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第十八話

「せっかくのデートが台無しね……。デートの前後の仕事はやめた方がいいわよ。ベッドが遠のくわ」

 移動する雲でユニコに戻る途中。リットはミニーに散々文句を言われていた

「ランプを作るのに戻らなくちゃいけねぇんだ。浮遊大陸見物なら、物事が解決したら存分に一人でやってくれ」

「ランプを作るなら、別にユニコじゃなくてもいいじゃない。それに浮遊大陸にも夜はくるんだからランプ屋はあるわよ」

「オレはアルデから足りない魔力は何かって聞き出すんだよ。いい加減協力してもらわねぇとな」

「せっかちねぇ……」

「一応人質を押し付けて逃げた身だからな。時間がかかり過ぎたらどんな文句を言われることか……」



 リットがエミリアとノーラに悪いことをしたと、珍しく反省している頃。

 浮遊大陸上層ではノーラのバカ笑いが響き渡っていた。

「いやー最高っスねェ。浮遊大陸バンザイっス」

 そう言ってノーラが上機嫌に振り回しているのは、枝に見える浮遊大陸の果実だった。

 皮を剥けば、まるで砂糖の塊のような甘い果肉が顔を出す。ジューシーさはないが、舌の温度でとろけるほどの柔らかさを持っている。

「それは上層で特別に育てている植物の果実だ。上層では下層よりも水が少なく、太陽が当たる。植物は生き延びるために糖を蓄えるというわけだな」

 カペラは殻のように硬い果実の皮を、ナイフの背で叩いて割った。

 暑い夏の太陽の光芒のように白濁透明な果肉が顔を出すと、突き抜けるような柑橘の香りと、鼻腔にまとわりつくような果実特有の甘ったるい香りが漂った。

「偉そうに……」と悪態をつきながらも、チルカは果実の先端を折って自分の食べる分を確保した。「果実が甘いのは当然なのよ。鳥媒花が主体の浮遊大陸で甘く育たない果実があるなら、とんだひねくれ者よ。どっかのランプ屋みたいに」

 チルカがため息をつくと、凍りついたかのようにその場にいた全員の動きが止まった。

 手は果実を持ったまま。顔の向きも談笑の時のまま。ただ視線だけが交差している。

 その不気味な空気感に、チルカは思わず「な、なによ……」と声を漏らした。

「いやー……すっかり忘れてましたよ。旦那のことを」

 ノーラが果実を口に入れながら言うと、急に時間が動き出した。

「不覚だ……」

 エミリアはテーブルに額を押し付けてうなだれた。浮遊大陸へは仕事で来ているのに、それがすっかり共通の悩みを持つ友人との茶会に変わってしまっていた。

 これは自分の失態だと、恥じる以外なかった。

 カペラだけは「そう気にすることではない」と態度を変えなかった。「罪人の引き渡しは表向きだ。裏で動いているのは浮遊大陸との交流。他種族国家のリゼーネならば、あちこちとコネを作ったほうが得策だからな。その意味では十分仕事をしている」

「あらら? それなら旦那がやっていることは無意味なんじゃ?」

 リットで損ねた機嫌はエミリアによって緩和されたので、ノーラはここにいる理由はなくなったんじゃないかと聞いた。

「そうはいかない。私がかく恥はこれからだ。婚儀を中止され、私は惨めなヴァルキリーとして語り継がれるだろう。浮遊大陸の一つでも救ってくれなければ、天秤にかける意味がない」

「案外旦那の評価って高いんスねェ。普通は旦那に世界を救えだなんて言いませんよ。私が知ってる中ではエミリアくらいっスかねェ」

「私は世界を救えとは言っていない。結果的に手助けしてもらうことになっただけだ」

「そういえば……旦那が勝手に広げただけでしたねェ。妖精の白ユリから始まり魔女のランプまで……たどり着くまで長かったですねェ」

「本当にな……」

 エミリアは自分の夜になると胸が痛む体質を、リットに相談した日を思い出していた。

 情報のために普段飲まない酒を飲み、勢いに任せてダメ元で飛び込んだ店がリットが営むランプ屋だ。そこで見た様々な器具や書物。そして実体験や耳学問から導き出されるリット独特の考え方は、エミリアにとっては魔法のようなものだった。

