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74.魔女裁判

 セリーナが再び檻に戻されてから二ヵ月後、クリスティアン殿下の主導で魔女裁判が開かれた。


 多くの国民に関わることだと、王都の中心にある中央広場で。


 広場には特設会場が設けられ、その中心にセリーナが入った檻が運び込まれた。



 魔女裁判の開催が発表されてから、その話題が国民の一番の関心ごととなり、今日は入りきれないほどの民衆が詰めかけている。入りきれなかった人々は広場の外に集まって、少しでも何か知ろうと耳をそばだてていた。


 整備された会場には王都中の貴族も傍聴に訪れており、なんと国王陛下御夫妻までがご臨席されている。




 長い長い罪状の冒頭は、三年前、テレンス・ハートリー侯爵の次女セリーナ・ハートリー侯爵令嬢が王都からハートリー領に戻る直前に、魔女に魂を殺され体を乗っ取られたという文章から始まった。


 領地に戻るなり人が変わったように横暴に振る舞い、小麦を穂発芽させたうえ領民に病を振り撒いたこと。そして長女エミリー・ハートリー侯爵令嬢の婚約者であるルイ第二王子がその病を察知し、治療した途端に金品を奪って逃亡したこと。


 その後は大神官の慈愛につけ込み神殿に身を隠し、周りの神官を使って国外から手紙を出すことで両親であるハートリー侯爵夫妻をも欺いたこと。


 巡礼の先々で邪悪な魔法を使い、多くの民に病を振り撒いたこと。


 品評会では青い薔薇を作り審査員の目を惑わし、最優秀賞を獲ることで第一王子への接近を狙ったこと。その場で出品者の薔薇を萎れさせ復活させることで、本来の聖女を貶め自分が聖女に成り代わろうとしたこと。


 農作物の病はそれ自体が邪悪な魔法によるもので、治したようにみせて農民達を騙し聖女と見せかけたこと。


 国民に広く病を振り撒こうとしていたところを王子達に阻止されたこと。


 全ては第一王子の婚約者になり、未来の王妃としてこの国を手中に収めようとしたことが狙いだと、聴衆の前で朗々と読み上げられた。



 羅列すると本当に酷い内容なのに、『魔女に魂を殺された』以外は全て真実なことに今更驚いてしまう。むしろ前世の記憶が戻ったというより、魔女設定の方がよほどしっくりくる行いだ。




 国民達はあまりに恐ろしい内容に絶句し、広場の中心にある檻の中へ目をやり、再びその姿に絶句する。


 私もあの日以来初めて目にするセリーナの姿。


 長く真っ白な毛髪、皺だらけの皮膚には深い亀裂が入っている。瞳は白く濁っているが赤く、手足の動きも不自然だ。時折聞こえる『違う、違う』という声すらもガサガサのかすれ声で、もはやセリーナの面影はどこにも無かった。



「ば、化け物……!」

「処刑だ! 処刑しろ!」


 民衆の容赦ない言葉。一斉に処刑を求める声が広場に響く。




「静粛に。まずハートリー侯爵、この者は自分を貴方の次女だと言っています。如何ですか」


 ローランドの父、宰相であるカートライト侯爵が進行を務め、参考人として招致されたお父様に尋ねる。


「お父様! お父様ぁ!」


 セリーナがしわがれた声で叫ぶけれど、その声を聴く度にお父様の顔は苦し気に歪み、遂にはドッと涙を溢れさせた。


「こ、こんなものは娘ではありません! 私のセリーナは、幼く、天真爛漫で、エミリーと同じブロンドに緑の瞳の娘でした! うぅっ、む、娘を返せ! この魔物め!」


 私の隣で進行を見守っているお母様も、ハンカチで顔を覆って泣きはらしている。


「セ、セリーナを返してー!! うわぁぁー!!」


 お母様は檻に向かって泣き叫んだ。


 檻の中のセリーナは呆然としながらハラハラと涙を流しているが、涙は皮膚の亀裂に吸い込まれて消えていく。




「次に大神官殿。この者は貴方に三年間、孫のように可愛がってもらったと言っています。如何ですか」


 腰の曲がった大神官様が檻の中に視線を移し、恐怖に硬直しながら必死で祈りを捧げる。


「神よ、神よ、どうかこの魔物から我々をお守り下さい……!」

「大神官殿、貴方の可愛がっていた者ではないのですね」

「違います! 決して私はこのような魔物と知っていて手の内に入れたわけではありません!」

「騙されていたのですね」

「来たばかりの時におかしな化粧をしていたのは訝しく思っておりました……。あれが魔女の化粧だったのかもしれません。私がやめなさいと言った時も不服そうにしておりました。体調を崩した時も聖女の力を自分自身に使って早く元気になってくれと言いましたが、理由をつけては力を使いませんでした。今思えば、聖女では無かったからなのですね。まさか巡礼先で民に恐ろしい病を振り撒いていたとは。見抜けなかった神殿の責任です。私が責任をとります」

