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第十一話

 リットが浮遊大陸でやろうとしていることは、魔族が作っている宝石オイルを利用することだ。

 牢の床が崩れた後、元通りに戻ったように、宝石オイルから流れる魔力は浮遊大陸に強く作用することがわかっている。

 それを利用すれば、天使が架ける光の階段のように、浮遊大陸中へ足りない魔力を補うことが出来ると説明した。

 しかし、リットが最後まで話し終えても、カペラが反応することはなかった。

「なんだってんだよ」リットはカペラを睨みつけた。

「終わりか?」

「おいおい……まさか聞いてなかったのか?」

「私には具体性のない夢物語を聞かされたようにしか思えない。一体どうやってそのオイルの炎を利用するつもりだ」

「それはこれから考えるに決まってんだろう」

 リットが堂々と予定は未定だと口にすると、ノーラとエミリアもため息を落とした。

「旦那ァ……あのお酒は危険ですよ。もうこんなにアホになっちゃってるんスから。絶賛しょっぴかれ中の堕天使達と一緒ですよォ……」

 ノーラはヴァルキリーに連行されている堕天使達を横目に言った。

「他に方法があるってのか?」

「あると思ったから、強気に出てると思ったんスよ。旦那って、もうちょっと考えてから行動するタイプじゃなかったっスかァ?」

「こんな思い込みの激しいバカな女と結婚させられるかも知れないんだぞ。そりゃアホにもなるだろう」

「聞こえているぞ……」

 カペラの威圧的な視線に、リットは同じ視線で返した。

「聞こえるように言ってんだよ。そうすりゃ、結婚なんてトチ狂った考えもなくなると思ったからな」

「申し分ない男だからだ。闇の柱を砕いた男の話は、浮遊大陸にも轟いている。それに光の柱の持ち主でもある。名実ともに浮遊大陸にふさわしいと私は思っている」

 カペラの言う光の柱と言うのは、リットの家の庭にある妖精の白ユリが朝に発する強烈な光のことだ。

 浮遊大陸に住む天使は、地上から発せられる様々な強い光のことを『光の柱』と呼び、それを目印にしているのだ。

「たかだかパンツを見ただけだぞ。中を見たわけでもねぇんだ。マヌケな考えは今すぐ捨てろよ」

 リットが強気に出ている理由は、契約を結んだからだけではない。

 ミニーがいるとカペラはどこか一歩引いているのを感じたからだ。これを利用しない手はないと、いつものように言いたいことを言っているのだ。

「私はそういう愛もありだと思うわよ。いがみ合う二人が真実の愛を見つけるのよ。燃えるわぁ……」

 ミニーはうっとりとした表情を浮かべると、リットとカペラの手を握り、二人の手を取り合わせた。

 カペラはゴツゴツした男の手を感じて頬を染めるが、リットはアホらしいとすぐに手を離した。

「あのなぁ……ミニー……。アンタの思考にかかれば、イヌとネコだってたまらない組み合わせだろうが」

「種族を超えるって素敵じゃない。だいたいどこが不満なのよ。理由もなくツンケンするような容姿じゃないと思うけど?」

「何度も言ってんだろ。理由は結婚を迫られてるからだ」

「旦那のどこが良いんスかぁ? 子供のように気まぐれですし、口は悪いですよ。情に厚いっスけど、その表現はひねくれてますし……お酒ばっかり飲んでますし……しょっちゅうだらけてますし」

 ノーラがリットの悪いところを羅列していくと、副隊長のヴァルキリーが「ファザコンですから」と答えた。

「あぁ……納得っス」

 ノーラはアルデほど酷くはないにしろ。リットも同じようなものだとしきりに頷いていた。

「うるさいぞ。ミカエラ!」カペラは子供頃から一緒だった副隊長のミカエラには、何を言っても切り替えされると強い口調で会話を遮った。「それに、もう結婚はしない。浮遊大陸で首が飛ぶか、英雄として地上に送り届けるかだ」

「だからどうにかするつってんだろう。おい、エミリア……なんか言ってやってくれよ」

 リットは先程から黙っているエミリアに助けを求めた。

「あぁ……すまない。考え事をしていたんだ。私も最近は、父上から婚約話をよくされるからな。まだまだ未熟の身。自ら成熟を感じ、世に出ても恥ずかしくないと思えるまでは……結婚は考えられない」

