82.私達の遺伝子
「「じ、次代…………え?」」
私達が顔を見合わせた次の瞬間、同時にボッとお互いの顔に全血液が大集合してきた。
もうこれは足の方に血液が足りなくなっちゃうんじゃないのかな。心臓は送り出す場所間違えてるんじゃないのかな。
それくらい、とにかく顔が熱い。
『次代に残すべき』って赤ちゃんってことだよね!?
レオめ、少年の顔をして何を言い出すんだ!
気まずい雰囲気の中、塁君が空気を変えるべく話題を提供してきてくれた。
「え、えーっと、今夜はこの世界のスーパームーンみたいなもんで、夜だけ不思議な力が働くんやて」
「そ、そ、そうなんだ。初めて知った」
「お、俺らが生まれてからは初めてらしいで」
「へ、へぇ、不思議な力って何だろ」
「な、亡くなった人に会えたり、未来の夢が見れたり、ま、まぁ色々やな。個人差があんねんて」
「「は、は、ははは……」」
もの凄く意識し合ってぎこちない笑いを交わし、私達は無言で真っ直ぐ前を見ながら紅茶を飲んだ。
戻ってきたアリスに『なんか変だけどどうしたの?』と言われたけれど、レオが『アリスさん、来年の薔薇はこの色にしませんか』と言った途端飛んで行ったので助かった。
「え、えみり。ヴィンスがそこにおる。こんなんあいつにバレたら茶化し倒してくんで。あかん、ちょっと俺はあっちで頭冷やしてくる」
「わ、わかったよ!」
塁君は平静を装って隣の薔薇園に向かったけれど、門に頭をぶつけたり足をぶつけたりして『痛ッ!』と言った途端、結局ヴィンセントに見つかって揶揄われていた。
レオのせいで今の塁君は著しくIQが低下している。
そしてその夜、眠る前にバルコニーから見た満月は驚くほど大きく、ほんのりとオパールのような七色に輝いていた。
前世の月と一緒でこの世界の月も満ち欠けする。だけど満月の時だけはいつもうっすら淡い色が付いていて、それはそれは美しい。
今日は十六年生きてきて初めて見る七色で、確かに魔力を帯びているのが分かる程だ。
「えみり、起きてんの?」
隣の部屋のバルコニーから塁君が顔を出した。
「塁君も起きてたんだ。月が見たくてさ」
「俺もや。やっぱり今夜はすごい魔力やな」
「ね。何が起こるのかな。楽しみだね!」
「えみりと『体が入れ替わってるー』みたいなんもおもろそうやな」
「わぁ! 187㎝の目線で世界が見れるんだ!」
「そんなんいつでも持ち上げたるで」
「それに関西弁の使い手になれるね!」
「俺は北海道弁の使い手になれんねんな」
二人で笑ってバルコニー越しに手を繋いだ。
「えみり、好きやで」
「私も塁君大好きだよ」
「月の魔力で日本の家族に会えたらええな」
「うん。そしたら『異世界で婚約して幸せです!』って報告するね!」
「俺もえみりの親御さんに『絶対幸せにします!』って言お」
そうして私達はバルコニーから身を乗り出しておやすみのキスを交わし、それぞれの寝室に戻ってベッドに入った。
その夜、私達は期待通り、七色の月の力で不思議な夢を見ることになった。
◇◇◇
ブロンドの短髪を揺らしてとびきり可愛い男の子が私に向かって走ってくる。
その瞳は塁君と同じマリンブルー。
『母上ー!』
『ジーン、走ったら危ないよ!』
ジーンと呼ばれたその子はまだ三歳くらいで、右手に絵筆、左手に小さなバケツを持っている。
『蛙ちゃんの絵描けた?』
『あかんねん。黙っとってくれへんねん。ピョンピョン跳んで行ってまう』
まだ舌足らずな幼い声と話し方がとても可愛らしい。
『じゃあカブトムシ君にしたら?』
『せやな。ほなまた行ってくるわ』
『あ、ジーン、ここに絵の具付いてる』
その子の腰の辺りに緑色の絵の具が一直線に付いていた。
『あー、描かさってもうたー!』
『すぐ取ってあげるね』
ん? 描かさる?
