8.訛りとは
「俺の従兄弟が札幌におんねんけどな。小こい頃はよう遊びに行ってん。そん時の従兄弟らの訛りと同じや」
「な、訛り……」
「自覚あらへんのも同じやな」
ルイ殿下はあははと笑っているけれど、本当に訛っているつもりはない。大学入学と同時に上京して二年、かなり気を付けていたし、基本的に標準語とほとんど一緒の筈だと私は信じていた。
「押ささる、言うんやんな」
それか!
「もしかして、押ささるって北海道弁なの……」
「せやで」
知らなかった。
「じゃあ何て言うの」
「押してもうた、やろ」
「標準語で」
「押してしまった、とかちゃうの」
「それだとわざとみたいでしょ。押ささる、は故意じゃないってことだから」
「わざとなんて思わへんよ。状況で分かるやんか」
あ~~~~、こんな便利な言い回しが北海道にしか無いなんて。
ペンが書けないときは『書かさらない』、思いがけず連写した時に『撮らさった』。自分の能力には関係なく不可抗力という大前提がそこにある。
「他にもちょいちょい北海道弁出とったけど無意識やんな?」
「……私ずっと標準語で話してたけど?」
ルイ殿下はプハッと吹き出して破顔した。
「マジで? あれで? めっちゃ可愛いな自分!」
馬鹿にされてるのかもしれないけど、その弾ける笑顔と可愛いという言葉にキュンとしてしまう私がいる。
「え、ええと! これを出そうと思ってたんだ」
恥ずかしいから話題を変えよう。さっき棚から出そうとしていた包みをルイ殿下の前に置いた。
包みを開けるとフワッと磯の香りと香ばしい油の香り。
「ポテチや! のりしおや!!」
瞳がキラキラしている。分かる分かる、ジャンクな食べ物、この世界にあんまりないからね!
「それ全部食べていいよ。持って帰ってもいいからね」
「えみりちゃん……天使やな」
ルイ殿下はパリッといい音をさせてポテトチップを口に入れる。
「んーー! これやーー!!」
パリパリと手が止まらない様子に私は思わず目を細めてしまう。ルイ殿下は何を食べてもCMのオファーが来そうなくらい絵になる。
「コーラ欲しいわー!」
「分かる」
前世ではバイト先の厨房スタッフと自作レシピの話をよくしていた。その中に自家製のクラフトコーラの話題があって、私も作ってみたことがある。
「前世では強炭酸水が売られてたから簡単に作れたけど、ここには無いもんね。原液は作れるけど炭酸水は私では無理」
「なんやて」
「……ん?」
「炭酸水あればいけんねや」
「う、うん」
「まかしとき! 伊達に魔法の自主練何年もしてへんで!」
そう言ってグラスの水に手をかざすと、一瞬手にもの凄い魔力を放出した。
次の瞬間には、グラスの中の水はシュワシュワと泡がはじけていた。
「何?? 何したの??」
「風魔法で水に圧力かけながら空気中の二酸化炭素だけ溶かしてん」
「な、何そのチート」
「他にも酸素だけ分離して炎魔法爆発させたり、逆に真空にして消火したり、色々出来るんやで」
私も実はずっとコーラが恋しかった。飲みたい。うずうずしてくる。
「じゃ、じゃあちょっとだけ待っててくれる?」
私はキッチンに小鍋を出して数種類のスパイスを水で煮込んだ。別の鍋で作ったカラメルを足してコーラのあの茶色に近付ける。氷魔法で冷やして出来上がりだ。
「出来た! これに強炭酸水入れたらコーラだよ!!」
「よっしゃ!」
ピッチャーに入れた水は一瞬で強炭酸水に変わり、私達は自家製コーラをポテチとともに堪能した。
「「プッハーーーッッ!!」」
定番コーラとは多少違うけれど、あの前世の日々がふっと蘇る。
「えみりちゃん、ほんまに今日はおおきにな」
「いや、なんもなんも! 喜んでもらえて嬉しいし!」
私は体の前で両手を振って言った。
「プッ。なんもなんもて。それも北海道弁や」
「えぇっ!」
ガガーン。普通に使ってた。
「わ、私大学入学で上京して二年間、なんもなんもって普通に使ってたよ……。押ささるも……」
「何があかんの?」
「だって田舎者だってなめられるんでしょう?」
「なめられてたん?」
「分かんない。友達はいたけど彼氏はいたことなくて、田舎くさかったからかな……。あはは……」
自分で言ってて凹んできた。こうなると片思いの相手に声をかけたりしなくて良かったのかもしれない。訛りを笑われたりしたらしばらく立ち直れない。
「俺は方言女子可愛いからええ思うよ。ところで彼氏おらへんかったんや」
「前世でも今世でもいない。へへ、喪女ってやつだよね?」
「今世やったら俺かておらへんで」
「そうだよね。いきなり婚約の世界だもんね」
「前世でも自分から好きになった子には声もかけられへんかってん」
意外だ。私には可愛いとか天使とか簡単に言うのに。気持ちが伴ってないからかな、と思うと胸がズキンと痛む。
「せやから今世ではええ思たらすぐに言うようにしてんねや。えみりちゃんにも可愛い言うてんのは本気やからな。婚約かて俺は好きな子としたい」
またそうやって、ルイ殿下はまっすぐな言葉で私を動揺させる。
私とルイ殿下はなんとなく照れくさくなってパリパリとポテトチップを食べ続けた。