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第十九話

 リットが宝石オイルの扱いに手間取っている間に、三日も経ってしまった。

 そして、四日目。今日も同じことの繰り返しのはずだった。

 しかし、カペラの「出てこい!!」という大声がユニコ中に反響したせいで、空気が変わった。

「おい……なんだよ。話はついてんだろう」

 リットは乗り込んできたカペラに、静かにしてくれと文句を言いに行った。

「話はついた? あれから一度も連絡がないのにか? まさか何十日もかけるつもりじゃないだろうな」

 カペラは婚儀を中止にもそれ相応の理由が必要だと、リットに詰め寄った。

「そのつもりだぞ。まさか、数日で出来上がると思ってたのか?」

「あと二日で仕上げろ。三日後まで延長はできない。私の信頼にかかわることだからな」

「無茶言うなよ。やっと仕組みを理解したところだぞ」

「無茶ならずっと押し付けてる。それに応えてくれる男だと信用して、好きにさせているんだ。普通ならば監視下の元、牢屋で作業をさせる」

「そりゃ無理だ。宝石オイルはここでしか作れないからな。まぁ、懲りたら男を見る目を養うんだな」

 リットは一緒にいたエミリアに、カペラを近付けさせるなと言うと、再び研究室へ戻っていった。

「なんて男だ……」

 絶句するカペラに、エミリアは「落ち着いてください。信頼は出来る男です」と安心させるように言った。

「いいえ、甘いっスよ。旦那が信頼できるんじゃないっス。私がいるから信頼できるんスよ。見せてあげましょう。かつて闇を晴らしたこの黄金の右手……あれ? 左手でしたっけ?」

