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第十話

「やぁぁぁっと来たわね!」

 チルカはリットが来るのを見つけると、抱きつかんばかりの勢いで眼前まで飛んでいった。

「……なんだってんだよ。久しぶりの浮遊大陸でハイになってんのか?」

 リットは満面の笑みのチルカを不審がった。

「今のアンタの顔をよぉぉぉく見てるのよ。生涯忘れないためにね」

 チルカは言葉通りじっと顔を見つめてくるので、リットの視界にはチルカの体しか映っていなかった。

 何を言っても離れることなく、リットは鬱陶しいと思いながらも太陽に輝く金髪を目印に歩いていったのだが、それはエミリアの髪ではなかった。

 金色より鋭く光る純白の翼だ。

 その輝きを、リットは鋼の剣のように感じていた。

「命運が尽きだようだな」

 斬りつけるような鋭い言葉は、カペラが発したものだった。

 リットはまさか堕天使の隠れ家が見つかるとは思っていなかったので、驚きに目も口も大きく開いて固まってしまった。

「あーもう! その顔よ! アンタのブサイクな顔を目に焼き付けた甲斐があったわ! すまし顔からどん底へ。私が画家なら、絶対作品として残すわ」

 空中で笑い転げるチルカだったが、カペラの手によって払い落とされてしまった。

「もう結婚などと甘いことは言わない。首輪をつけてでも連れて行き……一生こき使ってやる」

「……それって、変わりあるか?」

「その減らず口もすぐに叩けな――ひゃう!」

 カペラの情けない嬌声は、ミニーに背中を指でねっとり撫でられたことによりあがった。

 部下のヴァルキリーがすぐに槍先を向けて牽制するが、ミニーに臆する様子はなく、いつも通りの艶やかな雰囲気を崩さずにいた。

「結婚はもっと希望に満ちた思いでするものよ。そ・れ・に……男につける首輪は目に見えないほうが効果あるわよ」

 カペラはミニーを睨みつけると「没落天使が……」と小さくつぶやいた。

 しかし、それだけだ。直接手を下そうともしなければ、無礼だと部下が威喝するようなこともなかった。

「没落でも、堕天使でも天使は天使よ。それに、人間も妖精もドワーフも皆に同じ愛が流れているわ」

「その言葉は父親の前で言うことだ。エロス家を下層へと落としたのは、あなたの責任なのだからな」

「エロスは愛の天使よ。愛は流れ形を変えるもの。浮遊大陸を覆う雲のようにね。上層天使ならば、白装束の意味はわかるでしょう?」

 ミニーはただ優しくほほ笑みを浮かべた。

 一見、穏やかな空気が流れている世にも思えるが、周囲を威嚇しているようにも感じる。

 澄んだ浮遊大陸の空気に、亀裂を入れるようにヒリヒリしたものが流れ、誰も何も言えなくなっていたが、リットは違った。

 これはチャンスだと口を挟んだ。

「そうだ! 白装束だ!」

 リットが声を出したことにより、空気の流れが変わったので、カペラはわずかに安堵の表情を浮かべた。

「なにを言っている?」

「アルデから聞いたんだ。オマエさんがヘルウィンドウの地下道を封鎖してるってな」

「まさか……その言葉を信じたのか?」

「事実だろう」

「呆れた男だ……お父様を信じるとはな……。酒を飲む口実に決まっているだろう。現にどうだ? あの男のやったことで、酒を飲む以外にあったか?」

「ヨダレを垂らして寝るもあるし、自分の手に小便をひっかけてズボンで拭くこともあるぞ」

 父親の情けない姿を報告されたカペラは羞恥に顔を歪めたが、すぐに持ち直して「そういうことではない!」と声を荒らげた。

「じゃあ、白装束は関係ないってのか? ツラを見せないようにフードまで被ってる連中はよ」

 カペラは「それは……」と言い淀んだ。

「上層天使は気付いているのよ。浮遊大陸は地上の大地と密接に関係してるって。いつだったか、魔女さんが言ってたのと同じことよ。魔力はバランスが大事。浮遊大陸の均衡を保つ為には、天使族が触れていない大地も必要なのよ」

「血迷ったか!」

 カペラは浮遊大陸。強いては天使族の秘密をバラしたミニーを拘束するため、部下に命令を出そうとしたのだが、ミニーが大きな胸を張って、ディアナ国の紋章が入ったネックレスをこれ見よがしにしたので、慌てて手を引っ込めた。

