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76.第一王子の婚約者

「レ、レオ!?」

「あ、危ないと思って咄嗟に……すみません」


 慌てて手を放すレオにアリスは思い切り抱きついた。


「守ってくれようとしたの!? 嬉しい! レオー!」

「あ、あの、離して下さい。怪我が無くて何よりです」


 レオはさっきまで抱えていたアリスをぎゅうぎゅうと押しのけている。肩を押さえてもアリスがキス顔を近づけてくるので、レオは仕方なく顔面を押さえていて凄い絵面になっている。少年を襲う聖女の図、みたいなんだけど通報してもいいだろうか。


 ここの二人にはもう少し時間が必要だと秒で分かった。




 そしてもう一組。


 クリスティアン殿下を押し倒し、庇うように四つん這いで覆いかぶさったグレイスは、真っ青な顔で檻を見つめながら震えていた。


「グレイス」

「……は!」


 自分の真下から聞こえるクリスティアン殿下の声に、グレイスはやっと気が付いた。


「ぁぁあああ!!! 申し訳ございません申し訳ございません!!!」


 取り乱して退けようとするグレイスに、ふわりとクリスティアン殿下の腕が伸びる。


「グレイス」

「……!!?」


 クリスティアン殿下はグレイスをギュッと胸に抱き締めると、とても満たされた表情に変わった。それはグレイスからは見えなかっただろうけれど、私と塁君からはちゃんと見えていた。


「炎が上がって咄嗟に僕を守ろうとしてくれたんだね」

「も、申し訳ございません……はしたない行いでした……ぐすっ」

「泣いてるの?」

「こ、このような振る舞いは、第一王子であるクリスティアン殿下の相手として相応しくありません。た、大変な失礼を……わ、私は婚約者候補を、ただ今をもって辞た……」


 グレイスの言葉を途中で遮るように、クリスティアン殿下はグレイスの頬に手を添え、そっと唇にキスをした。


 私と塁君はビックリして叫びそうになったけれど、今だけは邪魔しちゃだめだとお互いの口を手で押さえながら袖を引っ張り合い、ワタワタと無言で騒いでいた。


「グレイス、好きだよ」

「な? ぇ、え?」

「ふふ、落ち着いて」

「で、ですが、私は殿下を地面に倒してしまうような人間で」

「自分のことより僕を守ろうとしたからだね。嬉しかったよ。でも守るのは僕の役目だからね」


 やっとキスされたことを思い出したのか、バッと両手で口を押さえたグレイスの顔が一気に真っ赤に変わった。耳も首も赤い。めちゃくちゃ可愛い。


「王妃は常に王の一番近くにいるから、有事の際は咄嗟に王の盾になるような妃が望ましいという者もいるけれど」


 クリスティアン殿下はグレイスを抱き締めたまま体を起こした。


「僕は自分の妻は自分で守るつもりだよ。グレイス、分かったかい? もし次に何かあっても僕が君を守るからね」


 それはつまり、グレイスを妻にすると宣言しているのだが、グレイスはキスの衝撃で未だ呆然としていた。


「ふふっ、グレイス、聞いてないの? 今大切なことを言ったんだけど。順番を間違えたね」

「ぁ、あの、それって」

「グレイス、僕の妃になってくれるかい?」

「…………ぁ、嘘……」

「あれ、ひょっとして僕は振られるのかな」

「……はっ! よ、喜んで、お受け致します!」

「良かった。今さら君を手放してなんてあげられない」

「……っ!!」


 グレイスの大きな瞳に涙がみるみる溜まっていき、ぽろぽろと美しい白い頬の上を流れ落ちていった。その涙を指で拭いながら、クリスティアン殿下は愛おしそうに、優しく優しく微笑んだ。


 そしてそんな二人を見つめているのは私と塁君だけじゃなかった。グレイスのご両親であるエインズワース公爵ご夫妻も目に涙を溜めて見守っていて、ユージェニーの父であるハウエルズ公爵の背に隠れていたユージェニー自身も、抱き合う二人を見つめて泣いていた。




 私は失恋の胸の痛みを思い出して苦しくなってしまったけれど、塁君はアリスを探していたことを思い出し、レオと揉めているアリスの首根っこを捕まえてレオから引き剝がした。


「おい、お前。セリーナの火傷を治せ」

「え、私?」

「魔塔に入る前に簡単に死なせたくない」

「わ、分かった! 私の出番が来たってわけね!」


 アリスは張り切って檻まで行き、胸の前で祈るように手を組んだ。金色の粒子がキラキラとセリーナに舞い落ちる。


「うぅっ」


 全身火傷だったセリーナはあっという間に火傷が消え、焼けて無くなっていた髪の毛も元の白い長髪に戻った。白く濁っていた目もただの赤い目になり、皮膚の角質も落ちて、ただの老女のような姿に変わった。


