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61.ヒロインも十六年間すれ違う

 アリスの瞳から、ボロボロと涙がとめどなく零れ落ちる。


『優しくなかった』『最悪』とエミリーに悪く言ってしまったけれど、ルイ王子の言う通り最悪なのは自分だった。本当は玲央はいつも優しかった。別れの時を除いて。


「な、なんでイブに振ったのぉ……?」

「ふ、振った?」

「だ、だってレストランでさ、『羽音は俺のどこがいいの? 分からない』って言って席立ったじゃん……ぐすっ」

「あ、戻ってきたら居なくなってたのって、まさかそれですか?」

「そりゃあ居なくなるよ!」

「体調が悪かったんですけど、イブですし無理してたんです。羽音が楽しみにしていたレストランでしたし。あの時羽音に『しばらく会えなくなる』って言ったら『何処か行くの? 一緒に行きたい』って言ったでしょう? 『遊びに行くわけじゃないけど、連絡出来る状況になったらする』って言ったじゃないですか。それなのに『羽音に飽きたの?』とか『構ってくれない人なんていらない』とか怒り出して」

「そ、そりゃ怒るよ。イブに会えなくなる宣言されたらさ……」

「長期入院する予定だったんです」

「えっ……」

「人間ドックで癌が見つかって。羽音に心配かけたくなくてああ言ったんです」


 癌って。じゃあ死んじゃったのって癌で?


 中庭のベンチでうたた寝してしまった日、光魔法を綺麗だと褒めてくれたレオに『何処か治して欲しいところはない?』と聞いた。その時、『僕の体はとても健康で丈夫で満足してます』とレオは答えた。きっと前世で、病気でままならない体に悔しい思いをしたんだと、想像しては胸が詰まる。


「羽音はしばらく無言で食事した後、『他にもかれぴっぴはいるもんね』とか言い出したでしょう? 拗ねてるのは分かったんですけど、『玲央って優しくないし酷い人』って言うから、この先どうなるか分からない自分なんかからは、解放してあげた方がいいかなって思ったんです。だけどデザートの時に『ムカつく』とか『やっぱり嫌い』とか散々言った後に『でも待っててあげてもいいけどね!』って言うから、分からなくなってしまって」

「…………ごめんね」

「ちなみに席を立つ前に『ちょっと電話』って言いましたよ?」

「でも私が帰る時にお店の外にもいなかったじゃん! 私を置いて帰っちゃったって思ったよ!」

「手洗いで少し戻してしまって。すみません、体調が悪かったので」

「言ってくれればよかったのに……」

「かっこつけたかったんです。前は年上でしたから」

「ぐすっ、じゃ、じゃあ振ってないのぉ?」


 次の言葉に期待して喉の奥が苦しくなる。十六年も前の出来事なのに、今更答え合わせをして過去が変わるわけでもないのに、何故期待なんてしているのか。


「振ったつもりはなかったです。でも電話をかけても出ないし、怒ってるんだなって思ってました。退院直前、羽音が事故で亡くなったと連絡が来るまでは」


 レオの顔が悲しそうに歪む。


「僕は何も知らずに病院で年を越しました。もう君はいないのに、退院したら電話をしようと思いながら。連絡をもらってからは、羽音は飲酒運転なんて今までしたこともないのに、レンタカーを借りてまで何故……そればかり考えていました。何故かを考えていたら、直前に会っていた僕のせいなんじゃないかと思い至りました。憂さ晴らしをしたくなるほど怒っていたのかと」

「ちが……! 違う! 私だけが悪いの! 勘違いしたの!」


 ずっと自分を責めていたのかと申し訳なさに襲われる。転生してから『少しは後悔したかな?』なんて思っていた自分の浅はかさが腹立たしい。


「結局手術して二年後に再発して、闘病の甲斐なく僕は死にました。生まれ変わってここが羽音がやっていたゲームの世界だと気付きましたけど、まさか羽音がヒロインになってるなんて」