「父親なんて、そんなものよ。振り回すだけ振り回すの。娘の考えよりも、まず自分の考えよ」

 カペラはエミリアの言葉に深く賛同した。お互い父親から、余計なおせっかいとも言えるプレッシャーを与えられているからだ。

 アルデも今のようになるまでは、無精は目立つものの。やることはしっかりやる良い父親だった。

 浮遊大陸の上層の一部を管理する天使というのは、それだけ重要なポジションだということだ。

 すっかり意気投合するエミリアとカペラを見て、まるで昔の自分を見ているようだとミニーは頬を緩めていた。

 和やかに流れる時間は急に終わりを告げた。

 馬車からチルカの怒号が響き渡ったからだ。声は風に乗り、普段の何倍も大きくなって大気を震わせた。

「いいから! さっさとあのバカを連れて来なさいよ! 妖精舐めてるとえらい目にあわせるわよ!!」

 太陽に近い浮遊大陸ということもあり、太陽神の加護を受けているチルカはいつもより魔法の力が強まっていた。

 馬車の幌は風を孕んで、今にも爆発しそうだった。

 チルカが呼んでいるのはリットだ。幌を引き裂かれてはたまらないと、ヴァルキリーはリットの腕をつかんで馬車へ押し込んだ。

「おい……人の結婚話の最中に、馬車を孕ませたのか?」

 リットは風が充満する馬車の中で、怒りに羽明かりを強くするチルカを茶化して笑った。

「笑えないわよ……」

「遠慮すんな、笑えよ。しばらくは牢で面白いことはねぇぞ」

「アンタ……本当に一回殺すわよ……」

「流れで決まったんだしょうがねぇだろう。……それにハチミツにつられてきたのはそっちだろう」

「餌を垂らしたのはアンタでしょう。……いいからこっち来なさいよ」

 チルカは小声で近付いてこいと指招きをした。

「殺されてたまるか」

「大事な話よ。そのハチミツに関しての。外のヴァルキリーに聞かれたら困るでしょう」

 不敵な笑みを浮かべるチルカを疑いつつも、リットは話を聞くことにした。

 チルカの話では、堕天使の隠れ家にある花に毒があるのは事実だということだ。だが、強い毒性ではない。中毒症状が発症するには、毎日一樽分を一年飲まないといけないほど弱毒だということだ。

 つまり毒を抜いたところで、今と変わりがない。

 ではなぜ堕天使やリットが中毒を起こしたか。それは『魔力あたり』を起こしたからだという。

 生命には『魔力の器』というものがあり、許容できる魔力の量が決まっている。人間は魔力の器が小さく、他の種族のように気軽に魔法を使うことが出来ないので、魔女という魔法を学問として極めようとする者がいる。

 そして、魔力の器が小さいことによって、リットは魔力あたりの症状が軽症ですんだのだ。堕天使達は魔力の器が大きいせいで、中毒症状がひどくなってしまい、無気力になってしまったり、せん妄を発症して攻撃的になったりしてしまったのだ。

