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75.最後の反撃

 カートライト侯爵が国王陛下の足元に跪く。


 威風堂々たる陛下はすっくと立ち上がり、よく通る太い声でこの裁判の判決を下された。


「以上の証言と証拠品をもって、この者を魔女と認定する。あまりに重い罪の数々、その命をもっても償えぬほどである。被害者達の気が済むまで復讐させてやりたいのはやまやまだが、この者は危険過ぎる故、早急に魔塔地下の最下部に抑留する。処刑は時機を見て適切な方法にて執行する。以上だ」



 魔塔とは魔術師団が管理する、囚人に最も恐れられる監獄だ。


 逃走防止魔法、受刑者の魔力枯渇魔法、処刑までは病死でも自死でも決して死ねない徹底された死亡防止魔法等、処刑を受ける運命から絶対に逃がさないためのあらゆる魔法が何万とかけられている。


 ここに入れられてはセリーナは処刑の日まで逃げることはおろか、たとえ重い病気であっても治療もないまま死ねないのだ。数十年経っても、数百年経っても、ただただ死ねないだけの時間。


 永遠に続くかもしれない死ぬより辛い苦痛と孤独。それが最も恐れられる理由である。




「今回の件について、何か言いたいことがある者はいるか」


 カートライト侯爵は貴族席、一般席に順に顔を向けて促すが、王族席の塁君が真っ先に立ち上がった。


「ルイ殿下、どうぞご発言を」


 塁君は数歩前へ出て、真っ直ぐに人々を見据えて口を開いた。


「言いたいことがある。この者の元の体は俺の婚約者であるエミリーの妹であった。だが既に中身は全くの別物だ。この件をもってエミリーが王子妃に相応しくないなどと、心無い悪評をばら撒く者が出ないことを願う。もしそのような声が俺の耳に入ったら、いつでも俺が相手になる。エミリーを傷つける者は誰であろうと容赦しない。以上!」


 うわっ、塁君! 何言い出すの! と立ち上がりそうになったけれど、お母様が私の袖を掴んでいるので何とか我慢した。


 会場は思い切りシーンとしてしまっている。


「……ルイ殿下がエミリー嬢を誰よりも大切に想われていることは、国中が熟知しておりますので。そのような戯言を言い出す不逞の輩がいないことを私も願っております。それがどれほどの国益を損なうのか、国民はよく理解していると思います」


 カートライト侯爵が咳ばらいをしながら、民衆に向けて言い聞かせるように声を強めた。一般席から『い、言わない言わない』と聞こえてくる。なんだかすみません……。



 陛下も前へ出て、塁君の肩に手を置き民衆に語り掛けた。


「私もエミリー嬢には常日頃から感謝している。この件はハートリー侯爵家には一切の非は無いと私が保証しよう」



 このご発言をもって、公に私達ハートリー家に責は無いと認められた。


 これで我が家が取り潰しになることも、私と塁君の婚約が白紙に戻されることも無くなったということだ。もう涙が出そうなくらい安心して、両親と共に私は陛下に深々と礼をした。



 頭を上げた時、ふと、王族席のクリスティアン殿下と視線が合った。クリスティアン殿下はその美しいサファイアブルーの瞳を柔らかく細めて、私に向かって優しく微笑んでいた。


 その瞬間、クリスティアン殿下はこうなることを何もかも予想してこの裁判を開いたのだと理解した。




 閉廷となり、ローランド、ヴィンセント、ブラッドはそれぞれの婚約者を背に隠しながら、セリーナの檻が運ばれていく様子を見ていた。


 王族席からはクリスティアン殿下と塁君が貴族席へ移動してくるところだった。


 アリスも私の元へ来ようと移動してきているのが見えた。




 私だけが、きっと気付いていた。




 魔塔地下の最下部へ運ばれていくであろうセリーナが、攻略対象者達に向けているその白く濁った赤い目に、静かな静かな殺気を宿らせて構えていたことを。


 他人から見たらきっと何の感情も無いような、生気のない死んだ目で、何もかもが無感情のように見えるだろう。判決に絶望して、放心しているように見えるだろう。


 でも私は知っているんだ。




 私が十歳、セリーナが五歳の時、ハートリー領の森に二人でピクニックに行った日のこと。私達は突然小さな羽虫の大群に囲まれた。私は『雪虫みたい』と適当に手で払っていたのに対し、虫嫌いのセリーナは悲鳴も上げず放心していた。



 ――――放心しているように見えた。




 あの時もあんな風に、何の感情も無いような、生気のない死んだ目で、何もかもが無感情のようだった。だけど口元をぐっとへの字にして、魔力が一瞬ゼロになったかのように引っ込んだんだ。