「わ、私も驚いたよ……」

「ヒロインになりたいって言ってましたもんね。願いが叶って良かったですね」

「わ、私はいつも私の人生のヒロインだもん!」

「ふふ、そうでしたね」

「うっ、うぇーん」

「泣きたいときは泣いたらいいですよ」


 子供みたいに両手を目に当ててびえーんと泣き続けた。


『泣きたいときは泣いたらいいよ。涙にストレス物質が溶けて、本当に楽になるらしいよ』


 そんな玲央の言葉とまた重なって、切ないのか、苦しいのか、愛しいのか、分からないくらい胸がいっぱいになった。


『本気で好きになりかけてた』なんて嘘。振られたから誤魔化して強がっていたけれど、本当はちゃんと好きだった。でも愛情の量をプレゼントの額や数、どれだけ我儘を聞いてくれるかで量っていた自分には、何もくれなくなる男相手に縋るような気持ちは認められなかった。


「話を聞いたのであまりうまく進んでいないのは知ってますけど、第一王子はまだ正式な婚約はされてないし、アリスさんにもチャンスはありますよ」


 その言葉に思わず涙が引っ込んだ。第一王子……。そうだった。存在をちょっと忘れていた。どうした私。


 薔薇だって品評会当日はクリスティアン殿下に捧げようと思っていた。婚約者がいないのもクリスティアン殿下だけだし、出会いイベント成立したのもクリスティアン殿下だけだし、自分に冷たくないのもクリスティアン殿下だけだから。それに、未来の王妃になるわけで。


 それなのに、すっかり忘れてレオにあげようとしていた。断られたけど。ゲームでは強力な好感度アップアイテムだったから、賞を逃しても少しは効果があったかもしれないのに。


「クリスティアン殿下はグレイスかユージェニーの二択みたいだから、どうかな」

「諦めるなんてアリスさんらしくないですね。あなたはこの世界の正真正銘のヒロインですよ」

「なに? クリスティアン殿下と結婚して欲しいの?」

「え?」

「他の男と結婚してもレオは平気なの?」

「……貴女はヒロインで僕は年下の園芸家見習いです。もう前世とは違います。背もアリスさんより低いし、学校も出ていませんし、お金もありません。ヒロインは相応しい相手と結ばれるべきです」


 確かに玲央はイケメンでいい会社に勤めててお金持ちで、自慢のかれぴだった。おねだりしたら何でも買ってくれるし優しかった。


 ……なんて下らないんだ。自分の価値基準。


「私は私の人生のヒロインで、レオはレオの人生のヒーローでしょ! もうそれでいいじゃん!」


 自分でも何を言ってるか分からない。それでいいじゃんって何をどうして欲しいんだろう。お友達になって欲しいの? 相談相手になって欲しい? 今までみたいに何か失敗した時に励まして欲しいの? それならクリスティアン殿下に選ばれた後でも出来るじゃん。何でこんなにイライラモヤモヤするの?


「ムカつく!」

「え、何故……」

「やっぱり嫌い!」

「そうですか」

「う、嘘だよー!! 馬鹿ーー!!」

「アリスさん、落ち着いて」


 アリスの泣き声を聞きつけて、レオの父と兄が走ってくる。『どうしたー! レオお前何言ったー!?』とレオが叱られている。


『ざまぁみろ! 叱られちゃえ!』と思う気持ちと、『やだやだ叱らないで傷つけないで』と思う気持ちが、マーブル模様のように、溶け合うようで溶け合わず、自分を酷く惑わす。


「アリスさん、休んでいきな」

「これ腹痛に効く薬草。今お茶にしてやるから」


 二人はこんな情緒不安定な面倒くさい自分でも心配してくれる。暖かい。優しい。レオみたい。玲央みたい。


「あの、レオはいつもとても優しくしてくれますから、もう叱らないで下さい。いつも学園で相談に乗ってもらっているんです。今も辛いことを思い出して泣いてしまっただけで、レオは励ましてくれてたんです」


『傷つけないで』の気持ちが勝ってしまった。


「じゃあ、また週明けに学園で。今日はごめんね」


 そう言ってアリスは無理に笑顔を作ってレオの自宅を後にした。


 自分までまさか十六年もののすれ違いを拗らせていたなんて。腫れた瞼を光魔法で治しながら、ヒロインは自嘲した。







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