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73.あの事故

「お前、自分の姿を見てからまだ数分しか経っていないが、もうその姿に恐怖を感じて怯えているよな」


 小僧は冷たい目で私を見つめながら言葉を続ける。


 ゲームで初めて見た時も、初めて屋敷で会った時も、あまりにも綺麗で釘付けになったマリンブルーの瞳。


 今は恐ろしく静かな怒りを宿して暗く光る。


「突然お前に遺伝子疾患にされた被害者達は、もっと長い間自分の姿に苦しんだんだ。外見に出ない疾患でも、体の痛みや筋肉の不随意運動で苦しんできた者達もいる。お前はもっと自分がしでかしたことの重大さを身をもって知るべきだ」


 な、何なの? 何故、こんな小僧に私は説教をされているの?


「偉そうに…………」


 小僧を恐れる気持ちはあるが、思わず口から不満が出た。


 何の権利があってこんな口を利く? 何故私がこんな小僧にこんなことを言われなきゃいけないのか。お前自身に何かあったわけじゃないだろうに。偽善者め。関係のないやつは引っ込んでいろ。


「お前、ここから脱走してヴィンセントのとこに行こうと思ってるだろ?」


 これもバレている。くそっ。


「ひとつ教えといてやる。ここの空間を出たらお前は感染症で死ぬからな」



 ……嘘をつくなと言いたいが、本当にそうなのではないかと嫌な予感がする。今までこいつがベラベラ垂れてた講釈も、ハッタリだと思いたいもののそう言い切れない自分がいる。



「どうせ実験対象の肺炎の子供の疾患も入れただろう? あれはただの肺炎の遺伝子疾患じゃないからな」


 アリスに連れられて行った平民の家で、重度の肺炎に苦しむジムとかいうガキがいた。随分痩せ細って弱っていたから、じゃあこの疾患も入れておくかと思っただけなのに。


 あれが肺炎の遺伝子疾患じゃないなら何だっていうの!


 どうして何もかも、この小僧は知っているのよ!?



「あれはアデノシンデアミナーゼ欠損症だ。20番染色体長腕の20q13.11のADA遺伝子が原因遺伝子だ。重篤な免疫不全状態だからジムは肺炎と腸炎に罹っていたんだ」


 何故術者本人の私より詳しく焼いた位置まで特定出来るの? それより、免疫不全? エイズみたいなもの? 確かにエイズもカリニ肺炎になると聞いたことがある。


 じゃあ、私も、エイズに罹ったようなものだというの?


「い、嫌! 嫌ぁ!」


 叫ぶとしゃがれた声がなおさら割れる。


「うるさい、落ち着け。この空間は俺が魔法で無菌にしてある。ここを出たら何でもないような微生物に感染してお前は死ぬことになる」

「酷い! 何だっていうの!」

「酷いだと? お前がジムにやったことだろう」

「治してあげたじゃないの!」

「アリスがお前の元に行かなかったら放置しておくつもりだっただろう! そうしたらあの子は死んでいたんだ!」

「治すつもりだったわよ!」

「嘘をつくな! この三年間、お前は今まで人体実験してきた相手を全て放置してきただろう!」

「……っ!!?」


 三年前から、知っていた? さっきも1番を実験したハートリー領と言っていたけれど、本当に、まさか、全て手の内がバレている…………?


「見つけた被害者達は俺達が遺伝子治療して治してきた。だがお前自身のDNAはあちこち焼かれ過ぎてもう治療は無理だ。だが放射線被曝レベルにはなってないからまだ生きられそうだな」


「な、何? 生きられそうって、何よ?」

「被曝レベルだと無菌だろうが死ぬ。だけどそこまでじゃないお前は、この空間に居ればすぐに死ぬことにはならないって言ってるんだ。点滴はたまに届けてやるよ。治療はしないがな」

「い、医者を目指してたくせに! 治療をしないなんて!」

「医学生であって医者じゃないからな。世間を知らない青二才で小僧なもんでね」


 こいつ…………!


 絶対治療出来る能力があるのに嫌がらせで言っているんだ! 酷い!


「い、妹にこんなことしたら、お姉様はあんたなんかと結婚しないわよ!」

「今更唐突な妹気取りか? お前なんかに二度と会わせると思うか?」

「絶対に耳に入れてやる!」

「ソラニンとチャコニンを増やしたジャガイモをエミリーに食べさせようとしておいて、何を寝言を言っている。お前ほど自己中心的な奴もなかなか居ないな」


 やはりバレている……。


 ちょっとした嫌がらせだったのに、何ヵ月も執拗に私にジャガイモを食べさせていたなんて。やり過ぎじゃないの! どれだけ苦しい思いをしたか!


 ジャガイモをずっと料理していたジュリアンを思い出す。私を慕っていたと思っていた。それなのにジュリアンまで小僧の手下だった。憎い。胸が苦しい。恨めしい。


「何なのよ……どうして私にここまでするのよぉ!!」






「本気で言うてんの?」





 マリンブルーの瞳が鋭く光る。


 急に日本語に、しかも関西弁を喋り出した。


 何なのこの威圧感は。たかだか十六歳の小僧に、何故私がこんなにビクビクしなくちゃいけないの?



「俺らが死んだんおどれのせいやろが」

「!!?」


 な、何で? 知らないまま死んだでしょう? 誰に聞いた? やだ! やめてよ! あの話はしたくない!


「事故よ! 言いがかりだわ!」

「おどれが邪魔やて叫んでえみり押したん知っとるからな」

「押したくらいで落ちるとは思わないでしょう!」

「予測しろや。えみりは熱中症なりかかっとったんや。人の尊厳なんも考えられへんカスが」


 嫌な記憶がブワッと脳裏に蘇る。あの事故のせいで、私の人生は狂ってしまった。


「それにな、俺は今この国の王子や。国民に害なす存在は排除する」

「わ、私だって侯爵令嬢だわ! こんなことをして問題になるでしょうね!」

「そんなん兄さんがとっくに手ぇ打ってんで、あほが」


 クリスティアン殿下が何だっていうの? 何の手を打ったって言うの?


 あの穏やかな第一王子が何をするって? ゲームでだっていつも微笑みを絶やさない理想の王子様だったじゃないの。


「兄さんの笑顔しか見んと、切れ者なん見抜かれへんかったんやろ」



 何なの? 嫌な予感しかしない。



「ま、せいぜい自分で考えて色々試してみたらええんちゃう? 失敗して死ぬかもしれへん可能性も予測した方がええで」


 言い終わると小僧はさっさと出て行った。





 ……怖かった。小僧から普通じゃない何かを感じた。今まで何度か接しても、こんな風に感じなかったのに。


 前世、日本の宝を死なせたとネットで散々袋叩きにあった。あまりの誹謗中傷と名誉棄損に読んでいられず、すぐにネットから距離を置いた。


 週刊誌の記者が来たこともあったけれど、無言を貫いた。


 考えたくなくて、あの事故に関する書き込みからも、記事からも、何もかもから遠ざかった。


 医学生だから日本の宝と大袈裟に騒いでいるのかと思っていたけれど、そうじゃないの?


 何者なの?





 全面鏡に囲まれた薄暗がりのその空間で、私は鉄格子を溶かす気力も無いまま、長い時間をそこで過ごすことになった。







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