68.ローランドの作戦
王城に戻ってから、執務室でローランドが今後の流れを説明してくれた。
「今日は『希望の種』を蒔きました。そしてこれから半月程放置します。その間与えるのはセリーナ嬢本人が魔法で増やしたソラニンが含まれるお茶と、ソラニンが倍増したジャガイモを蒸かしたものだけです」
神殿でジュリアンがセリーナに密かに食べさせていたジャガイモ。ただし美食家のセリーナの口に合うよう調理していたと聞いている。それが今度は極端に質素になった。
普段のセリーナなら絶対に口にしないだろう。でも今は口にしないわけにはいかない。だけど口にしたらまた食中毒症状が現れる。自分の魔法の効果のせいで。
「彼女の被害者の中には食事を摂れなくなる疾患も、胃腸炎になる疾患もありました。彼らの苦しみを半月の間味わってもらいます。たった半月だということに感謝して欲しいくらいですが」
ローランドは眼鏡をクイッと上げて言葉を続けた。
「最初に希望を持たせた分、全く救いに訪れない我々や騎士団、不衛生な環境、救いには来ないのに粗末な食事だけは用意されるという状況に、徐々に不満と不信感を持つでしょう。この半月の間に、蒔いた種から『疑念の芽』が芽吹きます」
無表情で淡々と言葉を続けるローランドから、深い悲しみと怒りを感じた。いつも冷静沈着でクールに見えるローランドだけど、本当はとても心優しい人だ。被害者達の苦しみに人一倍心を寄せているのだと思う。
「半月後、わざと地下牢と闘技場を繋ぐ扉だけを開けておきます。真っ暗な空間で光が射す唯一の道は、彼女の出たいという欲求を駆り立てるでしょう。しかし、簡単に出てもらうつもりはありません」
誰かが檻の鍵を開けに行くのだろうかと考えていた私は、その言葉に引っ掛かった。ではいつどうやって出るのだろう。
「あの檻の鉄格子ですが、800℃から柔らかくなり始め、溶けるのは約1500℃です。炎の魔法でせいぜい頑張って頂こうと思っています。彼女の魔力量が多いとしても、体が通るだけの空間を開けるために必要な日数は恐らく一週間です」
セリーナの魔法は炎属性だけど、鉄を溶かしたことなんて無い筈だ。それでもあの性格なら、脱出するために必死になってやり遂げるかもしれない。真っ赤になった鉄格子と鬼気迫るセリーナを想像して、思わずゴクリと唾を飲み込む。
「毎日鉄を溶かすだけの日々に、『疑念の芽』は育ち続け『憎悪の蕾』をつけるでしょう」
皆がシンと沈黙する。その後にきっと大きな何かがあると私にも分かる。
「脱出に成功した彼女は光を求めて地下牢から唯一の道を進み、闘技場に出てきます。そこで我々がお相手します。その際には『復讐の花』が一気に開花すると思われます」
お、お相手って……大丈夫なんだろうか。皆の遺伝子を焼かれるのでは。きっと塁君とヴィンセントが保護魔法を使うのだろうけど、何度でもセリーナは挑んでくるだろう。二十重にかけても二十一回攻撃してくるかもしれない。
「鉄格子を溶かした後、残っている魔力量は僅かでしょう。そこで繰り出してくる攻撃は全て防ぎ、一気に刈り取ります」
そうか、魔力を削ぐための鉄格子なんだ。ローランドの言い切る口調に『きっと大丈夫、最強チームだもん!』と思えた。私も皆と視線を合わせて強く頷き、ポケットのクワガタ君を確認した。
「そこで煽って煽って自爆を誘うんだよねぇ♪」
ヴィンセントは楽しみで仕方ない様子で口を開いた。セリーナを恐れる様子は微塵もない。
「ジャガイモと同じように、自分の魔法を存分に味わってもらいましょう」
眼鏡の奥のローランドの瞳が暗く光った。
◇◇◇
「レ、レオ……」
「アリスさん。またいらっしゃったんですか。僕よりクリスティアン殿下のところに行くべきです」
