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85.好きで好きで仕方ない

 ゲームのメインキャラでもなく、ヒロインがいるこの国でもない、よりによってマップ上でも見切れてるような国で、モブに転生した元日本人がいるかもしれない。


 前世でゲームをやり込んでた私だって、もしベステランのモブに転生してたら何が何だか分からなかったと思う。ここが『十字架の国のアリス~王国の光~』の世界だなんて、分からないまま生きていくだろう。


 海外のことを学ぶ機会があれば、我が国は大国だから学習内容に入ってくる筈。そこで初めて『あれ?』ってピンとくるかも?ってレベルだ。


 地図上の地名、王族の名前、王都にある大神殿に気付きさえすれば。


 そして噂くらい伝わっているであろう聖女アリスの存在が、その元日本人の耳に届きさえすれば。



 あ、だから招待状をくれたのかも。ひょっとして研修旅行誘致だけが目的じゃなく、何か意図したものがあるのかもしれない。シナリオと変わった私達に気付いて、接触しようとしている可能性があるのかな。だけどこの国に王室として招待状を出せるなんて、その国の王族本人か、かなり高位の役職者じゃないと無理だよね。


「えみり、難しい顔しとるな」

「招待状を出せる立場の人が転生者なのかと思って」

「せやけどベスティアリの王族に日本名もじったような名前はおらへんのや。誰か知らんけど俺達が行けば接触してくるかもわからんな。まぁ滅多なことは無いやろうけど、あのメンバーがおるのは心強いと言えば心強い」

「そうだね! たくさんの目で見れば良いところも気を付けるべきところもたくさん見つかるし、何かあってもあのメンバーなら大丈夫だよ!」

「二人の時間も大事にしよな」

「勿論。今日の放課後から塁君が忙しくなる分、連休にたくさん一緒に居れるの嬉しいよ」

「……え、えみり! 俺も嬉しい!!」


 照れながら食後の紅茶を水筒からカップに注いでいたら、正面から塁君が熱のこもった眼差しでジッと見ている。あんまり見られると緊張して手が震えそうになるからやめて欲しい。


「あー可愛い……あー好きや……あーポケット入れて連れて行きたい」 


 ポ、ポケット入れるって、わ、わわ私を!? 塁君なら小型化させる魔法とか余裕で使えそうでちょっと怖い。


「今日初回の講義でしょ。お城で塁君の好きなもの作って待ってるね」


 ポケットは勘弁と思い留守番を強調してみると、塁君が目を見開き、一気にその美しい顔がピンクに染まった。


「……ヤバい! 今の台詞、新妻みたいやんか!!」

「え、いや、あれ?」


 そう言われたらそうなのかな。ポケット回避のためだったのに何だか恥ずかしくなってきた。


「たまらん……えみり飯待ってんなら転移魔法使て秒で帰ってきたる」

「転移魔法使えるの!?」


 術式も魔法陣もかなり複雑で魔力も相当使うという転移魔法。私はまだ一度も見たことが無い。だけど『これこそファンタジー!』って感じで小さい頃からずっと憧れていた。領地と王都を行き来する馬車に揺られながら『転移魔法使えたらな』って何度思ったか分からない。


「俺もヴィンスも使えるで。ベスティアリ行く時も転移魔法や」

「わ、私にも遂に転移しちゃうチャンスが……!」

「めっちゃ遠いからな。魔術師団が大型の魔法陣組んでくれてん。馬車も護衛も全部一気に転移出来る規模や」

「わぁー! 夢みたい!」

「エレベーターみたいな浮遊感はあるで」

「全然平気!」


 だけど塁君が転移魔法を使えるなら、登下校もうちの領地にも何で馬車を使ってるんだろう。そんなに魔力消費するのかな。難易度高そうだもんね。だったら今日も普通に馬車で帰ってきてくれてもいいのにな。ちゃんと待ってるのに。


「誰にも邪魔されずえみりと二人きりやから馬車も好きなんやけど、一人で行き来すんなら転移魔法やな。移動時間短縮した分えみりと一緒の時間増えるやんか」


 相変わらずの無自覚口説き文句に未だに胸がギュッとなる。大好きな相手にこんなことを言われて嬉しくない女の子はいないだろう。


「去年アリスが初めてえみりん家来た時は、ローランドに『令嬢の元にいきなり転移魔法で行くのは失礼だからお止め下さい』とか言われてもうて、しゃあないから馬で行ってん。あん時は遅なってもうてかんにんな」

