58.聖女もシナリオから遠ざかる
「じゃあ今年の秋頃までに、王都周辺でどちらかの疾患の患者が多発するってことですよねぇ?」
「どちらか、もしくは両方同時にだ」
ヴィンセントが塁君に確認すると、塁君は落ち着いた声で即答した。
「同時に!?」
「その方が人々がより恐怖し、パニックに陥るから……という理由かい?」
「……なるほど。その騒動を終息させることにどれほど価値があり、どれほど神の御業に見えるかが重要なわけですね」
「常に人々の苦しみは度外視なのか……」
四人が呆れと怒気を帯びた声で話す中、塁君はさらりと断言する。
「そう簡単に人間相手に仕込みなんてさせる気は無い」
全員が一斉に塁君に視線を向けた。
「農作物イベントまでの一ヵ月間、セリーナは仕込みに行くだけで精一杯で、俺達に一切手出ししてこなかっただろ。出来なかったからだ」
「ジュリアンに見張らせていたんですね」
「見張らせてもいたが、ジャガイモを食わせてやった」
ジャガイモ……。ジャガイモって。
「ま、まさか私の畑の……?」
品評会の次の朝、セリーナが私の畑に魔法を使った痕跡があることを聞いた。ジャガイモの毒素を増やすよう遺伝子をいじってたって。その時に塁君は言っていた。
『そのジャガイモは日に当てて長期保存してお望み通り毒素増やしてから、本人に遺伝子組み換えの成果を実感してもらおう思てるから』
そういうことか!
「ジュリアンによると、セリーナは自分で毒素を増やしたジャガイモが使われていることに全く気付かず、むしろ好んで食べてずっと体調不良でいる。そんなものをエミリーに食べさせようとしていた時点で死んでよしと思ってはいるが、あいつの今までしてきた所業を考えると簡単に死なせるわけにはいかない」
「そうですね」
「俺もそう思う」
「己の行いを後悔させたいとは思います」
「捕らえたとしても死刑になるだろうけどね」
「それだとハートリー家にも迷惑をかける。俺はあいつのせいでエミリーが心無い声に傷つくのは嫌だ」
そうだよね、セリーナが捕らえられて罪が明るみに出たら我が家は取り潰しになって、私と塁君の婚約も白紙に戻されるよね……。
それに神殿だって、神官が巡礼先で人々に魔法を使って危害を加えていたと知れたら、重大な責任問題になって神殿自体の存続も危うい筈。三年間もお世話になっているのに仇で返す気か。
「これはハートリー家の責任じゃない。俺はエミリーとしか結婚しないし、邪魔する奴は容赦しない」
「エミリー嬢の未来はこの国の未来に直結するからね~。国王夫妻もそこは分かってるからハートリー家は大丈夫だと思うけど」
「国民の目がありますからね。大々的に捕らえるのではなく、我々の手で捕らえて秘密裏に対処するのが良いでしょう」
「み、皆はセリーナの姉の私が第二王子の妃だなんて、相応しくないとか思わないですか……?」
私は不安になって俯きながら尋ねてみた。すると、一斉に噴き出す音が聞こえてくる。
「あはは、あはははは、エミリー嬢、逆だよ逆!」
「ルイ殿下のお相手を出来るのはエミリー嬢しかいません」
「むしろセリーナ嬢がエミリー嬢の妹として相応しくないのですよ。もう少し自信を持って頂かないと。こんなとんでもないお方を飼い馴らしているというのに」
「俺のことか? エミリーになら飼われたい」
「ふふ、ルイは本当にエミリーとの婚約が解消になんてなったら、この国を滅ぼしかねないからね」
皆が大げさに言ってくれているけど気持ちが嬉しい。誰一人私達の婚約に反対の人はいない。心強い。
「国民が認めないというなら二人で別の国に行く。俺はエミリーがいれば何処でもいい」
「それは国の損失が大き過ぎるなぁ」
「二人に移住された国は幸運にも程がありますね」
「別にその国に貢献する気は無い。エミリーを幸せにするだけだ」
「本当にルイ殿下の世界はエミリー嬢を中心に回ってい過ぎていて、大変清々しいです」
塁君は大真面目な顔で断言している。これは本気だ……。でも私だって頑張る気満々だからね。
「わ、私も微力ながらセリーナに対抗すべく頑張ります!」
「エミリーは俺に護られていればいい」
