96.オーレリア王女という人物
皆との話に出てきたクローン。シリウスのクローンを作るんじゃなくて、シリウスがクローンなの? 訳が分からなくなってきた。
「やっぱり来栖君はすごいな。もうとっくにその可能性に行きついてたんだね」
気付いてもらえたことが嬉しいのか、ネオ君の瞳に涙が浮かんでいる。
「俺を試してんのか」
「違うよ。何もかも見抜かれるのは分かってた。でも僕がここで必死でやってきたことに、どの時点で気付いてくれるか知りたかった。他の誰でもない来栖君が一瞬で答えてくれて、もう胸がいっぱいだよ」
アイスブルーの瞳からぽろりと一粒涙がこぼれ、ネオ君は笑って見せた。
「音尾、お前無理してへんか」
「してないよ。僕でも出来ることがあるのが嬉しいんだ」
「俺になんかして欲しいことあるか」
「研修旅行に来てくれたら十分だよ」
「わかった」
塁君はネオ君と視線を合わせて一度だけ頷くと、ネオ君に背を向けて私をエスコートし部屋に戻った。
◇◇◇
今日はブラッドとヴィンセントはそれぞれ騎士団と魔術師団と共に、王都中のセキュリティチェックに行っている。
塁君とローランドは研修旅行先をベスティアリに決めるために、必要な報告書をまとめている。帰国後すぐに宰相をはじめ各大臣や学園長に提出するらしい。急ぎで作っているのは研修旅行自体を早めるためだと言っていた。少しでも早く王女様を治したい気持ちの表れだろう。
そして私達女性陣は王妃様に招待されて、中庭の豪華なガゼボでお茶会をしている。
「皆さん、我が国を気に入っていただけたかしら」
「はい、何もかも見たことのない世界で夢のようです」
「お買い物も楽しかったですし、お菓子も可愛くて毎日食べ過ぎてしまいます」
和気あいあいとお喋りする王妃様は初日よりもずっと顔色が良く、疲れもだいぶとれたように見える。国王陛下がお元気になられたからご安心になったのだろう。
王女様についてはまだ解決していないけれど、研修旅行先に決まりそうなので治癒の希望が見えてホッとされたのかもしれない。
「ベスティアリ王国には王女様がいらっしゃるんですよね」
レジーナが悪気無く王妃様に話しかけた。
「……ええ、今は留学していていないのよ」
「まぁ、ご立派ですわ」
「どのようなお方なのですか」
王妃様は笑顔で受け答えして下さるけれど、私は内心ヒヤヒヤしている。
「……オーレリアは母親の私が言うのもなんだけど、凛として美しく賢く、かっこいい娘なのよ。男の子だったら王の器だと思う程よ」
「そうなのですね、是非お会いしたかったです」
「皆さんはもう婚約されているのよね? オーレリアはまだなのよ。自分はまだこの国を発展させるためにやる事があるって」
「では今のこの素晴らしいベスティアリ王国は王女様のお力なのですね」
「ええ、オーレリアと魔法使いネオのおかげよ」
そうだったんだ。ネオ君だけじゃなく、王女様もご尽力されていたんだ。共に手を取ってこの国のために尽くしてきた王女様がご病気だったら、そりゃあネオ君も必死で時間も止めるし、一人ででも更に国を発展させてお目覚めを待っていたいって思うよね。
「魔法使いのネオ様は昨日ユニコーンのところにいらした方ですね」
「とても美しい方でしたわね」
「シリウスがよく懐いていました」
皆がニコニコとネオ君の話題を出したところで王妃様の表情は曇った。
「そうでしょう。ネオは私達のためによくやってくれているの。平民出身じゃなければね……」
皆は真意が分からず不思議そうな顔をしている。王妃様のお言葉を、『魔法省で地位を与えたいけど平民だから難しい』くらいの意味に受け取っているのだろう。
