕まったとなると、きっとエミリアが動きますよ。自分が連れてきた男が粗相するんスから、あらゆる手を使って旦那を助け出した後。あらゆる言葉を使ってお説教っスかねェ。というか、最悪国を巻き込んでの戦争になるかもしれませんよ」

「ならねぇよ。オレを過大評価すんな。単なるこそ泥だぞ。浮遊大陸を地に落とすわけじゃねぇんだ」

「それ絶対って言えます?」

「グリザベルがいねぇんだ。魔力どうこうで浮遊大陸が落ちることはねぇよ」

「堕天使のことはどうっスかァ? もし天使と敵対していたら、旦那も巻き込まれちゃいますよ」

「口の中に食い物を入れてたら、余計なことを喋らないんじゃねぇのか? 次から次へと不安材料を上げてくんなよ。なんも考えてねぇわけじゃねぇよ。行ってみねぇとわからなことが多すぎるだけだ」

 リットは喉元まで出掛かった不安を洗い流すように、ウイスキーをゴクっと一杯飲んだ。

「そうだ! いっそエミリアと一緒に牢に入ったらどうっスか?」

「それ本気で良い考えだと思ってるか?」

「旦那の馬鹿げた作戦よりは。言っておきますけど、本気で危ないと思ったら種明かししますからね。ディアナとリゼーネが浮遊大陸に攻め込むなんて洒落になりませんよ。家を追われるの大変なんすから」

 闇に呑まれると言う現象で、故郷から逃げてきたノーラの言葉は重かった。

「そういや……あちこちで闇は晴れてるけどよ。ノーラの故郷はどうなんだ? もどんねぇのか?」

「パパもママも別に適応力高いっスからね。今更戻ったところで感じじゃないっスかァ。私も嫌っすよ。自由に美味しいものを食べる暮らしを捨てて、今更穴の中に戻るのは」

「わかった……答えを簡単にしてやる。あのアルデが楽に脱走出来た牢だぞ。そんなに心配か?」

「あらま、そう聞くと途端に簡単そうっスね」

「だろ? まぁ、難しいの最初だけだ。隠れ家に美味いものがあったら、持って帰ってきてやるよ」

 リットがグラスを傾けると、ノーラは手羽先の骨を高く掲げ、グラスにぶつけて乾杯した。






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