 理屈はわからないが必要なもの。今思えば、信頼感は会ってすぐに生まれていた。

 その種が芽吹き大きな花を咲かせたのはもっと後のことだが、その花のおかげで世界は光を取り戻したのだ。

「それじゃあ……ここからはその話を聞かせてもらおうか」

 カペラは話題を変えるには、雰囲気も変えるのが一番だと、味の違う果実と紅茶を部下に運ぶよう命じた。

「その話って旦那の話っスかァ?」

「そうだ。又聞きの噂話と、親しいものからの話は違う。それに興味が湧いた。人間の男が他種族に信頼される理由がな」

「それは――」

 ノーラがリットの良いところを言おうとした時だ。

 割って入ったチルカは、自分の言葉がかき消されないように声を張り上げた。

「アイツは子供よ! ただの子供なの! おもちゃ箱の中身を全部広げたら、同じようにしまえなくなっただけ。それがたまたま良い結果に繋がったのよ」

「結果というのは、なにかが実を結ぶから結果というのだ。でなければ、果実も出来ない。過程がある。発芽し、開花し、結実する、妖精ならわかるだろう?」

 カペラは新たに運ばれてきた果実を手に取って言った。

「アイツを植物に例えないでよね。どうしても例えるなら寄生植物よ。突拍子もないところで花を咲かせるんだから、妖精にしては悩ませ者よ。アイツが森に生えてたら管理不可能なんだから」