 ノーラは闇を晴らす者の噂話を広げたチルカに聞いてみるが、チルカはそんな噂話にする予定はなかったと答えなかった。

 その話題は気分が悪くなると、嗅ぎ分けた植物の匂いを頼りに、ユニコに生える寄生植物の森へと飛んでいってしまった。



 リットが二つのオイルが入った瓶を持って見比べていると、ノーラが「ぬぬぬーん」と声に出して部屋に入ってきた。

「面倒臭えから一言で済ませるぞ。出てけ」

「そんなこと言っていいんスかァ? かつて闇を晴らしたランプには私が必要だったんスよ」

 ノーラは両手を腰に当てて得意げにふんぞり返った。

「その能力はもうねぇだろう」

「……すっかり忘れてましたよ。そういえば私の魔力は安定しちゃったんですもんねェ……」

「わかったら邪魔すんなよ。オレの命はあと二日なんだ」

「カペラは首を切るのに本気じゃないと思いますよ。結婚生活も素敵だと思いますよ」

「どっちにしろ二日の命だ」

 リットはノーラに背中を向けたままオイルをいじっているので、後ろで同じようにノーラが宝石オイルをいじっているのに気付かなかった。

 下手くそな鼻歌に交じって、マッチを擦る音が小さく響くと、リットは振り返った。

 先に届いた情報は、マッチを擦った時の独特な匂いだ。

 そしてすぐに試作のオイルが入ったランプの芯が吠えるように炎を上げた。

 その色は無色透明。まるで光の階段のような色をしていた。

「おい……今度はなにをしたんだよ……」

 呆れるリットに、ノーラは何もしていないと首を横に振った。

「ただ火をつけただけっスよ。家のランプに火を灯すように」

「ただ火をつけても、こうはならねぇよ」

 リットはランプの火を消すと、自分で再びランプを灯した。

 先程のノーラとは違う、ただの明かりが地面を照らした。

「いやー……おかしいっスよ」

 ノーラはランプの火消し、すぐに自分でつけ直した。

 すると、リットの時とは明らかに違う光が部屋を照らした。

「また……不可思議な現象を起こしやがって……。どうすんだよ」

「おかしいのは、私じゃなくて旦那じゃないっスかぁ? だって宝石オイルって普通じゃないものを使ってるのに、普通の明かりしか発光しないのは変じゃないっスかァ?」

 リットは聞きながら確かにと思っていた。

 宝石オイルは、言わば魔宝石の液体バーションだ。

 だが使い方違う。

 魔宝石は特殊ケースから出せば人間でも使えるものだが、宝石オイルは今のところリットが火をつけても、瓶から出しても魔力が放出されることはなかったのだ。

 つまり、人間では使えない可能性がある。

 人間のリットとドワーフのノーラ。大きな違いは魔力の器の違いだ。

 ドワーフの女性には、『ヒノカミゴ』というドワーフの鍛冶に必要な火を操る力がある。

 つまりリットよりも、魔力の器が大きいということになる。

 試しにユニコにいる数人に火をつけてもらった。

 チルカとアルデとカペラはノーラのような明かりが灯り、エミリアはリットと同じようにただのランプの明かりになってしまった。

 極めつきはユニコの悪魔達だ。声をかける全員が、リットとは違う光を灯したのだった。

「なるほどな……安定した魔力を持つ種族じゃねぇと使えねぇのか……」

 リットは一色だけのランプに火を灯した。風が吹き、リットの髪をボサボサにすると、己の力で火屋の被っていないランプの火を消した。

 一色だけなら単純な魔力にあるが、二色以上になると宝石オイルの魔力が複雑に絡み合うことになる。人間の魔力だと弱すぎるのが原因だった。

 おそらく獣人も使えないだろう。そして、もう一つ使えない種族がウィル・オー・ウィスプなどの精霊体だ。

 精霊体というのは魔力そのもので生きる生命だ。なにか一つの魔力に特筆している種族で、その魔力は安定しているが、他の魔力には安定しない。

 つまり、リットが一人でいくら研究しようが、絶対にたどり着けないものだったのだ。

「言っておくけど、旦那っスよォ。勝手に一人で始めたのは」

 ノーラは自分が側にいればとっくに解決していた問題だと、遠回しにリットを責め立てた。

「そんなことはどうでもいい!」とカペラが二人の間に割って入った。「このランプを使えば浮遊大陸の墜落問題は解決する。そうだな?」

「理想ではな。でも、理想の女ってのは存在しない。逆もまた然りだ。理想の男なんてまだ見つかってねぇだろ?」

「出来るのか出来ないのかを答えろ」

「ユニコに聞いてくれ。ユニコの雨雲が晴れれば完成だ。魔力は安定したってことになる」

「よし!」

 カペラはランプをひったくるように手に取ると、早速ランプを灯して光の階段をかけようと外へ出た。

「話を聞かねぇ女だな……」

「放っておきます?」

「見に行くか」

 リットはノーラを雲に乗せてユニコの外へ出た。

 先に出たカペラを追うと、ユニコの大地で火のついたランプを持っていたのだが、肝心の雨雲はそのままだった。

「どうなってる」

「理想って言っただろう。理想を語るだけならガキでも出来ることだぞ。答えとは違う。だいたいな……それで雨雲が晴れるなら、ユニコの地下で火をつけた時になくなってるはずだろ」

