71.それぞれの役割
「あぁー、煽る作戦とは言っても気分のいいものじゃないな」
「そうだね、精神的に疲れるものだね」
「嫌な気分です」
「だけどローランドの作戦通り、魔力を使い果たすまで遺伝子焼却魔法を使わせたし跳ね返せたんだから、上々以上の出来だと思いますよ」
「そうです。これで民を疫病から護れたのですから」
ジュリアンとゼイン以外の五人は、自分の言った言葉にどっと疲れている。育ちのいい五人だから、あんな台詞を言ったのは初めてだろう。
ジュリアンとゼインの二人は会話に参加することなく、無言でセリーナを地下牢に運んでいた。手枷の鎖を引いてズルズルと引き摺って運んで行く。
私は塁君に手を引かれて一番後ろから付いて行った。一応妹だった者がこんなことになってしまって、申し訳ない気持ちと、悔しい気持ち、腹立たしい気持ちが混ざり合って、その何とも形容し難い感情が胸に充満して重石が乗ったように息苦しい。
セリーナは地下牢に戻され、さらに頑丈な鉄格子の檻に入れられた。魔力切れは半月位目覚めないこともある危険なものだけれど、塁君が自作の点滴を用意していた。目を覚まさない間の水分と栄養を補うために。
「目が覚めないまま感染症なんかで逝かれないよう、この空間も無菌にしておく。こいつは自分のした事を自分の目で見ないとダメだ」
あの光景を見ていた私には、セリーナの魔法は全てセリーナ自身に跳ね返ったように見えた。セリーナの遺伝子は今現在、自分の炎の魔法で焼かれているのだろうか。もしそうだとしても、目が覚めた後に自分で魔法を取り消せば、何事も無かったようになるだろう。そしてまた鉄格子を溶かすことから始めるのだろうか。これではいつまでも繰り返しになってしまう。
それにあの魔力の汚い色は何だったんだろう?
「あの、さっきセリーナから魔力みたいなものが可視化して見えたんだけど」
「あぁ、可視化したんだ」
「ど、どうやって?」
「染色体上の狙った遺伝子の部分を蛍光色素で染めるFISHという検査方法があるんだ。俺達は被害者のDNAを探る時、FISHのようにセリーナの魔法の残滓に色を付けて、まずは染色体上の位置を見るんだ。効率がいいからな。それに着想を得てセリーナ本人から生まれる魔力そのものにも色を付けてみた」
「あの、汚い色?」
プッと後ろでヴィンセントが噴き出した。
「あぁ失礼。俺が一緒に考案したんですけど、ルイ殿下が『あいつにはどどめ色だ』って譲らなくて。もう『どどめ色って何ですか?』ってとこから始まって、色選びなんかで立ち往生しちゃいましたよ。黒を提案しても『黒は何かカッコいいから却下』とか言うんですもん」
「だが見やすかっただろう?」
「そうですね。俺達に攻撃してくる分には、術者本人に攻撃を跳ね返す新型の防御魔法をかけているので平気ですけど、無差別攻撃に出た時に見やすくないとブラッドが困りますからね」
「ブラッド、見事だった。お前のおかげで国民が護られた」
「勿体ないお言葉です」
「ちなみにセリーナ本人にはどどめ色は見えないように細工してある」
あの汚い色は塁君チョイスのセリーナのイメージカラーだったらしい。酷いような、納得なような。
「新型の防御魔法はヴィンスが完成させてくれた。さすが完璧な仕上がりだった。ブラッドの剣にもそれを何重にもかけてあるんだ。ブラッドが全て防いでくれたから全ては術者であるセリーナに跳ね返った。一回でも外していたら、国民の誰かが今頃犠牲になっていただろう」
「俺が外していたら、ジュリアンかゼインの防御魔法がかかった暗器が飛んで防いでいたでしょう」
は! ジュリアンとゼイン! そうだあの二人がいるんだ! と思わず二人をパッと見ると、二人ともハッとした表情をしてすぐにこちらに来た。
「エミリー様、お目にかかるのは初めてですが、護衛で陰からいつも拝見しておりました。ジュリアンと申します」
「エミリー様、お初にお目にかかります。ゼインと申します」
あわわわ、諜報員姿のジュリアンは美しい姿はそのままに、ゲームよりも精悍で明らかに只者じゃない雰囲気を感じる。これは推せる! そして病んでないゼイン、目付きは元々悪そうだけど、目の周りにあったあの邪悪なクマも無く、なんとにっこり微笑んでいる。し、信じられない。面倒見の良さそうな健康お兄さん、推せる!!