 チルカがリットの悪口をのべつ幕なしに喋り倒している頃。

 リットはユニコに到着していた。

「よう! おじさん頑張っちゃうぞ」と、珍しくシラフでいるアルデにミニーを押し付けると、リットはまっすぐ研究所へと向かった。

 しかし、いつものようにガラス管を眺めることはせず、既に出来上がった宝石オイルの在庫に手を伸ばした。

 オイルの色は赤と青。それぞれを空のランプに注ぐと、アルデに手伝わさせ、再び雲でユニコの外へ出た。

「なにをしたいのか知らないが、天使に見つかると厄介なのは……わかるだろう? おじさん面倒事嫌いなんだ」

「元はオマエが振った問題だろう。早くしろよ」

 今リットがいるのはユニコの隣を流れる小さな浮島だ。

 一人寝転べば埋まってしまうほどの小さな浮島の上で、ランプを持つアルデの背中に蹴りを入れている。

 アルデ「はわかったよ……」と観念した。「乱暴なんだから……。行くときは赤いランプで、戻ってくる時は青いランプ。それでいいんだろう?」

「そうだ。こっちも小便を漏らしそうなくらい小せえ島の上に座ってんだぞ。早くしてくれ」

 リットは渋々雲で移動するアルデの背中を見ながら、上手くいけばなにか変化が起こるはずだと思っていた。

 右手には赤い宝石オイルのランプ。左手には青い宝石オイルのランプ。そして、股の間には雲を動かす緑の宝石オイルのランプだけが常に灯っていた。

 リットが浮島にいるのは、他に手近な島が一つもなかったからだ。

 この実験には最低でも二つの島が必要になる。

 しかし、見つかったのは一つ。もう一つはユニコを使うしかなかった。

 なので、リットはアルデ一人のほうが近付きやすいと、小さな浮島に座ったのだった。

 一往復目。青い宝石オイルのランプで戻ってきたアルデは「聞いてないよ」と抗議しながらも、再び赤い宝石オイルのランプに火をつけてユニコへと向かった。

 初めは何も変化が起こらなかったが、徐々に宝石オイルの色が光に混ざり合ってきたのだ

 やがて赤い宝石オイルのランプの光は軌跡を残し、ついで青い宝石オイルのランプも光を残し始めた。

 それは緑色の宝石オイルのランプも同じであり、三つの色が混ざり合い虹を作った。

「これかリット!」とアルデはらしくない大声を上げた。

 島への魔力の供給を行う方法が虹を作り、繋げるということだと思ったからだ。

 正しくリットの考えもそうだった。しかし、表情は曇っていた。

「こりゃまた……別の意味で厄介だな」

「贅沢を言うな。おじさん感動してるんだぞ。それがおとぎ話に出てくるような方法だとしてもだ」

「そりゃ残念だったな。まだおとぎ話としては聞かせられねぇよ

 リットが表情を曇らせた原因は、虹の色がかけているからだ。どの色がかけているかははっきりしないが、足りないというのはリットの感性でもわかる。

 そして、それは足りない元素の色だ。今ある色は火の赤、水の青、緑の風。つまり黄の土が足りないということだ。

 リットに説明されたアルデは「なら、黄色の宝石オイルのランプを持ってくればいい」と提案した。

「まぁ、それでもいいんだけどな。たぶん落ちるぞ」

 リットが危惧しているのは、魔力の放出が一定だということだ。

 失われる浮遊大陸の魔力は絶えず変化している。つまり、宝石オイルのランプから放出される魔力も変化しなくてはならない。

 なぜそう思ったのかは、ユニコになにも変化が起きないからだ。

 未だに黒い雨雲を身に纏ったまま。時折雷を光らせている。

 リットの考えでは、正しい魔力の供給が出来れば、ユニコの雨雲が消え去るはずだった。

 龍やフェニックスは他の生物よりも高く跳ぶことが出来る。それこそ雲の上まで飛んでいける。

 そして大抵伝説がつきものだ。空に虹を架けたや、雨雲を晴らしたなど。

 現に浮遊大陸では『龍害』や『フェニックスアロー』と呼ばれる『空害』がある。島にぶつかって浮遊大陸の大地を削るというものだ。

 リットが自分の目で見たフェニックスアローは、クーと一緒に『牙宝石』を手に入れようとしてた時だ。

 フェニックスの炎で蒸発した雲が、虹色に輝いて消えていくというもの。

 龍害が数えられる程度の被害に対し、フェニックスアローというものは、空に暮らすハーピィが一生に数回見る程度は発生している。

 フェニックスがハズレ島の小島ばかり狙う理由が、空の不安定な魔力を安定させるものだったら、リットの見たあの虹こそが、正しく魔力供給された証だったのだ。

 つまり正しい宝石オイルで魔力を供給させる事ができるのならば、空には虹がかかり、ユニコ雨雲は晴れて、他の浮遊大陸同様に白い雲の衣装を身につけるはずだった。

 リットのやることは、オイルを調合して完全な魔力の虹を作ることだ。それも四つの宝石オイルをすべて使わなければならない。

「原点回帰だな」とリットは肩をすくめた。

 エミリアの体調を回復させた時と同じだ。ひたすらオイルを調合する。

 幸い材料は揃っているので、ひたすら試行錯誤を繰り返すこととなる。

「なんだやることは決まってるんじゃないか。やるぞ! おじさんじゃなく、リットがな」

 リットの表情を見て、アルデはなにを立ち止まっているんだと鼓舞した。

「今のところは大丈夫そうだなと思ってよ」

「今のところは?」

「その雲だ」リットはアルデが乗っている雲を見て言った。「下手すりゃ、雲がなくなって真っ逆さまだと思ってたからな」

「おじさんを実験体に使ったのか?」

「一度空から落ちてるんだろう。オレより安全だ」

 リットは雲に乗り込むと火の消えた赤と青のランプを持ち、アルデは緑のランプを操作してユニコへと戻った。

 そしてミニーに今後のことを話すと、まるで乙女のように胸の前で手を合わせた。

「素敵じゃない! 光の階段の代わりに虹を架けるってことでしょう」

「天使がランプを持つのを嫌がらなけりゃな」

 リットは天使が光の階段で移動する時に、調合したオイルを持たせようと考えていた。

 元々光の階段は天使が数多に浮かぶ浮遊大陸に、魔力を供給するために使われているのは前回の滞在でわかっていた。

 文化として残っているのか、義務として残っているのかはわからないが、これを利用しない手はない。

 何度も繰り返すうちに、魔力は浮遊大陸に満たされるということだ。

 問題は魔力の供給が過多にならないよう。足りない魔力だけを供給する必要がある。

「それにしても……フェニックスアローねぇ……」とミニーは呟いた。

「知ってたのか?」

「フェニックスアロー自体は見た事があるわ。子供の頃にね。ただ思ったのよ。浮遊大陸ではかつてフェニックスが転生したでしょう? その転生の時に、魔力を持っていかれたんじゃないのかしらって」

 リットはなるほどと黙って話を聞いていた。

 オオナマズが龍に変わるとき東の国では大地震が起こる。魔女の見解だと、魔力が乱れ元素が不安手になるからだ。

 それだけのことが起きるのならば、フェニックスの転生で魔力が乱れるというこのはありえることだ。

「まぁ……フェニックスのことは考える余裕がねぇな。原因を突き止めるのがオレの仕事じゃねぇ。オレは解決するだけ。まずは調節ネジの構造でも確かめるか」

 リットは研究室にある古い空のランプを一つ分解すると、オイルを混ぜるべきなのか、それとも四つのオイルがそれぞれ役割を果たすように分けたほうがいいのか。

 答えに向けてやるべきことを始めることにした。






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