アリスはまた学園の薔薇園に来てしまった。避けられてるのも迷惑なのも分かっているけれど、レオの顔が見たい、声が聴きたいと、足がどうしてもこっちに向かってしまうのだ。
「レオがいいんだもん……」
「僕はただの園芸家見習いですよ」
「園芸家見習いだって立派じゃん! レオの育てたお花は皆綺麗に咲くもん!」
「ありがとうございます」
「ぅぅ~、励ましてよぉ~」
「また何か落ち込むようなことがあったんですか」
「その言い方~! 好き~! レオ~~!!」
アリスが抱きつこうとすると、レオはスッと躱して後ずさった。
「話だけは聞きますけど、抱きついたりはやめて下さい」
「ケチ~!」
「あのですね、僕は今まだ十二歳で子供です。誰かに見られたらアリスさんが咎められますよ」
「私の心配してくれてる~!」
「話さないなら行きますよ」
「話す話す!!」
アリスはセリーナの一件をレオに話した。シナリオにまでヒロイン扱いされない自分を励まして欲しいという気持ちと、もうヒロインじゃないからモブとか気にせず自分を見て欲しいという気持ちからだった。
「ハートリー侯爵令嬢の妹さんですか……ということはセリーナ・ハートリーさんなんですね?」
「そう、八取芹那さんって人らしいよ」
「ネットで炎上してた人ですね」
「や、やっぱりあのバブリーメイクの人はセリーナなんだ! 特定されて顔写真出回ってたのは知ってたけど、本名まで出ちゃってたの?」
「はい。再発して入院してる間、羽音が話してた場所やものを振り返る毎日だったんですけど、羽音はバイト仲間の子とお客さんが亡くなったって話をしたことがあったでしょう? 思い出して調べたんです。ネットで騒がれていて記事はすぐに見つかりました。犯人のように叩かれていたのが八取芹那という人物だった筈です」
アリスはレオの言葉のメインじゃない部分に反応してキュンとしてしまった。私の話してたことを振り返る毎日だったなんて、私のことすごい好きだったんじゃないのと期待してしまう。一方レオは思い出すように顎に手を当て地面を見ていた。
「ハートリー侯爵令嬢とルイ殿下が、その亡くなった二人だというのは気付いてましたけど、八取芹那がまさか妹に転生してるなんて」
「レオはセリーナより二年早く転生してるから、あの人が何で死んだのかまで分からないよね」
「知りませんね。ただ、僕が死ぬ直前くらいには、職場の研究所で揉めていたようです。ネットに正体をバラしたのが彼女の部下達だったようで」
「うわぁ……」
「腹いせでその人達に横暴な振る舞いをしたらしく、パワハラだと大勢が退職したと。それもまた炎上していましたね」
アリスはセリーナを思い出し、『有り得るわ~』と納得して溜息をついた。
「で、アリスさんはシナリオが認めるヒロインに返り咲く気は無いんですか?」
「困ってる人がいたら助けたいし助けるつもりだけど、この世界のヒロインじゃなくても出来ることでしょ? だから別に私は私でいっかなーって思ってる」
「そうですか」
「だからレオも私のこと考えてみてよー!」
「だから僕まだ子供ですから」
「ルイ殿下とエミリーちゃんだって十三歳で婚約したんだよ!」
そう言うとレオは困ったように顔を背けてしまった。
「励ましてくれるならギュッてしてー!」
「元気そうだし『私は私でいっかなー』ってもう結論出てるじゃないですか」
「そうだけどギュッてしてー!」
「はいギュッ!」
偶然にもレオは入学式のエミリーと同じように、アリスと握手して思いきり手を握ってすぐに離した。
「そんなのあり!?」
アリスも偶然にも天敵ルイ王子と同じ反応をしたのだった。




