87.王子は躊躇わない
「とりあえず後で閉めておくね」
「あ、あぁ、そうしてくれ」
私達は何もしていないというのに、何故か気まずい雰囲気にさせられてしまった。これは話題を変えるしかない。
「宴までどれくらいあるかな? その辺の探検に行けるかな?」
『城でお寛ぎ下さい』って言われたし、お城の中なら見せて頂いてもいいかな? お城の中庭に素敵なガゼボがあったから見てみたいし、天井画もゆっくり見たい。
「エミリーお嬢様、宴に参加するための準備がありますよ」
「うへぇ」
令嬢はこういう時本当に厄介だ。
前世でも結婚式に出席する女性は早朝から美容院へ行って髪をセットしたり、メイクもしてもらったり、着物なら着付けてもらったりするって聞いていたけど、令嬢になるとティーパーティー、音楽会、舞踏会、晩餐会などなど、何かに参加する度に同じように万全の身支度をするのだ。
まず最初にエステのように全身を磨き上げられたりする。気持ちいいんだけど、おかげでうるうるなんだけど、何せ時間がかかって面倒くさいことも多々あるんだよね。
今日だってドレスを替えるだけでいいと思うんだけどな。髪だって朝リリーがセットしてくれたまま崩れたりしてないし、お化粧だって大してしてないから崩れてない。
「元々お嬢様は他のご令嬢よりお仕度時間が短いんです。他国での宴席なんですから、このリリーが誰よりもエミリーお嬢様をお綺麗にして差し上げますから!」
「リリーってば、そんなに張り切らなくていいよー」
「エミリーはそのままでも一番綺麗だぞ」
「塁君もかっこいいよ」
塁君と褒め合いながら『えへへ』とお互い笑っていたら、塁君は私の意図を察して提案をしてくれた。
「では一時間くらいエミリーの時間を貰おう」
「はい、かまいま……」
言いかけたところで侍従さんがパンと手を打ち鳴らして空気を変えてきた。どうやら侍従さんも私の意図を察していたらしい。
「はい、この会話はここまでで。それではルイ殿下もエミリー様も準備を始めましょう」
「ちっ」
「ルイ殿下、舌打ちはお止め下さい」
「塁君諦めよう。作戦失敗」
「お判りになっていただけたなら幸いです」
「はぁ。じゃあ宴の前に迎えにくる。エミリー、また後で」
「うん、待ってるね」
有耶無耶にしてちょっと探検の時間を作り出そうとしてたのに、そんなの見透かされていて結局準備を始める羽目になってしまった。侍従さんめ、なかなかやるな。さすが一年もお城で一緒に過ごしている塁君と私のノリに慣れているようで、そう簡単に流されてくれない。
コネクティングルームの扉から二人が部屋を移動してから鍵をかけ、鍵は私の部屋のドレッサーの引き出しに仕舞った。
「さぁて、お嬢様! 始めますよ!」
リリーの瞳に未だかつてないやる気が漲っていた。
◇◇◇
「これで準備完了です……! お嬢様、最高に綺麗で可愛らしいですよ!!」
かれこれ数時間かけてリリーに全身のトリートメントからヘアケアまで抜かりなく施され、今やっとメイクも着替えも終えて準備が終わった。
「リリーお疲れ様! ほんとに何時間もありがとう!」
「いいえ! これこそが私の一番好きなお仕事ですから!」
ちょうどいいタイミングで廊下の扉からノックの音が響く。
「エミリー、エスコートさせてくれ」
そこにいたのは王子の正装を身に纏い、耳には私の瞳の色のエメラルドがあしらわれたイヤーカフとピアス、そしていつも下ろしている前髪を流してセットした、目も眩むようなキラッキラ爆イケ王子だった。
うわぁ! 前髪流しただけで準備に数時間かけた私より美麗とか何なんですか!
