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79.ゼイン②

 俺は言われた通り、貧民街中を回って助けが必要な孤児達を集めた。頼る大人がいない子供、親がいても守ってもらえない子供。そんなガキは大勢いた。


 あの真新しい清潔なベッドに入った瞬間、皆が『夢じゃないのかな、目が覚めたらまた道端にいるんじゃないのかな』と泣いた時、俺だってそう思うのに『夢じゃない。明日も明後日も目が覚めてもずっとここが俺達の居場所だ。今日からは安心して眠っていいんだ』と自分にも言い聞かせるようにそう言った。


 いくら仕事を探しても、貧民街出身というだけで雇ってもらえない大人だって大勢いる。その中でも真面目に働きそうな、信用出来る大人を見極めて声をかけた。孤児院には彼らのための部屋もちゃんと用意されていた。


『ゼイン、俺に声をかけてくれてありがとう! 一生懸命働くから!』

『これで子供に食べさせてあげられる……ぅぅっ。感謝します』


 彼らもその日からガキどもの世話を一生懸命やってくれた。すぐにでも金が必要だろうからと、最初は日払いで給金をくれたことも有難かった。


 そうして、俺達の孤児院は始まったんだ。


 ルイ殿下の言う通り、見るからに栄養が足りない孤児達には妙な飲み物から与えた。ただの飲み物なのに孤児達はみるみる血色が良くなって、一日毎に体調も整っていった。


 ルイ殿下からスッた銅貨のおかげでイーサンは他のガキより飲み食い出来てはいたが、その飲み物を飲み始めてからは見るからに肌も髪もツヤが増した。


 こいつは兄の欲目抜きで、見た目も品が良いし綺麗な顔をしてるから、きっと将来綺麗な嫁さんを貰って幸せに暮らすんだ。


 今まで見れなかったそんな将来の夢まで見れるようになった。何もかも、ルイ殿下のおかげで。




 一ヵ月経った頃、人身売買をしていたらしい孤児院は全て摘発され、王都の殆どの孤児達は安心できる場所を得た。それでもいつのまにか王都外から流れ着いた孤児達が貧民街には増えていく。


 その日も俺と同じ年齢位の孤児が、貧民街に施しを与えに来た神官に縋っているのを見た。妹が弱っているから助けて欲しいと。


 そんな兄妹がいるなら俺達の孤児院にと声をかけようと思ったら、ちょうど神官に『幼いうちに悪行に手を染めた者への神罰だ』と冷淡に振り払われるところだった。


 なんだこいつは、それが神に仕える者の言うことかよ。頭にきてちょっとビビらせてやろうと思ったら、ルイ殿下が現れて神官の手首を握った。


 その神官がルイ殿下まで振り払おうとしたから、俺は守らなきゃと必死で駆け出した。だがその瞬間、黒い服の男達が一斉に神官を取り囲み、その場は異様な空気に包まれた。


『幼いうちに悪行に手を染めなければいけなかったのは大人の責任だ。お前も含めてな。神の神罰があるなら子供じゃなくて大人に与えられなければいけない』


 そう言って神官を追い払い、その孤児を立たせると『あいつはゼインだ。妹と一緒にあいつに付いて行け。もう心配いらないから』と俺を指差した。


『ゼイン、神殿はあんな神官ばかりじゃない。大神官は慈愛の人だ。そう神殿を嫌いになるなよ』

『別にならねぇよ』


 俺がもっと目を光らせなければ。他所から流れ着いてきた孤児達も拾い上げなければ。そう決意を新たにしていると――――



『ゼインなら出来る。頼んだぞ』



 またしても生意気なことを言ってルイ殿下は俺の腰をパンパンと叩いた。まだ小さいから肩には手が届かないらしい。


『ぷっ』


 無表情・無感情だけどまだまだ小さい可愛いガキだ。思わず愛らしくなってしまって噴き出した俺に、短い脚で回し蹴りが飛んできた。


『全然痛くねぇ』

『お前、俺のこと可愛いとか思っただろ』

『しゃーないだろ。可愛いんだから』

『うるさい。そういうの求めてない』

『その辺のご令嬢より可愛い顔してんじゃね』

『うるさい。俺より可愛い子だっている』

『へえ?』

『あーうるさい! いいんだそういうのは!』


 こりゃ誰か好きな女がいるなと勘付いた俺は時々揶揄っていたんだが、そのうち暗い表情に拍車がかかってきたからそっとしておくことにした。失恋したのか? 第二王子ともあろう立場でこの見た目で? 不思議で仕方なかったが、まぁ恋愛ってのはそう上手くいかねぇかと思っていた。


 それなのにルイ殿下が十三歳を過ぎた頃だ。時々一人でニヤニヤしていてガキどもも俺も本気で目を疑った。そのうち婚約発表があって、『ああなるほど?』と。


 表面的には王都を仕切る犯罪組織のリーダー、裏の顔は諜報員とは異なる王家の裏組織のリーダーである俺は、ルイ殿下が魔法学園にご入学される前に秘密裏に呼び出された。久々に直々の命を下されると楽しみにしていたら、とんでもない話を聞かされた。


 この世界とルイ殿下の前世の話。エミリー様の話。そしてエミリー様の妹を捕らえるために協力してほしいという話。


 ルイ殿下と出会って十一年、何もかもが腑に落ちた。イーサンが死ぬ筈だったこと、神官に振り払われるのは俺だったこと、俺が神殿を憎むこと。


 何もかもが有り得たことだ。この子供らしくなかった不思議な王子は、俺達に起こる全ての不幸を回避してくれた。放っておいたって良かった筈だ。自分だってガキだったんだから。それなのに身銭まで切って、こんな場所に何度も足を運んで救って下さった。


 ルイ殿下が望まれるなら俺は何でもやり遂げる。そのセリーナって奴に殺されたって悔いは無い。しかしルイ殿下を取り巻く仲間達は皆優秀で、見事にセリーナを捕らえて魔塔に収監した。


 これで何もかもルイ殿下の望む通りになったのか?