「つまり光の階段を架けるということだな」

 カペラはすぐに近くのハズレ島の小島へと向かって階段を架けた。

「だから、オマエらを遠ざけたんだ……。これでわかっただろう」

 リットは邪魔でしかないと言うつもりだったのだが、黙ってノーラが向ける指の先を視線で追うと、言葉も止まってしまった。

 カペラの光の階段は、光を帯びることなく雨雲を引き連れたからだ。

 これが正解か不正解かは、今の段階ではリットに判断はできない。

 ただ今まで一度も起こったことない現象が起きているのは確かだ。

「虹なんてどこに出来るんだ」

 戻ってきたはカペラはおかしいと、リットにランプを突きつけた。

「オレからしたらこっちがおかしい。なにしたんだよ……」

「ただランプを持って移動しただけだ」

 リットがランプを受け取ると、光の階段ごと雨雲は消えてしまった。ユニコの雨雲もそのままだ。

「まぁ、宝石オイルも調整の段階だ。あと何回か試せばいい」

「それで解決だな! よし、早速部下に知らせてくる」

 カペラは肩の荷が下りたような柔和な笑みを浮かべると、霞む雲の中へと消えてしまった。

「本当に話を聞かねぇな……」

「何度も言っただろう。娘は思い込みが激しいと」

 雨雲の端に隠れていたアルデは、カペラが消えると顔を出して、リットの隣へだらだらと歩いてきた。

「程があんだろうよ……。なにも解決してないんだぞ」

「おじさんじゃなく、娘に言ってくれ」

「……あの性格の原因はアンタじゃねぇのか? カペラのあの表情。どう見ても自分の使命を果たしたって顔じゃなかったぞ」

「言うな。おじさんだって必死だったんだぞ。一人だけ衝撃の事実を知らされた身にもなってみろ」

「そんな身の奴がなんで堕天使になってるんだよ」

「わかった。決心だ。いましたぞ」

 アルデはもう隠し事はなしだと、力強く自分の胸を叩いた。

「なら話せよ。ここにはオレと、美味いもの食わせれば都合よく黙るドワーフしかいねぇぞ」

 リットに言われると、耳をふさいだノーラは満面の笑みをアルデに向けた。

「八十数年前のことだ……浮遊大陸にはフェニックスがいた」

「キュモロニンバスの天空城だろ。フェニックスがそこへ転生して飛んでったってやつ」

「そうだ。だが、自主的に飛んでいったわけではない。おじさんが逃したんだ」

 アルデがフェニックスを逃した理由。それは浮遊大陸に明らかな変動があったからだ。

 一般天使ではわからない上層天使にわかるもの。

 それは浮遊大陸を見下さないとわからないことだった。いくつかの浮遊大陸の形が変わったのだ。

 そこに住んでいる天使には違いがわからないような微々たるものだが、地図を書くとしたら明確に変わる程は違っている。

 浮遊大陸の形が変わるの主な原因は空害だ。龍やフェニックスに大地を削られる。

 だが、空害は起きていない。

 なのになぜ。

 始まりはそこからだった。そして、研究者を集めて原因を突き止めたのが、アルデが管轄浮遊大陸のヴァルキリーのトップだった時だ。

 それからは少し先はリットも知る話だ。アルデは娘に堕天使の烙印を押され幽閉されてしまった。

 そして、先に堕天使になり追放されたものがアルデを助けて、隠れ家へと連れて行った。

 そこからアルデがリットの家の庭に落ちたのはただの偶然だった。

 その間に起こったことでリットが知らなかったことは、研究者を達が別の角度から浮遊大陸をどうにかしようと考えのたのが、地上にいたミツバチを使って作る密造酒だった。

 ユニコでたまたま聞いた魔女の知識に賛同し、魔女の酒『デルージ』を作ろうとしていた。

 つまり地上の魔力がこもった酒だ。不足分の魔力を補えると思っていたのだ。

 しかし、結果は失敗。魔女でもないのにデルージを作るのは不可能だった。

 代わりに出来上がったのが、魔力あたりを起こす密造酒だった。魔力あたりによる中毒症状はまったくの予想外であり、次第に研究をやめて酒に溺れるようになってしまった。

 そこへやってきたのがリット達だったのだ。

「待てよ……つまりよ。この話はアルデがフェニックスを逃したってだけか?」

「そうだ。あのままフェニックスがいては、もっと大惨事になっていた。今頃いくつか浮遊大陸が落ちていかもしれない。それがおじさんの罪だ。心配をかけずに黙っていた。その漏れ出るひりついた雰囲気が、カペラに伝わってしまったのかもしれん」

「こっちは審判じゃねぇんだぞ。その答えにはがっかりだ……」

 リットはアルデの罪に全く興味がなかった。アルデの隠し事とは、もっと今の事態を解決できるものだと思っていたからだ。

「言っておくが大罪だぞ。フェニックスをどうするかは、それぞれ管轄持ちのヴァルキリーと話し合って決めることだったんだからな」

「んなの知るかよ。オレにはどうでもいい」

「優しいんだな」

「本心で言ってんだ。こっちはヴァルキリーじゃなくてただの人間だぞ。上のことなんかに興味はねぇよ」

「そう。そして、私もただの天使よ」

 急に現れたミニーはリットに

「あのなぁ……次々現れてくるなよ」

「じゃあ連れ去るわ」

 ミニーはリットの背中から抱きつくと、空に足を下ろして光の階段を作った。

「浮遊大陸生まれは話を聞かねぇのか?」

「あら、リットが誘導したのよ。だから私も決心したの」

「誘導だぁ!?」

「リットでしょ。リンスちゃんを紹介したのは、彼女から聞いたわ『ホワイトリング』の島の場所」

 ホワイトリングとは下層の浮遊大陸の中でも大きな島で、エージリシテンとキャークセンヴィとバストナ・イスという三つの街がある。

 その中のバストナ・イスには、ミニーの父親であるメディウムが住む屋敷があった。

 ミニーが固めた決心とは、父親にちゃんとした結婚の報告を行い、しっかりと認めてもらおうということだ。

「確かに焚き付けたけどよ……今か?」

「今よ。思いついたことが、心からこぼれたら実行しろ。アナタの父親の言葉よ」

 ミニーがまるで母親のような顔で言うので、リットはため息を一つ挟むと大人しく言うことを聞くことにした。







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