 なぜ妖精のチルカがそんなことを知っているのかというと、以前グリザベルの魔女弟子を指示していた時に知ることとなったのだ。

 ウンディーネに作らせた魔女の酒『デルージ』も同じものだからだ。

 堕天使が作る密造酒も、魔力が形状変化を起こして液体となったものということだ。

 その役割を果たすのが、魔族の地にいるキラービーということだ。

 花の毒とキラービーの毒が合わさるのが、魔力が形状変化を起こす条件ということだ。

「偶然の産物で出来た酒か……」

「違うわよ……偶然の産物で出来たハチミツよ」

「待てよ……なにを考えてる?」

 リットは不審に思った。ヴァルキリーの監視下で拘束される原因は自分にあるのに、チルカが協力的になるのはおかしいと感じたからだ。

「アンタが解決しないと、私が自由になれないからでしょう」

「逃げるチャンスは山ほどあっただろ」

「アンタって本当……目ざとい奴ね……。まぁ、でもそのいつもの調子なら任せられるわね」

 チルカが逃げるチャンスを失ったのは欲に負けたからだ。

 ハチミツが食べたいのも理由の一つだが、大きな理由は別にあった。

 いつものように、妖精の仲間に大きなことを言ってきてしまったのだ。

 浮遊大陸には妖精はいないので、正真正銘初めて食べるハチミツを入手するチャンスなのだ。チルカはそれを持ってきてあげると、妖精達と約束してきてしまったのだ。

 堕天使の隠れ家に咲いている花は、リットが戻ってくる前に全て調べ終えていた。

 ハチミツで魔力あたりをすることもわかっていたので、リットがハチミツから魔力を除去するのを待つしかないこともわかっていた。

 この方法がわかれば、リットも自宅で保管してあるデルージを早く飲むことが出来るため、やる気になるのはわかっている。

 調子に乗せるためにも、協力的になるしかなかったのだ。

「なるほど……オレを利用しようってわけか」

「そうよ。悪い? アンタだって私を利用しようとノーラを寄越したんでしょ」

「まぁな。好意的な理由を百並べられるより、よっぽど納得出来る」

 リットはチルカの話を聞いておいて良かったと思った。

 魔族がいるユニコで作っている宝石オイルは、今回の難題を解決するのにピッタリのものだからだ。

 浮遊大陸の問題と、密造酒の問題を両方同時に解決できる可能性さえある。

「貸し一つよ」

 チルカはリットの瞳にやる気が灯ったのを見て、こっちの予定通りだとニンマリ笑った。

「まぁ、グリザベルを呼んだと思えば安いもんだな」

 リットはチルカに貸しを作るのも嫌だっだが、グリザベルに助けを求めて、ディアドレだ。ガルベラだ。魔力の形状変化だ。と事を大きくされることを考えれば、チルカの思惑通りに動くのも仕方ないと諦めた。

「しゃあねぇ……ハチミツを手に入れれば良いんだろう」

「言っとくけど、私一人分じゃないわよ。迷いの森と、アンタの家の庭にいる妖精全員の分よ。しっかりあの女からぶんどることね」

 チルカは廃棄なんてさせるんじゃないわよと付け足すと、もう用事は済んだとリットを馬車から追い出した。

 少し疲れた顔で出てきたリットの腕を、ミニーが抱き寄せた。

「なんだよ」

「だって、私と行動を共にするんでしょう? ヴィクターが亡くなってから、久々のデートだもの。雰囲気を出さないと」

 べったり体を擦り寄せるミニーに、カペラは咳払いで注意した。

「リットはまだ私の婚約者だ。いくらエロス家と言えども、そこを忘れてもらっては困る」

 カペラはヤキモチをやいたわけではなく、部下がいる前で示しがつかないと言っているのだった。

「気になるのなら逆の腕を抱きしめればいいのよ。私は地上に降りた天使。浮遊大陸のエロス家とは関係ないわ。ちなみに今は……母と子の禁断の愛を育もうとしているところよ」

 ミニーはリットの唇を人差し指でつついて、カペラを挑発するような笑みを浮かべた。

「話をややこしくするなよ……。あとな……前も言っただろ。オレには母親は何人もいねぇよ」

「あら、リットって以外にマザコンなのね。それもまた燃えるわ」

「だからよ……常識を考えろって言ってんだよ」

「ヴィクターの子種から、常識で生きるような子供は生まれないわよ。自分が一番わかってるでしょう。わかってないなら指摘してあげるけど、普通はお酒一つのために浮遊大陸まで来て、上層天使を騙そうだなんて思わないわよ。まぁ……私は騙さちゃったんだけど」

 ミニーは唇に当てていた人差し指をリットの胸まで下ろすと、文字を書くように這わせて、ヴィクターがどうやって自分を外の世界へ連れ出したのかと話し始めた。

 リットは親の出会いやベッドでの情事など聞いていられないと、腕に抱きつくミニーを引きずりながら、ランプで動く雲に向かって歩いていった。

 二人が去っていく後ろ姿を見たカペラの胸に、何か得体の知れない感情が渦巻いていた。

「なに……この気持ち……」

「敗北感でしょう。女として相手にされないから」

 チルカはいいから早く馬車に乗れと、何度も風を起こして催促した。

「ずいぶん偉そうだが、人質なのはわかっているのか?」

「そっちこそ。人質っていうのは、元気じゃないと効果がないって理解してないわけ?」

 チルカは早く上層とやらに連れて行って接待しろと、ヴァルキリー達を扇動するので、エミリアは代わりに頭を下げた。

「すまない……」

「いいのよ。それより、もっと話を聞かせてもらえるかしら?」

「それは父上の話ですか? それともリットの話でしょうか?」

「含めて全部。地上の話もね」

 カペラはすっかりエミリアにシンパシーを感じていた。

 二人とも少し特別な立場で、世間の評価に負けずに奮闘する場所で生きているからだ。

「私達って人質なんスかぁ? それともお客なんですかァ?」

 ノーラは自分の立場がよくわからないと困惑していた。

 同じく困惑してたのはミカエラだ。

 またカペラの思い込みで、エミリアは自分と同じ境遇で苦労しているのだと思っているので、どういう命令が出るか想像もつかないのだ。

 ミカエラは「私にもわからない……」と肩をすくめると、再びチルカの怒号が響いた。

「いいから、早く馬車を出しなさいよ! じゃないと、私をカゴに入れたことを一生後悔させてやるわよ!!」






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