84.シナリオが変わってる
ユニコーン? って一角獣だよね、あの伝説の生き物の。
『十字架の国のアリス~王国の光~』には魔法は存在するものの、幻獣や魔獣は出てこない。この世界に転生してもうすぐ十七年、そんな生き物が実在してるという話は聞いたことも無い。この世界でもそれは物語の中の生き物なのだ。
「ベスティアリから招待状が来てるんだ」
塁君は頬ずりしてグシャグシャになった私の髪を整えながら説明してくれた。意外にもリリー並みに上手い。
「この魔法学園は二学年で研修旅行に行く。毎年違う国に行くんだが、今年は是非ベスティアリにとあちらの王室から申し出があった。それでまずは視察も兼ねて観光にと、二日前に招待状が届いたんだ」
「去年クリスティアン殿下も何方かに行かれてたの?」
「いや、兄さんは第一王子だから泊まりの行事には参加しない。それに去年はセリーナの件があったから、余計に国を出るわけにはいかないと判断して残ってくれたんだ」
「申し訳ない……」
「その分新婚旅行は豪勢に行くから大丈夫だ」
「わぁ、いいねぇ!」
「先に俺達だけどな」
「うっ、そうだった……重ね重ね申し訳ない……」
クリスティアン殿下は研修旅行にも行けないのに、新婚旅行まで年下の私達が先に行くのはめちゃくちゃ気が引ける。魔法学園には前世みたいに体育祭とか文化祭のような学生らしいイベントも無いから、研修旅行なんて貴重な学園行事だろうに。第一王子って大変だなぁ……。
「研修旅行とはその名の通り研修に行く。遊びに行くわけじゃないぞ」
「え……枕投げとか怪談話とか恋バナとかキャンプファイヤーとか無いの?」
「自由行動は一日だけあるが、部屋は各自個室だから枕投げも怪談話も恋バナもキャンプファイヤーも無いな」
「そ、そうなんだ……でも観光は出来るよね!」
「事前に魔法に関する研究テーマを提出して、それに沿っている場所なら自由行動の日に行ける」
「ほんとに思いっきり研修なんだね……」
「エミリー、ガックリし過ぎ」
「だって修学旅行といえば、友達と大部屋ではしゃいで怒られたり、寝過ごしたら顔に落書きされたり、大浴場でキャッキャやったりするものでしょ」
「俺も前世ではそうだったが、ここではそういうのは期待できないな……」
一年の時は校外学習で魔術師団の見学に行ったくらいで日帰りだった。それに比べれば研修旅行はまだ国外だし、宿泊出来るし、喜ぶべきなのかもしれない。だって海外旅行だもんね! せっかくだし、なんとか楽しみを作れないかな。
運良くユニコーンがいる国だって言うし、魔法に何とか絡めて研究テーマにして、自由行動の日に見学に行けたらだいぶ楽しくなるかもしれない。まぁ運良く見れればだけど。そう簡単にユニコーンほどの伝説の幻獣を見れないのは分かってる。だってシマエナガでさえ、そう簡単には見れないんだから。
「ユニコーンってどれくらいの確率で遭遇出来るんだろ」
「飼い慣らされているらしい。行けば必ず見れると聞いている」
「え、必ず? 野生じゃないんだ!」
「まず視察を兼ねて連休に旅行に行って見てみよう。それでうちの生徒達も楽しめそうなら研修旅行先に推してもいいかもしれないな」
「うん! せっかくの研修旅行だから楽しみもあったらいいよね!」
てっきり森の奥深くか何処かに住んでいて、もの凄く運が良ければ遠くに見えますよみたいなシマフクロウレベルかと思っていたのに、行けば必ず見れるなんて! それは観光客も来るよ! ユニコーンをこの目で直に見れる日が来るなんてすごい! さすが異世界!
