表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

第十七話

「久々の二日酔いだな……」

 リットがカウンターから顔を上げると、わずかに不機嫌になったリンスプーの顔が目に入った。

「リットの世話をするのも久々だよ。いいかげんお酒の飲み方を覚えないと、そのうち後悔するよ」

「酒での後悔なんて、何回したと思ってんだよ。今さら一つ増えたところで変わりねぇよ」

「結婚を迫られた男が言うセリフだとは思わないけど」

「シラフで結婚を迫られたんだぞ。飲むのが一番の薬だ」

「現実逃避は薬じゃないと思うけど」

「それは医者が決めることだ。リンスは医者か?」

「リットも違うと思うけど」

「オレは違うけどよ。オレの言うことに頭を縦に振る医者なら知ってる」

「私は首を横に振る医者を知ってるけど。納得がいかないなら医者同士で戦わせてみる?」

「あのなぁ……オレが何をしに遠路はるばる浮遊大陸なんかに来たと思ってんだよ」

「お酒を取りに来たんだろう? 自分で言っていたじゃないか」

「それがなんでこんなことになってんだ」

「それも昨日自分で言ってたよ。流されやすいのが原因じゃないかな?」

「オレを分析しろとでも言ったか?」

「不機嫌を当てられる身にもなってほしい」

「わーったよ。悪かった。行き詰まって、強く当たった。これでいいか?」

「いいよ。それで何をすればいいの? 後から言われるくらいなら、今手伝わされた方が楽なんだけど」

「さぁな。酒は飲んだし、待ち人は酔い潰れて寝てるし。オレも何をしていいのかわからねぇよ」

 リットはカウンターによだれの湖を作っているミニーを横目で見た。

「義母とデートするくらいだしね。相当やることがないのはわかる」

「オレが酔い潰れてる間に喋ったことは全部適当だ。キューピッドだから、色恋沙汰にうるせぇんだ」

「キューピッド? なら彼女は上層天使ってことかい?」

「いいや、地上の王妃だ。いや……楽隠居してるから……まぁ、今ではただのお節介おばさんってところだな」

 リットが笑うとミニーの眉間に皺が寄ったが、それでもまだ寝ていた。

「でも、上層天使だろう?」

「そんなようなことは、アルデのオッサンとコソコソ話してたけどよ。わかるものなのか?」

「そりゃあね。私は天使だから」

「そりゃそうだろう。浮遊大陸に住んでんだからよ」

「そうじゃないよ。私は天使。店主も天使。でも、彼女はキューピッド。上層天使ってことさ」

「ヴァルキリーとかキューピッドとか、名前が別にある天使は上層天使ってことか?」

「そうだよ。名前があるというよりも、役割がある天使ってことだね。でも、上層天使が地上で結婚したのかい? 普通は逆だと思うけど。浮遊大陸で結婚だ。じゃないと、上層天使という役割に意味がなくなってしまうからね」

「その辺のことは深く突っ込むつもりはねぇよ」

 リットはエロス家のことや浮遊大陸のしがらみは、ミニーがどうしたいかでリットがどうにかすることではない。ミニーが言い出したり行動に移さない限り、リットは率先して関わろうとは思わなかった。