 だけどあれは構えていた。自分の体に一定の距離以内に近づく生物を全て焼き殺す、炎の魔法を発動させる直前のあの一瞬。


 私は今も覚えている。次の瞬間数百匹の羽虫がボッと燃えて消し炭になった光景を。あの直前の静寂と無。その後の膨大な炎の魔力。



 そして今まさにセリーナは、あの時と同じように口元をぐっとへの字にして、魔力が一瞬ゼロになったかのように引っ込んだ。


 あれから六年、一定の距離がどれくらい広くなったか分からない。今あの魔法を使ったら、貴族にも民衆にも、大勢の被害が出てしまう。


 もう失うものが無い無敵のセリーナは、魔塔に入れられたら反撃のチャンスなんて無い。今ここで全ての魔力を使い切る勢いで魔法を爆発させるかもしれない。



 私がそう考えるまでほんの一瞬、何十分の一秒だっただろう。


 この世界で唯一、あの時を知ってる姉の私しか気付いていない。躊躇してる時間は無い。


 魔力が放たれてから一定距離内にブワッと広がるまでの一瞬、人々がその射程範囲に入ってしまう前までの一瞬で炎の魔法を発動させないといけない。


 私は迷わずポケットに手を入れた。


 手に箱を掴んで素早く引き出し、思い切り振りかぶった。


 腕がトップの位置に来た時に、塁君が視界に入る。そして視界の中の塁君は呟いた。







「いったれ」







 言われた通り、力の限りセリーナに向かって箱を投げつけた。練習した甲斐あって、思った以上のスピードとコントロールで箱は真っ直ぐに檻に向かう。


 だけどまたその何十分の一秒で、私の頭の中では色々な思いが渦を巻く。




 せっかく王家の専門家達が育ててくれた蛙ちゃんとカブトムシ君とクワガタ君。季節が過ぎても上手く大きく元気に育ってくれた。今日は裁判だし、もしものことがあるかと多めに連れてきた。


 だけど、今投げつけるということは、焼かれて死なせるということだ。死なせるために育てたわけじゃない。だけど人々の命を守るために、犠牲になってもらうしか今の私には方法が見つからなかった。


 だってセリーナのあの時の魔法は『一定の距離以内に近づく()()を全て焼き殺す』魔法だったんだから。


 バッグとか石とかじゃダメなんだ。生物じゃなきゃ。


 ごめん、ごめんね。




 そう思った一瞬の後、箱は檻に当たり蓋が外れ、中から大量の蛙ちゃん、カブトムシ君、クワガタ君が現れた。


 そしてやはり発動した炎の魔法。


 またあの汚いどどめ色の魔力が一気に放出され、あの子達が消し炭になると身構えた瞬間、燃えたのはセリーナだった。




「ぎゃぁあああああ!!!!!」




 檻の中で転げまわるセリーナと、キラキラピンピンしてる蛙ちゃん、カブトムシ君、クワガタ君達。


「取り消せない! 取り消せないー!!」


 しわがれた声で悲鳴が響き渡る。



「抜群のコントロールだな」


 塁君が私の手首と自分の手首をコツンと合わせた。


「な、なんでセリーナが燃えてるの?」

「あのクワガタ君達には俺とヴィンセントで新型の防御魔法をかけてある」

「えっ」

「聞いてくださいよ、エミリー嬢。あの温室三棟の蛙とカブトムシとクワガタ全てに防御魔法かけさせられたんですよ」

「えっ」

「文句言うな。今の見ただろ」

「そうですね。今の面白過ぎたんで頑張った甲斐がありました」


 私が投げつけたあの子達には一匹ずつに防御魔法がかかっていたらしい。それは闘技場での一件のように、『術者に同じ攻撃を跳ね返す』という術式が加わって、セリーナの魔法と別物になって術者であるセリーナに返っていった。だからセリーナはもう魔法を取り消せず、あの子達の数だけ、数十回分の炎の攻撃を自分自身に受けてしまったのだ。


「まったく、性懲りもなくまだ襲って来るとはな。死ぬ前に消火してやるか」


 塁君が魔法で消火して、『そう簡単には死なせない』と治癒するためにアリスを探した。さっきは私のところに来ようとしてたから近くにいた筈。


 ぐるりと見渡した私達の視界に二つの光景が飛び込んできて、思わず塁君と私は顔を見合わせた。


 何故なら檻から立ち昇った炎に逃げ惑う人々の中で、身を挺して大切な人を守ろうとする者達がいたからだ。






 後ろからアリスを抱えるレオ。





 そして






 クリスティアン殿下に覆いかぶさるグレイスだった。







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