「枕投げも怪談話も恋バナも俺と二人でしよう。エミリーが寝坊したら俺が顔に落書きもしてやる」
「うん、負けないから!」
絶対塁君より早起きして瞼に目を描いてやる。早起きは前世から得意だから、もう私の勝ちは確定です。どうせなら額にも頬にも目を描いてラスボス風にしてあげよう。あ、前髪も三つ編みとかにしちゃおうかな。それともクルッと巻いちゃう?
考えれば考えるほどワクワクしてくる。
「盛り上がってるところ申し訳ありませんが、その視察、我々も同行致しますので」
ローランドが遠慮がちに割って入ってきた。
「我々って他に誰だ」
塁君が振り返ると、ヴィンセントとブラッドも集まってきた。
「このメンバーですね」
「どうも~」
「護衛兼、研修旅行での安全確認に行きます」
いつものメンバーだけど、確かに研修旅行に行くなら事前に安全確認とか宿泊施設のチェックとか魔法に関連する場所の調査とか色々と必要だよね。それならやっぱりこのメンバーが最適かもしれない。
ローランドはいつも冷静に全体の状況を把握してくれるし、ブラッドは街全体の安全確認や非常時の経路を確認してくれるだろうし、ヴィンセントも何処に魔法が仕掛けられているかチェックしてくれるだろう。騎士団や侍従が付き添っても、隅々まで抜かりなくチェックするのは塁君一人じゃ大変だもんね。
そこで私の頭に『婚約者達は行かないのかな』という考えがよぎった。女子が増えると買い物とかスイーツ巡りも楽しそう! でもお仕事みたいなものだから、今回は男性陣だけなのかな。一緒なら楽しいのに。
そう思っていたら。
「私達もご一緒させて頂きます」
レジーナ、アメリア、フローラも遠慮がちに寄ってきた。やったぁ!
「お邪魔はしませんわ」
「どうぞルイ殿下とエミリーはお二人でお好きなように行動なさって下さい」
既に気を遣われているけど、女の子とも遊びたい!
「ううん、皆ともお出かけ出来たら嬉しいです! 一緒にお土産を買いに行ったりスイーツを食べに行ったりしましょう!」
「いいのですか?」
「ルイ殿下に申し訳なくて……」
「普段お忙しいルイ殿下がやっとエミリーとゆっくり過ごせるというのに、何だか気が引けますわ」
女性陣が塁君に恐る恐る視線を移す。私もハッとしながら塁君を見た。拗ねてるかな? と思いながら。
「買い物も食事も俺達が一緒なら構わない。店の中でなら多少離れてもいいが、基本は女性だけでの行動はしないようにしてくれ。初めて行く国で何があるか分からないからな」
塁君は意外や意外あっさりと許可してくれて、私達女性陣は手を取り合ってキャッキャと喜び合った。
晴れて私達チーム悪役令嬢は連れ立ってベスティアリ王国に行くことになった。
◇◇◇
昼休みに一緒に昼食を取りながら塁君に真意を聞いてみた。
「皆一緒でもOKしてくれてありがとう」
「まぁ、しゃあない」
「嫌がるかと思ったよ」
「ほんまは嫌やで。二人がええもん。せやけど気になることがあるんや」
「?」
「ゲームのマップでは見切れとるとはいえベステランやった国が、去年ベスティアリに名を変えて、この世界におらへんかったユニコーンが現れてん。メインシナリオやない部分でシナリオが変わっとるいうことや」
「……そう言われたら気になるね」
自分達の身の回りでシナリオが変わったことは度々あった。攻略対象者と婚約者との関係。ヒロインの恋の相手と聖女としての身の振り方。セリーナが奪い取ったあらゆるイベント。その全てに共通点がある。
「ベスティアリに誰か元日本人がおるのかもわからへんな」
共通点。シナリオが変わる時、その全てに転生者が関わってきたということ。塁君の言葉で私も確信した。ベスティアリにも転生者がいると。




