88.王女は何処に
国王陛下は杖が無くても足元はしっかりとしていて、力強くスタスタと塁君の隣を歩いている。顔色は先程までの青白さが嘘のように血色の良い肌色になっていて、今初めて見た人には壮健な国王に見えるだろう。
その姿を見た王妃様は慌てて立ち上がり陛下に手を伸ばした。
「陛下……」
「ルイ殿下が治して下さった……!」
二人とも目に涙を溜めて抱き合い、塁君に何度もお礼を言っているけれど、塁君は一礼して私の隣の席に戻ってきた。
「エミリー、何も無かった?」
「うん、私はお料理をたくさん頂いてただけ」
「どれが気に入った?」
「このお肉の味付けが美味しいよ!」
「じゃあ俺もこれから食べよう」
私達が何事も無かったかのように食事を再開したら、私の隣でメガネを鋭く光らせている人がいた。
「ご歓談中失礼致します。何か報告していただくべきことは無いのでしょうか」
ローランドがメガネを押さえながら静かに低い声で呟いた。怖い。
「特には」
塁君は気にもせずに優雅にお肉をカットしている。
「見るからにベスティアリ国王の様子が先程と違いますが」
「過労からくる虚血性心疾患だったから治療した」
「詳細をお願い致します」
「症状から推測して追いかけて声をかけた。それで控えの間で診察させてもらったんだ。最初は怪訝にしていたが、症状を言い当てたら任せてもらえた。とりあえず全身の血管に魔力を流して、プラークだけ体外に転移させて血管を掃除してきた。結構あったから危ないところだったと思う」
「な、何ですかその方法……」
「エミリーが転移魔法に興奮してる間、馬車で色々思いついてな。転移魔法を応用したら医療に使えるなと」
「……他国の君主にぶっつけ本番で行わないで下さい!」
「いや待て。ぶっつけ本番じゃないぞ。人聞きの悪い。さっきエミリーの支度を待っている間に自分の部屋で試してみた」
「誰にですか」
「俺自身にだ」
あっけらかんと言う塁君に、ローランドはもの凄く嫌そうな顔をしている。
「聞きたくないですけど一応聞きます。ルイ殿下ご自身の体内の何を転移させたのです?」
「血液の成分をそれぞれ別の血管から一種類ずつグラスに転移させて、最終的に全血を作った」
「…………」
ローランドはもう何も言う気を無くしたようで黙ってしまい、塁君はお肉をパクパク食べている。献血?の後はお肉だよね。うんうん。
「うん、これは旨いな!」
「でしょう? 国に帰ったら再現出来るかやってみるね」
「あぁ、いいな! あ、そうだ、ローランド」
「何でしょう……」
「血管の詰まりは改善したが、不眠や自律神経の乱れ等、心因性の症状もあるようだ。ストレスの原因を取り除かないと完全な健康とは言えない。何か思い当たることはあるか?」
ローランドは声を潜めて口元をナプキンで拭く素振りをしながら言葉を発した。
「一人娘のオーレリア王女の姿が見えません」
「そういえばそうだな」
「この宴は我が国の研修旅行誘致のためのものであり、体調不良の国王までが無理をおして臨席する程の重要な会である筈です。それなのに我々と同世代の王女の姿が無いとなると、何かその身に起こっていると思わざるを得ません」
確かにローランドの言う通りだ。小さな観光立国であるベスティアリにとって、大国である我が国の第二王子の視察も、その結果受け入れられるかもしれない魔法学園の研修旅行も、どちらも重要な外交でありビジネスである筈。
しかも私達と王女が同世代と言うのなら、友好関係を築くのに最適な存在の筈。
「ですが、あちらから相談されていない以上、首を突っ込み過ぎないようにして下さい。デリケートな問題ですので」
ローランドに釘を刺された塁君は『仕方ないな。国王には抗血小板薬と睡眠導入剤でも作って渡すか』と言った途端、『これ以上何もしないで下さい』とダメ押しされた。
「この国にも医師はいるでしょう」
「治せないからあそこまでになっていたんだろう」