 ここでミニーになにかあっては、ディアナと亀裂を生むことになる。それはアルデの本意ではなかった。

「隠しても無駄よ。リットは一度魔族の地にある天望の木から、浮遊大陸まで登ってきてるんだから」

 ミニーに肘で脇腹を突かれたリットは、話を合わせるために物知り顔で頷いてみせた。

「あそこは……ハズレジマしか通らないはずだ……どうやって本大陸まで辿り着いた」

「ハズレジマには、担当の天使がいるだろう」

 リットは過去に世話になった、リンスプーとロールという天使の二人のことを思い出して言った。

「念を押して侵入されないためのハズレジマ担当だ。もしや!? 篭絡したのか!?」

「それは……いや、どうだろうな」

 リットは意味ありげな笑みを浮かべた。

 実際のところは、下までしっかり命令が行き届いていなかった。

 なにもない退屈なハズレジマ勤務だ。引き継ぎを重ねることで、いつの間にか命令が簡略化されていき、スリー・ピー・アロウからの侵入者の排除は伝えられなくなってしまっていた。

 カペラは二人にまんまと騙され、知っているなら話したほうが早いと自ら語り始めた。

 浮遊大陸には地上からの魔力が必要だった。

 魔女が研究した通り、魔力というのは元は同じものだ。

 だが、それは生まれる時の話だ。

 精霊により、世界は魔力に満たされている。そして、魔法を使える種族というのはそれを体に蓄える。

 天使と魔族の魔力の違いもここで生まれる。

 つまり、魔法を使う。魔力を発散する時は、その種族独自の魔力となって放出されるのだ。

 放出された魔力は空気や大地や水などと混ざり合い、やがて効力のないゼロの魔力へと変わる。それを精霊がゼロではない魔力へと変えて、また世界を満たすというわけだ。

 だが、浮遊大陸は限られた大地しかない。魔力の循環が他とは違う。

 見方を変えれば、そのおかげで空を浮かんでいられるとも言える。

 そして、魔族の地であるスリー・ピー・アロウは、空が見えない地面の中にあった。

 だが、それはかつてのこと。

 スリー・ピー・アロウは誰も入ることも出ることも出来なかった『黒の時代』から、天望の木が伸びることによって、根が洞窟を作り『完全洞窟時代』へ入り、さらに成長した根が洞窟の天井を壊したことにより『崩落時代』という一部に太陽が差し込む現在の時代へと入った。

 つまり、浮遊大陸と対になっていた魔族の地だが、片方だけ時間が進んでしまったのだ。

 様々な種族がスリー・ピー・アロウから天望の木を登り、浮遊大陸に入ってくることで、魔力のバランスが崩れてしまうのではないかと危惧した天使が、スリー・ピー・アロウへと続く、ヘル・ウィンドウの地下洞を封鎖したのだった。

 魔力の供給は天望の木が魔力を吸い上げることにより、ハズレジマから浮遊大陸全体へと行き渡るのだが、それには木にストレスを与える必要がある。

 誰かが天望の木を登ることにより、木はストレスを感じ栄養とともに魔力を枝先まで行き渡らせる。

 その枝先に浮遊大陸の雲が触れることにより、魔力が供給されるということだ。

 そして、天使族が使う光の階段や、浮遊大陸に住むアルラウネが伸ばすツタの橋は、浮遊大陸中へ魔力を循環させるためだ。

 そのことは、過去の訪問でリットも知っていた。

「大げさすぎねぇか? 他の天望の木だって何本も生えてるだろ」

 リットはスリー・ピー・アロウから生える天望の木を封鎖したところで、他の天望の木からの影響は防げないと指摘した。

「天望の木っていうのは、高濃度の魔力を吸って突然変異を起こした大木のことを言うのよ。そして魔力と縁の深い地というのは、種族が管理しているものよ。『クエントの森』のエルフとか、『ワイモルエ海溝』の人魚とか、スリー・ピー・アロウの魔族とかね。種族中でも悠久の歴史がある場所」

 ミニーは子供に言い聞かせるように、リットの頭を優しく撫でながら言った。

 リットにはミニーの言いたいことがわかった。

 スリー・ピー・アロウの魔族達は良く言えば自由。悪く言えば身勝手だ。魔族自体がなにかに縛られるのが嫌いな気質があるのだが、それに輪をかけたような魔族達が集まっている。

 それも、崩落時代に入ってからはより奔放になってしまっているので、天使達の危惧も理解できていた。

「待てよ……つまり天使側も、このままだと浮遊大陸の危機だってことは理解してるのか?」

「そこにいる堕天使共に聞かされたからな」

 カペラは密造酒で酔いつぶれている堕天使達を、これでもかというほど見下しながら言った。

「その対策が出来れば助かるってことだろう?」

「そうだが……。何が言いたい?」

 カペラは言い逃れなら最後に聞いてやると、部下に拘束の準備をさせながら聞いた。

「魔族の魔力ってのは、別にスリー・ピー・アロウからじゃなくてもいいんだろう?」

「聞いていなかったのか? 天望の木を介して魔力は供給されるんだ。スリー・ピー・アロウの魔族は管理怠ったんだ。それ故に、魔力のバランスが崩れている。そんなものを、私が管理する浮遊大陸にいれるわけにはいかない」

