91.ユニコーンと転生者
わぁ……! ユニコーンだぁ!
頭の真ん中に想像より短い白い角が生えていて、真っ白い毛並みにサラサラとなびくたてがみが美しい。神々しいのに愛らしい姿。
そのユニコーンを連れてきたのは、昨日転移してすぐに目が合ったあの魔術師の美少年だった。この国では魔法省所属だから魔法使いと呼ぶのかな。
「本日はお越しいただきありがとうございます。この子は我が国が誇るユニコーンのシリウスです。伝説のように獰猛ではなく、大変賢く従順です。角を岩で研いで戦闘に備えるなどということはなく、我々が全て世話をしておりますので、ご安心ください」
紺色の髪にアイスブルーの瞳の彼はニッコリと笑ってシリウスを撫でさせてくれた。シリウスは大人しく体に触れさせてくれて、その血が通った暖かさとしなやかな筋肉は普通の馬と変わらない。
そして……魔法使いの彼は、昨日みたいにあからさまに塁君に見入ることはないけれど、気が付かれないよう時折塁君に視線を向けていることに私はちゃんと気付いている。
やっぱりこの人が転生者なのだろうか……。
私はモブだから誰状態だろうけれど、塁君はメインキャラだから本物だーってなってるのかな。でも昨日はヴィンセントもブラッドも馬車の外にいたのに、二人には目もくれずに馬車の中の塁君にだけ釘付けだった。
うーん、何故だ。
……あっ! わ、分かっちゃった!
ひょっとして
ルイ王子単推しの人……!?
そ、そうかぁ! 私は全然同担歓迎だからお話したいかも!
思わずニコニコして彼を見たら塁君がすかさず体を割り込ませて視界を遮ってきた。
「誰にそんな顔向ける気だ」
「あ、あの人多分同担だと思って」
「なんのことだ」
「きっとルイ王子推しなんだよ。チラチラ見てるもん」
「それは俺も気付いてるが、まだ転生者と決まったわけでもないし不用意に見ないように」
「そっか、つい仲間かと思って」
「エミリーは俺だけ見てればいい」
そう言って塁君は私の視界を遮ったままシリウスの顔を撫でた。
「乗れるのか?」
「は! あ、いえ、それは承っておりません!」
「そうか、残念だ」
突然話しかけられた魔法使いの彼は驚いてしまってあわあわしている。
「お前の名は?」
「えっ」
「名だ」
「あ、僕はネオといいます」
「そうか」
ネオは俯いて顔を赤らめモジモジしている。やっぱり推しが目の前にいて尊死しそうなんじゃないだろうか。分かる。
なんて思っていたら、塁君が日本語で言った。
「音尾ちゃうの」
ネオは俯いていた顔をガバッと上げて、感動で打ち震えるような表情で目に涙を浮かべ、揺れるアイスブルーの瞳で真っ直ぐに塁君を見た。
「あ、あの、僕を、覚えて……」
「ああ」
「あっ、ぼ、僕、クルス王国の第二王子が、ルイ殿下だって知って、く、来栖君じゃないかって、ずっと思ってて……!」
「当たりや」
ネオはポロポロと涙を溢れさせて慌てて袖で顔を拭った。
「どうなさったんですか?」
ローランド達が合流すべくやってきて、泣いているネオを怪訝そうに見ながら塁君に尋ねた。
「何もない。お前達も存分にユニコーンを見せてもらうといい。エミリーはもういいか?」
「餌やり出来るならしてみたいです」
「ネオ、出来るか?」
「あ、はい、普段観光客にはご遠慮いただいているんですけど、今日だけ特別に準備致します!」
「わぁ、ありがとうネオ!」
ネオが急いで持ってきた人参を合流した令嬢達にも分けて、皆で手ずからシリウスにあげた。シリウスは行儀よくポリポリと食べて可愛らしい。
「ユニコーンて大人しいのですね」
「本当に。もっと攻撃的なのかと思っておりました」
「この目で幻獣を見られるなんて感激です」
皆も存分に撫でたりたてがみに触れたりして堪能した。
そして併設されているお店にはユニコーングッズがたくさん売っていた。まるで前世のようにゆめかわいいパステルレインボーのユニコーングッズ。店内ではレインボーカラーの巨大綿あめまで売られている。明らかにこれは転生者であるネオのアイディアじゃないだろうか。
「なんて可愛らしい色使いなのでしょう!」
「こんな素敵な色使いの小物は見たことがないですわ」
「あぁ、どれも欲しくて迷ってしまいますね」
私は前世で見慣れた色使いだけど、この世界では未だかつて無かった組み合わせなのだ。初めてゆめかわワールドを見るご令嬢達にはズキュンときたようで、三人はあれも可愛いこれも可愛いと盛り上がっている。だけどそんな皆の方が可愛いよと言いたい。
婚約者達がキャッキャやってる様子にローランド達は目を細めながら後ろから『全部買いましょう』『店ごと買い占めようか』なんて言っている。
「エミリーはいいのか」
「私はお母様とグレイスとアリスにお土産として買うだけでいいかな」
「趣味じゃない?」
「そういうわけじゃないけど」
「前世でもエミリーはシンプルカジュアルだったもんな」
「シンプルなら私でも似合うかなって」
「エミリーは何でも似合うぞ」
「またまた~」
「プッ」
え、何か吹き出されたんですけど。
「わ、悪い。あのカラフルなレインボーで全身コーデしたエミリーを想像した」
「何でも似合うって言ったそばから笑ってる」
「す、すまない、ふっ、ふふっ、ヤバいな」
着てもいないのに想像だけで笑われて、塁君の脇腹に見えないようにポスポスとパンチを入れていると、後ろから視線を感じた。振り返ると離れたところにネオが立っている。
「塁君、ネオが見てるけど、お話したいんじゃないかな」
「特に親しかったわけじゃないんだが」
「転生して初めて会う転生者とは日本の話したいでしょ」
「俺はエミリー以外とは特に話したくはなかったが……」
無理強いするのもよくないし、これ以上は言わないでおくことにした。
『来栖君』と呼んでいたから学校の知り合いかな。じゃあ医学部の人なのかな。ネオも若くして亡くなったってことだよね。たくさん努力したのに辛かったよね。
だけどこの世界でユニコーンのお世話をしたり、あの年齢で魔法省に勤務したり、多分お店のアイディアも出したりしてそうだし、やりがいのあるお仕事に携わってるんじゃないかな。
転生者がこの世界で幸せにしてるなら、それは嬉しいことだなと思う。
「買い物が終わりましたので、街のレストランへ参りましょう。予約済みです」
ローランドの声掛けで皆は馬車に乗り込んだ。
その間もネオは塁君に話しかけたそうなのに出来ないまま、笑顔で馬車を見送っていた。やはり焦がれるような、憧憬を感じさせるような眼差しで。