 シナリオ脱出というものを成し遂げられたのだろうか。そうであることを願う。誰よりもお幸せになって頂きたいのだから。





「エミリー、そのキツネ色の三つの丸は……まさか!」

「じゃじゃーん! 峠の名物! 皆! せーの!」

「「「あげいもだよー!!」」」

「マジか!! 旨そうだ!!」

「皆の菜園でいっぱい獲れたからね、ちょっと一手間で出品しようと思って」

「これは売れる! 年間四十万本売れる! 俺も買う!」

「揚げ油は危ないから私が付くね。子供達には売り子さんをお願いしよう!」

「可愛い制服を用意させよう! エミリーの分もな!」

「えっ、エプロンでいいよ」

「甘い! 可愛い制服はロマンだ! 用意させてくれ!」



 ちょっと信じられねぇくらいの変わりぶりだが、年相応の表情になられた。やっぱり可愛く見えてしまう瞬間があるなんて言ったら、また回し蹴りが飛んでくるだろうか。今のルイ殿下なら思い切り俺の頭に届きそうだ。体術で負けるつもりはねぇけど、ただ何やらせても出来るから勝てもしねぇかもしれねぇな。


「エミリー様、この(ころも)はどれくらい作り置きしますか?」

「結構すぐになくなると思うから、こっちのボウルに二つ分くらい置いておこうか」

「畏まりました。揚げ油には僕も付きますね」

「イーサンありがとう! 助かる!」

「いえ、お礼を言うのはこちらです。子供達が楽しそうだし、今年は売り上げも伸びそうです」

「ちょっと待て。エミリーとイーサンがずっと二人で揚げる担当するのか?」

「そういうことになるかな」

「俺も手伝う」

「いやいやいや、王子が屋台で揚げ物とかダメでしょ!」

「侯爵令嬢で王子の婚約者がするなら俺だっていいと思う!」

「ルイ殿下、焼きもちですね」

「イーサン、笑うな。メイド服着させるぞ」

「めいどふく?」

「ちょっと待って。制服ってメイド服なの? 却下却下!」

「はい却下を却下!」


 立場を笠に着ることもなく、俺達とも対等に接して下さるルイ殿下。不敬かもしれないが、もう一人の弟のように大切で、唯一の主と心に決めている。今のイーサンの立派な体躯も、穏やかな性格も、何もかもこの場所があったおかげだ。感謝してもしきれない。


「じゃあ俺も手伝いますよ。三人ならいいでしょう」

「ゼ、ゼインも一緒!? わぁー!」

「あ! エミリー、見惚れた!」

「いやいや、これは萌え! ゼインにエプロンは推せると思いました! いや、執事だな。執事だよ! 塁君、ゼインは執事に決定!」

「却下! カッコ良すぎる!」

「はい却下を却下!」


 前世の言葉なのか時々よく分からない会話をしているが、こういうのを見てるとお互いが唯一無二の存在なのだろうと思う。


「あ、そうだゼイン。今な、医者になる学問を学べる場所を作る計画をしてるんだ。とりあえず教えるのは俺とローランドとヴィンセントだ。内容は難しいし厳しいが、希望する優秀な若者を身分問わず集めようと思う。学費は全額王室持ちだ。その一期生にイーサンを推そうと思ってる」

「イーサンが医師に?」

「兄さん、僕もさっき教えて頂いたんだ。孤児院の仕事もこれまで通りやるから、挑戦してもいいかな。僕も大勢の人を救えるようになりたいんだ」


 この孤児院で働けるだけで十分に有り難い。それなのにこれ以上を望めるなんて。



「勿論だ。イーサンなら出来る」



 十一年前、ルイ殿下に言われた言葉を俺もイーサンに贈る。


「良かったな、イーサン。俺もイーサンなら出来ると信じてる」

「ありがとうございます! この御恩は必ずお返しします!」

「気にしないでくれ。俺が勝手にやってることだ。これからもお前らが仲良く暮らしてくれればそれでいい」




 今年の祭りでは俺とイーサンは執事の服を着せられて、エミリー様はメイド服というものをお召しになった。しかしその可愛らしい姿を見た途端、ルイ殿下が『ダメだ、やっぱり誰にも見せたくない』とエミリー様を早々に着替えさせてしまった。


 そのせいで俺達兄弟だけおかしなことになったが、珍しく祭りに訪れたご令嬢もご婦人も大量に購入してくれて、今年の売り上げは凄いことになった。妖精の制服を着たガキどもも大喜びで、褒美の小遣いを持って思い思いのものを買いに行った。


 この当たり前の毎日を送れないガキが出ないよう、俺はずっと目を光らせる。ここで掬い上げられた命がルイ殿下への御恩を感じて、いつかルイ殿下のお力になれるように。


 十一年懐に入れている命より大切な宝剣に、今日も忠誠を誓う。







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