「大神官殿、それは時期尚早です。誰も見抜けなかったのです。大勢の国民も正反対の存在、聖女だと思わされてしまったくらいなのですから」


 カートライト侯爵は手を差し伸べ、跪き祈る大神官様を立ち上がらせた。


 セリーナは大神官様に手を伸ばして何か声をかけようとしたけれど、大神官様は目も合わせず退場されてしまった。




 そしてその後は我がハートリー家本邸の家令ゴドフリーが招致された。


「はい、三年前に領地にお戻りになったセリーナ様は、突然おかしな化粧をして出歩き、使用人にも民にも非常に横暴な態度になられました。領地で小麦農家を営むネルという娘にも手を上げました。それを咎めた他の領民のことも付き飛ばしたり罵ったと聞いております。エミリー様とルイ殿下がネルの家にお出かけになったその日、セリーナ様は本邸にある金品全てを持って出て行ってしまわれました」

「別人になったと感じましたか」

「はい。まるでお変わりになられたと思いました。元々我儘なお嬢様ではありましたが、流石に領民に手を上げるような方ではありませんでした」




 次に証言したのはネルだった。


「三年前、一人で領地へ戻られたセリーナ様に、皆が『お一人で偉いですね、大人になりましたね』と声をかけたんです。そしたら『平民風情が偉そうに声をかけるな』と言うので『そんな言い方はいけない』と私が注意したんです。そうしたら頬を三回打たれました。周りの皆が庇ってくれましたが、突き飛ばされたり『身の程を知れ』『触るな愚民』などと言われました」

「貴女のお子さんの病はその後に罹ったように見えましたか」

「……はい。ぅぅっ。あの子は、上の子よりも元気に生まれてきてくれて、お乳も毎日たくさん飲んでくれました。背中をトントンするとすぐにげっぷをして、すぐにくぅくぅ寝てくれる、育てやすいいい子でした。それなのに、あの日以降、急にお乳が飲めなくなって、飲んでも吐いてしまったり、体をぶるぶる震わせたりするようになったんです。お医者様にも見せました。生まれつき体が弱いと言われました。あの日より前はあんなに元気だった子なのに! エミリー様とルイ殿下が心配してお見舞いに来て下さいましたが、その直前に、あの子は神様の元へ、うぅ、うっ、旅立って……」


 聴衆達も涙ぐみ、あちこちからすすり泣きが聞こえ始めた。


 私もあの日を思い出して涙が零れてしまう。小さな亡骸を抱いて泣き叫ぶネルの姿を鮮明に思い出す。姉御肌で面倒見のよい大好きなネル。証言をすることであの日の悲しみを思い出してしまうことに心が痛む。




「ヴィンセント・レイノルズ君、君はこの者の魔力に色を付けることに成功したそうだね」


 カートライト侯爵がヴィンセントに質問すると、ヴィンセントは証拠品として三年前に穂発芽した小麦の種子、ネルの赤ちゃんの髪の毛、トミーやドリー、ジムの髪の毛、青い薔薇、品評会で萎れた薔薇四鉢、私の菜園のジャガイモ、セリーナの祈りで芽吹いた作物数種類を台の上に並べた。


「それでは皆様にも見えやすいように蛍光色であの者の魔力を検知します。少しこの辺りを暗くしますね」


 そう言って右手を上げると中央広場だけが急に陰り始め、どんどん暗くなって聴衆達がざわつき始めた。


 そしてその暗がりの中、台の上の証拠品全てが緑色に光っていた。


「これがあの者の魔力の証拠なのだね」

「はい。あの者だけの固有の魔力です。同じように、本当の光魔法の使い手・アリス嬢の魔力にも色を付けてみましょう。違いが分かるように蛍光のピンクにします」


 次の瞬間、台の上のドリーとジムの髪の毛、品評会で萎れた薔薇四鉢、芽吹いた作物が一斉にピンクに発光した。


「これはアリス嬢が光魔法で救おうとした証拠です。ただ、魔女の邪悪な魔法によってその力を発揮できないように細工されてしまったのです」


 聴衆達はその光景を見て、アリスに申し訳なさそうな顔をした。『ただのキンキラ娘じゃなかったんだな』『いやあの金色の光は確かに聖女様っぽかった』などという声もそこかしこから上がり始める。


 離れた立ち見席で見ているアリスは、ドリーやジムに抱きつかれて照れまくっている。良かった。アリスの頑張りが伝わって。


 やっとヒロイン・アリスが報われた瞬間だった。







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