「あちらから相談を受けても、一旦国に持ち帰って陛下にご相談してから行動して下さい。よろしいですね」
「父上は好きにしろと言うだろう」
「だとしても、一度お伝えすることが重要です」
「そんなものか」
「よろしいですか。王女の状況が国王夫妻のストレスの原因だったとして、あれほどに国王が弱っていたということは、切実に後継者問題にも関わってきます。ルイ殿下の治療でその問題が先延ばしになったでしょうが、解決はしていない訳です。これが非常にデリケートな問題だと言っている所以です」
一人娘だというオーレリア王女。その王女が病なのか怪我なのか、それともまた違う状況なのか、とにかく何かが起こっていて、それが国王ご夫妻をあそこまで悩ませる原因となっているかもしれない。
もし、国王陛下の身に何かが起こった場合、後継者はオーレリア王女ご本人か、女王が認められない国なら結婚相手がなるのだろう。だけどオーレリア王女もご健在じゃなかったら後継者がいないことになる。直系以外の国王を選ぶとなると、争いの種が生まれるかもしれないのだ。
確かにデリケートな問題過ぎる。他国の私達からしていい話ではないだろう。
「分かった分かった。お前の言うことも一理ある。言う通りにしよう」
「よろしくお願い致します」
塁君がお肉を食べ終わったところにヴィンセントが塁君の脇に控えて小さく声を発した。
「ルイ殿下、この国は国王と魔法省の魔法使い以外に魔力持ちはほとんどいないようです」
「王妃も無いようだな」
「ええ、王妃様も魔力は無いようです」
確かに王妃様からは魔力を感じない。
我が国は国王陛下も王妃様も魔力が強い。我が国のお妃選びには魔力の強さも関係していると思う程だ。グレイスも優秀な魔法使いだし、私はそうでもないけど一応魔法実技の成績は悪くはない。
塁君は突然変異的にそれ以上に強大な魔力を持って生まれてきたみたいだけど、クリスティアン殿下も相当な魔力持ちで、器用に多属性を使いこなすと聞いている。
「ですが、魔法省の白い塔からは強い魔力を感じます」
魔法省だから魔法使いが大勢いるからじゃないのかな? うちの魔術師団本部なんてとんでもない魔力の総量で、初めて見た時は全身鳥肌が立ったほどだ。
「それは転移してすぐ俺も感じた」
「ではお気付きになりましたか? あの魔力」
「ああ、一人のものだろう」
「はい。この国の魔法使い全員の魔力の総量よりも強い魔力が、あの塔にいるたった一人から放たれています」
思わず振り返ってヴィンセントを見てしまった。ヴィンセントが言うのだから魔力の探知に関しては間違いない。あのいくつもの白い塔の一つに、そんな魔法使いが一人だけいたなんて全然分からなかった。
目が合ったヴィンセントが脊髄反射で私にウインクをすると、塁君は容赦なくヴィンセントにアイアンクローを仕掛けた。
「痛い痛い痛い」
「塔に強い魔法使いが一人だけいるのか」
「しかも先程もう一度索敵をかけたんですが、位置も何も変わってないんです」
「魔法省の魔法使い達は控えの間の隣にいたぞ。魔力で分かった」
「そうです。あの塔で感じた他の魔力は城へ移動しているのに、その強い魔力だけが動かずにいます」
「魔石か魔道具か何か生命体ではない物質ではないのか」
「明日塔の近くでもう一度調べてみます」
「俺は宴の前に城の内部の公開されている部分を見て回りました。特に異常はありません」
ブラッドもやってきて塁君に報告する。私達女性陣が身支度をしている間に皆お仕事していたんだなぁと思うと申し訳ない。
「気になることは、転移してすぐ周囲を見回した時、数ある白い塔の一つだけ、ベスティアリの衛兵数名が出入り口を護っていたことです」
「なるほど?」
塁君はその言葉に何か腑に落ちたような表情をした。
「その塔に強い魔力を放つ物質か、ひょっとしたら王女がいるかもしれないということだな」
四人は視線を合わせて納得したように頷いた。