「リットにしては女性のことを考えて動いてるわけだ」

「考えないように動いてんだよ。踏ん切りがつかねぇのを、人に決めさせようとしてるんだからな」

 リットはミニーが父親に会いたいのはなんとなくわかっていた。

 今回とデートと銘打ってリットを浮遊大陸に連れ出したのは、運が良ければ父親のいる浮遊大陸かも知れないからだった。

 なんとなくで父親と顔を合わせれば、昔に止まった時間が障害もなく動き出すかも知れないと思っていた。

 だが、それは違う。ミニーはここに父親がいなくてホッとしていた。それぞれ別に動き出した時間を、親子の絆という曖昧な言葉を挟んだもので、再び動き出せたくはなかった。

 それぞれ歩んだ人生を、ひとつずつ語り合って埋めていく。否定も肯定も埋まるべき場所がある。それが正しいものだ。

 なので、ミニーは正しい再会をしたかったのだ。

 そして、寝たふりもだんだん限界に近付いていた。

 ミニーは大袈裟に両手を伸ばしてあくびをすると、「朝?」と惚けた顔で聞いた。

「浮遊大陸の時間は、ミニーの方が詳しいだろう。それで? 何をするんだ? まさか……本当にフラつくのが目的だったのか?」

「違うわ。デートって言ったでしょう」

 ミニーは店主から浮遊大陸の果実を買うと、それを食べながらリットとリンスプーを連れ回した。

「これはどうかしら?」

 純白のドレスに身を包んだミニーは、その場でくるっと回ってみせた。

 翻って膨らんだドレスは、真夏の入道雲のようだった。

「良い白だと思う。光の反射が黒い影を灰色にしてるから、とても格式高く見える」

 リンスプーはドレスの裾をもっと詰めた方がいいとアドバイスしながら、ミニーのドレスを見立てていた。

「よかったわ……現役の天使がいて。……現役っていうのも変な言い方かしら? でも、恋をしたら天使を捨てる覚悟も大事よ。いい? 種族なんてものに囚われていたら、あっという間に別の女のものになっちゃうわよ。気に入ったら、とりあえず家に押しかけて、ベッドへ押し倒すくらいの勢いが必要」

「そりゃ強盗っつーんだよ」

 リットが呆れ顔で言うと、ミニーは余裕の笑顔で返した。

「そうよ、愛を奪うんだから」

「奪ったのか、奪われたのか……微妙なところだな」

「あら、良いこと言うじゃない。さすがヴィクターの息子ね」

「茶化すのもいいけどよ。なんで今更ドレスなんだよ。ディアナに戻れば腐るほどあんだろう。実際に衣装タンスで腐らせてる奴もいるしな」

「ディアナで買うのとは別物よ。やっぱり天使の正装は浮遊大陸で買わないと。前から気になっていたのよ。外交の時とか、わかる人はわかるのよねー。地上の生地か浮遊大陸の生地かって。浮遊大陸の服って地上では売らないのよ。基本的に天使は浮遊大陸に住む者だってことになってるから、地上で売る意味がないの」

