56.予想通りの農作物イベント
王城内に私のキッチンが完成してしまった。可愛いタイルに使いやすそうな広いカウンター、保存庫も広いし氷魔法を付与した大型の冷蔵庫と冷凍庫もある。何より全て私の身長に合わせて使いやすく作られている。まさに夢のキッチン。
「うわぁ、凄い……」
「気に入った?」
「うん! うん! すっごい気に入った! 最高!」
「なら良かった」
嬉しそうに微笑む塁君にキュンとする。何かお礼をしたいけど、私に出来るのは料理だけ。一番喜ぶメニューは勿論決まってる。
「クロックムッシュ作ったら食べる?」
「食べる!!!!」
ものすごく元気いっぱいで返事をしてきたから思わず笑ってしまった。
「特別にハム5倍、チーズ5倍のアルティメット塁君スペシャルにするね!」
「うおぉ! マジか!」
「ちなみにそれ以上だと多分手で持てないから!」
「うわ! 何それ! ちょっと試してみたい!」
「やっちゃう? 試してみちゃう?」
「やったれやったれ!」
「よーし、やってやるー!」
私は前世でも今世でも初の、ハム10倍、チーズ10倍に挑戦してみたけど、もうパンはどこに行ったか分からないくらいの仕上がりだった。
「何やこれ! もはやクロックムッシュちゃうけど、旨そうの塊やんけ!」
「持てるかどうかって言うより皿に載せるのも一苦労だよ」
「黄色い溶岩みたいや」
「持てるよう一応紙もいつもの10倍で巻くから」
「リボンは10倍ちゃうの」
「……ごめん、今から用意したら冷めちゃうかも」
「じゃあ後でええよ。たくさんメッセージ書いてな」
「分かった!」
塁君は限界突破クロックムッシュを注意深く手に持って口へ運ぶ。とろけたチーズが伸びてペチンと塁君のほっぺに当たった。
「あっつ!」
「わぁ! 気を付けて!」
「熱いけどめっちゃ旨いー!! パンに行きつけへんけどめっちゃ旨いー!!」
塁君はその後しばらく顎やほっぺに熱々チーズがくっついては『熱!』と言っていたけれど、相変わらず一口が大きくて、前世を思い出しては愛しさが溢れてくる。
「あー、塁君好きだなー」
「えっ! 俺もえみり大好き!!」
突然言っても脊髄反射で返してくる塁君が愛おしい。
そんな時、何処からか入ってきた伝書用紙が塁君の膝の上にひらりと乗った。
「あー、動き出したで」
「ひょっとして、セリーナ?」
「農村部の作物を芽吹かせに行くんやて」
「農作物イベントが始まるんだね」
「ま、ほっといてええよ。一ヵ月前に仕込みしに行ったんは知っとるし、ぼちぼちなんは分かっとったから」
「アリスの光魔法はダメだったんでしょ?」
「そうやな。二日前に農村部回って光魔法使いまくったらしいけど、全然効かへんで『何しに来たんやあのキンキラ娘は』言われてるんやて」
「ふ、不憫……」
アリスだって頑張ってるのに、流石にちょっと可哀相なのでは。
「セリーナが魔法取り消して農作物が芽吹いたら、いよいよ聖女やって騒がれて兄さんの妃にいう話が出るやろな」
クリスティアン殿下の妃ということは、未来の王妃なわけで。国民の疫病イベントできっと塁君達がセリーナを捕まえてくれると思うけど、一瞬でも人々がセリーナを王妃にと望むことに酷く抵抗がある。ネルの赤ちゃんとトミーのこと、忘れたことなんかない。他の場所でもたくさんの人々を苦しめてると聞いたし、ちゃんと罪を償って欲しいと思ってる。
「大丈夫、王妃になんてさせへんから」
クロックムッシュを食べ終えた塁君は、冷えた炭酸水を作ってゴクゴク飲み干した。
「プハッ。ところで例のえみりの温室はどんな感じ?」
「もうばっちり育ってる!」
私は親指を立ててウインクした。
「そんな可愛く言うようなシロモノちゃうけどな」
「いやあの子たちは可愛いと思う」
「マジで」
キッチンが完成するより早く出来上がっていたものがある。私専用の温室だ。
