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90.結局全敗だった

 カーテンの隙間からゆっくり日の光が差し込み始めた。朝の四時くらいやろか。あー、全然寝れへんかった。


 早起き選手権で公平を期すためとか言うて、部屋の間の扉の鍵が開いとる。えみりが俺を信用してくれとる証拠や。


 当然何もせぇへん。手出したりせぇへんけど、この状況だけで胸がしんどなる。俺、こんな純情やったっけ?


 昨日は馬車の中からずっとえみりは可愛かった。はしゃいでても笑てても拗ねとっても可愛い。マジで好きで好きでしゃあない。ずっと笑てて欲しいのに、怪談話で泣いとったんも可愛くてたまらんかった。怖がって俺に縋ったらええ思て、ついめっちゃクオリティ高い最恐怪談が出来てもうて、怖がらせ過ぎたて反省しとる。


 怖くて寝れへん言うてたけど、まだ俺のとこ来ぇへんいうことは寝れたんやな。まぁ良かった。これで俺が落書きしに行ったらまた負けたて悔しがるやろな。


 静かに部屋の間の扉を開けると、えみりは俺が毛布巻き巻きしたまんまでスピスピ寝とった。うわ、寝顔天使やん。うたた寝しとるくらいは見たことあるけど、こんなちゃんと寝とるとこは初めて見る。


 落書きかー……どないしよ。


 俺はえみりのベッドに腰かけてしばらく寝顔見とったけど、全然起きる気配あれへん。まぁ、この勝負が無ければあと数時間寝とってもかまへんし、寝かしといたろ。落書きは……何もせぇへんのも何やからちょっとだけ書くか。


 俺はドレッサーにあった化粧道具のペンで、えみりのおでこに(ちっ)こく日本語を書いた。


 起こさないよう軽くほっぺにキスして自分の部屋に戻る。俺も少しは寝とかんとな。寝れる気せぇへんけど。眠くなるまで本でも読むか。





 ◇◇◇





 気が付けばカーテンの隙間から日が差している。ヤバいと思ってガバッと起き上がろうとしたけれど、塁君に毛布を巻かれたままの状態で寝ていたようで、手も足も出ずに横にバッタンと転がった。


 おくるみに包まれた赤ちゃんの気持ちが分かった気がする。


 まだ暗いし夜明けからそんなに経ってなさそう。よしよし、いつの間にか寝ちゃったみたいだけど早起きは出来た。急いで毛布から出た私は、顔料と筆を持って部屋の間の扉を開けた。塁君はソファの背もたれに寄りかかって眠っている。膝には読みかけの本。


 ベッドで寝なきゃダメでしょう! とは思うけれど、起こすのは落書きしてからだ。ベッドで寝てるより落書きしやすいから結果的に『ソファで寝ててくれてありがとう』と思ってしまった。


 容赦なく塁君の瞼に目を描いていく。くふっ、くふふ、いい感じだ。


 愛に免じて目玉を一個減らしてあげる約束なので、おでこには真ん中に一個だけ描いた。頬にも左右に一つずつ描いたので、計五個の目玉を描き終えた私はやり切った達成感でいっぱいです!


