7.十三年ぶりの日本食
ルイ殿下の乗った馬車が我が家に到着した。
「ルイ・クルス第二王子殿下。我らがハートリー家は心から殿下のご訪問を歓迎致します」
家族全員で出迎えのため整列し、最敬礼をする。
「ハートリー侯爵。本日は急な訪問にも関わらず快く受け入れてくれて感謝する」
王家の豪華な馬車から降りてきたルイ殿下は、昨日までの根暗王子とはまるで別人だった。
生き生きとした輝くマリンブルーの瞳は力強く、銀色の短い髪は歩を進める度にキラキラと揺れる。整った顔立ちは瞳に輝きを取り戻したことで精悍さを増し、美しいだけではなく男らしさも宿していた。
そう、もう目が眩むほど爆イケだった。
昨日までの威勢は何処へ行ったのか、予想以上のルイ殿下のオーラにセリーナは真っ赤な顔で口を開けたまま、何も言えずに突っ立っていた。
「エミリー、会いたかった」
その言葉に家族全員信じられないものを見るような顔で私に視線を向けた。
「お待ちしておりました。早速キッチンへ参りましょうか? それとも応接室で紅茶でもご用意致しましょうか?」
「キッチンだ。楽しみにしていたんだ」
家族の顔が絶望の表情になっているがもう気にしない。慣れた。
「それではこちらにどうぞ」
私はルイ殿下を早速キッチンへ案内した。
◇◇◇
「ここか! 落ち着くな」
「殿下こちらの椅子へどうぞ」
キッチンカウンターの前には小さなスクエアのテーブルと椅子のセットを置いてある。シンプルなテーブルランナー、ランチマット、小さな花器に今日は一本だけ白いガーベラを飾ってある。屋敷で一番お気に入りの場所。
「お前達は出ていてくれ」
お付きの騎士達にルイ殿下が指示を出すが、騎士達は心配そうだ。それはそうだろう。王族が口に入れる物を素人が作るというのだから。
「大丈夫だ。二人にしてくれ。気兼ねなく話がしたい」
仕方なく騎士達は廊下に出て、扉から離れた場所で待機することになった。
「よっしゃ! 楽しみやなぁ!」
二人になるとすぐに関西弁が飛び出す。
「何食べさしてくれるん?」
「まずはこれを先にどうぞ」
私は予め作っていたお漬物と汁物を並べた。
器と箸は特注で作ってもらったものだ。
「こ、これは……! 茄子の漬物に豚汁ちゃう??」
「うん。お野菜は私が育ててるの。蒟蒻は無理だったから入れてない」
「そんなんええよ! わぁ! 食べてええ?」
「うん、どうぞどうぞ」
恐る恐るルイ殿下が豚汁に口を付ける。
「~~~~!!!!!!」
「どうかな? 口に合うといいんだけど」
「旨い!!!! めっちゃ旨い!!!!」
十三年ぶりでもルイ殿下の箸使いはスムーズで、それが日本の存在をまた確かなものに感じさせてくれる。やっぱり日本で生きていたんだよね、私達。
ルイ殿下の瞳がウルウルしてきたので、私は見ないようにして次に出すおむすびの準備にとりかかった。
「さあ、温かいうちにこっちもどうぞ」
「おむすびやぁ……!!」
鮭とたらこのおむすびにしばし見入っている。
ルイ殿下にとって十三年ぶりの日本食だから、敢えて定番のラインナップにしてみた。
「これ、海苔とかどないしたん?」
「うちの領地は砂浜があって、海苔も打ち上がってるの。それを吟味して拾ってきて、細かくして薄く広げて乾かして」
「すごいやん!!」
「そのたらこもね、この世界では魚卵は食べないから、料理長にもらって自分で塩で漬けたのさ」
「ほ、ほんまに? もう鉄人やん……!!」
バクバクと凄い勢いで『旨いー!』と平らげていく姿は、見ていてとても気持ちがいい。
男の子らしく大きな口で食べるから、ほっぺにも指にもご飯粒がたくさん付いている。こういう姿はかっこいいと言うより可愛いなぁと思う。
それに、私の手料理を喜んでくれる人がいることがこんなにも嬉しいなんて。久々の感覚だった。
前世では私が作った料理を食べるお客さんの姿を厨房からこっそり見たりしていた。美味しいって顔してくれるかな、お客さんに元気をあげられるかな、と思いながら。美味しそうに食べてくれる姿は何より私の励みになったものだった。
懐かしいその喜びに胸が温かくなるのを感じる。
「この世界にも米があんねや」
「そう、あんまり人気ないんだけどね。この国では一部の地方でだけ、とにかく煮こんで煮こんでわやにして食べる感じ。私はお鍋で炊いてるんだけど、炊けばすごく美味しいご飯なの」
「これ甘みがあって旨い米やな」
「でしょう? あちこち探して見つけた農家さんのなんだ!」
私が趣味で色んな食材を集めてる話をしてる間、ルイ殿下は漬物も豚汁も旨い旨いと言って食べながら聞いてくれた。
「あとね、うちの領地で海苔が打ち上がるって言ったけど、それでこんなものも作ってみたのさ」
私はガラスジャーを棚から取り出した。
「これ……まさか……」
蓋を開けてルイ殿下の掌に中身を少しだけ出す。
「青のりやん!!」
そう、日本ではお馴染みの青のりだ。
「私魔力は強くないんだけど、一応風魔法も氷魔法も使えるから料理に便利なんだよね。これは乾燥した青のりを風魔法で粉末にして作ったの」
「懐かしい! あおさやのうて青のりやぁーー!!」
青のりを乗せた手の平を高く掲げて大げさに喜んでいる。
「大阪にはな、青のりのおはぎがあるんやで」
「え!?」
「めっちゃ緑でフワフワでな、中に粒餡が入っとんねん」
「そうなんだ! 私はおはぎは餡子ときなことゴマしか知らない」
「お彼岸の時に食べるんやけど、口が緑でえらいことになんねん」
「へぇ~」
想像して笑ってしまう。
「なんか阿寒湖のマリモみたいなんだろうね」
「あかん子?」
「発音が違う。北海道の阿寒湖の天然記念物だよ」
「そうなんや」
何だかじーっとこっちを見ている。あ、おはぎが食べたいのかもしれない。
「もち米は見つけられてないから美味しいおはぎは作れないかも」
「まぁおはぎはええよ」
「あ、じゃあ……」
「ん?」
「いいもの作ってあるよ~」
私はジャジャーンと棚から包みを取り出そうとした。その瞬間棚の横のランプのボタンに肘が当たってしまい、キッチンが暗くなる。
「わ! ごめん! 押ささった!」
慌ててボタンを押してランプを付け直すと、さっきからじーっと私を見ていたルイ殿下が確信したような顔で切り出した。
「えみりちゃん、北海道の子やな」
……気を付けていたのにばれた。