「エミリーと申します! ど、どうぞこれからもよろしくお願いします!」
「「こちらこそよろしくお願い致します」」
二人は優し気に『ふっ』と笑って、塁君に『では今後の監視は我々が』と交代した。
馬車に乗って王城に帰る間、魔法の取り消しが気になった私は塁君に尋ねてみた。
「セリーナが目覚めて魔法の取り消しをしたらまた元通りだよね? また鉄格子を溶かして逃げて皆で相手して、って繰り返すのかと思うと心配だよ。今日見て最強チームなのはよく分かったんだけど、それでも少しでも危ない目にはあって欲しくない」
「えみり、俺のこと心配してくれるん?」
「当たり前でしょ! 好きだもん!」
「俺もえみりめっちゃ好きやで」
頬を染めて塁君がふんわり幸せそうに笑う。真剣に心配してたのに、ついつられて私まで顔が熱くなる。
「跳ね返した魔法は取り消されへんから、えみりが心配しとるようなことにはならへんよ」
「え、取り消せないの?」
「俺らの防御魔法に跳ね返された時点で、『術者に同じ攻撃を跳ね返す』っちゅう術式が加わって、もうあいつの放った魔法とは別物やねん」
「じゃあ、セリーナは……」
「目ぇ覚めたら遺伝子疾患のオンパレードやな」
塁君達七人、そして王都に向けて放った複数の魔法、あれを全て一身に受けたとなると二桁の種類の疾患に罹ったということだろうか。それとも全員同じ疾患にさせようとしてたら一種類だろうか。
「あいつの性格やから一種類いうことはないやろなぁ」
塁君は少し疲れた表情で窓の外を見ながら呟いた。
「あいつは、被害者達がどれだけしんどかったのか知らなあかん」
ローランドの報告書にあった疾患の数と同じだけ、苦しい思いをした人達があちこちにいる。大きな症状が無ければ全員を把握出来ていない可能性もある。そしてどうしても忘れられないのはネルの赤ちゃん。
疾患に罹った人は勿論、その人を大切に想う家族も、大勢の人達を傷つけたことをセリーナは知らなきゃいけない。
協力者がいたとはいえ、ずっとこの目を背けたくなるような出来事と向き合ってきた塁君。今日はひときわ疲れただろう。思うことはたくさんあるに違いない。こんな顔をするのは珍しい。
こんな時、元気づけるために私に出来ることは一つだけ。
「塁君、今日は大変だったよね。私何でも作るから食べたいもの言って!」
「えみり飯!?」
「うん!」
「ほな煮込みハンバーグ!」
「うんうん! いくらでも作るよ!」
「あー、青菜とお揚げさんの炊いたんとかもええなー」
「タ、タイタン?」
「今カタカナで思てるやろ。巨人ちゃう。炊いたんは煮物みたいなもんやな」
「なるほど! じゃあ作れる!」
「あと煮込みハンバーグに目玉焼き乗せて欲しい!」
「ふふっ、了解です! 二個乗せちゃう!」
「マジで!」
なんだか男子のご飯で可愛いな。よぉしハンバーグも巨大なのにしちゃおう。
ご飯への期待で塁君の疲れは吹っ飛んだようで、見るからに可愛くウキウキしている。私もこの笑顔を守りたい。
その日はひとまずセリーナのことは考えないようにして、腕によりをかけてジャンボ煮込みハンバーグと煮物みたいなタイタン?を作った。




