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60.アリスとレオ

 週末、ヒロイン・アリスは王都外れにある園芸家見習いの少年の自宅を訪れた。


 本当は秋に少年の雇用期間が終わり、頻繁に会えなくなってから、と思っていたのだが、思いがけず家が近くて我慢出来なくなったのだ。


 週明けには学園で会えるというのに来てしまった。アリス自身も『何してんだろ私』と頭の片隅で思っている。もっと攻略対象者と交流を持つべく頑張らないといけないのに。攻略自体にあまり執着がなくなりつつあるのだ。


「園芸家さーん!」

「「 なんだ? 」」


 少年以外の二人の男が同時に振り返った。


『そうだった。お父さんとお兄さんも園芸家さんなんだった……』


 アリスは慌ててお辞儀をした。


「こんにちは! 私、魔法学園一年のアリスといいます!」

「あ~レオのバイト先な」

「こんなべっぴんさん連れてくるなんてお前もやるなぁ!」


 父と兄がガハハと笑っている中で、アリスは固まっていた。


「アリスさんこんにちは。早速いらっしゃったんですね。もうすぐ休憩時間ですからその辺にかけてお待ち下さい。母に言って甘いミルクティーでも淹れてもらいましょう」

「あ、あの、あの」

「どうしました?」

「園芸家さんって、ひょっとして」

「?」

「あっ、ど、どうしよう」

「アリスさん、大丈夫ですか? 顔色が……」

「か、帰ります! ごめんなさい!」

「え? せっかく来たのにですか?」

「どうしようどうしよう! 私、そんな」

「落ち着いて下さい」


 少年はアリスの背中をさすろうと腕を伸ばした。しかしアリスは涙を浮かべて身を捩った。


「おいどうした? アリスさん、何かあったか?」

「レオ、お前何か言ったのか?」

「いや、特には……。甘いミルクティーお嫌いでしたか?」


 親子三人はアリスを取り囲み、心配そうに覗き込んだ。アリスの瞳から思わず涙がポロリと零れ落ちる。


「あぁ! 泣かせた!」

「おいレオ! お前女の子泣かせてとんでもないやつだな!」

「ええっ! なんでだろう。ごめんなさいアリスさん!」

「ちが……違うんです。何でもないです。帰ります」

「腹でも痛ぇのか? 休んでいくといい!」

「いえ、あの、ほんとにすみません」


 父はベッドの用意をしに家の中へ入ってしまい、兄は敷地の薬草園に薬を採りに行った。一人残った心配そうな少年の姿が視界に入ると、アリスの瞳からはますます涙が溢れた。


「また何か落ち込むようなことがありましたか?」

「ちが……」

「何でも聞きますから言ってみて下さい」


 少年は真っ直ぐな瞳でアリスを見つめた。


 アリスの口から、小さな小さな震える声で、やっと零れた言葉は少年の名前だった。


「……れ、玲央」

「はい」

「玲央なの?」

「はい?」

「わ、私、羽音(はのん)


 その言葉に少年の表情は抜け落ち、体は動きを止めた。


「は、のん?」


 アリスは震えながらこくこくと頷いた。




 アリスの頭の中で、ぐるぐると途方もない意識が渦を巻く。


 玲央。


 私のかれぴだった人。本気で好きになりかけた人。甘ったれな自分を甘やかしてもくれたし、叱ってもくれた人。よりによってクリスマスイブに『羽音は俺のどこがいいの? 分からない』って言って振ってきた人。


 でも、でも、何で転生してるの? 死んじゃったの? 今何歳? 十二、三歳くらい? じゃあ私が死んだ後三年位で死んじゃったってこと? 何で?


 死んでほしいなんて思ったことない。悔しかったけど、憎いなんて思ってなかった。若くして死んだりしないで欲しかった。幸せでいて欲しかった。そしたら私も今世で頑張って逆ハー決めて、どうだ見たかって、私が欲しかったいっぱいの愛情は、こんなに満たされてるもんねって思えたのに。


 レオなんて名前の人間は大勢いるだろう。でも今世で少年と話している間に何度か思ったのだ。


『こんなに小さいのにまるで玲央みたいなこと言うなぁ』


 最初に思ったのは『女性は誰でもその人の人生でヒロインなんだと思いますよ』という言葉だった。


 農作物イベントの愚痴を聞いてもらった時も『結果も大事ですけど、救いたいという気持ちと実際に現地に赴く行動力が素晴らしいと思いますよ』と言ってくれた。


 玲央もいつも『結果も大事だけど、やってみようとする気持ちと実際に挑戦する行動力が立派だと思うよ』と何かに失敗する度に言ってくれた。


『玲央みたい』


 少年といると、かつての恋人を思い出して気持ちが凪いだ。一緒にいると心地良かった。攻略対象への好感度上げが疎かになるほどに。


 そこへきて、さっき初めて知った少年の名前は、偶然にもレオだった。


 まさか、そんな筈ない。転生なんてしてるわけない。死んだってことだもん、と偶然だと思おうとするけれど、恋人との共通点が多過ぎた。


 玲央も心配すると背中をさすってくれた。その手の平の温かさにホッと心が解れたことは一度や二度じゃない。


 心配そうに覗き込む時に、右側の眉毛だけちょっと上がるところ。同じだった。


『また何か落ち込むようなことがあったの? 何でも聞くから言ってごらん』


 構ってほしくて元気がない素振りをみせると、いつもそう言ってくれた。特に何も無くても、羽音が構って病を炸裂させる度に怒らず毎回言ってくれた。


 少年と良いお友達になれるんじゃないかと思っていた。でもこうなっては無理だと、悲しみがこみ上げる。


 ヒロインなのに何もかも上手くいかない自分。強メンタルな自分でもさすがに挫けそうな時がある。そんな時に何の計算も無く、真っ直ぐ励ましてくれるのが少年だった。少年の言葉は、いつも枯れかかった萎びた心を光の魔法のように生き返らせてくれた。自分の光の魔法は体しか癒せない。でも少年は違った。


 この子といると元気が出る。


 それに気付くのなんてすぐだった。





「な、なんで」


 硬直していたレオがやっと口を開いた。


「なんで苗字が名前になって転生してるんですか?」


 そこ!? まぁ、自分だって記憶が戻ってから散々思ったことだ。


「分かんないよ……」

「プッ」

「え、何笑ってんの……」

「だって、苗字が名前って。僕だったらイガラシって名前になるってことですよね。あははっ、レオで良かったです!」

「ちょ、ちょっとぉ……」

「羽音はいつも自分のこと『羽音』とか『のん』って呼んでたのに、今は『私』だから気付きませんでしたよ」


 男の子の前ではわざと自分を名前で呼んでいた。イタイやつだった。今世ではルイ王子に言われて気を付けている。それにやっぱり『アリスねアリスね~』なんて、苗字を一人称にはしにくい。


「いや、どこかで『羽音みたいな子だな』って思ってはいました」


 レオは少年の口調のままニッコリ笑った。でも笑った時に、右手を軽く握って口にあてる癖もそのまま。


「私だって『玲央みたい』って思ってたよぉ……」


 まさか自分もエミリーとルイ王子みたいに十六年ものの恋愛を今世でどうにかするなんて、ヒロインは思ってもいなかった。







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