「ううん、すぐだったし、来てくれて嬉しかった」

「あーー!! えみり可愛いッ!!」


 またムギュウと抱き締めて頭にスリスリ頬ずりを始めたけれど、私だって塁君に頬ずりしてみたい。してみたことは一度も無いけど、胸がキュンとする度に抱きついたり頬ずりしてみたくなる。いつか覚悟を決めてトライしてみたい。


「えみりとえみり飯が待っとるなんて……はぁ、張り切って働いてくるわ。こんな幸せ、そう無いで」


 大好きな人をご飯を作って待つ幸せだって、そう無いんだよ、塁君。


「晩御飯何食べたい? 何でも作るよ」

「スープカレーがええなぁ」


 さっきアップルビーの名前が出てきたせいでカレー脳になったのかな? 分かる。カレーには思い出しただけで食べたくなるっていう魅了の魔法がかかってるよね。


「よぉし! チキンレッグ大きいの丸ごと入れるね! ホロッホロに煮込む!」

「うおぉ、最高や!」

「お野菜もたっくさん入れる!」

「えみり菜園のやな。楽しみやなぁ」

「辛さはどうする?」

「辛口で!」

「どれくらいの?」

「え、怖。普通の辛口で……三番、四番くらい? (かける)(すばる)と食いに行った時は辛さは番号やったけど……」

「涅槃か極楽ね。天空、虚空じゃないのね」

「基準、怖……激辛やないレベルで頼むわ……」


 スープカレーは多少辛い方が美味しいからね。うんうん、分かってるよ塁君。でも辛すぎたら困るからラッシーも作ってあげよう。


 私達は放課後すぐにお城に戻り、それぞれの持ち場に向かう準備をした。塁君はキッチンまで私を送り届けると、ギュッと抱き締めておでこにキスをしてくれた。


「ほな行ってくるな。未来の俺の奥さん」


 また私はその言葉に悶絶してしまい、早くチキンを煮込みたいのにしばらくポンコツ化して使い物にならなかった。





 ◇◇◇





 ターメリックライスも、ラッシーの準備も出来た。チキンもいい感じにホロホロだし、ゴロゴロ野菜もしっかり柔らかくなって、素揚げ用野菜も準備OK。あとは塁君を待つだけ、というところで突然塁君がキッチン内に現れた。それはもうワープのようにヒュンッと。


「ぅわっ!?」

「ただいま!」

「お、おか、おか、おかえり……!」

「ビックリした?」

「めちゃくちゃビックリした……!」

「やっぱそうかぁ。ローランドが止めとき言うだけの理由があるんやな」


 塁君はキッチン中に広がるカレーの香りを吸い込むべく深呼吸しだした。


「むっちゃええ匂いやー!」

「すぐ出せるよ。食べる?」

「食べる!!!!!!」


 相変わらず元気いっぱいに返事をした塁君は、丁寧に手を洗った後テーブルについた。


「はい! 塁君スペシャルチキンスープカレーレベル極楽!」

「うぉぉおお!! チキンでかっ!! 野菜ゴロッゴロ入っとる!! いただきますー!!」


 炒めバジルがたっぷり入ったスープカレー。カイエンペッパーの量は気を付けたけど、辛さは大丈夫かな。


「旨いー! じわじわ辛いけど丁度ええ!! うわめっちゃ旨い!! チキンもスプーンでほぐれるやん!! 何やこれー!! あー辛いの来たー!!」


 塁君がマリンブルーの瞳をキラキラと輝かせて、大きな口でパクパク食べている光景を見ていると、何とも言えない幸福感が私を満たしていく。


 前世でもバイトでお客さんに喜んでもらえた時、お料理出来て良かったなぁと思ったけれど、今はあの時以上にしみじみとそう思っている。


 好きな人の体が、細胞が、私の作った料理で出来ていると思うと胸いっぱいに愛しさが溢れてくる。


「ラッシーも旨ぁー! もう大満足でめちゃめちゃ幸せや! えみり、おおきにありがとう!!」


 塁君は右手にスプーン、左手にラッシーのグラスを持ったまま、全開の笑顔で私にお礼を言ってきた。


 もの凄くもの凄くその笑顔が可愛過ぎて、思わずピキーンと固まるくらいときめいてしまった。なんだこの破壊力のある100点満点の可愛さは……! 胸がギュンギュンに締め付けられて息苦しい。


 もうこれは、好きで好きで仕方ないと認めざるを得ない。


「塁君、顔の目玉、一個減らしてあげるからね」

「何のことやねん……」


 ベスティアリで寝坊しても、愛に免じて落書きの目玉を一個減らしてあげるという宣言だったんだけど、あまりヒントはあげられない。何故なら勝負は勝負だから。



 そしてあっという間に連休はやって来た。






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