「もしものために!!」
もしも、もしもセリーナが皆の魔法や物理的な攻撃も回避して、罪のない人々に危害を加えようとしたら、私の大切な人に何かしようとしたら、私のポケットのクワガタ爆弾が黙っていない。
見てろ。命中させてやる。
「何を考えているか手に取るように分かるが、どう練習するか考えると怖いからあまり頑張らないでくれ……。とりあえずセリーナが気づくまでジャガイモ料理は続ける。それでもまた仕込みをしに外出しようとしたら今回は農作物と違って見過ごせない。すぐに対処する」
「どうなさるんですか」
「ゼインだ」
聖女の拉致・誘拐――
「秋までに仕込みが出来ずにいたら、業を煮やしたセリーナが何をするか分からない。各自油断せずに注意していてくれ。何か気付いたことがあればすぐに教えて欲しい。次は危険度も増す」
「承知しております」
「御意」
「了解~!」
皆それぞれ口調はいつも通りだけれど、その瞳には決戦に赴く戦士のような覚悟を宿していた。
◇◇◇
農作物イベントが終わって最初の登校日、馬車を降りて校舎に向かう途中、アリスが中庭のベンチでレオに愚痴っている姿が目に入った。いつの間に親しくなったんだろう。
「分かってはいたんだけどね、やっぱり農作物に光魔法効かなかったよ……」
「そうですか……せっかく足を運んだのに残念でしたね」
「本当にあちこちの畑回ったの。なのに私の力じゃひとつも救えなかったんだぁ」
「結果も大事ですけど、救いたいという気持ちと実際に現地に赴く行動力が素晴らしいと思いますよ」
「え、園芸家さん……!」
アリスもそりゃあ愚痴りたくもなるだろう。だって……
①出会いイベントはほぼ不成立(クリスティアン殿下だけかろうじて成立)
②アイテムひとつも発見出来ず
③挨拶での好感度上げも全く効果なし(むしろ嫌われる)
④薔薇の品評会イベント不成立(偽聖女に見下される)
⑤農作物イベント不成立(人々からキンキラ娘と呼ばれる)
好感度に関しては自業自得な部分もあるけれど、後半はセリーナの力技に負けてヒロインの座を乗っ取られた訳で。農作物イベントだって本来の時期より前倒しだった。本来の農作物の病気が広まる前に、セリーナが芽を出なくしたからだ。何もしなければ普通に芽吹いた後に病気が広まりアリスが全て解決する筈だったのに。
金色の光の粒子が畑全体に降り注ぎ、その中心で祈りを捧げるヒロインのスチルはとても美しかった。
私と塁君は遠くからアリスの様子を見て、とりあえず廃人モードになっていないことに安堵した。
ヒロインだというのに逆ハーどころか誰かの単独ルートにさえ入れずにいるアリス。そういえばあの見事な薔薇はどうしたのだろう。品評会で受賞すれば好感度アップのアイテムになる筈だった。クリスティアン殿下に渡すと言っていたけれど、渡されたという話は聞いていない。受賞してなくても何かの効力はあるかもしれないのに。
「僕、秋には一旦こちらでの仕事が終わって、家業の手伝いをするんです。だから秋までしかアリスさんのお話を聞けませんけど、苦境に負けずアリスさんらしく頑張って下さいね」
「えっ!! 園芸家さん辞めちゃうの!?」
「元々品評会のために臨時で雇われているんです。特別クラスの植栽も秋までに終わりますし。もし来年度も雇ってもらえれば、来年の品評会用の裸苗を鉢に植え付ける作業でたまには来れると思いますけど」
「そそそそんな。園芸家さんがいなくなったら私は誰に話を聞いてもらえばいいの!」
「同級生の皆さんに話してみてはどうですか?」
「園芸家さんが話しやすいし元気が出るの……」
「それは光栄ですけど、きっと皆さん聞いてくれますよ」
「そうだ! 私が品評会に出したあの薔薇! あれを園芸家さんにあげる! だから時々私が薔薇の様子を見に行くってのはどう!? 光魔法でずっと綺麗に咲かせるから!」
私と塁君は思わず二人を三度見した。まさか攻略対象者でもない少年にあの薔薇をあげるなんて。アリスに限ってどうしたのか。
「頂けませんよ」
「もらって!」
ヒロインも自分からシナリオをどんどん外れているようだ。




