83.二学年の幕開け
桜の季節。今日は新一年生が入学してくる日。
そして、私達の二学年幕開けの日。
「わぁー! 桜が満開、入学式日和だねぇ!」
「綺麗やなぁ」
私と塁君が物置に隠れてアリスの動向を伺ったのが、もう一年も前だなんて。
あの時は不安もいっぱいだったけれど、一年経った今は皆収まるところに収まった感じで不安は何も無い。
色々なことがギュッと詰まった濃い一年だっただけに、今のこの平穏に心から感謝する。馬車の窓からこの綺麗な桜とあどけない新入生を見ていると、それを何より実感する。
「えみり、ネクタイ交換しよ」
「うん。二年生のネクタイの色、かっこいいよね!」
馬車の中で私達は今年もネクタイを交換する。
魔法学園のネクタイは縦一本のラインが特徴だ。一年生男子は白地に水色のラインで女子が白地にピンク。二年生は男子がブルー地にシルバーラインで女子が薔薇色にシルバー。三年になると男子が紺地にゴールドラインで女子がえんじ色にゴールドになる。
ネクタイの交換は恋人同士の証明のようなものだけど、結構女子のネクタイの色が可愛いので男子がすると若干目立つ。
だけど一年の時はローランドも塁君も平気で白地にピンクラインのネクタイをしていた。二人とも何をしても似合うから特に違和感は無かったけど、今年は布地の色自体も違うのでだいぶ目立っている。
「塁君、薔薇色目立つね」
「ええねん。俺はえみりのもんやーって大々的に目立たしていくねん。えみりも俺のもんやって付けて歩いてな。新入生とかでえみりのこと『可愛い声かけてみよ』とか思う男がいたら生かしとけへん」
「心配ご無用だよ」
ネクタイをしなくても何故か国中に『ルイ殿下はエミリー嬢を溺愛中』だともの凄く広まっているらしいから、私に声をかけてくるような命知らずはいないと思う。
そもそも私に興味を持ってくれる男の子なんて塁君だけだし、私の喪女ぶりと言ったらそれはもうプロなんだから。
「エミリー、手を」
「ありがとう」
学園に着き貴族棟へ入るけれど、行く階は一つ上の二学年用の階になる。ちなみにクリスティアン殿下は三学年なので最上階にいらっしゃる。
私達は特別クラスなのでクラス替えも無く、座席も隣のままだった。学園側が塁君に配慮しているのか、いつも私達だけ席替えが無くて何だか申し訳なくなってしまうけれど、学園でずっと側に居られるのは去年以上にとっても嬉しい。
何故かというと、この春から塁君が新設した『王立医学院』も今日から始まりで、塁君は放課後そこで数時間講義をするのだ。
ローランドとヴィンセントも教える側らしいけど、塁君が圧倒的に多くの講義を受け持つようで、今年度からとても忙しくなる。
となると、今までみたいに二人の時間が無くなるというわけで。
「エミリー、今月末に連休があるだろう?」
「うん」
まさか講義があるのかな? 確かに医学院とは言っても塁君達は昼間は学園があるから、講義は夕方から数時間で週に三日なのだ。それじゃあコマ数が足りなくて連休は朝からびっしり講義だなんて言うのかな。
先回りして色々と想像した私は、あからさまに悲しそうな顔をしてしまったらしい。
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
「だ、大丈夫大丈夫! 平気! 元気!」
急いで笑って誤魔化して、大して無い力こぶを見せたりした。
「連休は俺とずっと一緒に過ごそう」
「え」
「旅行に行こう」
「え、い、いいの!?」
「ふふ、嬉しそうな顔に変わった」
「嬉しい! すごい嬉しい! わぁ、楽しみだなぁ」
「さっき何で悲しそうだったんだ?」
「あ、あのね、講義でずっと朝から一日中いないのかなって」