「エミリー、今日もとても美しい。俺が贈ったドレスと宝石、とてもよく似合っている」
「ありがとう。どれも素敵で嬉しいな」
私が着るドレスは普段用から正装に至るまで何から何まで塁君の見立てで贈られたもので、アクセサリーも全てマリンブルーの宝石が豪華にあしらわれている。そして全てに保護魔法がかかっている。
「塁君ものすごくかっこいい……もうどうしよう」
「髪の毛だけ何か付けられた」
「侍従さん、グッジョブ過ぎる……」
「それを言うならリリーも最高の仕事ぶりだ」
リリーと侍従さんはお互いの手の平をパチンと合わせた。いつの間にそんなバディみたいになったのか。
「ではそろそろ行こう」
塁君にエスコートされて会場へ向かうと、会場前でローランドとアメリア、ヴィンセントとフローラ、ブラッドとレジーナのカップルが私達を待っていた。三組は私達の後ろに控える形で並び、会場へと歩を進めた。
金の装飾が見事な大きな扉をベスティアリの従者二人が左右に大きく開く。塁君と共に一歩中に踏み出すと、大勢のベスティアリの貴族が会場の壁越しに並んでいて、中央のカーペットの先にはベスティアリ国王と王妃が立っていた。
体調不良で臥せっていらっしゃると聞いていた国王陛下。確かに顔色が悪く、杖をついている。ご年齢はそれほどお歳ではないようなのに。
「クルス王国第二王子ルイ殿下、そして共に来て下さった皆さん、この度は我々の招待を受け入れていただき心から感謝します。どうか本日は楽しんでいただけると幸いです」
国王陛下の声は張りが無く、だいぶ無理しているように見える。きっと塁君への失礼にならないよう、体調不良をおして出てこられたのではないだろうか。
音楽隊が演奏を始めると、大勢のダンサーや子供達が出てきて伝統舞踊を見せてくれた。どれほど練習したのだろうか、子供だというのに一糸乱れぬ踊りは完璧で、すっかり感激して拍手を贈る。
その後も伝統楽器の演奏や、伝統芸能を見せていただきながら、美味しいベスティアリの料理に舌鼓を打った。味付けも素材も新感覚だけど口に合う。国に帰ったら作ってみよう。再現できるかなと思いながら食べる癖はなかなか抜けない。
それにしても、こんなに歓迎してくれて有難いな。明日のユニコーンも楽しみだな。気候も温暖で、馬車が通る道も整備されているベスティアリ王国。観光立国だけあって、何処も美しく管理されているのが伝わってきた。これは研修旅行先に適しているんじゃないかなって思う。
その時ベスティアリ国王が自室に戻るために席を立った。塁君はジッとその姿を目で追っている。
「やっぱり体調悪そうだね」
「……心臓が悪いんじゃないかと思う」
「そうなの?」
「左腕がだるそうだし、時々胸を押さえている。口元を押さえて食事にも手を付けないから吐き気もあるのかもしれない。立ち上がる時もふらついたから眩暈もありそうだ。クマが酷いから不眠もあるだろう。過労からくる心疾患か……?」
塁君は静かに立ち上がり呟いた。
「エミリー、少し離れるが、すぐに戻る」
「分かった。待ってるね」
塁君を待っている間、私の隣の席のローランドが溜め息をついている。
「人を救うことに何の躊躇いもありませんね」
「それが塁君の良いところです」
「国内ならば良いのです。ここは他国で、相手はその国の君主です。何かあったら国際問題になりますので慎重になって欲しいのです」
「そうですよね……」
もし塁君の治療が上手くいかなかったり、薬の副作用があったら大問題になるかもしれないし、外国に弱みを握られることに繋がるかもしれない。
だけど塁君が失敗するとも思えないのが本音なんだよね。
デザートのタイミングで戻ってきた塁君は、なんとベスティアリ国王と一緒で、国王陛下の顔色は嘘みたいに良くなって杖もついていなかった。