「根本的な遺伝子疾患はそのままだから、またすぐに元の姿に戻るが、ひとまず光魔法で白内障や角質の病変、結石は一時的に無くなった筈だ」


 ゆっくりセリーナの赤い瞳がアリスの方に向いた。


「い、痛みが、消えた……治ったの?」

「ヒロインが遺伝子疾患を治せないのはお前が薔薇の鉢で確認済みだろう?」


 塁君が冷たく言い放つとセリーナは諦めたように溜め息をついた。


「お前、植物で組み換えが出来るということはCRISPR(クリスパー)みたいにDNAを切断することも出来る筈だ。対になっている染色体の二本とも焼いてしまったのが敗因だな。片方だけでも焼かずに残しておけば、ゲノム編集の要領で自分で治癒出来たかもしれないよなぁ。せっかくDNAには自己修復機能があるっていうのに」


 セリーナは言い返すこともなく顔を歪めた。恐らく今日まで色々試してきたのだろう。だけど出来なかったんだ。


「鋳型DNAも無ければpegRNAも無い。ならあとは自分で塩基を合成して組み換えていくだけだ。塩基配列さえ覚えていれば良かったのに」

「そんなの、無理よ……」

「だから教えてやるって。魔塔に着いたら魔力枯渇魔法でもう二度と魔法は使えないぞ。到着まで疾患の一つでも治してみたらどうだ?」

「……」

「ついさっきは反撃してきたくせになぁ。他者への攻撃以外に魔力を使う気が無いお前は本当に終わってる。それとも教え子だった小僧に教わるのはプライドが許さないか? なぁ、八取講師」

「……!!」


 セリーナは塁君の言葉に赤い目を見開いたけれど、もう何もかも疲れたように仰向けだった体勢を変えて横向きになった。


 その時、セリーナの体の周りにたくさんの蛙ちゃんとカブトムシ君とクワガタ君がいることに、セリーナはやっと気が付いた。


「きゃぁぁあああああああ!!!!!!」


 また炎の魔法が炸裂しては数十回分が自分に戻る。


「ぎゃぁぁあああああああ!!!!!!」



「あーもう、またかよ」


 塁君が呆れたように呟くと、私は気付いてしまった。セリーナの炎、檻の外に全然はみ出てこない。上には立ち昇っているけれど、それからも熱さは感じない。外から見ている分には映像のようだ。明るいだけの炎のビジョン。


 だけどセリーナだけはまた全身に火傷を負って苦しんでいる。


「光魔法」

「はいはい」


 ……少し考えれば、あの攻略対象者七人が、セリーナの檻に何もせずに広場に運んでこさせる訳無かった。あれだけ慎重に事を成したのに、ここに来てそんな訳無かったんだ。


「る、塁君……」

「ん? どうしたエミリー?」

「私がクワガタ君投げなくても、皆大丈夫だったのかな……」

「まぁ、こいつがキレて炎の魔法でも使うかもなってのは想定内ではあった。だから檻のすぐ外側の層にこいつの魔法だけ防止する魔法を何重にもかけてあるし、こいつが檻の外に体を出すことは勿論、被害者からの仇討ち阻止のために、人間が檻の中に体や武器を入れることも出来ないようにしてある。檻の中だけがこいつの自由だ。ただ一酸化炭素中毒はすぐに死亡に繋がるから、炎も煙も熱を失わせた状態で上に抜けるようにしてある。」

「う、嘘……」

「クワガタ君達は人間でも武器でもないから、檻の中にも問題なく入れちゃったな。はははっ」


 アリスの光魔法でセリーナが目を覚ますと、蛙ちゃんがぴたーんとセリーナの顔面に飛びついた。


「きゃぁぁあああああ!!!」

「うるさいよ!」


 カスカスの割れた悲鳴にイラついたアリスに叱られている。


「とってぇー! 嫌ぁぁあああ!!」


 パニックになっているセリーナの体中にコーカサスオオカブト君やヒラタクワガタ君が大量に登っていて、ヘラクレスオオカブト君もセリーナの顔に上り、角でほっぺのたるみを挟んでグリグリしている。手も鼻も耳も既にオオクワガタ君達の大顎にがっちりと挟まれていて相当痛そうだ。


「痛い! 痛い!! 嫌ぁぁああ!!」

「あー、なるほど。メイプルシロップ尿症の甘い匂いに群がってきてるんだな。自業自得もいいところだ」


 そしてセリーナの赤い瞳がぐるんと上に行って白目になり、そのままガクッと気絶してしまった。



「クワガタ君達、最高の仕事ぶりだ」



 私と塁君が皆を箱に回収した後、セリーナはそのまま魔塔に収監された。







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