あの子たちが誰かというと、ふふふ、次にセリーナが攻撃してきそうになった時に投げつけようと思っている、例のあの子たちだ。
そう、蛙、カブトムシ、クワガタ専用温室。
品評会の後に準備してなくて悔しかったから早速準備したのだ。さすが王家だけあって何にでも専門家がいて、それぞれに最適な環境に設計してくれた。
「もしかして常にポケットにクワガタとか入れとくん?」
「そのつもり」
「いやいやいや、そもそもセリーナに出くわすようなことにはさせへんし、クワガタ君の出番は無い思うで」
「もしものために」
「もしものために婚約者のポケットにずっとクワガタ入っとるんか……」
「えっ! き、嫌いになっちゃう!?」
「ならへん! ならへんけど!」
塁君は微妙な顔をしているけれど、ここは譲れない。皆の知識と魔法でもどうにもならなくなった時、ひょっとしたらクワガタ君がいい仕事をするかもしれない。カブトムシ君が救世主になるかもしれない。蛙ちゃんが何かを打ち破ってくれるかもしれない。
「大丈夫。きっと上手くいくから!」
「なんなん、その可愛い自信満々の笑顔……」
「剥き出しで入れたりしないから! ちゃんと箱に入れておくからね!」
「剥き出しよりはええか……」
塁君は何とか納得してくれた。
その日からセリーナは農村部を回り、次々と畑の前で祈りを捧げたそうだ。アリスのようにキラキラと金色の粒子が降り注ぐわけでもなく、静かにそっと目を瞑って手を組むだけ。
しかし、少しの間の後にところどころの作物から芽が出始めた。
「芽が出た!!」
「芽吹いたぞ!!」
「聖女様だ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
次の日には全ての作物が芽吹き、感激した農民達は神殿に大挙してセリーナを祀り上げた。
「セリーナ様、農民達をお救い下さってありがとうございます。皆が御礼を申し上げたいとのことですが、如何なさいますか」
「皆の前に行くわ」
「お体の具合は如何ですか」
「今日は調子がいいのよ。ジュリアンの看病のおかげね」
「勿体ないお言葉です」
農民達の前で静かに微笑み手を振るセリーナに、人々は正に聖女だと熱狂した。そしてやはり、第一王子の妃にとの声がどこからともなく上がり始めた。
「まだ私は十一歳だというのに、皆様気が早いですわね。殿下とは歳も離れているのに」
「セリーナ様程の尊いお方なら、少しの歳の差などクリスティアン殿下もお気になさいませんよ」
「そういうジュリアンはどうなの? 歳が離れている私のことは」
「……大変魅力的でいらっしゃると思います」
青い薔薇が王城の薔薇園に植栽される日、私は王城内に籠っていたけれど、クリスティアン殿下はセリーナに最優秀賞受賞のお祝いの言葉をかけに行かれたらしい。
「この度は最優秀賞おめでとう。見事な青い薔薇に皆が驚いたよ」
「クリスティアン殿下、お初にお目にかかります。少しでも皆様のお目を楽しませることが出来ましたなら大変光栄に存じます」
「まだ幼いのに立派な立ち居振る舞いだね」
「これでも侯爵家の出身ですので」
「それは立派なレディな筈だ。これからも美しい薔薇を育ててね」
「はい、心を込めて。時にクリスティアン殿下、右手の具合は如何でしょうか」
「……何故それを」
「私には分かるのです。ずっと隠しておられましたね、ルイ殿下のために」
「これは機密事項だよ」
「勿論です。私の力がもっと強くなりましたら、きっと治して差し上げられると思うのです」
「聖女だったね。それは……いつだろう」
「五年後か、十年後か、先のお約束は難しいですけれど、どうか私に治させて下さいませ。私、その力を得るまで何年でも祈りを捧げて力を鍛えて参ります」
「なんて健気なんだ……」
植栽後、王城を後にするセリーナは満足気に微笑んでいたという。