我が国の魔術師団は出自は一切関係なく、魔力の強さと技術だけが入団条件。昇進も何もかも、実力だけが全ての世界だ。だからベスティアリ王国では魔法使いにも出自が関係するのかと驚いたのだろう。
「何でもないわ。ささ、皆さんそろそろ風が出てきましたから中に入りましょう。もう少ししたら我が国の貴族令嬢達も来ますからね。同じ年頃の女の子同士で交流なさって下さいね」
屋内に移動しながら、私は王妃様の言葉を反芻していた。
ネオ君はオーレリア王女を大切に想っていて、聖女を呼ぶために必死で国力を高めてきたんじゃないかって。だけど平民出身のネオ君は王女様の相手になることは出来ないから、気持ちを秘めたまま今も王女様を助けるために時間を止め続けているんじゃないかって。
きっと王妃様はネオ君が貴族だったら王女様の結婚相手にしたかったのかもしれない。聞いたところ、ベスティアリ王国では建国以来女王は認められておらず、王女様のお相手が次期国王になるそうだ。だけど平民出身ではさすがに難しい。どんなに貢献してくれても、どんなに王女様を想ってくれていても、降嫁でさえ難しい相手なのに次期国王となればなおさらだ。
王女様が目覚めた時、これほど発展したベスティアリを見て彼女は何を思うのだろう。
婚約者がいないのは、何か意味があるのだろうか。ひょっとして王女様もネオ君を想っていたりしないのだろうか。
私には何も出来ないけれど、片思いの辛さは分かる。人を想う気持ちも分かる。
目の前で好きな人が死んでしまうくらいなら、自分のことは忘れてくれてもいいから生きていて欲しい。何なら自分は死んでもいいから助けたいって思う。
塁君も、前世でそう思ってくれたのかな。
ネオ君は、今そう思っているのかな。
そんな苦しい気持ちを隠してベスティアリの貴族令嬢達と交流のひと時を過ごした。
◇◇◇
その後二日間を観光に費やし、最終日にはまた晩餐会を開いていただき、私達の帰国の時が来た。
帰りの転移魔法陣の上で馬車の窓から外を見ると、ネオ君はまた私達の乗る馬車だけを真っ直ぐに見て笑顔で手を振っていた。
塁君も窓から真っ直ぐにネオ君だけを見ている。私には分からなかったけれど、先日のあの会話で何か察するものがあったのだろうか。
魔術師団が転移魔法陣に魔力を注ぎ、眩しい光に包まれる。
光に飲まれて見えなくなる瞬間まで、ネオ君と塁君はお互いを見ていた。
「転移完了!」
ヴィンセントの声が響く。窓の外には見慣れた魔術師団本部。
「浮遊感、今回も平気やった?」
私を心配する塁君の表情がどことなく切なそうな気がして、つい頭を抱き締めた。
「えみり? 何のご褒美?」
「研修旅行、早く行きたいね」
「せやなぁ」
「王女様、早く治るといいね」
「せやなぁ」
馬車がお城に着くまでの間、ベスティアリのご令嬢達から聞いた『オーレリア王女という人物』について話して聞かせた。
どれだけ颯爽としていてかっこいい女性なのか。 賢いけどユーモアがあって、責任感が強く美しい。皆が皆、口をそろえて『憧れています』という。
相手が貴族だろうが平民だろうが、困ってる人がいたら助けずにいられない。優しく分け隔てない人なんだとか。
「塁君みたいな人だなって思った」
「え」
「だからネオ君も二人に惹かれるんだね」
「いや俺はそんなんちゃう」
塁君は謙遜してるけど、私は憧れる側だからネオ君の気持ちが分かる気がする。
帰国後すぐに動いてくれたローランドのおかげで、例年より二ヵ月も早く研修旅行に行けることになった。出発まであと三ヵ月。
どうか、どうか待っていてね。アリスが一緒に行くからね。
連休明け、何故かアリスにだけ塁君による地獄の集中特訓が始まった。