「まさか。生徒達はアリスみたいに昼間は学園があるか、イーサンみたいに仕事があるかだから、連休くらい休ませてやる。それに、俺がそんなのもたない。絶対にごめんだ」
「そうだよね、塁君一番忙しいもん。体がもたないよね」
学園と医学院だけじゃなく、塁君には王子としての執務や訓練もある。何でも出来るものだから日々その内容も高度になっていて、塁君が一日にこなす仕事は予想以上に多いのだ。
「そうじゃなくて、一日中エミリーと離れてなんていられない」
塁君はそう言って私の手をキュッと握り、真剣な眼差しでジッと見つめてきた。
うっ、いつまで経ってもこの美しいご尊顔を真っ直ぐに向けられると息を呑んでしまう。マリンブルーの瞳の奥に思わず吸い込まれそうになってしまうのだ。
「エミリーも俺と離れたくなくて悲しかったんだな? よし、旅行ではずっと一緒にいような」
「…………」
「エミリー?」
「は! う、うん!!」
思わず見惚れて返事が遅くなってしまった私が、慌てて頭を赤べこのようにガクガク縦に振ると、塁君は美しい顔をクシャッと綻ばせて破顔した。
「ははっ、舌を噛むなよ」
「噛まない! 大丈夫! すごいすごい楽しみ!」
「元気出てきたな」
だって一緒に旅行だなんて思ったら、体中から元気が漲ってくるんだよ! たとえ放課後一緒に過ごせなくても、妃教育が厳しくても、頑張っていればその先に旅行というスーパーなご褒美があるんだ! 何だってやれる! やってやる! そんな気持ちです!
「何処に行くの?」
「ベスティアリ王国」
「ど、ど、何処……」
「だよな。そうなるよな」
ゲームではアリスが神殿に所属して奉仕活動をしつつ、マップ上で王国中を網羅していく。国境沿いの町では隣国から入ってきた流行り病を治癒したり、北の町では災害で怪我をした人々を治癒したり、南の町では日照り続きで枯れてしまった作物を生き返らせたりする。そのマップ上に薄い文字で他国の名前が載っていたのは確かに記憶にある。
だけどベスティアリという国名はどうしても思い出せない。地理の授業で出てきた覚えもない。何でだろ?
「マップの端の見切れてるところにあったんだ。アップルビー国の左上に旧国名で」
アップルビーは何となく覚えている。林檎に蜜蜂のイメージでお菓子とかカレーとか思い出しちゃう名前だなって思ったんだ。
「観光立国であるベスティアリは小国なうえ、国名が昨年変わったんだ。かつてはベステラン王国という名だった」
「ベステラン! うっすら覚えてる!」
最初ベテランって読み間違えたんだよね。でも記憶にはそれだけ。本当にマップの端っこもいいところにあったから。
「ここしばらく観光業が落ち込み、経済的に低迷し非常に困窮していた。だが昨年から観光客が一気に戻り人気旅行先ベスト3に返り咲いたんだ」
「すごい! 起死回生の何かがあるんだ!」
「そう、何だと思う?」
うーん、何だろう。観光で行きたいならグルメ? 何か名物料理でも考えたのかな? それともレジャー施設とか出来た? あとはスポーツとか? 綺麗な海とか? 何だろう。
「5、4、3、2……」
「は、はいっ! ピンポン! B級グルメ総選挙!!」
「やってたら絶対行きたいけど残念ッ!」
「ちぇ」
「かわいっ!」
塁君は光速で席を立ち、隣の席の私をムギュウと抱き締め頭に頬ずりしてきた。クラスメイト皆が見てるけど、もはや去年一年で見慣れたのか、いつものことだと微笑ましい見守りの視線を感じる。
「カウントダウンで焦った顔も可愛いし、ピンポンで手を頭の上でパーにするのも可愛いし、ハズレて『ちぇ』も可愛いし、そもそもB級グルメ総選挙って答えも可愛い。可愛いが大渋滞だ。もう俺はどうしたらいい?」
「正解を教えてくれればいい」
「……そうだった。正解はユニコーンだ」
その正解は私がいくら考えても到底出てくることは無い答えだった。