 うわぁラスボスみたい! 整った顔立ちが余計にラスボス感を倍増させてる気がする。


「ん……」

「塁君おはよう!」

「えみりや……おはよ……」


 目の前に立つ私に寝ぼけながら抱きついてくる塁君は、まだ事態を把握できていない。


「早起き選手権は私の勝ち! はい鏡!」


 手鏡を渡すと寝ぼけたままジーッと見て塁君は言った。


「ゾウリムシえらい上手に描けとるやんかぁ」

「ゾ…………?」

「これ繊毛やろ」

「まつ毛ですけど」

「ちゃんと核もあるなぁ、真核生物やからなぁ。えらいなぁ、えみり」

「それ黒目」

「収縮胞と食胞は核の外やでぇ、えみり」

「それ黒目の中のキラキラ」

「ちゃんと大核の横に小核もあんねんなぁ。えらいなぁ、えみり」

「それ、はみ出ただけ……」

「五匹も描いたんや、頑張ったなぁ、えみり」

「ゾウリムシじゃない! 塁君のボケ!」

「ボ、ボケ?」


 ハッと目を覚ました塁君は、もう一度手の中の鏡を見て『げっ!』と叫ぶと必死で言い直す。


「目や! 目やな! 目にしか見えへん! 上手やで!!」

「遅いよ!」


 思わず塁君の肩をぺちっと叩く。


 もったいないけどリリーと侍従さんが来る前に顔を洗って落書きを落とさなくちゃ。


「はい、塁君、クレンジング、そうだ前髪止めるの持ってくる。待ってて」


 そう言って私はもう一度自分の部屋に戻り、ドレッサーの上のヘアバンドを手に持った。自分もしておこうと鏡の前で前髪を上げた時、おでこに黒い何かがあるのが目に入る。


「え?」


 そこには日本語で小さく小さく『愛してる』と書いてあった。



「――――!!!」



 ドクン、と私の心臓が跳ねる。


 全然私の勝ちじゃなかった。塁君は先に私のおでこに遠慮しながらこれを書いて、自分の部屋でうたた寝してただけなんだ。


 しかもこんなメッセージ。


 自分が恥ずかしくなってくる。あんなにたくさん遠慮なく落書きして、そのうえ下手なのを棚上げして怒ったりして。もう恥ずかしいし申し訳ないし胸が痛い。


 私は裸足で塁君の元へ走っていって抱きついた。


「塁君、ごめん。これ、見た。塁君の勝ちだったのに、いっぱい描いてごめんね」

「ええねん、えみりに描いてもろて一日この顔でいたいくらいやで」

「そ、それはダメ! 他国だし! いや自国でもダメだ!」

「俺は気にせぇへんけど」

「ローランドが鬼化するよ!」

「確かに」


 私はせめてものお詫びにクレンジングミルクを塁君の顔にくるくるとなじませた。


「えみりの指、気持ちええ……」


 顔料が浮いて混ざり合ってすんごい色になっている。むしろ線でもなくなった今の方が全顔がその色でヤバい。


「いっ、一度ふき取るね!」


 タオルを取りに行った時にタイミング悪く侍従さんが扉を開けた。


「ルイ殿下、お目覚めでっ……!!!??」

「おはよう」

「な、な、なな何ですかその顔色!! お加減は!? まさか毒が!!?」

「落ち着け」

「落ち着いてなんていら……」

「すすすすみません!! 私が顔料で絵を描いたのを今クレンジング中です!!」


 慌てて飛び出して事情を説明すると盛大に溜め息をつかれてしまった。タオルでふき取っていつもの顔色が見えると侍従さんはまた盛大に溜め息をついた。


「私もまだまだですね……今後もこのような可能性があると勉強になりました」

「ああ、覚えておいてくれ」

「もう二度とないですっ! 本当にお騒がせしました!!」


 前世のバイトの癖でペコペコ頭を下げていると、後ろからリリーの声も聞こえてきた。


「エミリーお嬢様、おはようございます。何故お嬢様が謝罪を?」

「わ、私が悪くって」

「そうだとしてもお嬢様は従者に頭を下げる必要はございません」


 そう言ってリリーは侍従さんを睨みつけている。すごい眼光だ。


「リ、リリー、私はエミリー様に謝罪を強要した訳ではなく」

「だったらお嬢様が頭を下げそうになった時に止めるべきでしょう?」

「わーー! リリーやめて! 侍従さん悪くないのに踏んだり蹴ったりだから! ごめんなさいごめんなさい! ささ、もう朝の支度をしよう! それでは失礼しまーす!!」


 リリーの腕を掴んで部屋に戻り、慌てて扉に鍵をかけた。


「まったくあいつ、融通が利かないんだから!」

「リリー怒らないで! ほんとに私が悪かったの! 侍従さんは塁君の心配をしただけだし、それがお仕事でしょう?」

「お嬢様、あいつに何か言われたら私に言って下さいね! とっちめてやりますから!」


 昨日はバディみたいって思ったけれど、あれれ? ひょっとして? 私は何となく勘が働いた。


 リリーはぷりぷり怒りながらもきっちりと身支度をしてくれた。





 そして私達は今、念願のユニコーンを見に来ているのだけど、場所は最初に転移したあの広大な庭園の隣だった。魔法省の白い塔がよく見える。こんな王都の中心地に幻獣がいるなんて。



 管理された綺麗な緑色の芝を踏み締めながら歩いてきたのは、まだ若く白い毛並みが美しい一本角のユニコーンだった。







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