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62.偽物ヒロインと真正ヒロイン

「セリーナ様、お食事をお持ち致しました」

「…………」


 私が口に入れるものは全てジュリアンが作っている。神殿で私の他に体調を崩している者はいない。だとしたら食事の後にいつも具合が悪くなるのは材料のせいではない。


「ジュリアン、この料理、ジュリアンが食べてみてくれるかしら?」

「私がですか? お気に召しませんでしたでしょうか?」

「違うわ。私の体には合わないようだから」

「それでしたら後ほど自分の部屋で頂きます。セリーナ様は果物などの方がよろしいですか?」

「ジュリアン、今、ここで、私の目の前で、食べてみて」


 私だってジュリアンを疑いたくはない。私を崇拝する美しいジュリアン。私のやろうとしていることを知る者も理解できる者もいないから、ジュリアンを密偵か何かで使っている人間がいるとも思えない。


 何故なのかまだ分からないけれど、とにかくジュリアンを信じたい。そのためにはいつもの料理を目の前でジュリアンに食べてもらうしかない。


「分かりました。では早速」


 ジュリアンは運んできた料理をテーブルに並べ、姿勢よく椅子に座る。そして祈りを捧げた後、完璧な所作で料理を次々と口に運んだ。


「ご馳走様でした」


 ジュリアンは涼しい顔で完食し、同じワゴンに皿を載せて片付けた。どう見ても具合が悪そうではない。


「ジュリアン、やっぱり見てたら私もお腹が空いてきたわ。何か持ってきてもらえるかしら」

「かしこまりました」


 しばらくするとジュリアンは美しくカットされた果物を数種類運んできて、香りの良いハーブティーも淹れてくれた。


「ありがとうジュリアン」


 私の思い違いだった。やっぱりジュリアンは清廉潔白だわ。


「ジュリアンも一緒にお茶を飲みましょう」


 一応念には念を入れて確認する。ハーブティーに何か入っていたら堪らないからだ。


「ではお言葉に甘えてご一緒させて頂きます」


 私の向かいにジュリアンが座り、一緒にハーブティーを楽しんだ。


「ジュリアン、ほら口を開けて」


 フルーツをフォークに刺してジュリアンにあーんした。ふふふ、まるで恋人同士のようだわ。少し照れているのも可愛らしい。ジュリアンは神官だし、今まで異性とこんな風に接することなんて無かったでしょうね。


「なんだか体調も良くなりそうだわ」

「それは我々一同の願いです。聖女様には一日も早くご回復して頂きたいと皆が祈っております」


 杞憂だったようね。フルーツもハーブティーも、何の躊躇いもなくジュリアンは口を付けた。ああ、安心した。滅多にいないこんな美しい男を、私だって殺したくはない。


「それでは片付けをしてまいります。本日の午前中は北部の神殿から三名の神官と……セリーナ様? セリーナ様!?」


 あ、あら? 眩暈がする。何故? また吐き気が込み上げてくる。何故?


 ああ、ジュリアンが私を抱き上げてくれている。近くで見ると本当に美しいわ。


 おかしいわね。食事に問題は無かった筈だし、ハーブティーもジュリアンと同じものを飲んだ。なのに何故ジュリアンは大丈夫なのに私だけが体調を崩すの?


「セリーナ様、今日も横になっていて下さい。北部から来る神官達は私や他の神官で相手を致します。どうかご無理をなさいませんよう」

「ジュ、ジュリアン、何故なのかしら。何故食事を摂ると体調を崩すのかしら……」

「恐れながら何かご病気が潜んでいるのではないでしょうか。どうか聖女様のお力を御自身にお使い下さい。このままではお体がもちません」

「病気……」


 内臓疾患か何かだろうか。どうしよう。そんなもの自分で治せない。あの元ヒロインの小娘に頼むわけにもいかない。早く治さなければ。だけど聖女だというのに医師に往診を頼むわけにもいかない。どうすればいい?


 秋頃に平民達に遺伝子疾患を蔓延させて、私が神々しい程に見事に治してやろうと思っているのに!


 本当はその前に19番染色体から先の研究もしたい。もし今考えている二箇所以上に強烈に見える疾患があるのなら見つけたい。


 医師の元を訪ねることも、薬師の元を訪ねることも出来ない。そもそも外出出来る体調ではない。どうすればいい?


「うぇっ!」

「白湯をお持ちしました」


 考えても考えても、秘密裏に治療を受ける方法が思いつかず、夏の暑さもあって私の体調は回復しないまま、季節は秋に近付いていた。





 ◇◇◇





「レオ! お昼一緒に食べよう!」

「ま、またですか。どうかお気遣いなさらず」

「私がしたくてしてるの! さぁさぁ敷物持ってきたからね!」


 何故かアリスが最近ずっと攻略対象者の前に現れない。朝の挨拶攻撃も鳴りを潜め、帰りも誰よりも急いで薔薇園の方へ向かう。


 本格的に諦めたのかな、疫病イベントはどうするんだろう、なんて思いながら、手作りのランチを持参して塁君と薔薇園に来てみたら、アリスがレオを敷物の上に無理矢理座らせているところだった。


「アリス?」

「あ! エミリーちゃん」

「お前は何をしている? いよいよおかしくなって少年まで攻略対象にしたか」

「ひど! 違うもん! レオは私のかれぴだもん!」

「でたな、かれぴ呼び。いい加減誰か一人に真っ直ぐ向き合え」

「レオと真っ直ぐ向き合うんだもん!」


 私と塁君はピシリと固まって今聞こえてきた台詞を反芻した。


 かれぴって冗談で言ったわけでも、勢いで言ったわけでもないの? 真っ直ぐ向き合うって、あのアリスが言ったよ?


 逆ハー狙いだったアリスが、たった一人と真っ直ぐ向き合うって。なんという成長。どうしたアリス。


 ……だけど、だけど、何故その相手がモブの少年なんだ。元プレイヤーとして甚だ疑問だ。


 私の困惑とは別に、塁君は周りの気温を下げつつアリスを見下ろす。完全に『気に入った男子はロックオン』状態の羽音ちゃんを見る冷たい目になっている。


「おいスペースレンジャー、無限の彼方へ行ってしまえ」

「ルイ殿下が行けばいいじゃん!」

「ほぉ~~、いい度胸だ」


 天敵二人が睨みあっている関わりたくない状況で、果敢にもレオが発言した。


「あ、あの、ルイ殿下。彼女も悪気はありませんので、どうか穏便に」

「レオ、お前は優し過ぎる。迷惑なら迷惑だと言うんだ。俺が退治してやる」

「酷い! だってルイ殿下が言ったんじゃん! 他人にして欲しいことは自分が先にしろって! 惚れ抜いて欲しいなら自分が先に惚れて惚れて尽くせって! だから今尽くしてるところなの! 気持ちが返ってきたら最高でしょ!」

「…………ほぉ、そうきたか」

「アリスさん、僕は何もお返し出来ないので、どうかこれ以上のご親切は遠慮させて下さい」

「や、やだ! 行かないで!」

「昼食は持ってきてますので職員棟で食べます。お気持ちだけ頂いておきます。失礼します」


 そう言ってレオは礼儀正しくお辞儀をして去って行った。


「ルイ殿下のせいじゃーん! うぇーん!」

「迷惑がられてるんだ。しつこくするな」

「迷惑がられてたって止めない!」

「ストーカーめ」

「レオじゃなきゃダメなんだもん! ぅぅ~!」


 アリスがピーピー泣くので、私達は三人でお昼を食べながら事情を聞くことにした。







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