『なんか目ぇいずいねん』
『ちょしたらダメだよ』
『いずい思てちょしたらめばちこ出来てもうた』
『あらら、アリスに治してもらいに行くかい』
『したっけ母上、僕とお手て繋いで行こか』
いずい。ちょす。めばちこ。したっけ。
ま、混ざってる…………
◇◇◇
マリンブルーの瞳を輝かしてとびきり可愛い男の子が俺に向かって走ってくる。
その髪はえみりと同じ綺麗なブロンド。
『父上ー!』
『ジーン、走ったら危ないで!』
ジーンと呼ばれたその子はまだ三歳くらいで、両手に豚まんを持っとる。
『両手塞がっとんのにコケたら痛いで』
『僕なぁ、お腹空いてもたから、僕と父上の分おやつもろてきてん』
まだ舌足らずな幼い声と話し方がめっちゃ可愛らしい。
『母上の豚まんがある時ー!』
『あはははは』
『ない時ー! ひゅぅー!』
可愛らしなぁ。一人で小こい頭を項垂れて演技しとるわ。
『あ、父上の方が大きい。僕のとばくりっこしてー!』
『ええよ』
ん? ばくりっこ?
『父上、ちゃんとおっちゃんこして食べな母上に叱られんで』
『それはあかんな。あっちの椅子に座ろか』
『下に付いとる紙、温室行きしな僕投げてくんで』
『投げたらあかん。俺がほかしとく』
『父上、投げるもほかすも捨てるて意味やで』
おっちゃんこ。行きしな。投げる。ほかす。
ま、混ざっとる…………
◇◇◇
次の日の朝、朝食に降りるとクリスティアン殿下がニコニコで話しかけてきた。
「昨日はとてもいい夢を見たよ。ルイとエミリーの息子が出てきてね」
私達は二人ともビクゥッと固まり、無言で聞いていた。
「エミリーと同じ金色の髪に、ルイと同じマリンブルーの瞳でね、とても無邪気で天使のように可愛らしいんだ。父上がたいそう可愛がっておられて、膝の上に乗せて王族の心得を教えているんだけどね」
自分が見た夢とあまりに符合する点が多く、驚いて聞いていると、隣の塁君も神妙な顔で聞いている。
まさか月の力で予知夢を見たのかな。すごい。ドキドキしてきた。あんな可愛い子を授かるの? わぁ、どうしよう嬉しい! 後で塁君にも聞いてもらおう!
「父上が『ジーン、世の中には二通りの人間がいる』って話し出すんだ」
ジーン、名前まで同じだ……!
「そうしたらその子は『はい! 知っています! ボケとツッコミですね!』って答えるんだよ」
柔らかく目を細めるクリスティアン殿下の横で、私と塁君は朝食のジュースを同時に噴き出した。
「二人とも大丈夫?」
「し、失礼致しました……」
「だ、大丈夫……」
「ボケとツッコミって何のことだろうね?」
勿論二通りの人間とは『持つ者と持たざる者』とか『上に立つ者とそうじゃない者』とかそういう話だろう。その話といい、私が見た夢といい、ジーン君は大阪要素が若干強そうだ。
「本当に可愛かったから今から楽しみだなぁ。あ、ルイ、結婚は僕より先にしてもいいからね」
「いいのか!?」
「勿論だよ。婚約だってルイの方が早かったんだからね。遠慮しないで」
「遠慮なんてしない! ありがとう兄さん!」
「父上と母上も快諾してくれたからね」
当然のように第一王子のクリスティアン殿下が先にご成婚するのだと思っていた。塁君はいつも最速でするって意気込んでいたけれど、実際は難しいんじゃないのかなって。
あと数ヵ月で私達は二年生になる。この一年は長いようで短くて、きっと卒業までの二年もあっという間なのだろう。
そして最大の目標・シナリオ脱出は卒業パーティーの日が作戦最終日だ。卒業パーティーで断罪されず、二人でダンスを踊れたら、その時こそ作戦完了。作戦完了してこその結婚だ。
昨日の夢が現実になるというのなら、私達は無事シナリオ脱出して作戦成功させるってことだよね!