「もう一度聞くぞ。それが出来れば助かるってことだろう?」

「そうだ」

「なら交渉は成立だな」

 リットは対等な交渉だと握手を求めた。

「意味がわからない……説明をしろ。さもなければ、すぐにでもしょっぴくぞ」

「オレが問題を解決してやるって言ってんだ。その代わりに密造酒は今しばらく見逃せ」

「……この男はバカなのか? この期に及んで酒の話とはな」

 リットの突然の提案に、カペラは意味がわからないと他の者達を見た。

 すると、エミリアとチルカは力強く頷いて肯定した。 

「あの二人はほっとけ。いいか? 浮遊大陸の魔力問題と、密造酒の毒。この二つは密接に関係してんだよ。文句あるか? ノーラ」

「私はなにも言ってませんぜェ」

「じゃあ、なんでずっと半笑いなんだよ」

「いつもの旦那だなァと思いまして。それに、ミニーだって笑ってますよ」

「私はあの人を重ね合わせて、過去にもう一度恋してるだけよ」

「……この二人もほっとけ。で、どうすんだ? 交渉は成立か? もし出来なければ、オレを殺してもいいぞ」

 リットが再び握手を求めると、カペラはその手を力強く握った。

「どうにか出来るのならば、どうにかしてもらおうか」

「交渉成立だな。ここにいる全員が証人だ。そうだろう?」

 急に周囲に同意を求め出すリットを不審に思ったが、カペラは「まぁ……そうだな」と答えた。「それで、どうするつもりだ?」

「それはこれから考える」

「話が違うぞ!」

「なにも違わねぇよ。今すぐ、問題を解決するって言ったか?」

 リットは自分の仲間ではなく、あえてカペラの部下のヴァルキリーに聞いた。

 ヴァルキリーは嘘をつくことも出来ずに、首を横に振るしか出来なかった。

「この……詐欺師が!」

 アルデはヴァルキリーに拘束させようとするが、リットは捕まってたまるかと、偉そうな態度で一歩前へ踏み出した。

「問題は解決してやるって言ってんだろう。そのためには時間が必要だって言ってんだよ。追われながらじゃ、考えもまとまんねぇ。もし、オレが問題を解決できねぇ時は殺せばいいだろう」

「旦那ァ……そこまで結婚が嫌なんスかァ?」

 ノーラは上手いこと考えたと感心していた。問題を解決すればお酒を持って帰れるし、問題を解決出来なくても結婚する必要はないからだ。

「人生の墓場だからな」

「信じられん」

 カペラが約束を反故しようとすると、リットはエミリアとノーラの背中を叩くようにして、前へ突き出した。

「安心しろよ。人質付きだ。カタブツ女に、ちんちくりんドワーフ。あと……もっとちんちくりんの妖精までおまけでつけてやるよ」

 リットが言うと、ヴァルキリーは素早く二人を拘束した。ノーラの頭に乗っていたチルカまでカゴに入れられてしまった。

「ちょっと! なにすんのよ」

 カゴで暴れまわるチルカに、リットは「天使のミニーを連れ回したほうが便利だからな」と悩むことなく言った。

「アンタ殺されたいわけ? いいえ! 今すぐ殺してやるわ! さぁ! ヴァルキリー! 槍で心臓を狙いなさい! いえ……やっぱり脚よ! 脚から狙って、なぶり殺しよ!」

 騒ぎ立てるチルカとは違い、エミリアは覚悟を決めたように「わかった……」と頷いた。

「私にはリットをここに連れてきた責任がある。甘んじて受け入れようではないか……」

「嘘でしょう!? ノーラ! ノーラはいいわけ?」

「私は旦那を信用してますからねェ。それに、人質のほうが美味しいものを食べられそうですし」

 ノーラは堕天使の隠れ家に飽き飽きしていた。楽しみにしていた浮遊大陸の果実や野菜が、ここには全然生えていないからだ。

「これ以上握手は必要か?」

 リットが強気に出ると、カペラは負けたとため息をついた。

「わかった……ひとまず信じよう。せいぜい悪魔に堕ちないよう気をつけるんだな。悪に身を染めれば容赦はしない」

「なに言ってんのよ! そいつは悪魔よ! 悪魔そのもの! 今ここで成敗しないと、浮遊大陸の危機よ!」

 チルカはカゴの中で吠えるが、カペラはその声がうるさいと感じて、先にペガサスの馬車へと押し込まれしまった。

 静かになると、カペラは「信じたんだ。話してもらうぞ」と、リットの考えを聞くことにした。






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