「金は持ってるのか?」

「持ってるわよ。着てきた服を売ったから。自由な都市でよかったわ。厳しいところだと、地上の服は派手だって売れないから」

「待てよ……素っ裸で帰る気でいるのか?」

「ドレスを買うに決まってるでしょう」

「ドレスで過ごすのか? あんな穴の中にいたらあっという間に汚れるぞ」

「わかってるわよ。これはこれ。普段着は普段着よ。まーったく……女の買い物くらい、頷きひとつで対処してみなさいよ。情けないんだから」

「女の買い物じゃなけりゃ、文句は言わねぇよ。男の買物はすぐ終わるからな。……いつまでかかんだよ」

 ミニーは店の服全てに袖を通そうと思っているかと疑うほど、何度も着替えていた。

 待ってる間に持たされていた浮遊大陸の果実をつまんでいたおかげで、リットの二日酔いはすっかり良くなっていた。

 それほどの時間をミニーの買い物に付き合っているのだった。

「普通はもっとかかるものよ。浮遊大陸のドレスはオーダーメイドなんだから」

「待てよ……まさかずっとここにいるつもりか?」

「大丈夫よ。裾直しをしてもらうくらいだから。私が現役の王妃や姫だったら問題だけど、このドレスを見せる相手も限られてるから」

 ミニーは遠い目をした後、誰にも気付かれないうちに手元のドレスへ視線を移した。

「そうだ。もう一軒あったはずだ。昔ながら伝統を守ってる数少ない仕立て屋だ。ここら辺りの天使じゃ物足りないと思うところだけど、昔ながらのドレスならあそこがいい」

「そうね……かえって古いほうが、今っぽくて新しく見えるかも。行きましょう」

 ミニーはリットの腕を抱き締めると、有無も言わさずに次の仕立て屋へと引っ張っていた。

 そして「これ良いじゃない!」と今日既に何回も言っている褒め言葉を口にすると、またリンスプーと一緒にドレスを吟味し始めた。

 リットは付き合っていられないと、仕立て屋から離れて空を見下ろしていた。

 大陸ギリギリの淵に立つのはさすがに恐怖心が勝るので、街の中にある高台から遠くの空を見下ろしているのだった。

 考えることといえば、宝石オイルのことだ。どうにか目当ての魔力だけ浮遊大陸を経由できないか。そんなことを考えていると、他の浮遊大陸が見えてきた。

 天使達が光の階段を架けて、浮遊大陸と浮遊大陸を繋ぐ。はるか昔から天使達がやってきたことだ。飛ぶではなく歩く。それが天使族の大陸移動の仕方だ。

 そのおかげで魔力は大陸を巡って循環するが、浮遊大陸に足りない大地の魔力というのは年々減る一方ということだ。

 リットは見ているだけでは全然わからないと、光の階段へ近付いて観察することにした。

 観察と言っても、過去に散々見てきたものだ。

 光の階段というのは、下から見ると光が雲を破って下りているように見えるのでそう呼ばれている。上から見ると、階段は光って見えない。ただ透明な足場があるだけだ。

 リットは多肉質の葉の上に腰を下ろすと、ただじっと眺めていた。

 そのせいでリンスプーが隣にいるのにも気づかなかった。

「いたんなら声をかけろよ」

「男には黄昏たい時があるらしいからね。黙って隣にいるのが女の役目だって」

「んな損な役回りがあるかよ。どうせミニーに適当に教えられたんだろう」

「そうだね。でも、本当に黄昏ていたのなら、私は声をかけていいのかはわからない」

「黄昏ちゃいねぇよ。天使のケツを眺めてたんだ」

「懲りないね。下着を見て結婚話になったのに」

「ジョークってのは通じねぇか? 光の階段を見てたんだよ。どう魔力が動いてるのかと思ってな」

「それはそれは……どうやら邪魔をしたみたいだね」

「気にすんな。思っただけだ。目を凝らしても、魔力の流れはわかんねぇよ。こっちは魔女じゃねぇんだ」

「魔女といえば全然浮遊大陸にこないね。はるか昔にはたくさんきてたらしいけど、私は見たことないよ」

「地上には腐るほどいる。つーか研究が行き詰まって腐ってるのがほとんどだ。天望の木を登るような魔女は今時いねぇよ。まぁ……大地を打ち上げる魔女もいねぇけどな」

「魔女なら空を飛ぶ生き物に乗ってきそうだけどね」

「浮遊大陸まで飛べる魔法生物がいねぇんだろうよ。鳥だって島の下を飛んでるだろ」

 リットは海に網を投げるようにして、空に網を落とす漁を思い出していた。そうして鳥を取る。空での貴重なタンパク源だ。その漁はリンスプーもやっているので、普通の生物が浮遊大陸に飛んでこないことはわかっていた。

 だからこそ、ミツバチというのが大問題になったのだ。

「龍とかフェニックスは飛んで来るんだけどね。勘弁してほしいよ。あれらは浮遊大陸では災害だからね」

「待てよ……龍とフェニックスは飛べるんだよな」

 リットは浮遊大陸と空を分けるラインに、魔力が作用しているのではないかと考えた。一定以上の魔力を持つ生物でないと上がってこられないようなものだ

 ヴァルキリーが飼い慣らしたペガサスは一定以上の魔力をもつ生物ということになる。龍やフェニックスも同じだ。

「まさか魔法生物を飼い慣らそうとは思っていないだろうね」

「今言われて思った。でも、無理だろうな……。あいつらは地上でも長い時間を過ごすよな」

「地上のはいないからわからないよ。でも、大抵は地上からやってくるよ」

「あいつらが地上の魔力を運ぶってことはありえるか?」

「浮遊大陸までかい? んー……ないとも言えないだろうけど。彼らをコントロールするのは不可能だよ」

「じゃあ手っ取り早く行くか……」

 リットはこれしかないと立ち上がった。

「闇を晴らした英雄は、次はどんな活躍を見せるのかな?」

「オレはランプ屋だぞ。ランプを使うに決まってんだろう」

 リットはにいっと笑うと、リンスプーに別れを告げ、ミニーを探しに去っていった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