私とクリスティアン殿下だけが偶然同じ夢を見たのだとしても、名前まで一緒なんて偶然にも程がある。もう奇跡的!
予知夢ならいいな。ジーン君にいつか会えるかな。会いたいな。
登校する馬車の中で、塁君も昨日見た夢を教えてくれた。塁君までまさかのジーン君の夢。
現実になる可能性が益々高まって、私はもう興奮が抑えられない。
「ジーンて多分geneで遺伝子からとったんやと思う。俺が付けそうな名前や。えらい可愛らしくて、めっちゃ北海道弁と関西弁のハイブリッドやった」
「や、やっぱり? 私の夢でもそうだった!」
「天才かもしれへんな……」
「だよね? トリリンガルだよね!」
「シナリオ脱出成功のうえ最高の人生や!」
二人で両手を合わせてキャッキャアハハと興奮してたら学園に着いて馬車の扉が開く。
久々に高速で駆けつけるヒロイン・アリスの姿。
「エ、エミリーちゃん! 昨日すごい夢を見たんだけど! 二人の息子のジーン君が出てきて『めばちこ治してくれへん?』って頼みにくるの! 私ってばお医者さんとしてお城で働いてるんだよ!」
「わぁ、そうなんだね!」
「それでねそれでね! ここからが大事なの! 成長したかっこいいレオが王城の薔薇園の専属庭師として働いてて、仕事が終わったら二人で手を繋いで同じ家に帰るの!! 私達夫婦になってるのー!! きゃぁああー!!!」
「うるさいぞ」
「ルイ殿下いたの」
「お前、医学部で俺が教師だって忘れてるな」
「そうでした……すみません、厳しくしないで下さい……」
特別クラスに着くと、今度は皆に囲まれて、やっぱり話題はジーン君のことだった。なんと攻略対象者達も全員ジーン君の夢を見ていた。
「俺が剣の稽古をつけてあげたらあっという間に出来るようになって、『母上をこの世の全部から守ってあげるんだ!』って仰っていました」
「俺が魔法を教えていたら新しい魔法をどんどん編み出していって、『僕が考えた魔法陣で、母上と異世界の祖父母を会わせてあげるんだ』って可愛いお顔をにっこりさせて言ってましたよ」
「私の隣で紙に何か書いているからお絵描きしてるのかと思ったら、次々と塩基配列を書いていたんです。『これ母上の塩基配列。塩基一個一個も大好き』って仰っていて」
三人は満面の笑みで私達を見ている。
恐らく全員がそれが将来本当に起こる出来事だと確信している。
「「「ジーン殿下はエミリー嬢のことが大好きなようですね」」」
その言葉に塁君は私をチラッと見てから、胸を張って自信満々で皆に答えた。
「間違いなくそれは俺の遺伝子だな」
もう無表情・無感情王子なんて何処にもいない。宝石のようなマリンブルーの綺麗な瞳を輝かせて、銀色の髪をキラキラと揺らし、形の良い唇を弧にして微笑む。
史上最強のヴィジュアルと頭脳を持つ王子様の遺伝子は、次代に繋がっていくことになりそうだ。
なんと、モブだった私と、まだ見ぬジーン君とね。
これにて第一章『遺伝子疾患・偽聖女編』完結です。
読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
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感謝感激です!
近日中に第二章『幻獣の国・クローン編』を始めたいと思います。
今度は遺伝子工学で幻獣を作り出そうとする国と塁達とのお話になります。
また読んで頂けましたら幸いです!




